第13話 #夕食
ダンッ。急増のグループ20人が足音を揃え、鏡へ園たちは一斉に指を向ける。
大人たちの手前、緊張したダンス審査が終わると、皆息を吐きその場に崩れ落ちる。体力には自信のある園だったが、いつもとは違う筋肉を使い、更に目の前に大人たちがずらりと並び緊張を強いられた結果、冷や汗も含めたいつも以上の汗が園の前身を伝う。園もその場に崩れ落ちた人の一人だった。
社交ダンスの
「皆、お疲れ様!夕食は、大ホールの方に用意してあるからそこで食べて!お風呂は夜の11時までだから早めに!今日は解散!」
それだけ言うとトレーナーも外へ出ていく。一緒に練習した6人の仲間の一人が四つん這いで近づいてくる。顔に疲れが見える。彼女は辻井ポーラ茉莉花。名前の通り同じハーフでもある。
「ああ"…疲れた。疲れたねぇ?忍ぅ。」
「んん。ホント疲れた。ヤバいわ、コレ。」
ポーラはそのままにじり寄ると足を放り出して天を仰ぐ格好となっていた園の膝に倒れこむ。
「忍!」
背後から志鶴の声が聞こえると思ったら急に肩が重くなる。
「重っ!」
園が冗談めかして言うと、パンッと頭を叩かれた。
「もうっ!」
園は笑いながらも二人を支えながら立ち上がる。ポーラは立ち上がっても膝から肩に頭の位置は変えたものの園にもたれかかるのをやめない。
「忍の肩。ジャストフィット。もうここで暮らしてけるー。」
ポーラがふざけてグリグリと忍の肩の上で頭を振る。ポーラの黒髪が園の耳に当たる。
「ご飯行こ。ご飯。」
志鶴がそう言ってお腹をさする。志鶴の腹はもう今にも鳴きそうだった。
「ああ、行こ行こ。ポーラも!」
園がそう言うとポーラは肩から顎を退けたもののコバンザメの様に園の背中からくっついて離れない。
園はLINEを確認する。芽李子からのLINEが二件来ていた。
芽李子 : 一緒にごはん食べよー
芽李子 : グループ7でできた友達もいるー
園忍 : いいよー、こっちも友達できたから連れてく
芽李子 : りょ
「ねー、他の班に友達いるんだけど一緒に食べない?」
「いいね!大丈夫だよ私は。」
志鶴はそう答えた。ふと横を見ると、志鶴はケータイを見て険しい顔をしていた。
「どーしたの?」
ポーラも気付いたようで園より先にポーラは険しい顔をする志鶴に声をかけた。
「んー、親からちょっとねー。」
「そうなんだー…。ウチは楽なもんだよ。結構放任だからさー。」
そう言って、ポーラは肩をすくめた。
3人がたわい無い会話をしながら、大ホールまでの廊下を歩いていると、とぼとぼと廊下の右端を所在無さげに歩いている女の子がいた。園は後ろ姿から花恩だと気づいた。二人のおかげで勇気ゲージが溜まっている園は臆せず声を掛けてみた。
「花恩ちゃん?」
園がそう言うとハッと花恩は振り返ると、そのまま走って園の胸に抱きついてくる。
「どうしたの?」
園は花恩を抱きとめると、サラサラしたその髪を撫でる。
「逃げちゃった…。」
「え、どうしたの?」
花恩は頭を園の胸に擦り付けるとずり上げるように泣き始めてしまった。園は助けを求めて横に立つ二人を見た。二人とも肩をすくめ役に立たない。園は屈んで花恩と同じ目線になる。
「花恩ちゃん、言ってみ?どうしたの?」
「…ヒッグッ…あ"のね、逃げちゃったの。我慢出来なくて…!…審査の時にミスしちゃって…わからなくなって…真っ白になっちゃって…!!」
絞り出すようにそう言うと花恩はその首筋にぎゅうっと抱きついてまた泣き始めてしまった。園は花恩の頭をゆっくりと何回も撫でる。
「大丈夫、大丈夫だよ。」
花恩が泣き止むまで園はそれを繰り返した。志鶴とポーラは彼女達とっては顔見知りでもない女の子が泣くのをどうすればいいかわからずも隣の二人も腰を屈めて見守る。
「……ねぇ、どうしよぉ…!花恩落ちちゃうよ…。」
花恩がその大きな目に涙を溜めて上目遣いにこちらを見る。それを聞いて、ポーラは脳の片隅で言わなかったが、審査を棄権した様な形だから、可哀想だが落ちても仕方ないと思った。
「大丈夫。花恩ちゃん。まず…どうしよかな…謝り行こっか?一緒に。」
「…誰に…?」
花恩の心の中には自責の念や焦燥感や悔恨が渦巻き、他の人のことを考える余裕は全くなかった。何故自分はミスした時に棒立ちになってしまったんだろうとか、何故自分はスタジオを飛び出してしまったんだろうとかそれらだけが花恩の頭の中をぐるぐると回っていた。
「ダンスはみんなで合わせるでしょ?花恩ちゃんが出ていったから、それでグループのメンバーに、迷惑がかかったかもしれないよね?だから、まずグループのメンバーに謝りに行こうね。一緒に。」
「…うん…。」
花恩が園の服の二の腕の部分を掴んで、園に訴えかけるような目をする。園は頭を撫でてやる。
「一緒に行くから、大丈夫だよ。」
園はこの挨拶回りが丸内先生の目に留まることを期待していた。いや、丸内先生の目に留まらなくても、審査員の目に留まるかもしれない。
しないでこのままよりは、花恩が受かる可能性も僅かばかりでも上がるかもしれないし、花恩自身気に病むことが少しぐらい減るかもしれない。このぐらいが妹のように感じる花恩に園がしてやれることだった。
園は背を伸ばして、志鶴とポーラの方を向く。
「私、花恩ちゃんと一緒に謝りに行くから。二人は先に食べてて?」
「私たちも行くよ、一緒に。ねぇ志鶴。」
ポーラがそう志鶴に問いかけると志鶴はもちろんと大きく頷いた。
「ありがとう、二人とも。」
そう言うと園は、先に食べててと芽李子にLINEを送る。
「花恩ちゃん。20人の顔覚えてる?」
園がそう花恩に聞くが花恩は自信なさげに顔を縦に振る。その仕草から園は覚えてなさそうだと思った。
「二人は写メ撮った?グループ分けの。」
「ああ、アレ。撮ってない。」
志鶴が申し訳なさそうに言うとポーラも同様に申し訳なさそうに首を振った。それなら、花恩が覚えている人から謝りに行くしかないなと園は思った。そして、大ホールに入るとまだ人は疎らだ。シャワーでも浴びに行った人が大半なのかもしれない。
「同じグループの子いる?」
「あっあの子、あの子です…。」
花恩は落ち着いてくると敬語を忘れていたことに気付いた。花恩は歳上の園に今更ながら敬語を使う。4人はその女の子が座るテーブルまで近付いていった。
「すいません!花恩ちゃんと同じグループだった子ですか?」
「そうですけど……あ、花恩ちゃん!心配したんだからねーみんな!急に出ていくんだから!」
その女の子はふと振り返る途中で花恩が目に入った様だった。
「花恩ちゃん、謝ろね?」
園が花恩の背を摩りながらそう言った花恩はこくりと頷く。
「ごめんなさい!」
その女の子はきょとんとしている。何で謝られるのか不思議に思っているようだった。
「花恩ちゃんが途中でダンス審査出ていって迷惑がかかっただろうからって、メンバーに謝りに行ってるんだー。」
「あぁ〜、そんな事ないよ。迷惑なんて。みんな心配してたんだから、花恩ちゃんのこと。」
志鶴が横合いから事情を説明すると、納得した顔をその女の子は見せる。そして、その女の子は花恩の頭を撫でて慰めていた。
園は安心する。ダンスをしている途中で抜けられたら、多少なりとも混乱するだろうし、中断を挟むことにもなっただろう。苛つきを覚える人もいたかもしれないと思っていたのだ。皆心配していたという情報だけでも嬉しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます