第22話 # 揺れ
間違えて持ってきたそば殻の枕。電車それも割と人がいる中で小脇に枕を挟んでいるのは恥ずかしさがあった。恥ずかしさはある。しかし、園はそれどころではなかった。
〈…勢丹前です。副都心線。都営新宿…〉
隅に隠すように置いたスーツケースの上に腰掛ける園は電車の揺れに合わせ、その度に少しだけドアに近づき、元の位置に戻りを繰り返す。
園はしばらくスマホを見るに見られなかった。スキャンダル自体あるとしても有名になってからだと園は勝手に思っていた。本当は。しかし、現実にはそれがあって、あのトーン。デビューの前に活動辞退となる可能性もあるような口ぶりではなかろうか。園には受け入れ難い現実だった。というより、いきなり現れた現実の醜悪さを突きつけられた気分だった。
着信音は聞こえている。ポーラをどのように励ますべきか擁護すべきかそれだけが頭の中をぐるぐると回っていた。
四ツ谷駅を通る。次の赤坂見附駅を通り過ぎればもう乗り換えの駅だった。その頃には、園の決心もついた。友人に起きた不幸な現実と向き合う決心がついた。
まんだ : 聞いた?ポーラの 14:17
まんだ : ポーラホントやばそう 14:17
まんだ : 会社に行くからニンも後からでもいいから来て 14:21
園忍 : うん、今向かうね14:36
山澄 :ポーラさんの…聞きました? 14:15
園忍 : 聞いたよ… 14:36
芽李子 : ポーラちゃんの 13:51
芽李子 : どうしよう… 13:52
園忍 : どうすることも出来ないよね…まだ見てないからわからないところもあるけど 14:38
園忍 : 受け入れてあげるぐらいだよね 14:39
結局は芽李子に話した通り、メンバーに出来ることと言えばどんなものでも受け入れてあげるぐらいしか出来ない。消すということも出来ない。載せた本人がどうしようとインターネット上にアップロードされてしまったら最後取り戻すことなんて出来ないのだ。理屈的にはそうだ。
しかし、感情は別だ。何故?と思う。いや、どんな感情から載せたのかなんてだいたい予想がつく。でも、そうとはいってもやはり、園の中ではなぜという疑問が湧くのは抑えきれないのだ。
園は意を決してインターネットで調べてみる。まだデビューしていない行合坂女子学院の知名度それ自体なんてないみたいなものだ。だが、その背負わされた「IKB公式ライバル」、"あの"丸内亘プロデュースその二点のみが持つ注目度。そしてまだ活動したての行合坂女子学院にはファンがほとんどいないこと。擁護よりも、面白がったり貶す反応がほとんどだった。
ポーラのプリクラ自体は何でもないものである。高校生なら撮っていてもおかしくないそのレベルのものだった。
彼氏風の男とキスをしていたりハグをしていたり。チャラめの男友達とのプリクラだったり。それが6枚。高校生なら撮っていてもおかしくないものだ。しかし、アイドルであれば問題になる。
掲示板に書かれた内容を読んでいた園だったが胸糞が悪くなり画面を閉じた。気づけば、乗り換え駅の国会議事堂前だった。園は急いで出ると、ムカムカとする心を落ち着けようと胸に手を当てる。じくじくと悪意に心臓を啄まれていた。
脇に抱えたそば殻の枕がザザザッと音を立てた。
ッフー…。園は深呼吸をして自分の中に芽生えかけた悪感情を追い出そうとする。しかし、なかなかそれは消えてはくれなかった。
*
園はスーツケースを手に階段を駆け上がる。ポケットのSuicaを取り出すと改札口にかざす。その際スーツケースを何度も改札口に当ててしまう。
驚いた駅員がこちらを見た。
「すいません!」
頭を下げると園はその脇を走り抜けた。
・
・
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園はサニーミュージック行合坂ビルのアイドル事業部にいた。ピリついた空気を園は感じた。猿渡マネージャーの姿を探す。いない。
園は先に行くと言っていた志鶴の姿を探して階段前の自販機コーナーまでやってくる。そこはここへ来るといつも園たちが屯してしまうところだった。
志鶴が群青色のロビーチェアに一人座っていた。手にはお茶を持っている。園は思わず座る志鶴に駆け寄った。
「どうしたの?ポーラは?」
「会わせてくれなかった……。」
志鶴はスマホを園にかざした。
「ポーラから反応ないし……!」
確かにポーラへの心配のLINEは未読だった。もしかして、と園は自分のスマホも見てみる。未読だった。
「やめちゃうのかな?……ポーラ……。」
「大丈夫だよ。絶対。」
園は涙を溜めた目でこちらを上目遣いに見てくる志鶴の肩にそっと手を置き、同じ目線になるよう園は屈む。
スーツケースが床と接して音を立てた。
ギィッ。階段へ続く扉が開かれる。でてきたのは猿渡マネージャーだった。
「どうしたの?…って茉莉花の件よね。」
横に座った園の胸に志鶴は頭を預ける。猿渡は志鶴と園の顔を見てすぐに何故泣いているかが見当がついたようだった。
「なる前のことだし、処分は軽いわ。過去のことはどうしようも出来ないから。」
そう言って猿渡は自販機に向かう。猿渡はコーンポタージュを買うと二人に渡してその横に座った。
「熱ッ!」
二人は猿渡に渡されたコーンポタージュをおずおずと手にするとそう反応した。熱すぎて持てたものではなかった。園と志鶴は思わず膝に落としてしまう。
猿渡はその様子を見て笑った。園と志鶴はじとりと猿渡を睨む。
「これぐらいのことなんてよくあることよ。仕方ないの。仕方ないから、どれだけ出てもいいって話では全くないんだけどね。」
猿渡は二人の頭を撫でると去っていった。猿渡はそのような事は言ったが思うに今回のプリクラ騒動が偶々本格始動前で良かった。そう思うほどプリクラの内容がアイドルとしては致命的にもなり得るものだった。今は失う人気自体がないのが不幸中の幸いだったと猿渡は思う。
「ポーラは辞めないってことかな。」
「そうみたいだね。」
二人はスマホを開く。
辻井ポーラ茉莉花 : 本当にごめんね、辞めなきゃいけないとはならなかったんだけど謹慎することになったの… だから直接は会えないみたいで 15:02
辻井ポーラ茉莉花 : えっと、謹慎明けたらまた一緒に頑張ってくれる? 15:04
園は"もちろん"とだけ返した。園は安堵で壁に頭を預けると大きく息を吐いた。ちりちりとした心の奥底の不安が沈静化していくのが感じられた。
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