第12話
その少女の第一印象はバブル期のセレブリティーを意識した時代遅れのけばけばしいおばさん、という感じだった。
「ハーローオー。山城、仕事は順調?」
幾多と山城が所長室にいると、入ってきたのは紫色のおかっぱ頭に、ラクーンファーのマフラーと派手なセーブルを身にまとい。歳は幾多とミタカの間くらいの若さにもかかわらずヒールみたいにかかとの高いブーツを履いていた。
身長もミタカよりわずかに高い程度でおねいさんというにはほど遠く、間違った方向に背伸びしている感のある風貌だった。
「電話ではさっきぶりね。ところで商売敵に会いに来るなんてどんな了見なの」
「やーねー。商売被ってるって言っても。住み分けできてるんだから関係ないでしょう。山城はつれないなー」
住み分け、とはおそらく会社ごとの清掃区域のことだろう。清掃作業はOMFRから委託され、その清掃作業の結果に応じて支払いがされているため。単純に作業範囲が多ければ多いほど収入源も多くなるということだ。なのでテリトリー争いが活発なサイトもあるらしく。汚染地区での企業の武装化を激しくする一要因にもなっている。
ただ問題ないことに、ここサイト21は比較的安定した領地分配がされており、互いに突発的な衝突がないようにこうしてコミュニケーションも積極的に取られている。
つまり、この少女もお偉いなのだ。
「紹介するわね。彼女は加生ちとせ、元黒田組の傘下にして自主独立した変わり種の清掃企業、加生クリーニングのボスにしてブレインよ。頭と口が達者で私も一目置いているの。見た目もある意味ね」
「いやーねえ。本当のことだけど恥ずかしいわね。サインいる? いらないか。頬と額にキスくらいなら許しちゃうけど」
「社会の眼と所長の眼が痛いんで、遠慮しとくよ」
この無駄に高いテンション、幾多はついていけないと思い、できるだけ話題に上がらぬようにとそっぽを向いた。
「そーいえばねえ。例の抑制剤入荷については考えてくれた」
「枕木燃料精製所のとこ? あそこも手広くやってるわよね。それはいいけどムントを逃がしてしまった責任をさっさとお抱えの部隊でなんとかしてくれないのかしら」
「だーかーらこそ、その失敗を取り返すために安く抑制剤を載せてるんだろうし。迷惑料もいただいてるんでしょ。おまけも欲しかったら、私から口利きしとくけど」
「そうして貰いたいね。いくら金を払ってるからって、汚染地区で一番価値があるのは安全であるってことだ。清掃作業も、特先としての本来の仕事も進められないし、経営が立ちいかなくなるのはどちらが先か」
それはともかく契約の方はするわ。と所長が言うと、まいどありーとちとせは人差し指と親指で小銭のマークを作った。
どうもこのちとせ、仲介料でも貰っているのだろうか。
「でね。仕事の話はいいとして、君が幾多だっけ。最近の話や逸話は山城から聞いているわ。どう、うちで働かない?」
急なスカウトに幾多は当然驚く。どうもこのちとせというのの、場の雰囲気やノリで言うような話し方は幾多にとって苦手である。
「どうして俺がお前の元で働かなきゃならんのだ」
「うちで働くならここの2倍の給金だすよ」
「… …」
露骨に現金な話を持ってこられると流石の幾多もぐらりとくる。それも2倍、怪しさ増し増しだがかなり惹かれる提案だ。
「こらこら上司の前で転職勧誘の話をするんじゃない。うちの貴重な特先の働き手だってのに」
山城はそう、釘を刺した。
「働き方を決めるのは上の人間ではなくて御本人だよ。それで、どう」
幾多は、正直何を話せばいいか困った。確かにありがたい申し出だし、言葉以上にちとせは幾多のことを買ってくれているのは分かる。
それでも、ダメなのだ。
「すまねえ。2倍給金を出すってのが本当だとしても、俺はちとせのことをあまり知らねえから急に雇うとを言われても信用ならねえ。だから断らせてもらう」
「そう、じゃあいいや」
大きく買って出た割にあっけらかんと、ちとせの諦めは早く。幾多としても拍子抜けだった。
真面目に取り合ったのが悪いのか、それとも本気だったのか。幾多はどちらだったのかと勘ぐりながらも口を閉ざした。
「さーて、ここに来たのは山城と久しぶりに顔を合わせたかったのも、企業連合の会議の打ち合わせだったり、色々あるけど幾多にはまた別の話があるの」
ちとせがそう切り出すと、幾多を指さした。
「あなたが探しているという前任者、稲荷荘司の足取りを追ってみない」
ちとせによると話はこうだ。
自分の記録をほとんど消して失踪した稲荷はそれ以来足跡を全く追えずにいた。
だが、どうにもちとせのチームが特先として作業中、偶然にも稲荷と共に姿を消していた、おそらく稲荷の失踪の際に使われたE.Aカンパニー所有のギガタイプエクゾスレイヴを発見し報せてくれたのだ。
本来ならミタカも連れて回収に向かいたいけれでも、残念ながら彼女は別の任務中だ。幸いにしてもアイオスさえいればギガタイプエクゾスレイヴの再起動が可能なため単独任務に支障はない。更に、ちとせがせっかくなので途中まで送ろうということになった。
そんな訳で幾多は今、ちとせの会社が所有しているギガタイプエクゾスレイヴ<ジョロウグモ>に乗っている。
ジョロウグモは装甲車のような下半身と作業もしくは武装用の上半身がくっついており、現在は40ミリ機関砲と対人スマートミサイルを装備していて、人間や媒介者程度なら殺しつくせるようなアタッチメントを積載していた。
もし幾多が彼女らの敵だとしたら、こんな重装備のエクゾスレイヴにひとりで立ち向かうなどという無謀はしないだろう。
ジョロウグモの内部は、代わり映えのない兵員輸送のためだけの武骨なデザインで、両脇に向かい合って座るようになっており。詰めて座れば8人ほどは座れそうな構造になっていた。
今のところはちとせと幾多、ちとせの護衛のために4人乗っている。そのうち一人は顔をすぐ近くで見たので分かったが、女性だ。ただし2メートルに届きかねない筋骨隆々の女性で、幾多のあいさつに軽く会釈を返すなど、寡黙な印象を与える人物だった。
「やたら、戦闘に慣れてそうな奴らがいるな」
「まあね。昔は壁の外で対テロ部門に所属してたからその頃からの部下なのよ」
幾多はちとせに話題を振り、彼女も幾多に話題を振った。
「そういえば、稲荷が失踪したのって最近のことなんだよね」
履帯の圧力によってアスファルトが変形、もしくは剥がれて車内に響く揺れは、話すのにも困難なほどだった。
たが辛うじてちとせと幾多が世間話をする程度には問題はなかった。
「時期的に言えば、ムントの脱走とほとんど同じ時期だな。それがどうした」
「よーするに私が推測すると、今回のコミューンの決起とムントの脱走、そして稲荷が行方を眩ましたのは無関係だとは思えないの」
その可能性については幾多もないとは言えない。ただし確証と言えるものはそうない。少なくとも稲荷は自分の都合や半端な理由から問題に首を突っ込んだり、むやみに騒ぎを起こさない堅実なタイプの人物だ。
「裏を返せばー、理由があれば、やる時はやる人間だってことね」
そうだ。と稲荷は車内の揺れに負けぬよう首を縦に振った。
「時に幾多、このコミューンの決起どこまで根が深いか分かるかしら」
「タブチや所長に聞いた感じじゃ。コミューンの一部、といってもどれくらいか分からないが企業への嫌悪感や不満が原因じゃないのか」
「それは、あくまでもコミューンから噴出した企業への反感、一部の感情にすぎないわ。その根っこの部分は汚染地区にいる以上コミューンに真に手助けするものがいない、誰も問題を注視してくれないといった世界の無関心さによるフラストレーション、それこそがコミューン決起の大元にあるの」
汚染地区という特殊な環境が孕む、負の感情サイクル。それがコミューン達の中にくすぶる反意の元凶だと、ちとせは指摘した。
「そのサイクルを回すのは何も世界の無関心さだけじゃない。汚染地区を取り巻く問題すべて、特に媒介者なんてのも一番の重大問題ね」
「汚染地区ができる元凶が媒介者なんだから、そうだろう。でもそれが何の問題だ?」
「大ありよ。幾ら抑制剤によって管理された災害なんて言われていても、実際はムントみたいな逃亡者もいるし、どの企業にも管理されず野放しになっている媒介者もそう珍しくない。危険性云々を無視したって、自分たちの勝手な要領要綱で扱って、何が管理された災害よ」
ちとせがいうには、あのOMFRでさえ媒介者の捕獲は徹底しているものの、その後の長期的な管理については模範となる条項など定めてはいないというのだ。
だからこそ、企業は媒介者を自由に扱え自由に管理でき譲渡などにも煩わしい規則がないのだという。
問題は企業本位の市場的な管理が、管理された災害のリスクを増やしているというのだ。
これはコミューンひいては人類の危機だというのに、掛かる費用とリスクマネジメントばかりで誰も理解しようとしない。
と、ちとせは媒介者の徹底した締め付けを主張した。
「そもそも、媒介者はビジネスライクじゃないことを知っていれば、私のように管理さえしないのだけどね」
「つまりビジネスに有利にするためにはどうしても危機管理の条件を緩める必要があるってことか。だから危ないと」
「そうよそうよ。幾多はかしこいなー」
ちとせは稲荷の頭を撫でようとしたが、向かい側に座っているために当然届かず。その場で手を伸ばしてゆらゆらさせるに留めていた。
「稲荷は、どう思ったんだろうか」
幾多も媒介者と接した当初、同じようなことを考えていた。ならば、稲荷も特先として媒介者と出会い、似た考えに至らなかったのだろうか。
媒介者は不安定で危険な存在、もしかしたら彼らは人類にとって排除すべき存在なのではないだろうか。
「けどよ。それと同じくらい、この汚染地区に最も適していて最高のパフォーマンスを出せるのは媒介者くらいなもんだ。そんな最高の仕事量をこなす仕事仲間を、排除しようとするのが足元にも及ばない人間たちの方なら足手まといは俺たちじゃねえか。そんなら多少の手の付けられなさは目をつぶるべきじゃねえのか」
「… …仕事仲間が真面目に仕事をこなす間は排除する気にはなれないと?」
「人類だって便利なものを扱うリスクってのも考えて発展していったんだろ。それを今更、生理的に受け付けないみたいな理由で遠ざけるのかよ」
「そう、確かにね。でも仕事への献身さだけが、媒介者を庇い立てする理由じゃないでしょ。幾多が単に、ミタカを嫌いになれないだけじゃなくて、愛着がわいているだけじゃなくて」
嫌いになれないから有効に活用する。捨てたくないから、大事に扱おうとする。
幾多が媒介者に感じるのは合理性ではなく、それは感情論なのだろうか。
「ともかく、結論を言えば、稲荷はどう考えたか。稲荷は責任感があり、冷静である反面目の前の問題をほっておけない性格でもあるそうだけど、彼は無視したのかな」
結局、行き着くのは幾多個人の考えではなく稲荷のことだ。稲荷を追いかけてみて、少しは何を感じているか分かっているつもりでいたが、今稲荷が何をしようとして消えたのかはさっぱりだった。
まさか、汚染地区を根底から変えようなんて馬鹿な話、稲荷がするわけが―――。
はたして、そうかと、幾多ははたと考えてしまう。
もし稲荷が幾多と同じように考えてくれたならば、もっとミタカから稲荷への親愛友愛を感じたのではないだろうか。しかし一切そのような話をミタカから聞いたことはない。
ならば行き着く結論は。
「稲荷は、でかい夢を語るが馬鹿ってわけじゃねえよ」
そうこう話していると、車内の揺れが小さくなり、ついにはエクゾスレイヴが重い腰を降ろし、停止したのを幾多は体感で感じた。
どうやら着いたらしい。
「ジョロウグモで近づけるのはここまでね。多脚式ならもっと近づけられるんだけど」
「構わねえよ。送ってもらったこと自体感謝しているんだ。後は自分でやるさ」
幾多はジョロウグモの後方扉が自動で開かれる中を、小走りで進みだした。
「幾多、これだけは忘れないで今汚染地区で起こりうることは全て、あり得ることなの。誰が敵か、仲間か。しっかり判断して悔いなき選択をするのよ。雇い入れの話も、忘れないでよね」
ちとせが言い終わると分厚い後方扉がゆっくりと閉まった。
幾多は先行きに不安を感じつつも、自分のこなすべきこと、仕事を最優先しようと歩みを速めた。
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