最後の一つは譲らない

眼精疲労

第1話 オフ会と前日談と魔法のランプ

 顔良し! 髪良し! スタイル良し! 服装良し!

 強烈な存在感を放つ美少女が、俺の前に立っている。


 ふわりと柔らかい髪は、風が吹く度に芳しい香りを放つ。

 まん丸と大きな瞳は可愛らしく、男の心を捉えるに違いない。

 肌は白磁のように白く滑らかで、それらが包む手足は整った形をしている。

 天が与えたような容姿の美少女が、俺の瞳には映っていた。


 そして。


 鏡に映るその少女、その瞳に映る人間は、その少女本人だ。

 今、俺の前には鏡が存在している。

 俺の近くには、誰もいない。

 要するに。


 その美少女こそが、今の俺の姿であった。


 おわかりいただけるだろう。

 そう、俺は今、美少女になっているのだ!

 今この瞬間、この美少女が、俺なのだ!


 大切なことで二回言いました。


 どうしてこんなことになっているのだろうか。それを説明するのには多少の時間がかかるため、後述する。

 どうして、美少女になりたいと思ったのか。それも色々と理由はあるけれど、これだけは迷わず断言できる。


 美少女になりたい欲求がありました。


 ……こう書くと性的嗜好が特殊な人っぽく思われるのかもしれないが、まあ否定はしない。

 だが、である。俺は決して、自分の性癖を満足させるためだけに、このような姿になったわけではない。


 これには深い、実に深い理由があるのだ。

 それを今から説明することにしよう。


                 ○


 諸君はSNSというものをご存じだろうか。知らない人は調べて欲しい。

 俺はSNSの中でも『トミッター』と呼ばれるサービスを愛用している。

 このトミッターとは字数制限があるミニブログのようなもので、どこかの国の言葉で“呟き”、という意味があるらしい。


 さてそのトミッターにて俺はアカウントを所持しているのだが、俺だってネットリテラシーというものを知っている。なので、第三者が見ても個人情報はわからないようにしている。

 生年月日も職業も年齢も偽っている。なんなら性別も偽っていた。

 俺自身は十七歳の男子高校生だが、トミッター上の俺は十六歳の女子高生……という設定で活動している。


 SNSとは他人と交流するためのもの、という側面が大きい。

 SNSをずっとやっているにつれ、親しい人と、そこまで親しくない人、という区別が生まれてくるわけだ。


 また、インターネット上での知り合いと、リアルで逢うことをオフ会と呼ぶ。

 今日、俺はオフ会にやって来ていた。

 前々から仲が良かった人が偶然近くに住んでいることを知り、流れで遊びに行くことになったのだ。


 相手は『ふうか』さんという。社会人としてバリバリ働いている大人の女性だ。書き込み内容も、上司の愚痴や部下に対する思いやりが多い。

 ちなみに、俺のアカウント名は『のまのま』である。

 そんな人と、この俺が遊びに行く? 今の状態ならまだしも、男の状態なら色々とアレのは明白だ。


 いや、言い訳するようだが、当初、俺は抵抗していたのだ。

 だって明らかにまずいし。女子高生って言っているアカウントの中身が、なんていうか地味眼鏡男子だったら……その……。


 嫌、じゃないですか。


 しかし相手がわりかし強引だった。

『大丈夫、どんな子でも気にしない』

『是非一度会いたい』

 などなど、根気強い&強引な説得術によって、俺が折れた。

 まあ、俺自身、ふうかさんと会いたいかどうかと言われれば、会いたい。ネットでほぼ毎日のように交流し、気心も知れた仲なのだ。

 それに、ほんの少しではあるが、恋心というものも芽生えつつある……と自覚している。


 会いたい、けれど会ったらどうなるかわからない(主に自分の性別で)。

 俺は数日間、ずっとそのことで頭を悩ませていた。


                 〇


 そんな悩みを持っていたとき、自宅に何やら小包が届いた。親父が買ったのだろうかと思うが、宛名は俺だ。だが、俺としてはそんなものを買った覚えは無い。


「……なにこれ」

 逡巡する。スマートフォンでゾン○マ(ネット通販サイト)の履歴を見てみたが、それらしいものはなかった。


 普通に考えればそんなものは即刻送り返した方がいいのだが、このときどうしてか知らないが、俺はこの小包を開封しなければならないような、そんな抗いがたい魅力のようなものを感じたのだ。


 理性の制止を振り切り、カッターを手にして小包を開く。

 中には、新聞紙に包まれた何かと、緩衝材としての新聞紙の玉。

 俺は新聞紙に包まれた何かを手に取り、新聞紙を剥がしていく。


「……ランプ?」

 そこには、魔法のランプ、と言われてぱっと思い浮かべるような、そんなステレオタイプの、ありがちなランプが入っていた。撫でれば魔神が出てきそうな、金色のランプだ。


「……なんで、これが、俺のところに?」

 全く見当が付かない。しばし首を傾げたあと、一つの発想にたどり着く。

 戯れに、撫でてみる。

 その発想とはそういうことだった。あまりに馬鹿らしい発想かもしれないが、とりあえずやってみる。

 ランプの表面はすべすべとしていて、指の動きを全く阻害されない。

 このランプ、結構良いものなのでは、と思っていると。


「はいどうも、ご利用ありがとうございます」

 ランプの中から声が出てきた。煙も何も出さずに、声だけ。

「…………えーっと、何?」

 驚いて身をすくめつつ、思わず尋ねてしまう。


「なんでも願いを叶えるランプの精霊です」

 ……軽い。ノリが軽い。何かのジョークグッズだろうか。

「……えーと」

「あ、困ってますね。その気持ちもわかりますとも」

 理解されてしまった。ならばそのノリとか、あるいはこの演出の薄さとかをなんとかしてくれないか。それとも、これを含めてジョークなのだろうか。


「あ、冗談とかではなくてほんとの精霊ですよ」

「…………さいですか」

「疑ってますね」

「……そりゃあ、まあ」

 音声だけで言われても説得力がない。とはいえ、煙がもくもくと出てきて、実体を持ってもそれはそれで嫌だけど。


「そりゃあまあ、ってあなた失礼な人ですね」

 ランプ、不機嫌そうな声を出す。俺は(そう言われてもな……)と困惑する。

「ならばいいでしょう! 何か願い事を言ってみてください! それをズバーンと叶えてみせますから!」

「……願い事、ねえ」

 そんなもの特にないな。金が欲しいっていうのもありきたりだし。

「あ、そうだ」

 と俺は一つ思いつく。丁度困っていたことだった。

 それに、こんなの嘘だろうし。


「俺を美少女にしてくれ」

「あいあい」

 俺が軽い気持ちでそう言った直後、ランプの先っぽからビームが出てきて俺を包み込む。


「あばばばばばばばばばばばばば」

 全身が電気マッサージをされているような感覚に包まれる。痛気持ちいいと例えればいいだろうか。


「ばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」

 ビーム、しばし続く。感覚が麻痺してきた。

 などと俺が思っていると、そのビームが止まる。


「はい完了です」

「完了って、何が……」

「スマートフォンのカメラを起動してください」

「……したけど」

 ランプが映るばかりだ。


「いやそっちじゃなくて、インカメ」

「インカメ? どうして……」

 と返しつつ、言われるがままにする。


「って嘘おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお⁉」

 直後、俺は驚きの声を上げた。

 なぜならそこには、誰もが振り返るような美少女が映っていたからだ。

「お気に召していただけましたか?」

 ランプは問う。


「……………………えっと」

 俺、放心状態。やっとのことで漏らした声は、可愛らしいものとなっていた。

「どうでしょうか」

「……うん、えっと、その、な?」

「……はい」

 俺は一度息を吸う。ランプも、間合いを計りかねているのか黙ったままだ。

 そして俺は口を開く。


「よく! よくやってくれたぁ!」

 可愛らしい歓喜の叫びが響く。えっ、これ俺の声なんですか⁉ 興奮してきた。チ〇コが起立スタンダップしそう。今はチ〇コないけど。


「お気に召したならなにより」

 ランプは紳士的にそう言った。なんていうか、擬人化したら執事系のイケメンになりそうなやつである。……いや、それよりもアラビアンファンタジー風だろうか。

 そんなことはさておき。


「…………っていうか、ジョークグッズじゃなかったんだ」

「誰がジョークグッズですか。ちゃんと由緒正しい魔法のランプですよ」

「そ、そうなんだ……」

 魔法のランプに由緒の良し悪しがあるのかよくわからないが、とりあえず納得しておく。


「で、二つ目の願いはどうします?」

「二つ目もいいの?」

「一応三つまでなら叶えるってなってますし」

「ああ、そうか……」

 よくある魔法のランプもそうだったかな、と思う俺であった。

 二つ目の願いは何にするか。しばらく悩んだが、あまり良い候補が出てこない。それに。

 今はこの姿を思う存分楽しみたかった。だって奥さん、元の地味眼鏡から可憐な美少女に大変身ですよ?

 外見偏差値で言えば35から70ぐらいに上がっている。フリーザで言うと第一形態から最終形態に数段飛ばしで進化した感じだ。


「二つ目の願いは保留にしてくれ」

「ああ、それは保留という願い」

「じゃねえよ!」

「あはは、わかってますとも」

「…………怖いんだよなあ、そういうの」

 ありがちな話だ。適当に言ったことが、勝手に願いとして叶えられる。おそらく、今までそのような展開は多くのフィクション作品で描かれてきただろう。


「私はそんな、願いかどうかを判断できずに勝手に叶えるような、ポンコツランプじゃありませんので」

「……そうか、それは何より。とりあえず、二つ目以降は待ってくれ」

「了解しました。あ、一つお願いが」

 ランプの方から願いを言うのも珍しいな、と思いつつ聞くことにする。


「できれば清潔な白い布で指紋を拭いて貰いたいのと、飾るときはちゃんとした台座ないし座布団っぽいやつに」

「…………オッケーわかった。ちょっと待ってろ、お急ぎ便で買うから」

 俺はスマートフォンを起動し、ゾン〇マを開くのだった。

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