第4話 対決

 左手に盾、右手に抜き身の剣を携えて、騎士リーベはかつての友へと襲い掛かった。屍王が座す部屋の中央までは、間合いにしておおよそ十歩。持前のスピードを以ってすれば、相手が何かする前に一撃を与えるには充分だった。だが、そうはならなかった。

 一歩、二歩、三歩目の足が地に着いたとき、そこを中心にして床に幾何学模様の円が鈍く光った。光る円の中から青白い手がぬっと現れ、リーベの足首を掴んだのだ。

 攻撃体勢に入り、最大戦速で移動していたのだから堪らない。足首を掴まれたリーベは、勢いのまま床へと倒れ込んだ。


「なるほど。転んでも剣も盾も離さないとは、流石は騎士と言ったところか」

「カルマぁッ!」


 床に這いつくばったまま叫ぶリーベに、屍王は笑みを浮かべた。


「早く立つことだな。さもないと、直に身動きが取れなくなる」


 忠告通り円から次々と手が現れ、リーベに取りつこうと伸びた。咄嗟に剣で斬りつけ、返す刀で足首を掴んでいた手を斬り飛ばす。自由となった足を地に着け立ち上がると、既に数えきれないほどの手がリーベの脚に取りついていた。


「子どもの頃、君に効果的な落とし穴の仕掛け方を教わっておいてよかった」


 まとわりつく手を剣で斬り跳ばすが間に合わない。リーベの腰から下は、円の中から伸びた手でいっぱいだった。


「無駄だ。剣で斬ってもその『亡者の手』は止まらない。魔法陣が機能している間は、際限なく現れて君を拘束し続ける」

「なら、こうする!」


 言うが早いか、リーベはベルトに取りつけた物入れから小さな革袋を取り出し、口を結わえていた紐を切って魔法陣に投げつけた。革袋が命中した瞬間、粉状の中身が飛散する。すると、魔法陣の鈍い光が消え、同時に取りついていた無数の亡者の手も消滅した。


「魔法陣を描くのには、その種類によって色んな素材が使われるんだったな。砂鉄とか石灰とか金剛石を粉状にしたものとか」


 リーベの言葉に、屍王の口元から笑みが消えていた。


「中でもそれ自体に魔力を含んだミスリル真の銀の粉は万能で、どの素材の代用品としても使える。君が教えてくれたことだ」


 青い瞳で真っ直ぐに見据えたまま、リーベは一歩、また一歩と屍王へと近づいた。


「だから、ミスリルの粉で魔法陣を描き替えられるかもって思ったんだ」


 手にした剣の切っ先を屍王の胸の位置、心臓があるところに突きつける。


「リーベ。全く、子どものときから君の発想力と行動力には驚かされる。高価なミスリルをあれだけの量の粉にするだなんて。高かっただろ?」

「王宮に仕えた三年分の給金がふっとんだ」

「それはそれは」


 応えて、屍王は肩をすくめて見せた。


「そんないい加減な方法に大枚をはたく魔術師なんて、今まで居なかった」


 もう少しで心臓をえぐることが出来る。そんな状況でも、屍王は平然として見えた。


「今からでも勉強して、魔術師になったらどうだい?」

「ごめんだね。俺は騎士だ」

「そうか。じゃあ、騎士らしいところを見せてくれないか」

「ああ、そうさせて貰う」


 口ではそう言っても、リーベが突き付けた剣の切っ先は微かに震えていた。


「どうしたんだい? リーベ。早く突き刺したらどうだい?」

「カルマ」


 子どもの頃の優しかったカルマの顔が浮かぶ。


「さあ! 早く!」

「くっ」


 幼い日のカルマの影を振り切り、リーベは構えた剣を屍王の胸に突き刺した。


「さようなら、カルマ」


 かつての友に別れを告げ心臓をえぐる。しかし、目深に被った兜の下で屍王は笑った。


「クックックッ」


 さも可笑しそうに、声を上げて。


「アーッハッハッ!」

「カルマ――」


 一瞬呆気にとられたリーベだったが、次の瞬間頭に血が上った。


「何が可笑しい!」

「残念だけどリーベ、それじゃあ僕は倒せない」

「ナニッ!」

「見てごらんよ、君が突き刺したところを」


 言われるままに見てみると、剣でえぐった屍王の胸からは一滴の血も出ていなかった。


「僕は『屍王しかばねおう』だよ? 禁術『不死の秘法』を使って不死となった魔術師だよ? 剣で心臓を刺されたぐらいで倒されちゃ不死とは言えない」

「くっ」


 屍王の胸に深々と刺さった剣を引き抜くと、リーベは一旦距離をとって構え直した。


「今度は首を斬り落としてやる!」

「おっと、それは御免だ。首と胴体が離れてちゃ魔導書を読むにも都合が悪い」


 そう言うと、屍王は右手を振り上げた。すると、振り上げた先に巨大な蛇が現れ、大きく口を開けてリーベに飛び掛かった。一瞬怯んだリーベだったが、全身に立った鳥肌を気合いで抑え、次の瞬間には大蛇の首を長剣で斬り落としていた。


「相変わらず蛇は苦手と見える。だが、今のは感心出来ないな」


 斬られた直後、大蛇は苦し気にのたうち回っていた。しかし、やがて離れ離れになった首と胴体が光に包まれ、胴からは首が、首からは胴体が生えて二匹の大蛇へと成長した。


「その蛇は、切れば切るほど増えていく。蛇って脱皮するだろ? 強い生命力は復活の象徴でね、この手の魔術と相性がいいんだ。その蛇、君の剣じゃ倒せない」


 二匹の大蛇が同時に飛びかかってくる。しかし、それを長剣で斬るわけにはいかない。懸命に盾で防ぐがそれも叶わず、リーベは二匹の大蛇に巻きつかれてしまった。


「さて、どうする? 騎士リーベ。直に動けなくなるぞ」

「剣で斬れないなら、こうするさ!」


 答えて再び物入れから小瓶を取り出すと、リーベは中の液体を二匹の大蛇に振りかけた。途端、大蛇は苦し気にのたうち回り、口から泡を吹いて動かなくなった。


「今のはなんだ? 何をした!?」

「ナメクジの汁だよ」


 流石に慌てた素振りの屍王に、リーベは答えた。


「知っての通り、ナメクジは蛇の天敵だ。その天敵の汁を用意していたんだ」

「用意だって? どうしてそんなものを用意出来たんだ!」

「相手が君だからだよ、カルマ。君なら俺が蛇を苦手なのを知っている。だから、絶対に蛇を使った魔術を使うと思ったんだ」


 それは幼い頃からずっと一緒だった二人だからこその駆け引きだった。

 そして、この直接対決で『彷徨える魂の迷宮』に来てからずっと覚えていた違和感が、確信へと変わった。それをリーベは口にした。


「カルマ、本気じゃないだろ?」


 澄んだ青い瞳で屍王を見つめる。


「本気で俺を倒そうとしていないだろ?」


 見つめたままリーベは続けた。


「魔法陣から現れた亡者の手も、今の大蛇も、拘束するだけで殺す術じゃない」


 目深に被った兜の下で、屍王の痩せた口元がちょっとだけ動いた気がした。


「いや、それだけじゃない。この地下迷宮に入ったときから感じてたんだ。出会った魔物たち全てに殺気が無かった」


 澄んだ瞳に険しさを乗せ、リーベが更に詰め寄る。


「俺が命の危険を感じることはなかった。どういうことだ? カルマ」


 子どもの頃から見知った友に。


「屍王討伐に来た俺を、なぜ殺そうとしない」

「僕は君を殺さない」

「なぜだ? 殺せない理由でもあるのか?」

「僕は君を殺したりしない」

「俺が幼なじみだからか?」

「僕は……」

「それとも、俺が女だからか?」


 口ごもる友に畳みかけ


「父さまと同じように、俺が女だから騎士と認めないのか?」


 そして、


「俺がこんなにしてるのに。母さまのために――」


 そしてリーベは叫んだ。


「母さまのためにこんなにしてるのに、なんで認めてくれないんだ!」

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