初対面でも壁はない


 先日、家族で買い物へ行ったときの話。


 見知らぬ貴婦人がトイレの前のベンチに座っていました。どうしても貴婦人の前を通らなければトイレに行けないので、「失礼します」と声をかけ、行き来しました。


 接客業の癖で、【パーソナルスペース(他人に近づかれると不快に感じる距離)】を意識しての対応なのですが、それがよかったのか、お会計を子供たちと待っていたら、貴婦人が声を掛けてくれました。


「あら、やだ! そんなに大きなお子さんがいたの!?」


 お世辞でもなんでも、こんな言葉を言われたら嬉しくなるじゃないですか! もちろん、満面の笑みで「ありがとうございます!!」と返事をしました。会話のやり取りを続ける貴婦人と私。その光景が子供の目には、【仲がいい】と写ったようです。


「知り合いなの?」

「ううん、初対面。今日、初めて会った」

「は? ウソでしょ? 知り合いでしょ?」

「ううん。知らない人」

「え? だって、知らない人とそんなに話さないよ……」


 若干、引き気味の我が子。自分が子供だった頃と今を比べるのはよくないですが、私が子供だった時は【人に触れて人を知れ】というような環境でした。例を挙げるなら、番組の最後にじゃんけんをする愉快な女性が出てくるアニメ。まさに、あのアニメのようにどこかを歩いていると、大人から声をかけてくれ、時にお宅に上がり込んではおやつを頂いたり。


 たくさんの人に触れる機会が多く、たくさんの人に褒められ、その分怒られました。だから、初対面の人と話す抵抗があまりないのかもしれません。ですが、現在は知らない人は【恐怖の対象】となっています。悲しいことですが、全世代で人と触れ合う機会が減ってしまいました。


 個人的に人との触れ合いは、自分にとっての財産だと思っています。素人ではありますが、私も物書きをする人間ですので、人を知らなければ人は描けない。それに、同じものを同じ場所で見ていたとしても、感じることは人それぞれ違うわけで。その違いを描くのに、同じ人物だけを見ていたら、一方方向でしか物事を捉えることができません。それでは、物語の登場人物が何人いても意味がない。違う考えを持つ人がいるからこそ、物語が成り立つ。


──すべては自分が物語を書くために必要なこと。


 最近では、そんなふうに思うようになりました。だからこそ、知らない世界にも平気で飛び込み、知らない人とでも普通に話す。話して得られることは多い。それがすべて自身の財産となる。そして、自分の書く物語を形作っていく。


 だから、私は初対面でも壁を作りません。これからも、たくさんの人と触れ合って、人間のリアルを描ける作家になりたいです。



 

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