第十一話 忍者みたいな人と出会いました!
幸せな世界の中で、それでも好かれるばかりではありません。
嘘つき、と投げかけれれます。偽善者、と言われました。気持ち悪い、というのもよく聞く形容ですね。まあ、全部間違っていないのだろうと思っています。
はい、そうです。これは私に掛けれれた言葉ですね。嫌い故の、彼女らの罵詈雑言の幾つかです。
少女らの悪口のその内容が大体合っているのが残念なところ。私としては、心苦しいばかりです。
自分に嘘を吐けずして、違う人にはなれませんし、そもそもそんな人間はいい人の偽物ですし、前世が異性で一部がそのままの存在なんて気持ち悪くて当たり前。
だから、私は否定を否定しません。受け容れ、ただ微笑むばかりです。
「ふざけんな、てめえ等! 星もこんな奴らの前でへらへら笑ってんじゃねえ!」
しかし、私の幼馴染は、そんなことを認めません。厳しいですね。蜘蛛の子を散らすように逃げていく親愛なる私を嫌う人たちに、奏台は舌を出します。
それを、愛らしいものと認める私は、確かにちょっとおかしいのでしょう。優しさ故の怒りは、とても素晴らしく、だから嬉しい。優しきその切っ先が自分に向けれれたということなど、関係ないのですよね。
だから、でしょうか。理解者でもある奏台は、寂しそうに言いました。
「星、お前俺をそんな目でみるんじゃねえよ……」
奏台は、その司る力を持ってして、いたずらに闇をその手でこねます。機嫌が悪いのでしょう、普段から鋭い彼の目は、最早まるで私を睨んでいるよう。
しかし、それでも奏台は私に言うのです。
「一緒に行くぞ」
本当は、後々関係を囃し立てられるのは、嫌いなのでしょう。異性っぽいのと触れ合うのにも、照れがあるのに間違いありません。
ですが、それでも奏台は私の手を取ります。そして、ぎゅっと握って引っ張り出しました。
「なにぼうっとしてるんだ。……ついて来ないのか?」
しかし、奏台はそのまま無理を私を連れることはありません。
幾ら私に馴れていようとも、拒絶に対する恐れはあるでしょう。好きなら、嫌われる恐れも持たなければいけないのです。
それが、私には分かりすぎるくらいに分かってしまう。
だから私はその手を握り返してにっこり、笑いました。
それは、学校帰りにご近所のお婆さん、いや本人にそれをいうと怒りますね。お年を召したお姉さん、で良いですかね、まあ彼女と会話を楽しんだ後のことでした。
目黒のサンマを上手に披露して頂けた感動に咀嚼し頷きながら歩いていると、物陰から飛来する影が。
「ピッ!」
「わわ、闇人です」
何時ものことだったのでさっと差し出したバッグでガードに成功したそれは、当然のように闇人でした。世の染みのような真っ黒が、踊るように動き回ります。
しかし、珍しいですね。何時もは本命である奏台が居る時を狙うものなのですが、今日は独りの私を襲っている。
そう言えば、奏台の姿が午後から見えません。かもしたら、闇の世界に行っていたりするのでしょうか。怪我して帰ってこないといいのですが。まあ、総合色の闇を司っている彼ですから、そうそう大事はないでしょうね。
そんなことを考えていたら、胸元でつんつんという感触が。何事かと見ると、そこに闇人が突貫を繰り返していました。
「ピー!」
「わわ、この子、執拗に左胸を狙ってきます!」
「ピピー……」
「あわわ。ちょっと胸を反らしたら弾き飛ばしてしまいました……」
そう、やはり今週の闇人は、ちょっとおかしかったのです。
どこで人は心臓が弱点だと吹き込まれたのでしょう。闇人は左のおっぱいを狙って弾かれるのを、繰り返します。
その都度弾力に負け、挙げ句、私がちょっと身じろぎしただけで、吹き飛んでいってしまいました。弱い子ですね。
「ピー……」
「わ、大丈夫ですか?」
ごろごろと、真っ黒ちっちゃなヒトガタは転がって、そうしてどうにも壁に打つかり昏倒してしまったようです。辺りのちょっとした闇も解け、小さなぬいぐるみのような、闇人がぽつんと。
あれ。この子、どうやって帰してあげればいいのでしょうか。私は困りました。
四時ちょっと前のこの時間。あんまり闇らしい闇はありません。自分の影に入れてみたところで、闇人には何の変化も起きませんでした。
下を探ってみた私は、つい上を見ます。空から大体明るくしてくれる太陽を過ぎて、トンビが円かに飛んでいきました。あれ、何かこっちを見ていたような。
そう考えながらあたりを見ると、カーブミラーに停まったカラスがこちら、いいえ私の足元を見ています。そこには黒い影、闇人の姿が。あ、何だかこの子アリに集られています。しっしですね。
そして虫さんを払ったついでに、撫でていると今度は何やら走り寄る幾つもの影が。
「猫さん? なんでしょう」
「にゃー」
なんと、にゃーにゃー猫が集まって、私を取り囲みました。思わず物欲しそうにしている彼らから逃すように闇人を持ち上げてみると、今度は先のカラスが突貫して来ました。
「カー!」
「あわわ」
闇人を抱きながらそれを避けて、ようやく私は事態を察します。
「この子、被捕食者っぷりがとんでもないですね!」
「カー」
「にゃん」
そう、どうにも闇人、食べられそうになっているようですね。動物達に好かれるのは良いですが、行き過ぎて食べられてしまうのは流石に私だってごめんです。
それは闇人だって同じでしょうと、私は気絶している彼を抱きかかえてその場から走り出します。すると、当然のように猫にカラスに、あ、ヘビさんも参加しましたね。大群に追いかけられるようになりました。
闇人、実はいい匂いがするのでしょうか。近くに居る私にはあんまり芳しさを覚えないですけれど。走りながらくんくんしていると、そこに自転車が通りかかりました。思わず、私は助けを求めます。
「追われているのです。助けてくださいー」
「え、山田さん?」
「三越君でしたか。こんにちは。今私、動物たちに追いかけられているのです」
「こんにちは。えっと……本当だ」
何か慌てる私をぽうっと私を見つめていた三越君。しかし、彼は私の後ろに目を移すと、ぎょっとしました。
そうして振り返り見ると、数を増した野良の動物たち。今度は猫の上にネズミが乗っかっていました。にゃん、ちゅうです。
同じ目的のためには、共闘だってするのですね。かもしたら、世界平和には、共通目的が必要なのでしょうか。
はい、現実逃避ですね。本気を出せばどうとでもなるといえばそうですが、それで彼らに怪我をさせるのは嫌です。だから、私は問いました。
「どうしましょう?」
「えっと、逃げようか。取り敢えず、俺の家なら五郎も居るし、大丈夫だと思うよ。何より近い」
「なるほど! 案内お願いします!」
「速! 後山田さん、そっちじゃないよー」
「あ、学校近くだったのですね!」
危急。故に迷いなく私は三越君の提案に乗っかります。そして、久方ぶりに本気で駆けて、クロスバイクに跨る彼に追いすがるのでした。
そうして、五郎ちゃんに守られた家中で安堵する。しかし、私は男の子の家へと招かれる、その意味をすっかり忘れていました。
三越君がそこまで深く考えていたのかどうかは分かりません。
けれども事実、私はまんまと三越君のお家に連れ込まれたのでした。
三越君の家は、中々ごちゃごちゃしていました。というか、趣味が沢山持ち込まれすぎてカオスになっているような。
砂漠をのんびり歩いていそうな、リアルな陶器のラクダの上に、ヴィヴィッドカラーでファンシーなウサギさんが乗っかかっているのは不思議です。
掃除は行き届いているみたいですが、どうにも雑多過ぎて混沌とした印象が強いですね。
「何か物が有りすぎて落ち着かないかもしれないけれど……まあ、これが俺の家」
「わ、キジの剥製なんてあります。こっちには古のスーパーカーのミニチュアが。賑やかで多趣味ですねー」
「はは……楽しんでくれているみたいで何より。でもまあ、これは散乱しているだけだと思うな。親父の趣味と、入り浸ってる道子達がかき集めたものがそこらに飾ってあって……正直目に煩いよ」
「そうなのですか」
なるほど、個人が収集したものではないのですか。確かに、おもちゃの血みどろエッグの後ろに山水画を配しているのはどうにもおかしいとは思っていたのです。
しかし、家にまで彼女らの侵入を許すとは、何だかんだ仲がいいのですね。私がにまにましていると、三越君は言います。
「山田さん、その笑みは良くないな……いや、流石に自分の部屋にはろくに入れていないからね?」
「そうですか……本当です?」
「いや……本当を言うと、前は何度も入れてた。でも、山田さんに会ってからは一度も……自分からは、入れていない」
「自分からは?」
「勝手に入っている時があるんだよ……」
「なるほど」
恋する彼女らは、自由なのですね。人の部屋で勝手にしている大一さん達の姿が、今にも目に浮かぶようです。
手段としては、きっと合鍵をこっそり使っているのですかね。ピッキングとか犯罪的な方法でなければ良いのですが。
そう考えながら、中々歩みを止めない三越君は、奥の扉の前でようやく停止しました。
「どうしました?」
「あー。何時もの癖で、自分の部屋まで来ちゃったんだ。……どうしよう?」
「私、お邪魔しては駄目ですか?」
「うーん……山田さんが良いなら」
「わーい、です!」
きっと、三越君に多少なりとも下心はあるのでしょう。男の子ですからね。でも、私だってありますよ。
お友達から始まり、断崖絶壁その先はありませんが、それでも仲良くしたくはあるのです。折角ですから、結婚式にお呼ばれされるくらいの仲にはなってみたいところ。
まあ、取り敢えず次の探検が楽しみで、私はそれを口に出します。
「奏台以外の男の子の部屋なんて初めてですよ!」
「市川……ずるいな……」
「まずは、ベッドの下のエロ本チェックです!」
「そんなところには……げほん。持ってないよ」
「本当ですかー? どれどれ……」
雑多な家の中と比べれば、随分と落ち着いたモノトーンの空間に、柔らかいものが一つ。
私は何やら高そうなふかふかベッドに、まずは闇人を安置し、その下を、覗き込んでみます。
すると、何者かと目が合いました。青い瞳、それが私を見つめています。それがチェシャ猫のように歪められたかと思うと、彼女は言いました。
「ばあ」
「わっ、何者ですか!」
「あたいは、久慈蘭花よ。栄大君がお世話になっているみたいね……にんにん」
「忍者です!」
私は多分にショックを受けました。心臓が止まるかと思いましたよ。まさか本当に忍者が居るなんて、びっくりですね。
大きな青い瞳に、茶色い髪の毛。手足もスラリとしていて、あら、そばかすが可愛い忍者ですね。
この世界は中々面白いですから、多分本物でしょう。リアル忍者。現実だとくノ一とか言わないのですね。サイン、貰ったほうが良いでしょうか。
しかし、三越君は残酷にも言います。
「はぁ。忍者じゃないよ。それにかぶれただけの変態さ……蘭花、俺のベッドでなにしてたんだ?」
「そりゃあ、クンクンタイム?」
「忍者さん、ワンちゃんみたいです! それとも何かの暗号ですか?」
「いやあたい、栄大君の匂い嗅いで性的に興奮していただけだけれど……」
「本当に、変態さんでした!」
私は、急に下衆なことを言って赤くなった久慈さんにびっくりです。息が急に荒くなった様子が、ちょっと怖くもありますね。
しかし、彼女が怖いのは、ここからでした。
「変態、か……あんたなんかに言われたくはないなあ」
「蘭花?」
「栄大君は、ちょっと、黙っててね」
「んー!」
「わ、三越君、ぐるぐる巻きにされた上に、猿ぐつわ噛まされました! 早業です」
私も、集中していなければ危なく見逃す所でした。恐るべき、体術ですね。流石は忍者に触れてかぶれただけはあります。
うんうん私はその凄さに唸っていると、しかし久慈さんはぼやきました。
「このレベルでも、あんたには見えちゃうのかあ……」
「まあ……そうですね」
「やっぱり、人外だわ」
「はぁ……」
「あたい、大抵の者に変身できるけれど、どうしても、あんたにはなれなかったからなあ……にんにん」
「わ、私そっくりに、どろんと!」
何という、変貌でしょう。手をかざして離したその間に、久慈さんの顔が私そっくりに。
驚きに喜色を隠せない私に、しかし殆ど同じ顔は悪意に歪んで体を無くします。
そう、久慈さんは、私と同じくなることを心底嫌がっていた。
「ものまねして、同じ通りでゴミ拾いなんてやってみたけれど、どうにもしっくり来なかったわ。能力者の友達なんて、私には居ないし……幽霊は怖くて忍べなかったけれど、それもまた無理。あたいはあんたみたいになれないと分かった……忍、忍」
「また、戻って……」
「ねえ。同期できなければ、除くしかないよね?」
疾く自分を取り戻してから、物騒にも、百面相の少女はそう言います。ゴミは捨てればいい、そんな当たり前を語るように。
「あの子達みたいに、ライバル程度では甘すぎる。あたいはね、あんたを敵と見るわ」
「そんな……」
敵、それは嫌です。私は、そう思えるだけ豊かな人である久慈さんのことを嫌えそうにないのに。
貴女がいくら嫌っていても、私は仲良くなりたい、そんな言葉をしかし、久慈さんは言わせてくれませんでした。
嫌悪の睨みが、私を縛します。
「何より、こうして対面してよく分かった。あんた、気持ち悪すぎる。嘘つきの偽善者。いや、そんなものが当てはまって居ながら全部呑み込んでしまう、バケモノ」
「なっ」
それは、皆中。四つの全てを当てられて、私はたじろぎます。
そんな私に向けて、久慈さんは言葉を更に投げ捨てました。
「はっ、あんたなんて、一生孤独で居れば良いのさ」
どうもまた、嫌われてしまったようですね。
私に、この思いは、曲げられない。真っ直ぐなそれをくじけるほどに強くは出れませんから。
だから、ただ諦めに笑みながら、私は下を向きます。
その時、ぱん、という音がしました。顔を上げると、そこには何時縄から逃れたのか、手を振り切った様子の三越君と、自由な顔を少し逸した久慈さんの姿が。
まさか、まさか。彼が、彼女を叩いてしまったのでしょうか。
「……わざと当たってやったけれど、何さ」
「俺の好きな人を否定するなら、蘭花。お前こそ俺の敵だ」
そんな、私なんてただ悪く言われていればいいのに。仲の良い二人が険を持ってして向かい合う様子に、しかし私は口をぱくぱくさせて何も言えません。
いいえ、言わなかったでしょうか。
どうしてでしょう。私には彼の否定が、嬉しかった。
やっぱり私なんて、最低です。
そして、私を無視した敵意の視線は真っ直ぐ交錯し、やがて一方ばかりがふにゃりと崩れました。
「ハハッ。栄大君、やっと、久しぶりにあたいを真っ直ぐに見てくれたね!」
笑顔が、柘榴のようにぱっかりと。そう、どうしてか、久慈さんは悦んでいました。
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