第15話 #仲良くなっても
花恩の周りには人が集まっている。グループ7の謝罪行脚を終えた花恩は何故か揉みくちゃにされていた。花恩は何故こんな事になったかわからないから呆然として、されるがままに猫可愛がりされている。
花恩の視線は自然と園を求めキョロキョロと動く。しかし、花恩の視界には園はいない。隣の席にいるはずなのに見えないのだ。
何故花恩の見えるところに園たちがいないかと言うと、花恩が囲まれているのも理由の一つだが、花恩をきっかけに、園たち3人はグループ7のメンバーと仲良くなっていて、花恩がグループ7のメンバーに揉まれている間、他のメンバーに芽李子や静佳たちを紹介していたのもその理由の一つだった。
「花恩ちゃん、コレ食べるー?」
花恩はデザートの杏仁豆腐を一口口元に運ばれると、困惑顔ながら食べてしまう。それがまた、周りの子には可愛く感じるようで、黄色い声援が飛ぶ。最早ペット扱いだった。
もう一度助けを求め、園を探すが姿は見えない。むー、花恩のへの字に結んだ口からそんな音が聞こえてくるかのようだった。
花恩の眉間にシワが寄る。それを見た瞬間、どうしたのーとシワが指で広げられる。それをされた瞬間花恩は暫く脱出はできないのだと観念した。
*
園は一人でロビーに座っている。真っ暗な中庭をぼんやりと見つめている。時計は夜21時32分。皆が明日の不安を消し飛ばそうと園の部屋に集まってガールズトークをしていた。しかし、園はそのノリに暫く付いて行ったが途中で付いていけなくなったというより、何となく一人になりたくなり、ちょっとお腹痛いかもとか言って中座してきたのだ。
皆がこの一日だけで仲良くなり過ぎた。しかし、明日は園がここから出ていかなくてはならないかもしれないし、芽李子や志鶴が出て行かなくてはならないかもしれない。あの中の何人かは確実にホテルを出ることになる。
ソファの上で、園はぼんやりと頭の片隅でそんな事を考えたり、ただ、ぼーっとしたりを繰り返していた。
スマホをジャージの尻ポケットから取り出す。母親から着信があったようだ。園は時間を見る。21:47。多分、母親は起きているだろうと思った園は電話をかける。
プルルルル、プルルルル。
「あ、お母さん?」
「何?遅くに?」
母親は自分が電話をかけたくせにそれを忘れているのかどこか鬱陶しそう電話を受けた。
「いや、そっちが電話かけたんでしょ?」
「ああ、昼頃。三次審査だっていうでしょ?どうかなって思ったのよ。お母さん。」
園はカリカリと肘置きの端を爪で掻いた。こちらだってどうだったか聞きたい気分である。頑張ったし、迷惑を周りにかけることもあまりなかったとは思う。一回だけ皆で三角形になる所を反対に出かけるという大きなミスをしたがその後は園としては無難に終わったのかなとは思っていた。
「フツー。可もなく不可もなくって感じ。」
「そう?結構、忍は昔から本番に強いタイプだから。大丈夫よ多分。」
多分じゃなと思いつつ園は照明を見上げる。一応シャンデリアにはなっている。
「…お母さんは応援してくれるの?アイドルになったら。」
家族が応援してくれているか否か。それは、皆と話していても話題になった話だった。
「んー…私はねぇー…。忍、アイドルになりたいとは思ってなかったから、ねぇ。ま、なったらガンバなさいよ。忍の人生だもの、寄り道もいいの。」
うん。園は頷いた。置き時計の振り子が等速で揺れている。
「ま、アンタがなれるとは思ってないけどねー。」
「はぁー!?何それ!」
母親は誤魔化すようにそう言うと園の文句を笑って受け流した。園はそれじゃあね、と言うと電話を切った。
園の心臓を掴み鼓動をふわりと抑えるかのような、園の中の何らかの情動は消えていた。父親からLINEが来ていた。
スティーブ : Honey, "Love the life you live. Live the life you love."
それだけだった。自分が歩む人生を愛せ、自分が愛す人生を歩め。ボブ・マーリーの言葉だ。ジャズピアニストをしていた父親だったがレゲエも好きなのだ。いきなり送られてきた名言にどう返せばいいか分からず、とりあえず園はスタンプを3つ送った。
「エンニン!ここに居たのー?あまりに遅いから、探しに来ちゃった。」
そう言った芽李子はコンビニの袋を片手に下げていた。両脇に居る志鶴とポーラにその後ろの萌も同様だ。明らかに探しに来たという様子ではない。
「いや、違うでしょ!それ!」
「あ、バレちゃったぁ?」
ポーラはコンビニの袋を顔の横まで持ってきて、わざとらしく、すまなさそうな顔をした。
「じゃあ、行きましょ!エンニン先輩!」
萌がそう言って、園の脇をもってぐいぐいと引っ張り上げる。
「行くから、行くから。」
園は4人と共にエレベーターの前へ向かう。受付の前を通ると、笑顔でホテルのフロントの人が会釈をしてきた。
「お疲れさまでーす。」
そう園達はフロントにいるそのホテルマンに言って通り過ぎていく。
園はエレベーターの昇降ボタンを少し屈んで押す。
「何買ってきたのー?」
「ジュースとかー…野菜チップスとか!」
ポーラがコンビニの袋の中を見ながらそう言った。その姿に誘われた気がした園はポーラと一緒になってポーラのコンビニの袋の中身を見た。
「これ、野菜チップスじゃなくてポテチじゃん!」
ポーラはそのツッコミを待ってましたとばかりにへへへと笑った。エレベーターが来る。5人は次々と押し合いながらエレベーターに入っていく。
ガチャン。ドアが閉まる。一瞬五人は無言になる。
「ねぇ、受かるかな。」
芽李子は誰にということもなく呟いた。芽李子は自分の心の奥底で思っていた疑問をつい言葉に出してしまった。そんなつもりはなかった。しかし、この閉鎖空間と一瞬の無言が芽李子の本音を引き出したのかもしれない。
「…受かるよ!きっと。」
志鶴はそう言って、うんと頷いた。それは自分に言い聞かせているようでもあった。
「大丈夫だよ。ずーるも、めりりも。」
"日本人"だもん。ポーラはその言葉を皆に聞こえないように唇に乗せた。ポーラは思う。"ハーフ"の外見の異質性だけで不合格にされないだろうか、と。
ポーラは小中と学校ではずっと無視されてきた。それは日本人のクウォーターという、より外国人に近い外見からとしかポーラには思えなかった。
今回のオーディションを落ちたら父の実家があるペンシルバニア州に留学するとポーラは心に決めていた。ポーラには幼少期から続けているバレエの仲間もいるとはいえ、やはり外国の方が暮らしやすいような気もしていた。
ポーラの横にいた志鶴はポーラの不安げな横顔を見ていた。何かを呟いたのも見ていた。
だから、志鶴はポーラの肩にまで手を回してぎゅっとポーラを抱きしめる。ポスッ。志鶴の右手のコンビニ袋がポーラの背中に当たった。そして志鶴は言う。
「ポーラも大丈夫。」
ポーラはこくりと頷いた。
チン。三階にエレベーターが着く。しんみりとした空気がドアを抜けて廊下に出ていく。それを振り払うかのように萌がポーラの背中を叩く。
「ポーラさん!元気、元気!」
そう言うと萌は302号室のカードキーを持って走っていった。園も萌に続いてポーラの背中を叩くと、振り返ったポーラのポテトチップスとジュースの入ったビニール袋をひったくり逃げる。
「ちょ、ちょっと!」
ポーラが園を追いかける。それにつられて、芽李子も志鶴も走り出す。もう、辛気臭いとした空気はどこにもない。
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