第20話

 企業連合の会議に参加すべく、山城・幾多・ミタカそれに拘留されているムントはサイト21の東側、熱帯魚の形で言えば尾びれの付け根にある高層ビルにたどり着いていた。


 何故そんな形かと言えば、ここ東側がこの高層ビルを中心に最も作業が済んでいるからというほかにない。東側の作業はH.E社というのが指揮をとっているらしく、汚染地区の業者界隈では有名なのだそうだ。


 ともかく、到着までの道中はレイダーに襲われることもなく何事もなかった。


 ビルの中に入ると、清掃は完全にいきわたってはいないものの、最低限の生活スペースを無人の清掃ドローンが行き来していて比較的清潔になっている。


 そこを各企業から集められた警備員や元軍属にも見える傭兵の類が、そぞろ歩きで周囲を固めていた。


 山城は企業連合の会議に出席するために上階へ、逆にミタカはムントの監視のために下の階へ向かった。ミタカはやや体調が悪そうにしていたものの、本人は大丈夫だ。と言っていた。


 猛毒の上位者と呼ばれる媒介者が風邪をひくというのは何とも奇妙な話だが、幾多はミタカに無理はするなと釘を刺しておいた。


 幾多の方といえば、会議室のある階と地上との間、他にも警備員や傭兵のいる中、できるだけ人気のない場所を選んで巡視していた。


 人目を避けたのは単に人見知りというより、アイオスの提案があったからだ。


「会議の中継を見れるって?」


『はい。会議にはテレビ電話で参加している方もいるのでちょちょいとシステムを弄れば会議の内容を中継できます』


「システムを弄るって、危なくないのか」


『それは心配なく、私は優秀なので足跡残さずシステムの中身を見ることなどお茶の子さいさいです。なんならその理由をお話しても』


「ああ、いいよ。話が長くなりそうだから」


『賢明ですね』


 いわゆる覗き見、とかハッキング、とかいう類であろう。違法行為すれすれではあるものの、それでも幾多は会議の内容が気になった。


 何故ならば、ナンセンのこれからにも関わるし、追っている弐部の正体にも辿り着けるかもしれない。それにもしかしたら稲荷の安否の確認に関わる事態に転じるやもしれない。


『中継、開始します』


 アイオスがそう言うと、ヘッドディスプレイに会議の様子が映し出された。


 会議室には会議用の長机と貴賓用のゆったりとした椅子が並び、所々では出席者がいない代わりにテレビ電話につながっている席もあった。


 そんな中、視線の注目が集まったのは山城だった。


「まずはお集まりくださった方、参加していただいた方に感謝します。それでは現段階で脅威となりうる組織、レイダーについて説明させていただきます」


 いつもの気怠そうな山城の姿はなく、そこにはE.A社サイト21所長山城の姿があった。


「レイダーは反企業派のコミューンから形成された武装勢力であり、サイト21各所に拠点を設けています。確認されただけでも18か所。下手な武装勢力よりも装備物資は豊富に所持しており、通常のコミューン勢力ではうかつに手出しができないほどの規模であります」


 山城がそう簡潔に述べると、どこからか口を挟む声があった。


「今回の会議はレイダーへの対策であると聞いているが、コミューンが手を出せないからと言って我々が鎮圧する必要性を感じえないのだが」


「質問に答えますと、現在レイダーは拠点化を行いながらもそこを中心に付近の企業に助力するコミューン、もしくは企業そのものへの攻撃も開始しています。これだけでも対策の必要性は十分にあるかと」


 山城はそうぴしゃりと回答した後、そのまま議題の発表を続けた。


「レイダー達のリーダーと思しき男は、弐部誠一。経歴は不明ながらコミューン達を纏める組織力からも前歴があるとして、該当がないか各企業の対テロ部門と情報を照合しています」


 また、と山城は言う。


「弐部誠一から盗み見たデータを復元検証したところ。現在の作戦段階はまだ準備段階であり、次の段階が存在するということです。その詳細については断片的なため残念ながら不明です」


 キーワードとしては供給停止、偽物、媒介者と幾多が拾った言葉が出ているものの、時間をかけた割には良い情報が抽出できなかったことが伺える。覗き見ただけではやはり不十分だったか。


 それでも無いものねだりをしても仕方がない。


「企みも十分大事だが。肝心のコミューン達が参加している理由は?」


「それについては懇意にしているコミューン達の調べで把握しています。理由は数か月前に起きたコミューンを標的とした集団拉致事件、その黒幕が企業側にあるという噂が主な要因となっているようです」


「噂でか!?」


「それほど、コミューンの企業不振が根強く。噂も結局は起爆剤となっただけかもしれません」


「しかし、それも少ない情報源から得た予測ではないのか」


 あちこちで山城を批判する声が大きくなっていく。どれも企業連合の各企業を納得させるには情報が少なく、曖昧な結論を出さざる得ないのが原因だ。


 そして、他の企業もレイダーに対する情報はほとんどなく、驚異の過小評価や批判一辺倒の者が多いのだ。


「媒介者といったが、例のムントとやらも関係しているんじゃないか」


 誰かがムントのことを持ち上げると、話題はそれに切り替わる。ムントを管理していた枕木燃料精製所への管理責任追及や、事態の放置により難民の反発を招いたことへの批判が噴出した。


 批判が多いのは消極性の表れだ。ほとんどの発言者はレイダー討伐に賛成しているものの、行動計画を作るほど積極性はなく、また金銭的人的負担にも曖昧な答えなのだ。


 それぞれの中途半端な作業領域の管轄権についても話が広がり、会議に統一性が無くなりつつあるかと思えた。


 その時、一番奥の席でテレビ会議に参加してた男が鶴の一声を発した。


「アービタ・エピデミックの被害の縮小の一因が何か、すでに認知のものだ」


 それは情報の伝達、人員と物資の誘導、選抜企業の即時投入、どれも企業連携によって迅速になされることで成る。これは現在、媒介者の脅威という点でなすべきことは何も変わらない。


「だが把握していない情報が―――」


 と及び腰になる者には、鶴の一声の男はエピデミック初期の情報というものはどれも不確定なものだ。なすべきことが変わるわけではない。と言い切る。


「媒介者の脅威の具体性が見えない以上、取るべき選択は計画を把握している弐部の早期確保。次いでは弐部に協力するレイダー達の鎮圧が絶対条件だ。これは一時的ではあるもののわが社が全面的に費用を負担し必要に応じては応援を送る」


 と、コストを度外視した発言をした。


 これには周囲の企業も安心したのか。鶴の一声の男に皆すぐ賛同し始めた。


 幾多はディスプレイ越しにその男を見て、アイオスに質問した。


「あの男、誰なんだ」


『H.E社取締役代表ですね。名前は』


「名前まではいいわ」


 おそらく今後関わり合いになるかも怪しいお偉方だ。名前を覚える必要もないと、アイオスの紹介を幾多は断る。


 それにしてもH.E社の取締役代表の人徳か、話はとんとん拍子で進み実働部隊の結成の話まで出始めている。


 幾多はもう十分か。とヘルメットを外して埃っぽい外気を吸った。


『中継はいいのですか?』


「俺は新しい情報を聞きたかったんだ。会議の終着地点が気になったわけじゃない。弐部についても稲荷についても良い情報はなかったし、これ以上聞いても無駄だ」


『わかりました。では中継は中断します』


 急に手持ち無沙汰になった幾多は気が乗らないものの、周囲の警備を続けなければならない。


 周囲に異常がないか探すが、当然そんなものはない。あれば問題だが、何もない警備というのは暇なもので退屈を感じる。


 うんざりしつつも、アポックの貫禄ある姿が目を引くのか。すれ違う他の企業の警備員や傭兵達に声をかけられ称賛をされるのは、制作者ではない着用者にとってもまんざらでもなく、それだけでもある意味慰めだった。


 そうして練り歩いているうちに、幾多は意外な人物を見つけた。


 リデルだ。


「よう、お前も呼ばれたのか」


 幾多がリデルに声をかけると、何故か彼女は間が悪いというような顔をした。しかし幾多は人の顔色を窺わない。


「ナンセンも来るなんて、所長は言ってなかったけど警備でも頼まれたのか」


 そう言って幾多はリデルの近くにいる数人、コミューンらしいラフな服装をした人たちを確認した。


 けれどもそこにいる誰もがナンセンでは見ない顔立ちだった。


「… …どこのコミューンだ。お前ら」


 幾多が不審に思ったのと同時に、額に固いものが当てられた。


 それは銃口だ。


「すみません。少しの間、身柄を拘束させてもらいます」


 リデルは幾多の額に当てた拳銃を握ったまま、冷たく言い放った。

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