パーフェクト・アイディアマン-平成を作り続けた男

米田淳一

第1話

 彼は議員秘書としてそのキャリアをスタートした。そもそもの彼のキャリアのスタートはとある女性議員のブレーンとしてのスタートだった。もともとそれまで役所では彼のことを若手ながら切れ者、アイディアマンと呼んでいた。その政治への参入は周りから「おや?」と思われたが、しかし止めるまでではなかった。


 選挙戦では彼は候補のキャッチフレーズにこんなのを押し出した。

「台所感覚で政治を変えましょう!」

 今となってはひどく凡庸なフレーズだが、それでも選挙で勝ってしまった。その選挙区での投票率はどん底のように低く、争点も見つからない選挙の中で女性候補というだけで目立てたからよかったのかもしれない。

 そういう選挙は日本のあちこちであった。そしてそれにより、バカな議員がどっさり増えることになった。

 そもそも込み入った政治、とくに国家財政の話を台所感覚で理解できるはずがないのだ。その『台所』もその実、算数すらまともにできないのにいきなり初っぱなの予算監査で会計学の理解を要求してくる役所の前に通用するはずがない。すると役所は一度その数字と論理で溺れさせておいて『助け船』として役所の言いなりになるように誘導する。それは役所の常套手段である。そうなると議員は頑張っていても、言いなりしかできなくなると暇になる。暇でないように勉強したところで追いつけるわけもないし、役所も追いつかないように資料責めにするのだから、真面目にやれば睡眠時間もなくなる。その上退屈なすでに決まった質問主意書通りの質問と回答書も出てる回答を繰り返すだけのショーなのが議会なので、つい居眠りすれば「居眠り議員だ!」と国民につぶてを浴びる。

 となると下卑たヤジを飛ばして眠らないですむようにするしかない。それがこの国の議会のいつもであった。しかもそれで真面目にやったところで落選するときは落選するので、自分の生活と職を守り、次の当選を確実にするには大きな団体につてをつくって献金と投票を約束させるしかない。ただ大きな団体もそうなると要求してくることがどんどんわがままになる。そして団体からの献金が得られないなら個人で利殖するしかないのだ。しかもこの国では議員の利益背反についてはものすごく追及が甘い。ましてそれが国際事案になれば官憲の追求はほとんどなくなる。というわけで台所感覚の政治がいつの間にか役所言いなりを経由して、さらには国の独立を売った利殖に進んでいくのは必然なのである。政務活動費をちょろまかすなんてのも当然そうだし、それを真面目に申告しているのは大きな支持団体に言いなりの議員だけである。

 しかしブレーンとして活躍した彼は、これですでに立派に政治のプロである。議員本人に代わってあちこちの会合に挨拶に行き、そのアイディアを開陳し、役所からは苦笑されながらも、役所の人間に利用価値のある人間と内心みられてヨイショされるようになった。

 そして政策通ということになり、役所で開かれる会議の委員会の常連となった。

「議員の給与を減らしましょう!」

 彼の次の提案もみんな喜んだ。これぞ政治改革だ、ということで誰も反対しなかった。反対することが出来なかった。だがその分政務活動費とかを流用するバカ議員が増える。そうでない議員は議員になる理由が国民や市民ではなく利権団体のためだったり外国のためだったりと悲惨極まりなかったのだが、それに気づく彼ではなかった。

「税金の無駄を全廃しましょう! やりくりは大事!」

 これも誰も反対しなかった。その結果官庁出入りの業者がどんどん潰れ、その結果連鎖してその業者と取引のある企業が潰れまくって経済が冷え込んだが、それも彼の知ったことではなかった。

 税金とはそもそも民間の出来ない事業、公共のために使われるものであり、その多くが一見無駄に見えるものなのだが、その区別がつくものはまず稀で、とにかく額、数字を減らせばわかりやすく無駄が減ったことになるのだった。それは役所もマスコミも、国民もまったくそこに疑問を抱かないので、その愚行がとまるわけがなかった。それが『わかりやすい政治』なのだから仕方がないのだった。

「公務員をもっと無駄なくしっかり働かせるためにその数を減らしましょう!」

 その政治改革案も誰も反対できなかった。しかしその実、臨時職員は数に数えないという公務員法の規定が逆用されてかえってそれが増えまくった。有能な臨時職員になるひとが増えて民間に人がいなくなる。しかも給料が少ないのでみんな貧乏になったのだが、彼はそれどころではなかった。ここまで改革を推し進めてきたので引っ張りだこで委員会から委員会、役所から役所、そして料亭から料亭とハイヤーで駆け回っているのだった。


「『痛みを伴う改革』キャッチフレーズはこれだな」

 政策アイディアマンの朝は早い。二日酔い止めを飲み、彼は今どき紙の新聞を読みながら朝のひとときを過ごす。改革のアイディアは次から次へとわいてくる。まさにこれぞ政策通、と彼は自負する。いつの間にかただの議員秘書から独立し、政策コンサルタントとしてあちこちの自治体に入れ知恵するようになった。事務所も永田町に置いた。小さな事務所だったが、だんだん手狭になって、最後には国会を見下ろすホテルの一室を事務所として借りるようになった。


 とあるインタビューで結婚はしないのか、と聞かれた。言葉は選んだが、実質ばかばかしい、と彼は答えた。なぜこんなに奮闘しているのに女なんぞの機嫌をとって、金を渡し家を預けなければならんのだ、と。住むにはホテルの事務所がある。情欲なら口の堅い秘密のクラブ、『悪所』があり、気分次第で様々な相手を愉しめるのになぜそんな女と結婚せねばならんのだ、と。結婚は男の墓場だ、と彼は言うのだった。少子高齢化だの非婚社会を批判しても、彼にとっては自分は例外だし、女性も彼にとっては子供を産む装置であり、情欲を処理する装置なのだから、こうするのには彼には何の迷いもないのだった。


「ムダな公共事業を減らしましょう! そのためにダムを作るのやめましょう!」

 それも誰も反対しなかった。ダムを造るために立ち退いた人も政策が途中で変わってメーワクを受けた。反対派は万々歳だったが、どっちにしろダムを造るその田舎では自立して経済を営めるわけがなかったので、ダムを造ろうが作らなかろうが交付金をもらって潤うことには変わりなく、それをムダというなら無駄はどっちにしろ少しも減らないのだった。むしろとばっちりで定期的に貯まった土砂を捨てなくてはならない砂防ダムが放置されることになった。その結果機能しない砂防ダムだらけになり、水害や土石流が増えて余計に災害関連補償費がかかって税金が足りなくなるのだったが、それも彼にフィードバックされることはなかった。

 むしろ税金が足りなくなったこと『だけ』を彼が注目した。

「予算総額を減らしましょう! 財政を健全化しなければいけません!」

 しかし足りないものは足りないのだった。役所は足りない分は補正予算で賄おうとする。補正予算は管理が甘いのでどんどん変な使われ方をする。一部の人はそれで雑な査定でもらった予算で潤ったので文句は言わなかったし、他の人々も補正予算の消化に忙しく異を唱えなかった。

「国債の発行を減らしましょう! あれは借金です! 未来の子や孫に負の遺産を残してはなりません」

 彼の主張はますます熱を帯びた。それに反論できるものもいなかった。

 しかし日銀が買えば統合政府としての会計処理でまったく問題ないはずだったのに、それを国債の額でだけ判断することとなった。さすがこれが台所感覚である。そして国債発行で金利を調整するのは雇用対策の国際的なセオリーだったのに、彼の意見は日銀を動かした。日銀はリーマンショックで雇用が冷え込んだのに「行方に注視する」といって雇用がなくなるのを自らの策でとめなかった。日本の失業者は見殺しにされたのである。そしてその救われなかった失業者と共に、未来の子や孫の存在もその時点で消えてしまったのである。借金と負債の区別もつかないと役所は国民をバカにしていたし、国民もバカにされていることに腹も立てなかった。それがこの国の空気であり、信頼であり、『絆』の本質だからだ。美しい国・日本とはそういうことだったのだ。

「財政が苦しい今だからこそ、選択と集中です。科学研究は役に立つ研究に重点的に予算をかけましょう!」

 これも表だっては大きく反対できないアイディアだった。しかし学術研究というものがどういうものかわかれば、実にとんでもない話だった。でも現実に実施されてしまった。現実には役に立つ研究をする民間研究所がそのせいで圧迫されて苦しくなり研究者、とくに高い金で養成された人材である多くの博士を追い出す羽目になった。みな知恵もスキルもあるのに肉体労働や単純労働で低賃金で食いつなぐしかなくなった。投入した教育資金が知恵として回収できない、国家的にもとんでもない損失だった。

 しかも役に立たないとされた基礎研究にもお金が回らなくなるのだった。当然基礎研究すらできないところに役に立つ応用研究などうまくいくわけがないのだ。その上役に立つ研究をしろという圧力は研究偽装事件をいくつも起こすきっかけとなった。そしてその間に多くの博士や大学教員は海外、特に中国に逃げていった。

 残った日本は食いかすのような教育しかなくなり、しまいには大学と就職予備校の区別もつかなくなったのだが、もちろんこれも彼の知ったことではないのだった。もともと日本の最高学府を自負していた東大自身が自分が官僚を養成する予備校だと思い初めて疑わなくなってきていたから、ほかの大学はもっとそうなるのだった。そしてその馬鹿らしさに気づいた子供はとっとと海外の大学に行くのであった。それを教育格差と言い出したところでもう遅すぎるのだった。

「企業は本業に専念すべきです!鉄道会社は儲けすぎてるから駅ナカとか駅チカはやめさせて鉄道本体を頑張らせましょう!」

 これも大きな反対は起きなかった。しかしその結果、サービスはガタ落ちするし、鉄道本体は人件費でほとんど儲かってないのだったがそれを言うのは無視される鉄オタの話ということになった。結果鉄道会社は技術にも現状維持の投資もできなくなり事故が多発することになった。鉄道会社が鉄道以外の事業の利益で鉄道を維持し、それによってほかの事業を発展させる図式なのはかなり昔からなのだったが、テレビも新聞も彼もそんなことは知ったことではないのだった。

 というわけで不況がどんどん進んでいった。

「節約で乗り切りましょう!」

 彼のアイディアはそれだった。

「節電、資源リサイクル! まだまだできることはあります!」

 その結果財政出動はされず、世に言う失われた10年とよばれる事態が発生した。少子高齢化がこれで確定する。貧乏で子供も産めない。少子高齢化は貧困が起こしていることなのに少子高齢化が貧困を起こしていると勘違いも甚だしい。金もないのに結婚も子供もあり得ないのだが、そんなことは彼ら役所も政治家も彼も一切関心はないのである。

 そしてその結果、日本の異常事態に世界の市場が着目して、円高になった。

「円の強さは日本の強さ。日本が強くて実にいいことです!」

 彼はそう判断し、流行の日曜のワイドショーでもそう吠えていた。

 だがその強さはなんの役にも立たなかった。一部の金持ちが潤うだけで、しかもこのせいで格差社会がますます確定するのだが、彼と役所はすでに一部の金持ちのことにしか関心に入っていないのだった。そしてその半面、見捨てられた失業者とその子供たちの貧困のことは全く関心も持たず、そして役所の書類にそれが登場するまで長い放置が続くのだった。そして登場したところでそれを役所が事業として助けることはない。ボランティアに丸投げした『事業』で済ますだけなのだった。そんな国で子供が育てるのが困難なのは自明なのだが、『少子高齢化』は役所の説明の枕詞となるだけでだれも真剣には考えていないのだった。

 そして長引く不況で、日本の成長率は悪化していく。しかし為替の円高は続いていくのだった。

「成長はもうここらへんでやめましょう。スローライフ、ゆっくりした社会でいいんです。そうすれば、我々が成長の中で見失った『だいじなもの』に気づけるんです」

 彼はそのころそう雑誌のインタビューに答えた。

 成長以外なにもないのが人類史だし、周りの国は頑張って成長してるし経済そのものは普通に年1.8%は成長するのに、よりによって成長抑制を頑張ったために経済はさらに冷え切ったのだった。しかもそのスローで成長を放棄した国を押し付けられるこれからの若い世代がどれだけ悲惨かも、彼等は何も考えていないのだった。『だいじなもの』を見失っているのは他ならぬ彼等なのだったが、気づくことはないのだった。

「これからは女性も働く時代です! 女性の社会参加は大事です!」

 アイディアはまだ発揮される。実際は女性にできない仕事、逆に男性にできない仕事はどうしてもあるし企業には契約の自由があるので有名無実になり、それに騙された女性は人生と能力を棒にふるのだった。社会にとって大きな損失だった。当然婚期だけ逃して子供も産めない。少子高齢化はますますひどくなるのだった。しかもこの政策の恐ろしいことはだれも正面から反対できないので、法の番人である裁判所すらこの目標を満たせないのをごまかしていたのだった。裁判所すら守らないものを他の誰が守るのだろうか。しかも守れないなら法律の設計がおかしいはずなのだが、その法律のアイディアは一度出たら不磨の大典、金科玉条に簡単になってしまうのだった。

「障害者も社会参加する時代です!」

 当然障害者にできない仕事はあるし、そのためには様々な工夫が必要なのに先に数値目標だけが決まってしまった。結果無理に入れようとした結果法を守らせるべき裁判所までが偽装する始末となった。しかも障害者が働く前提で補助を地味に切りまくったために障害者が生きていけない。むしろ自殺者が増えるのに対応で自殺対策費とそのための人間が多額に必要になった。しかし役所はそれでいいのだ。予算と人間が必要になれば役人のポストが増え、役人の生活はますます安泰になるから誰もおかしいと言わないのである。行ってわざわざ自分の首を絞めることはない。

「自殺の原因となるいじめのゼロを目指しましょう!」

 そしてこれも数値目標先行でいじめ隠しが横行するし、報告義務といった事務が山積みになった。もともと教育改革の乱発で教育界が荒廃しつつあり、その結果学校の先生はろくに教育ができず、余計いじめがひどくなるのだった。

「虐待ゼロを目指しましょう!」

 これも同じ図式だった。虐待事件は明らかになる数が増えるが予算を増やさなかったために担当者の未熟による誤認で引き離される親子も増えてしまった。国家権力をこんな雑なアイディアでほしいままにした結果、国民生活がズタズタになるのは当然であった。

「個人が自由に働く時代です! 今こそ働き方改革を実現すべき時です!」

 その結果派遣法が変わった。しかしそれは企業のピンハネと丸投げの温床にしかならなかった。それで経済がさらに冷え込んで結果ピンハネと丸投げで儲かるはずのお金はほとんどないも同然となった。従業員がまた顧客でもあることも、彼らや経営者には見えなくなっていた。

「物言う株主で経済活性化!」

 その経済活性化のはずが、雇われ社長が増えてひたすらリストラと事業売却をやりまくって企業をボロボロにするだけして次の企業に渡り歩くイナゴ社長だらけになったのだった。

 日本経済がこれでもまだ解体にならないのはそれだけ日本が強かったからなのかもしれない。だが、それも過去の話である。そして海外に買収された日本企業が次々と甦ったが、彼等がまともに日本を相手にすることはもうなく、日本は貧相なくいカスのような国になっていくのは止まらないのだった。


 国会にある食堂で彼はカツカレーを食べようとしていた。その時、昔の同僚が離れて食事をしているのを見かけた。その男はざるの天ぷらそばを食べていた。ずいぶんそれがおいしそうに見えた。

 途端に彼は不愉快になった。たかが食事のくせに何がそんな楽しいんだ。人生で出世と自分のアイディアが世の中を動かすほど楽しいことはないだろうに。それがたかがざるそばで心底幸せそうにしやがって。このくそ小市民め。国会食堂まで来てなんだそれは。俺に対する嫌みか?

 俺の方がずっと幸せだ。

 気づけば彼はスプーンをカレー皿でカチャカチャ言わせていた。

「おう、なんかめちゃくちゃ不機嫌そうだな」

 総理補佐官がそう言ってきた。

「知らん」

 憮然として彼は答えたが、総理補佐官はその瞳で彼を見つめると、何か納得したような目になり、また一緒にカツカレーを食べ始めた。


 そのうち、彼は決断した。

「これは政権交代しかないな」

 彼のアイディアで永田町は踊った。国民も踊った。だがその結果、政治経験がろくにないもっとバカな政治家が増えて、毎日政治の議論ではなく揚げ足取りに終始するようになった。彼等の間ではもう日本の独立すらどうでもよくなったのだ。

「政治コンサルタントって忙しくて大変だよ」

 彼はそう言って滋養強壮剤をあおった。今日もまた駆け回らなくてはならない。

「ここまで財政が苦しいと増税しかないな」

 しかしそれ以上に経済が冷え込んで税収は増えないのだったが、それも彼は関心ないことだったし、財務省の税収担当にとってはもはや税収が増えなくても増税をするのはもはや宗教的な信条だったので止まるわけがないのだった。

「こうなったらゼロ金利で銀行に融資をどんどんさせるしかないな」

 しかしそれも遅すぎた。異次元の金融緩和と言っても諸外国に比べればあまりにも遅く額もGDP比で考えれば少なすぎた。すでにバカな経営者とバカな融資係しかいない上に役所が民業を圧迫しまくってるので不正融資事件ばかりになったのだった。

「もっと税金を節約するために、指定管理者制度とボランティアを活用しよう」

 それで民間もやれない貧乏な仕事で民間とは名ばかりの住民有志が燃え尽きるまでやって、燃え尽きたらもう後はサービス低下と、サービス残業だらけのワーキングプアを量産するだけだった。それをなんとかするために金をだそうとなったが、それは給料ではなく募集の宣伝費に使って盛大にピンハネの温床になった。しかもそれ以上に経済が冷え込んでピンハネ利益はないも同然になったのだが、彼等にとってピンはねをすることが大事なのだ。それで利益が出なくても。

「市民の声によく耳を傾ける行政を!」

 それでさらに混乱がひどくなった。当然一部クレーマーの言うことを真に受けるだけになったが、そのクレーマーを扱うことでメディアは暇つぶしのネタになるし、国民もそう思っているから馬鹿騒ぎは延々と続くのだった。

「もう、これに賭けるしかない」

 そして最後の秘策が発表された。

「オリンピックを誘致しました!」

 しかし経済効果以上に失うものだらけとなった。

 無駄遣い以上にパワハラ問題など続出で人々の心をボロボロに荒ませることとなった。それでもどうせ「感動をありがとう」になるだろうけど心ある人はもうすっかり嫌になるのだった。ただこれはまだ終わっていないので、その「感動」とやらでこのどうしようもない搾取と嘘で塗り固められたオリンピックが割に合う可能性はゼロではない。とはいえオリンピックの国際委員会IOC自体がその実態もとんでもないし、その日本の窓口JOCもまたとことん総無責任体制であるし、しかもそれを誘致した東京都庁もトップから幹部まですべて無責任な思いつきの組織であることは明白なのだ。新銀行東京がどうなったかも未だにごまかしたままだし、豊洲市場問題ではから騒ぎでじゃぶじゃぶと時間と金と人間を浪費しても、東京はそれが有り余っているのだから問題ないということにしてしまった。そもそもあのことで誰も困ってないそうだ。しかしそういうモラルハザードで日本が失ったものについてはだれも議論すらしないのだ。

 だから彼も、全く気にしないのだった。気にするのはバカのやることだと思っているぐらいだった。


 彼のアイディアはなおも止まらない。

「ビットコインで新たな金融の未来を!」

 暴騰するも結局はただのネズミ講レベルで終わる。欲得しか考えられないやつは欲得で忙しいので面白いものなんか作れないのだったし、詐欺の温床にもなるだけだった。

 それでも彼はアイディアを出し続ける。昼間は官邸、ホテルでワーキングランチ、夕方は官庁の委員会、夕方はワーキングディナー。夜は料亭。ハイヤーを駆使して駆け回る。

「地方を活性化しましょう!」

 彼の部下が活性化のレシピを作ってイベント立てる。その場は盛り上がるけど終わったら廃墟になるのだった。道の駅もいくつも失敗の死屍累々となった。

「もっとアイディアを駆使しないとこの資源のない国はやっていけない!」

 彼はそう信じ切っていた。


 そんなとき、とある講演先からの移動で車に乗る寸前、突然一人の女がマイクを向けてきた。

 そして彼のアイディアの結果起きたことをすべて追及してきた。いつの間にか隣にはカメラマンもいて、小さなカメラを回している。

「国民をそこまで馬鹿にして、何が政治のアイディアなんですか! なにが政策通なんですか!」

 彼女、若手ジャーナリストの追及は苛烈だった。それも普段と違い、要点を突いていた。だから彼にとって余計不愉快だった。

 それゆえ、彼は「そうかね。ところで君に政治の何がわかるのかね。生意気になにをやかましく。分をわきまえ、慎みたまえ」とたしなめるように言って、彼女を部下のボディーガードに振り切らせ、ハイヤーに収まった。

 ボディーガードが謝る中、彼は鼻を鳴らした。

「失礼だ。まったく、何なんだね」

 彼は不愉快を口にした。

「馬鹿な国民だから俺がアイディアをやっているんだ。下らんメディアに踊らされ、くだらん娯楽にうつつを抜かし、先も読めず決断もできん。そんな連中にアイディアなんぞあるもんか。ああ言うのを逆恨みというんだ。くだらん」

 彼はそう言い捨てたが、不愉快はその日ずっと続いたので、自宅に戻る前に「悪所」によって、彼女そっくりの女性を選んで金を払い、その男の情欲で存分にいたぶって解決し、また次の日からアイディアの仕事に励むのだった。


「出版に未来を!」

 そんなシンポジウムでも彼は講演した。

 出版の世界は大きくかわった。電子書籍になったり小説投稿サイトが増えたり通販が当たり前になったのだが、基本的なことは変わらなかった。

 才能は金を生み出さないが金で才能は買える。金を持っている企業と既存の金持ち出版社が余計安く過酷な労働を書き手にさせる結果しかうまなかったのだった。アニメーター、漫画家も同じだった。彼等才能で喰っているものは喰っていけなくても誰も困らないと思われた棄民となったのだった。

「才能に報奨を!」

 それも以下同文だった。いくつものパトロンサイトやクラウドファンディングの仕組みができても、結局は才能なんか儲からないというのを実証するだけだった。


 さらに彼は訴え続けた。

「悪いやつを捕まえよう!」

 経済の冷え込みで少子化は著しく、人手不足だった。警官が足りず治安は悪くなるし、それ以上にマスコミ報道で体感治安が悪化して民度が下がってさらに経済が冷え込むのだった。

「ここは政治にもっといいアイディアが必要だな」

 そこで彼は呼びかけたのだった。

「『政治2.0』だ! もっと質のいいキレるコンサルタントを増やしましょう! いい知恵を集めればもっといい国になるはずです!」

 彼は走り続けた。

 そしてあの始まりの選挙から30年が経とうとしていた。

 まだまだ日本には懸案が山積みだった。

 仕事はまだまだあるのだと彼は思っていた。



 そして、彼の永田町、議員会館近くの執務室。

 冬の夕日が指す部屋で椅子に腰掛けたまま資料を繰って忙しい彼に、部下が言った。

「先生、いいアイディアがありますよ。もっと冴えて核心的な」

 彼は気づくと、目を丸くした。

「そうか! お前もアイディアを出すのか!」

 部下は頷くと、彼に向けて拳銃を抜いた。

 その部下の放った銃弾は彼の眉間を撃ち抜き、頭を吹っ飛ばし、椅子に座った身体を3メートル飛び退かせた。

 射線上の国会議事堂のよく見える執務室の防弾窓に飛び散った脳漿と、彼のまだ生暖かい屍を見下ろし、部下はため息をついた。

「なんでこいつを誰もこうしなかったんだ。ここまであまりにも犠牲が多すぎる」

 だが、部下もわかっていた。それでも彼の同類はまだ山ほどいるのだ。

 それも銃弾の数より多く。

〈了〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パーフェクト・アイディアマン-平成を作り続けた男 米田淳一 @yoneden

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ