ほうれん草

sister

ほうれん草


「ホウレンソウヲ、タベナイカ?」


 街が朱く染まる頃、

 高校からの帰宅途中、私はソイツと出くわした。


「……何これ」


 ソイツは極めてホウレンソウだった。

 言い表すとするなら、ネットでたまに見かける、人型の大根。

 アレをそのままホウレンソウにしてみましたといったような風貌だった。

 そしてそれは、気付いたら私のすぐそばで笑っていた。


「ホウレンソウヲ タベナイカ?」


 ソイツはそのホウレンソウであるべき部位に、

 ホウレンソウ染みたホウレンソウのような口を開いてそう言った。


「ホウレンソウヲ、タベナイカ?」


 いきなり目の前に現れたその異物に対し、

 私の頭は思考を拒否する。


 何だこれは?

 いやこれはホウレンソウだ。コイツもそれを自称している。

 だが少なくとも、私の知っているホウレンソウはコレではない。


「ホウレンソウヲ、タベナイカ?」


 執拗に私に向かってそう繰り返す “ソレ” を見ていたら、

 私がコレまで食べたホウレンソウがお腹の中で一斉にオシャベリを始めた気がして、どうしようもなく背中が総毛立つ。


「ホウレンソウヲ、タベナイカ?」


「わ……私は、え、遠慮して、おきます……」


 答えると、ソイツはどこか残念そうな間を空けて


「ホウレンソウハ、タベナイカ……」


 そうつぶやいた後、

 五十メートルほど離れた位置にある廃ビルへと走っていった。


「………何だったの、あれ」


 私が呆然とその廃ビルを眺めていると

 間もなくして――廃ビルから、ホウレンソウとニンジンが出てきた。





 逃げなきゃ。




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