第十三話 ちょっと居眠りしてしまいました!
私は人の幸せを思うために、再び同じ形に生まれたのだと思っています。でも、欲深い人間である私は、私達以外だって幸せであったほうがとても嬉しい。
世界中にラブアンドピース溢れて、幸せにだって幸せになって欲しいと思うのは、しかし強欲すぎるでしょうか。自分があったかくて幸せなのが好きなので、皆にもどうせなら全てにも、と考えてしまうのですよね。
まあ、敵味方に別れがちな、この世界。それが不可能ごとと理解はしています。納得はしていませんけれどね!
出来ないからといって手を伸ばすことを止めてしまうのは、あまりにつまらない。もっともっと、そんな風にも思ってしまいますが、それでも僅かばかりでも一人きりでも幸せに出来たなら、とても嬉しい。
その時は自分がいい人になるという夢すらどこかに行ってしまうくらいに、喜びを感じてしまうのです。人の笑顔も、わんちゃんの揺れるしっぽも、育てたお花の開きっぷりも、全部全部が愛おしい。
まあ、そんなこんなが行き過ぎであるというのは、何となく分かっています。辺り構わず自己投影しすぎだとは、何時かの奏台の言葉でしたか。
「星はカミサマでもねえのに、全部を捨てる気がねえんだよな。何時か潰されて死んじまうぞ?」
続いた彼の、そんな言も印象的なものでした。ちょっと前までは、まあ大好きなものに潰されるのならば本望かな、とも考えたでしょう。
しかし、今はちょっと違います。久慈さんの優しさに触れ、私が他を持つのは自分が辛くなるその前まで、と規定しました。
だって、潰されるまでの苦しみって、想像出来ないくらい辛そうです。辛いのは嫌ですから、無理はしないようにするつもりなのですね。ただ、辛くなるまでは頑張りますが。
「大丈夫、ですから」
そう、今だって、私は全く辛くない。だから、手を伸ばすのです。見て、捨ては決してしない。
それが短命の爆弾として設計されている悪の組織の怪人であったとしても、哀しみ暮れる彼の幸せをギリギリまで望みたい、そう思うのです。
「あ、ああ……」
ひび割れたガラスの心。盛大な爆発力を秘めた偽りの炉心。しかしそれを包む身体は、どうにも温かいものでした。
「どうかしたのですか?」
「ん……」
それは、グループホームからの帰り道。お爺さんお婆さんから貰った飴ちゃん等が入ったビニール袋を持て余しながら、日暮れ前の僅かな青空の元に、歩いていました。
車も人通りも大してない、道路。視線は雑にも周囲を巡っていきます。そんな中、私は公園の中で佇む一人を見つけてしまったのですね。
何となく、その孤独が気になった私は鉄棒の柱により掛かる彼に声を掛けました。気軽であったのは、その容姿の幼さ故、でしたか。十歳も行かないでしょう、見るからに、少年ボーイです。
小さな彼は私を見上げて、口を開きます。おかっぱ頭から覗いた大粒の瞳は、どこか悲しそうでした。
「……お姉ちゃんこそ、何?」
「私は山田星という、大したことない女子高生です! ちょっと君がなんだか辛そうにしていたので、気になってしまいまして」
「そっか……お姉ちゃん、優しいんだね」
「そんなことありませんよ。やりたいことをやっているばかりです!」
努めて笑顔で、愛らしい少年に私は言葉を募らせます。少しでも、凍ったその表情が砕けてくれないかな、と思いながら。
しかし、彼は何とも辛そうに額に走った悩ましげな険は変わってくれません。吐き出すように、少年は言います。
「好きにしていて、こんなに優しげなんだ。凄いよ。アイツとは、大違いだ」
「アイツ、ですか」
「そう、アイツ。僕をこの世に生んだ存在で、そして……」
「え?」
彼が背中を預けていた鉄棒から退いた、その次の瞬間から私の目の前で彼の後ろから広がるものが。みしりみしりと、異常は顕になります。
美しい、空を透くもの。それは、まるで虫の翅。透明なキチン質の翼は、少年の背中の衣服を持ち上げ大きく広がりました。
そんなあまりにおかしな部位に駆動を、これっぽっちも気にもせず自分に埋没しながら、少年は一言続けます。
「僕が死ぬ理由を作った男」
内容以前に酷く悲しげに呟かれたその音に、私は胸を痛めました。
「貴方は、怪人、だったのですか……」
「うん。甲型怪人二十号。それが僕の正式名称」
「うむむ。呼ぶなら、カブちゃんでしょうか? にじゅっくんとは言い難いですねー」
「ふふ。恐れたりするでもなく、呼び方だけを気にするなんて、お姉ちゃんは変わってるね。好きに呼んでいいよ。……あ、この飴美味しい。何味?」
「ハッカ味ですよ」
「なるほど、これがそうなんだ。知識と体験では、違うんだね……」
横並びのブランコに二人して座し、貰った飴玉を頂きながらの、そんな会話。つい先程に背中に翅を戻した彼、カブちゃんは小さな甘味に頬を緩めています。
そんな見た目相応の感じ方は、どうにも可愛らしいですね。しかし、私は世に出回る怪人の噂を思い出して、ついつい表情を曇らせてしまいます。
それを察したのか、カブちゃんは続けました。
「その様子なら大体、知ってるかな。そう、僕みたいな怪人は……人を不幸にして、それも出来なくなったら最終的に爆弾として多くを殺すために作られているんだ」
「……本当、なのですか?」
「うん」
カブちゃんが口走ったのは、無情な事実。謎の悪の組織によって作られた、史上最悪の歪んだ人型爆弾。それが怪人だと、言われています。まさか、こんな少年の形まで創られているとは、知りませんでした。
確かによく、耳を澄ませば聞こえてきます。チクタクチクタク。カブちゃんから響くそれは、明らかに心臓の音ではありません。
その音色は爆弾に付けられた時計、と思えば適当なのかもしれませんね。私はカブちゃんを見つめ、そして彼に見返されました。すると黒い瞳が、驚きに開きます。
カブちゃんは、言いました。
「お姉ちゃん……怖がるどころか僕を憐れんでもいない。優しいのに、強いんだね」
彼の言うとおりに、私は私以外の尊い全てのあり方を、下に見たりはしません。最期があって、全てがいくら悲しく彩られていても、その生は哀れっぽくはない。
奇しくも二度目を頂けた私は、一つ一つのその必死な生き方を否定出来る立場にありませんから。歯を食いしばって、悪く使われるばかりのそんな命のあり方だって認めます。ただ、それが強いとは、違うと思うのですよ。
だってそういうものだと認めたところで、カブちゃんの悲しみを無視することなんて、出来ませんから。彼の痛みに痛みを覚えた私は、胸を押さえながら言います。
「いいえ。可哀想だと思っていなくとも、私は、貴方がそれを辛く思っているのは、悲しいです。設計思想を認め難い、とだって思ってしまいます」
カブちゃんの歪んだ生は何者の悪意のせいなのでしょう。私は、その者に憤りを覚えます。
少し前から起きる事件と共に喧伝され周知された、人を害す者、怪人。
カブちゃんをそういう風にしてしまった者を、私は許せません。悪の組織の何者だかがどう彼を創ったのか判りませんが、悪なんてそんな下らないもののために、愛すべき命を浪費させないで。そう、考えてしまうのです。
眼と眼は合ったままに、気の所為かチクタクを少し早めさせて、少年は言いました。
「僕がこうして考え悩むことだって、人の不幸しか喜ぶことの出来ないアイツが望んだこと。でも……自棄になる前に、お姉ちゃんに会えて良かった」
一部を人外のモチーフとされて、その力で暴れて末に爆破四散し大きな被害を出し続ける怪人。しかし、明らかに自由意志を持っているカブちゃんは、そんな怪人の当たり前を明らかに嫌っているようです。
翅を隠し、はらりはらりと涙を零しながら、少年はちっとも怪人らしくないままに、私の前にありました。
「僕に残された時間はあと僅か。逃げてきたからには、もう爆弾は止められない。でも……それでも……」
人が生きたまま心臓の動きを止めるのは不可能。同じように、カブちゃん本人の力で心臓部の爆弾はきっと止められないようです。彼は胸を押さえて、下を向きました。
しかし苦しそうに、喘ぐように少年は継ぐのです。善心から諦められずに、私を認めて、続けました。
「お願い、お姉ちゃん。僕に、僕に……人を殺させないで!」
カブちゃんの願いは、まるで絶叫のように、辺りに響きます。自分の死よりも他人の死を恐れて自らの身体を抱きしめる少年は、あまりに小さいものでした。
しかし、その願いを叶えるのはきっと、とても難しいこと。おかしなだけの女の子でしかない私に、怪人の爆弾を解体することなんて叶いません。
やってみて、失敗して私が死ぬのはいいでしょう。けれども、それでカブちゃんを殺す結果になってしまってはいけません。しかし、他の優れた方法はどう探せばいいのでしょう。
病院や警察さんを信じるか、それとも。どうすればいいのか皆目検討つかない中、しかし、私の手は勝手に動きます。
「むぎゅ」
胸元に、ぎゅっと。小さな彼を抱きしめ、そうして私はなるだけ優しく、言いました。
「――それだけじゃないでしょう?」
「お姉ちゃん?」
「貴方の命を諦めないで。創られたとか、そんなことで引け目に感じる必要はありません。カブちゃんだって、大切な命なのですから。私は、そのためになら頑張りますよ?」
それは、私の中では当たり前でしかない、言の葉。
出来る出来ないではないのです。やるべきなら、最後まで頑張るのが当たり前ですから。そして、私はカブちゃんも最期まで諦めないで欲しいのです。
綺麗ごとを科してしまうのかもしれませんが、それでも。彼だって大切だというのは、本音ですから。
「う、ああ……あああん!」
カブちゃんは、用途の通りに自分の命は使い捨てられる、そんなものだと考えていたのかもしれません。けれども、それは違う。命は、自分のためであっていいのです。出来るなら、手を広げて欲しいというのが、私の願いでした。
そうして、幸せになって。限りある生命にそれを望むのは傲慢であることを理解しながらも、私は抱きしめて、その願いが成就して欲しいがために、熱を伝えるのです。
ひたすらに生命の限りに涙を流す少年を、私はしばらくあやし続けました。
「すぅ、すう……」
「眠って、しまいましたか……」
既に時間は夜、暗がりばかりになりました。その中で、街灯明るいベンチに場所を移して、私はカブちゃんに膝枕を。
寝入ってしまった少年の頭を、私は撫でてあげます。すると表情が少し明るくなったような、そんな気がしました。
「それにしても、どうしましょうか」
私は、悩んでしまいます。カブちゃんは、警察さんやお医者さんを信じていません。むしろ、私以外は信用出来ないと、頑なでした。
しかし、私に出来ることは少ないです。恐らく明日明後日には爆発してしまうのだそうである、カブちゃん。
私は、出来るだけ生き永らえて欲しい。彼の意向を無視してでも、何か方法を見つけなければいけません。そういう風に考えていると、カツンカツンという足音が。それが近くなって来た、その時に私に向けた声が響きます。
「怪人の子、か、度し難い……」
影が寄ってきました。いいえ、それは影と見紛うような、黒衣の姿だったのです。その背の高い男の人は、私の前まで寄ってきて、眉を顰めました。
「貴方は?」
「私は
「大神先輩のお父さんでしたか。それにしても、どうしてこの子が怪人だと思ったのです?」
「ずっと、見ていた。流石に、近所にある爆発寸前の炸裂物を無視することはできなくてな」
言を信じれば、大神先輩のお父さんである、豊さん。彼は私に向けて空手を広げます。私がそこを見つめると何やら黒が。そして、よく見るとそれが、カメラのように私達を上から映しているのが分かります。
その漆黒の類似品を知っている私は、思わず口にしました。
「それは……闇の力ですか?」
それは、奏台が持つ力と同じ。しかし、豊さんは応えませんでした。ただ、睨むようにカブちゃんを見つめてから、呟きます。
「正直なところ、全ては悪たれ、とは思う。……だが、これは私の趣味ではない」
カブちゃんの姿から何が透けて見えるのでしょう、遠くを見つめて、豊さんはどこか憎々しそうでした。
そして、少し経ってから、急に私に視線を向けて、言います。
「このガキを、私に預けろ。助けてやる」
「いいの、ですか?」
唐突の、救い。きっと仔細を知っている異能の彼に間違いはないでしょう。しかし、思わず、私はその助け手に遠慮をしてしまいました。そんな私に、豊さんは不愉快そうに返します。
「ふん。迷惑を考えても、助けに微塵の疑いもなし、か。何を察したわけでもあるまいに、無闇に信頼するなど愚かしい。私の嫌いなタイプだが……まあそんなことはどうでもいいか。もっと、忌み嫌うべき存在の方が気にかかる」
「では……お願いできますか?」
「ああ。ほらっ」
私の請願に、対応したのは片手でした。上がった手のひらに応じて照らされている筈の周囲に広がったは、黒に、黒。怒涛の暗黒が溢れてきて、私は次第にそれに覆われていきます。
そうして闇に地まで呑まれてしまったのでしょうか。なんと地についていたはずの足元まで覚束なくなっていきました。眠ってしまったカブちゃんを気にする余裕もなく私は思わず叫んでしまいます。
「わっ、凄い力です! 沈んじゃいます!」
もがこうにも、大切なものは胸元にあるのでどうしようもありません。ずぶずぶと、私は闇の中に。
そんな私をどこか眩しそうに見つめて、豊さんは言いました。
「――偶には、超能力を善く使ってもバチは当たるまいよ」
「わぷっ」
そうして私はカブちゃんを抱えたまま、どぽんと、闇に呑み込まれてしまいました。
「おい星。お前、どうしてこんなところで寝てるんだ?」
「むにゃ、あれ、奏台、どうしました?」
「どうしたもこうしたもないだろ……お前、なんで公園のベンチの上で寝てるんだよ」
「え……あれ?」
意識が闇から浮上して、そうして気づいた先にあったのは、奏台の顔でした。
周囲を見渡してみると、自分は夜の公園の中、ライトアップされたベンチの上に居るものと確認できます。
しかし、どう頭を捻ってみても、どうしてここで自分が寝ていたのか、とんと記憶にありませんでした。首を傾げる私に、奏台は言います。
「覚えてないのか?」
「ちょっと、居眠りしてしまったのですかね?」
「大丈夫かよ……まあ、どこもおかしくないが、一応失せ物がないか、確認はしておけよ?」
「そうですね……」
疲れが溜まっていたのでしょうか、よく分からないですが、ちょっとおかしな気持ちになりますね。何か、尻切れトンボのような、そんな感じです。
まあ、何も覚えていないのであれば、それは仕方ありません。幾ら考えても闇しか出てこないのであれば、どうしようもありません。
ごそごそと、自分の格好と持ち物を確認する私。それを見ながら、どうしてか奏台は目を細めました。
「ん? なんかお前、ちょっと暗っぽいな……何だこれ?」
「ああ、ミヨお婆ちゃん達から頂いた飴ちゃんが一個もありませんー!」
「うお、大声上げるなっての、それに凄くどうでも良い内容で!」
「どうでも良くありませんよ! 楽しみにしていたハッカ飴が全部ないなんてー!」
なんていうことでしょう。先に呟かれた奏台のなにがしかの言葉だって、今やどうでもいいですね。
あのすーっとした味を楽しめないなんて。それに折角の好意を失くしてしまうなんて、駄目駄目です。
私は思わず、落ち込んでしまいました。
「うう……悲しいですー」
「ったく……星が騒いだから、少しの暗さなんて、全部飛んでわかんなくなっちまったじゃねえか……まあ、いいか。ハッカ飴か? 後で買ってやるよ」
「いいのですか?」
「飴なんてたいしてかかんないだろうから別に……あいたっ!」
「わ、奏台の頭に何かが激突しました!」
今度は、唐突にも落ち込む私を慰めていた、奏台の頭に飛来するものが。茶色いソレは、ぶつかり、私の足元に転がりました。
まじまじとそれを見つめてから、私はその愛称を呟きます。
「わ、カブちゃんですー。こんな半端な時期にこんばんは、ですね!」
「痛た……なんだ、カブトムシかよ……」
頭を掻く奏台の横で、カブちゃんは、すばやく転がり逆さになったその身を立て直しました。
そして、どうしてだかしばらく私を見つめて、その後に彼は再び翅を開き始めます。
飛んでいくのでしょう。自由にも、己のために。私はそんな彼に向かってばいばいを、しました。
「さようなら。ずっと、元気で居て下さいねー」
見上げる私のはるか上空に、彼は消えていきます。
ああ、彼も永く生きて、幸せになって欲しいものですね。私は本当に、そう思います。
そしてカブちゃんは、暗闇へと消えていきました。
チクタクという音は、もう聞こえません。
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