本編

本編 1

 ―飛行機の搭乗口付近。

 ―ざわざわと人が行きかう。


 トモキ「あ! ねーちゃんの席窓側じゃんか! 変えてよー」

 ユキ「は? やだよ。私も窓側がいいもん」

 トモキ「どーせ着くまでねーちゃんは寝ちゃうんだから、俺に譲ってよ」

 ユキ「いーやーだ!」

 トモキ「いいじゃん! 空見たいんだから!」

 ユキ「私だって」

 トモキ「見ないでしよ、高所恐怖症の癖に」

 ユキ「飛行機は別なの!」

 トモキ「あ! 搭乗始まったみたいだよ!」

 ユキ「え? あ!!」

 トモキ「へへ! はい、ねーちゃんはこっちの席ね」

 ユキ「トモキ!」

 トモキ「ほら、あっちの空港着いたらバス乗るんだし、その時はねーちゃんが窓側でいいよ」

 ユキ「そんなの意味無いじゃん! ばかトモキ!!」

 トモキ「ほら、行くよー」


 ―トモキ、ユキは下手に捌ける。

 ―激しい風の音。ブル場の中、群衆がもがくように渦巻き、消えて行く。


 ―バス停と長椅子。幾人かの群衆は一定の動きを繰り返している。少女(ユキ)は長椅子に独り座り、手を祈るように組んでいる。

 ―チーンチーンチーンと三回高い金属音。ぶつぶつと会話をしているような小さな経が聞こえるか聞こえないかの大きさで流れている。

 ―照明がゆったりと点く。


 ―上手から老人(歳三)が息を切らしながら登場。



 歳三「ふぅ、ふぅ。ここ、良いですか?」

 ユキ「……。」

 歳三「あの、ここ座ってもよろしいでしょうか?」

 ユキ「……え? あ! はい、どうぞ。 すみません、気づかなくて」

 歳三「いやいや、失礼します」

 ユキ「はい……」

 歳三「いやぁ、最終便でね、もうすぐ着くから迎えにいく様に婆さんに言われたんですよ。間に合ってよかった」

 ユキ「……どなたをお迎えに来たのですか?」

 歳三「孫をね。六つになったばかりの」

 ユキ「六つ、ですか」

 歳三「ええ、些か早い独り旅ですがね。迷子になってないと良いのですが」

 ユキ「……心配、ですね」

 歳三「ええ。まだ、六つですから。泣いてないと良いのですが」

 ユキ「泣いていても、お爺さんの顔を見たら安心しますよ、きっと」

 歳三「ははは、そうだと良いのですが」

 ユキ「そうですよ」

 歳三「あなたは?」

 ユキ「私は……弟を待ってるんです。本当は一緒に来る予定だったのですが私だけ先に着いてしまって」

 歳三「あぁ、そうでしたか 」



 ―突然、客席に居た男(篤)が席から匍匐前進で舞台によじ登りベンチに座る。


 篤「あー、つかれた」

 歳三「おや」

 ユキ「えっ?」

 歳三「あぁ、たまにいるんですよ、こうゆう人」

 ユキ「そ、そうなんですか?」

 篤「おじょーさん、来たばかりか? まぁ、俺も此処は来たばかりだけど」

 ユキ「あの、えっと」

 篤「あ、俺篤ね。よろ。つーかマジ間に合ってよかったわ」

 歳三「いやいや、お疲れ様私は歳三と言います」

 ユキ「ユキ、です」

 篤「ういっす。はー、ってか、此処で良いんだよな? バス待ち」

 歳三「ええ、そうですよ。まだ少し待つことになりそうですね。 篤さんは何方を?」

 篤「あー、と、さ。母親、なんだよね。親迎えにいくるとか、恥ずかしいけどよ」

 ユキ「お母さん、ですか」

 篤「そ。俺さ、結構やんちゃして迷惑かけたんだよね。悪いこといっぱいしたからさ、もー、此処に来るまでマジ大変だったの。此処にもバスじゃなくてバイクで来ちゃったようなもんだし。今さらさ、会わせる顔がないっつーか。でもさ、やっぱ、母親だからさ、出迎えには来ないとね」

 ユキ「優しいですね」

 篤「いや、俺はそんなんじゃ……。あー、もう、忘れてくれ」

 歳三「ははは、照れなくとも」

 篤「いや、マジ勘弁っ! 柄じゃないねーわ、こんなん」

 ユキ「……バス、まだ来ませんね」

 篤「え? 遅れてんの? 」

 歳三「はて、どうでしょう。今日は(回りを見渡し)多いみたいですし、多少ごたついているのかもしれませんね」

 ユキ「来ない、ことはないのでしょうか」

 篤「あ? 何いってんのあんた」

 歳三「どうしたんだい? 此処のバスは何があっても必ず毎日同じ本数走って来るんだよ?」

 ユキ「そう、ですよね。そうですけど、来なければ良いと思ってしまいます」

 篤「そりゃあ、なぁ」

 歳三「まぁそうですね。……何かあったのかい?」

 ユキ「トモキ、あ、もうすぐ来るはずの弟なんですけど、トモキと喧嘩したんです。此処に来る前の飛行機の席の事で。」

 篤「あー、そりゃ気まずいかもしんねーな。でもよ、来るんなら謝ったら良いじゃねーか。俺も似たようなもんだ。ってか、俺の方が危機を感じる」

 ユキ「トモキ、男の癖に意気地無しで。一つしか歳かわらないのに、いつも、いつも面倒事に巻き込んで。姉ちゃんだからって尻拭いするのは全部私。……でも、弟なんです。私の、弟。

 ごめんねって言いたい。でも、此処に来て欲しくない」

 篤「わがままだなぁ」

 歳三「素敵じゃないか。全て愛情からなるものだから」

 篤「ま、そうっすね」

 ユキ「本当は、わからないんです」

 篤「ん?」

 ユキ「トモキが此処に来るのか。戻るのか」

 篤「戻る?そんなこと……」

 歳三「ユキさん、兎に角待ちましょう。此処であれこれ考えても、バスは必ず来てしまうのですから」

 ユキ「……はい。すみません、取り乱して」

 歳三「よくある事ですよ」

 篤「まぁ、来て欲しくないってのは俺も同じだけどね」

 ユキ「え?」

 篤「スゲー怒りそうだもん、かーちゃん」

 歳三「ははは、それは甘んじて怒られときなさいな」

 篤「へーい」


 チーンチーンチーンと三回高い金属音。

 ブーンとバスの音に似たような経が近づいて来る。

 人形のように固まっていた群衆が次第に動き、バスを待つ人になる。


 歳三「来ましたね」

 篤「あー、まじっすか。緊張する」

 ユキ「……トモキ」

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