第12話 #1日目
トレーナーの指示でステップを踏む。
「そこ、ズレてるよ!ダカダカダカダン!だから!わかる!?落とすからね、ちゃんとやらないと!」
「すいません!」
園から見て二つ右の4番のシールを胸元につけた女の子が怒られる。先程まで怒られてきたのは何を隠そう園だった。リズム自体は取れる園だったが、本来とは違う足を出してしまったり、ステップ自体は出来ても上半身の動きを忘れてしまう。
「最初から!」
鏡で自分の足が間違ってないか確認する。確認しているとその他の動きが疎かになるのは仕方ないことだ。しかし、それを見逃される道理はない。
「ねぇ!?」
音楽がぶつっと止まる。
「アンタ、さっきから間違えすぎ!6番!やる気あんの?」
目と鼻の先まで歩き寄ってきたトレーナーは園を見上げる形で怒鳴る。
「やる気あんのかってんの!」
「あります!」
園はついつい肩幅に足を広げ腕を後ろで組んでしまう。頭の中で、ある名作映画の軍曹と目の前のトレーナーが被る。事あるごとに園を怒鳴るが、あの軍曹に比べればこのトレーナーはお上品なものだ。
「足を注意するのはいいけど、これダンスだから。全体の体の動きがあってダンスなの。アンタの盆踊りなんて、だっれも見たくないワケ!わかる?」
園はトレーナーのその言葉に頷く。トレーナーの注意する内容は確かにと思う部分しかない。このぐらいでへこたれる園ではないし、注意されるということは注目されているということだ。園は中々出来ず苛つく自分を抑え、自分の頭の中をプラス思考に持っていこうとする。
園がパンと頬を叩き気合いを入れ直した所でトレーナーがスマホを見ているのに気づいた。昼休みだろうか。昼休みかと思うと園は腹が減っているのを自覚する。
「昼休憩!一時間後また始めるから!お弁当は後ろに置いてあるから一人一つとって!」
そう言うと、トレーナーは部屋から出ていった。時計を見ると今は13:34。これからやっと昼食にありつけそうだ。気づけば、入り口近くの台に弁当が山と積まれている。その横にはおい!お茶が。
弁当の存在を認識すると、皆その台に群がるようにして集まる。園も弁当を確保すると、この部屋にずっといるというのも嫌だなと思った園は部屋を出ようと思いドアを開けると、ついてくる人の気配を感じた。
自然な様子を取り繕って後ろを振り返って見ると、目が合った。
「あ、こ、こんにちは…。」
「こんにちはー。」
園はソファと低めの長机の置いてある待合室のような空間を見つけ、弁当とお茶を手に座る。目が合った相手は園の対面に座った。疲れもあって人間関係に関する勇気ゲージが0状態の園は下を向いたまま相手に構わず弁当を食べようとする。
「ねぇ!」
相手がそれを制止するように話しかけてきた。
「ダンス…あまり上手くないよね!」
園はそのあまりにも直球な言い方に戸惑いながら頷いた。
「私も、ダンス初めてなんだ!だから私も、下手だから…一緒に練習しない?」
「………いいよ。」
勇気ゲージを使い果たし人見知りになった園は、数十秒、白身魚のフライを食べ終わる間、考えた結果、了解する。その間、胸元に5番とシールを付けた子はぎゅっと膝の上で手を組んでいた。言わない方が良かったかなと悩んでいたのだろう。
「私は園忍。よろしく。」
「私の名前は萬田志鶴。頑張ろね?」
志鶴のその印象的な大きめの口で笑いかけられると、園の閉ざされた心の門が吹き飛ばされるような錯覚を覚える。志鶴の安心して目尻の下がった笑顔はそれだけ親しみを園に覚えさせるものだった。
*
園と志鶴は早めに弁当を食べ終えると、早速スタジオに戻って来ていた。志鶴がスマホでトレーナーの動画を園に見せてくれる。二人で話し合いながら自分のダメな所を直していく。
「だから、忍ちゃんはさ、まず、ここの
「了解。ちょっと見せて。本当だ…。」
園がその動画の見よう見まねで鏡を見ながらやってみる。
「そうそう!なら通しで!」
全身でリズムを取りながら、半回転して数拍置いて指差してその後ステップに入るところまでを志鶴に見せる。
「いいと思う!今度は私の見て!」
志鶴のダンスをトレーナーの動画をた見比べる。どうも、志鶴は
「志鶴のはリズムがずれてるみたいだよ。」
「そうなんだ…。どうすれば治ると思う?」
園は黙ってしまう。リズムは手を叩いてとったりする。手の動きは一旦置いといて、手でリズムを取りながら踊りのはどうだろうか、と園は思った。
「手を叩きながら踊るってのはどう?手を叩きながらだからリズムとりやすいし、いいかも。」
「んー、やってみる。」
そう言って手を叩きながら踊ってみるが、やはり志鶴のダンスのリズムは外れてしまっていた。というより、手で叩くリズムも課題曲と違ったリズムになっている。
「志鶴、リズム間違ってる!」
そう言って、園は正しいリズムで手を叩く。志鶴はきょとんとした顔でこちらを見る。どう違うか分かっていない顔だった。
このように二人で試行錯誤しながら踊りを矯正していると、小走りに近付いてくる人がいた。
「何してんのー?」
「ダンス、覚えられてないから、覚えようとしてるの。」
おっとりした雰囲気が特徴の子が話しかけてきた。おっとりした雰囲気を持つもののダンスはもう一番に覚えてしまったほどこの班の中で上手い部類に入る子だった。
「そうなんだー。私、力になれるかも。多分。ちょっと二人のダンスみせて?」
そう言われて、二人がダンスを踊るとアドバイスをくれる。それで劇的に変わるというわけではなかったが参考になるアドバイスだった。
ガチャ。トレーナーがスタジオへ入ってくる。その頃には5、6人で教え合うことになっていた。
「ちょっと教えるの下手だったかも!ごめんね!」
おっとりした雰囲気を持つ女の子、伊藤静佳が小声で自分の定位置への戻り際にそう言ってきたがとんでもなかった。素人二人で教えあうより断然効率が上がったのだ。感謝しないわけなかった。
「いや、ありがとう!全然上手だったよー。」
トレーナーが前に来ると自然と話し声がなくなる。
「1日目の審査は夕食前に行います。この班の半分は落とすから、完璧に振り入れするように!わかった!?合否は明日の朝発表。落ちた子は明日の昼のバスで家に帰ってもらうから。」
「はい!」
20人は夕食前まで夢中になって練習した。しかし、一日では覚えられないのは確かだ。園のキャパシティを超えかけている。一曲通して完璧に覚えているのは立ち位置だけ。あとは、完璧だと言えるところなど園にはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます