優れた犯行手口

@nekonohige_37

優れた犯行手口

 「腹……減ってるんだろ?」

 そんな一言を呟いたのは、先ほど無言で室内に入って来た一人の警官だった。

 大きなマジックミラーと監視カメラ、そして簡素な椅子と机だけが設置されただけの恐ろしく無機質な室内で、透き通った彼女の声は良く響く。

 俗に取調室と呼ばれるその空間で、まさかそんな誘い文句を受けるとは思っていなかった男は、手錠で繋がれた椅子の上で思わず噴き出してしまった。

 「腹……減って無いのか?」

 「いや、そうじゃなくてよ」

 男がなぜ噴き出したのか判らなかったのか、その婦人警官は心底驚いた様子で目を瞬かせると、男が腰掛けているのとお揃いのパイプ椅子に腰かけて問いかける。

 その人物はぱっと見の年齢は20代半ばであり、お世辞抜きに『綺麗な人物』と評せるだろう。

 作業をしやすくする為なのか髪は後ろで一つに縛られており、それなりに鍛えているのだろう、無駄な贅肉の類は一切無くそこらのモデルよりも綺麗な体は豪奢なドレスなどでは無く、飾り気の無い制服で包んでいる。

 元々美貌に自身があるのか、それとも単に着飾る事趣味が無いだけか、最低限の化粧の下で光る瞳は真っすぐに男を睨み据えて気の強さを誇張し、単にその美貌だけで今の地位を築き上げたのではないと証明している様だ。

 おまけと言っては何だが、左の目じりには泣き黒子がある為そんな気の強そうな印象は更に加速しており、一部の特殊な嗜好を持つ人間にとっては完璧とも呼べる容姿を持って……まぁ手っとり早く説明すると、激しいドMなら土下座をしてから『踏んでください』と懇願したくなる様な雰囲気を放っている。

 そんな彼女を見て、男はだらしなく腰を伸ばした姿勢のままやんわりと否定を混ぜた。

 「そう言うのってドラマの世界だけだと思ってたんでな」

 「そうか……そうかも知れないな」

 女はそんな説明に納得したのか、懐へ手を伸ばすと何かを取り出しつつ自己紹介を始めた。

 「これからお前について色々と調べさせてもらう杷木田 恵(はきだ めぐみ)だ」

 簡素な自己紹介に合わせ、彼女は懐から取り出したそれを男に差し出す。

 名刺か何かだろう、そう思っていた男は目の前に差し出されたそれを見て素っ頓狂な声を出してしまった。

 「はぁ? ……なんだよこれは」

 「食うか?」

 恵が取りだしたそれは名刺でも今回の資料でも無く、一つのおにぎりだった。

 丁寧に包むラップ、その奥にはまだ僅かに暖かいご飯が透けて見え、先ほど握られたばかりだと言う事を無意味に証明していた。

 「食わねえよ」

 「そうか……では私だけ頂くとしよう、ところで念の為の確認だが、お前のは名前は割井 仁志(わるい ひとし)で合ってるな?」

 「ああ、その通りですよ公務員さん」

 恵の狙いは大体想像が付いている、相手の想像外の行動を繰り返して動揺させる、もしくは良き理解者の振りをして、警戒を解かせるつもりだろう。

 そうなれば大抵の容疑者と言うのはついうっかり口を滑らし、事件解決への糸口を提示してしまう事があるからだ。

 良く刑事ドラマであるかつ丼のやり取りや、突然机を蹴り飛ばす警官の行動がこれらに上げられる訳であり、その対象こそ今現在椅子に手錠で繋がれた男、仁志だ。

 「そうか……では色々と話を……はふ……はふ、んぐ……聞かせてもらうぞ」

 「……食いながら話すなよ」

 ラップをぺりぺりと剥がすと、さも美味しそうにおにぎりに齧りつきつつ言葉を紡ぐ恵、ラップが解かれた為狭い室内には彼女が食べるおにぎりの匂いが充満する。

 「……ん……冷めてしまっては勿体ないであろう、だったら……んぐ……はふ……」

 「だからと言って食いながら話すなよ」

 「……ん? あ、シャケだ……」

 朝からまともな食事も取っていなかった仁志には、彼女が目の前で食べているそれが非常に美味しそうではあるのだが、これも作戦の内なのだろうと思って黙り込む。

 だが、わざわざ中に包まれていた具材の紹介までされてはたまった物では無いのも事実だ。

 「……なぁ、旨いか?」

 「ああ……絶妙な水加減で焚かれた米と言うのは実に美味だ。

 しかも新米、更に言えば炊飯器では無く土鍋を使って焚いた訳だからな、これを不味いと言う人は早々居ないだろう。

 米の一粒一粒が柔らく、だがプチプチと爆ぜる様な噛みごたえを残しているあたりこの上ない完璧な焚き加減だと言えるだろう、更に程良くまぶされた国産の荒塩の塩梅が絶妙だ。

 海の新鮮なミネラルを含んでいるのか、唯塩辛いだけでは無く角の取れた丸みのある塩辛さ、そしてその後に抜ける旨味と僅かな甘味、最後に舌の上を駆け抜ける輻輳的な味わいは絶賛に値する。

 更に米の中心には甘塩で仕上げ、炭火で程良く焼いたシャケが包まれている。

 豊富なプランクトンを食べ丸々と太った結果、沢山の脂を抱えた身からは肉汁が溢れ出し、舌の上でそのしょっぱさと米の甘さが交わり、完璧なハーモニーを奏でる。

 ああ……なんと旨いことか……これほど完璧なおにぎりがこの世界に存在すると――」

 「判った判った! 旨いんだな!?」

 堰を切って溢れ出す濁流の如く語られる彼女の口上、それを最後まで聞いていては腹の虫が鳴き止まないと判断した仁志は、手錠で縛られていない方の手を上げて彼女の言葉を制す。

 「さて割井、最終確認だが腹は減って無いか?」

 そう言い、懐から新たにおにぎりを取り出す恵。

 「いや、まぁ減って無いと言えば嘘になるけどよ、どうせ何か裏があるんだろ?」

 嫌み満点で紡がれた仁志の言葉に何か心当たりがあったのか、恵はおにぎりを取り落とすと絶句をする。

 「図星かよ」

 「まさか、この私が食い物に自白剤を混ぜて容疑者に差し出す訳無いだろ!」

 「……おいおい、冗談だろ……」

 まさかこんな警官から取り調べを受けるとは思っていなかった仁志は、額に手をやり大きく溜め息を吐く。

 「って言うかよ……間違って自白剤入りのおにぎり食ったらどうするつもりだったんだよ」

 「それは心配ない、自白剤の入ってるおにぎりには目印を付けてるからな」

 「どんな目印だよ」

 「具材だよ、シャケが薬入り、梅が薬抜きだ」

 自信満々に言ってのける彼女。

 その一言が事実なら、彼女が今まさに食べているおにぎりは薬入りであり、仁志の手元に転がって来た『梅』というシールの貼られたそれが薬抜きと言う事になる。

 「食ってんぞ……薬入り」

 そんな男の一言が聞こえないのか、恵はおにぎりを食べ終えると持っていた書類を開く。

 「なぁ、聞こえたか? 今あんた自白剤食っちまったぞ?」

 「……!? これはとんだ失態だ、これではお前に真実を語ってしまうではないか……」

 この世の終わりでもやって来た様な表情で絶望する恵に対し、深く溜め息を吐いて同情する仁志。

 「なぁ、念のために私に幾つか質問をしてくれないか、全部嘘で返してみせよう」

 「……ったく……んじゃあここは何処だ?」

 「女子こ……取調室だ」

 「んじゃあ俺の名前は?」

 「女子高せ……割井仁志だな」

 「んじゃあこれは?」

 そう言い彼女が落としたおにぎりを見せると、しばし逡巡したのち。

 「セーラーふ……おにぎりだな」

 「なぁ!? さっきからなんで女子高生を押してるんだ? 好きなのか?」

 「私は女子高生など嫌……大好きだっ!!」

 必死に嘘を吐こうとしてるのか、ぷるぷると震える口端を歪めつつも本音を語ってしまう恵。

 そんな彼女は更に言葉を紡いだ。

 「ちなみに私のスリーサイズは上から、83・55・85だ」

 「聞いてねぇよ」

 「下着の色は紫だ!」

 「だから聞いてねぇって!!」

 「ちなみに上は着ていない!!」

 「っえ!?……マジで!? じゃなくて!! さっきから聞いてねぇって言ってんだろ!!」

 テーブルを力任せに叩きつけ、何故か自信満々に言いきる恵の口調を止めさせる。

 そんな彼の動作に、僅かばかり驚きの表情を浮かべつつも恵は言葉を繋げた。

 「すまない……少々話が逸れたな」

 「少々ってレベルじゃねえよ」

 「兎に角だ、お前は強盗の容疑が掛けられている、だが正直な所お前があの宝石店からどのようにして金品を奪ったのかは定かでは無く、我々も手をこまねいている状態だ」

 彼女はつらつらと言葉を紡ぐと、持っていた書類を数度捲り肝心のページを仁志に見せた。

 「さて、あの店は最新のセキュリティで守られていた筈、なのに何故お前はあの店の警報を一切馴らさずに店内へ侵入し、総額5000万あまりの金品を盗み出す事が出来たのかを説明してもらおうか」

 彼女が開いたページ、そこには宝石店の住所と盗まれた品物の一覧が書き込まれていた。

 「っけ! まぁあんたらみたいな連中には、俺のやった仕掛けが判る訳無いだろうがな」

 仁志は机の上にあったおにぎりをぞんざいな仕草で転がすと、皮肉一杯を吐いてから上体を反らせて椅子に座り直す。

 「どうやら相当自身のある手段だった様だな……」

 「当たり前だ」

 それきり、彼は口を噤むとそっぽを向いて他愛の無い空想に浸り始める。

 自身の犯行は認める様だが、それ以外の事に関しては一切説明をする気が無いのだろう、梃子でも開きそうに無い彼の口は閉じられたま、唯秒針が時を刻む音だけが響く。

 「どうしても話す気が無い様だな」

 「……」

 その問いにも仁志は無言。

 再び僅かな沈黙が続いた後、不意に恵は持っていた鞄から端末を取り出すと、何処か自信気に口を開いた。

 「話す気が無いのならやる事は一つだ……お前、女が居たよな?」

 「……っ?」

 何か法的手段を講じて脅しかけると思っていたのだが、彼女が放った言葉は明らかにそれとは違う物だった。

 「去年の春位からか……貴様があの女と関係を持っている事は知ってるんだ」

 「……まさか!?」

 ゆっくりと、獲物を狙う獣が距離を詰める様。

 絶対的な力を誇示するかの様な彼女の口調に、嫌な胸騒ぎを覚えて向き直る仁志。

 「ほう……随分と綺麗な女じゃないか……なぁ、あの女を最後に見たのは何時か覚えてるか?」

 彼女が持っている端末にその人物の写真が写されているのか、にやにやと画面を見つめたまま品定めをするように紡がれる言葉。

 全身から血の気が引き、眩暈すら覚えるのを感じた仁志は呻く。

 「まさかお前ら……」

 警察と言えど、悪人を捕まえる為ならどんな事でもするとは見当が付いていた、だがそれは容疑者に対しての行為であり、第三者を巻き込みその事を脅しの種として使うのは予想外だった。

 「我々を甘く見ない方が良いぞ」

 「……糞が……」

 「言う気が無いのなら、私から今彼女がどんな状態なのかを説明してやろう」

 そう言うと恵は端末を操作、仁志にも見える様に構える。

 その画面には、一枚の写真が表示されていた。

 隠し撮りされたと思われる一枚の写真は解像度が悪く、決して綺麗とは言い難いのだが、それでもそこに写されているのが自身が愛した女だと判り、生唾を飲み込む仁志。

 そこへ、畳みかける様に言葉を重ねた恵。

 「良く見ろ、これがお前の女だな……そしてこの女の横に居る一人の男。

 これが誰だか知ってるかな?」

 「……」

 答えは出てる癖にわざと回りくどく説明をする恵に嫌気を覚えつつ、目一杯の憎悪を吐き捨てる。

 次に彼女が吐く言葉は、恐らく『我々はずっと監視していたのだよ』や『彼女の身の安全は君の証言に掛けられている』などといった所だろう。

 そうと予想していたのだが、恵は予想外の言葉を紡いだ。

 「やはり知らないか……それもそうだな、彼女はこの男と貴様が顔を合わさない様に気を付けているのだから。

 これがどういう意味か判るかな?」

 「……ん?」

 思わず間抜けな声を漏らす仁志。

 あまりにも説明不足な言葉を補うためか、恵は落ち着いた口調で言葉を紡いだ。

 「判らないのか……貴様も随分と勘が鈍い奴だな……いや、疑う事を知らないと言った方が良いのだろうか」

 「……何が言いたい」

 「つまりだ、彼女は浮気をしているのだよ、この男とな」

 刹那、全身の毛穴から汗が噴き出すのを感じて硬直する仁志。

 その様子がさも面白いのか、全身を舐めまわすかの様に視線を投げそっと耳元に顔を寄せると、囁く様に言葉を紡ぐ恵。

 「貴様が逮捕された瞬間……彼女はこの浮気相手と共に水族館でいちゃいちゃしてたぞ……さぁ、話す気になったか? ならないのなら続けてやろうか?」

 「……やめろ……」 

 「昨日はおうちデートだ、仲良く作った晩飯を食べながら、二人仲良く『愛、覚えてますか?』を見ていたぞ」

 「やめてくれ……」

 パクパクと酸欠の様に口を動かし、喘ぎ続ける仁志の様子がさも面白いのだろう、恵は資料が記載されている画面に目を通しながら更に言葉を紡いだ。

 「『愛、覚えてますか?』は最近流行りの恋愛小説原作らしいな、報われない二人が過去に交わした手紙を頼りに少しずつ距離を詰めていく純愛作品だ、この映画を共に見たカップルは永遠の愛が約束されるとかそういうジンクスもあって、今巷で大賑わい――」

 「お願いだ……もう聞きたく無い……」

 「そうか、ならば少しは犯行について話す気になったかな?」

 「……」

 しかし、犯行手段をばらす事は絶対に避けたいのだろう、だらだらと冷や汗を流しつつも口を紡ぐ仁志に対し、更に強い口調で脅しを掛けた。

 「さっきおうちデートって言っただろう? その場所だがな、どうやら彼女の家だったらしい……ちなみに、男はその日の晩お泊りだった様――」

 「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 「じゃあ話してもらおうか?」

 「……断るっ!」

 「お泊りデート! お泊りデート!! お・と・ま・り・デート! お泊――」

 「セキュリティ会社から、セキュリティ解除コードを盗みました!! それで現場のセキュリティを解除してから宝石を盗みましたぁぁ!!」

 喉の奥から鉄の味が滲むのを感じ、更に涙目になりつつも犯行を自供した仁志に、満足気に喉を鳴らすと、メモ帳に何かを書き加えてから自信気に仮定を述べる恵。

 「そう言うことか……大体読めて来たぞ」

 「……はぁはぁ……そ……そうか?」

 「現場と刑務所内のセキュリティはどちらも同じタイプの物だ、つまり、セキュリティ会社が使うメンテナンス用コードを使えば貴様が牢獄から逃げるのも容易な事だろう。

 だからこそ、貴様はそのコードの存在を隠したかったのだな。

 しかし残念だったな、此処までの情報を我々が持っていては早々簡単には逃げられまい」

 どんな物にの弱点はある、仁志はその弱点を正確に突いたからこそ、宝石店から金品を盗む事が出来、そして掴まっても尚余裕で居られたのだ。

 何故なら、警備の目が多少緩くなった時、予め用意していたセキュリティコードを使って刑務所から逃げだせば良いのだから。

 「たしかに俺は、セキュリティコードについて話したが、貴様らはそのコードが何処に隠されているかも知らないのだからな……さて、どうするかな? またあの女の今を語って脅すか? 

 さっきは簡単に釣られちまったが、もうそんなへまはしないぜ、なんせ、隠し場所がばれてしまったら刑務所から抜け出す事も出来無くなってしまうのだからな」

 額に浮いた脂汗を拭うと、大きく深呼吸を済ませてからそう紡ぐ仁志。

 彼の言葉を証明するかの如く、彼の瞳は鋭い燐光を放ち恵を見据える。

 だが、そんな彼の視線は想定の範囲内だったのか、彼女は端末を操作すると、何かを朗読していく。

 「マイコンピューター……ローカルディスクD……バックアップ……音楽……クラシック全曲集――」

 「おいちょっと待てよそれって……」

 一見すると意味不明な単語の羅列だったが、その順番に身に覚えがあったのか、仁志は目を見開いてから焦りの声を漏らしてしまう。

 「長編クラシック……新しいフォルダ(2)……新しいフォルダ……新しいフォルダ……新しいフォルダ(1)……動画――」

 「待て待て! その先に何があるかは読まなくて良い!!」

 「何故だ? 貴様のパソコンのデータを読みあげているだけだろ? そんなに恥ずかしがる必要など無いではないか?」

 やはりだ。

 彼女が見ているのは、仁志のパソコンの中身だ。

 何時どうやって押収したのかは別として、彼女は仁志のパソコンのデータをまるさら持っているらしい。

 たとえそうなってもいいようにと、仁志も犯行に関係するデータは一切パソコン内には入れては居ないのだが、それでもプライベートなデータも入っているパソコンだ。

 色々な意味で見られたら恥ずかしい物が無い訳では無い。

 その第三者から見られたら、とくに異性に見られたらたまらなく恥ずかしいデータ、ぶっちゃけ『エロデータ』と呼ばれるそれを見られるのは、男としてのプライドが許さなかった。

 「恥ずかしいんだよ! 特に女に見られるとな!」

 「そうか……まぁ私はそういのは気にしないので結構だ。

 さて……動画ファイルの中には4つのフォルダが入っている訳だが、まずはどれを見るべきか?

 『エロスの館』か……それとも『ナースのお仕事24時』か? あとは『綺麗な人妻シリーズ』か? それとも、このひと際異彩を放っている『お気に入り!!』フォルダか?」

 「お願いだから開かないでくれ……もう大体中身判るだろ……」

 机に突っ伏し、ガタガタと震える仁志に、恵は何か思い出した口調で質問を投げた。

 「なぁ、この場合私はわいせつ物陳列罪の被害者になるのだろうか?」

 「ならねぇよ!!」

 「おっと、手が滑ってフォルダを開いてしまった……ふむ、これは『エロスの館』フォルダか……」

 「しれっと開いてんじゃねぇよ!!」

 バンバンと机をたたく仁志を余所に、彼女は画面を確認すると納得した様子で口を開いた。

 「ほう……エロスの館シリーズは、今Vol.252まで揃えているのか……なかなかのコレクターだな……っていうか待てよ? これだけの動画データ……やはりそうか、貴様、エロスの館シリーズだけで2テラもあるHDDの容量の半分以上も使ってるな」

 「数えんな!!」

 「なぁに、これも君が健全な男の子である証拠だよ……しかし、1.4テラのエロデータとは感慨深い物を感じるな……これは全部目を通すだけでも骨が折れる……」

 「むがぁー!!」

 「やめて欲しけりゃ早く自白するんだな」

 「ぐぅ……こ……断る」

 羞恥心はこの上ない苦痛ではあるが、それでも今耐えれば何とかなると思い必死に耐える仁志の表情をさも楽しそうに見つめた後。

 恵は画面を一つだけ前に戻す。

 「さて、次はどのフォルダを見るとするか……そうだな、この『お気に入り!!』フォルダを開けば貴様の事がもっとよくわかるかもしれんな」

 「おい……やめろよ……そこだけは……」

 「さて、開いてみたが案外内容は普通だな、『エロスの館Vol.47』と『ナースのお仕事Vol.2』か……ちょっと見てみよう……」

 「止めろ……いいや止めてくれ……」

 問答無用でファイルを開くと思っていたのだが、此処で彼女は小さく鼻を鳴らすと暗い表情を作って仁志に向き直り一言紡いだ。

 「まさか貴様……こう言う羞恥心を刺激されるやり取りで、涎を垂らしながらはぁはぁしちゃったりしてないよな?」

 「しねぇよ!!」

 全力で否定を混ぜ手を伸ばして彼女の端末を奪おうとするのだが、手錠で繋がれている為上手くいかず断念してから机に突っ伏す仁志。

 「そうか……おや? このフォルダの中に隠しフォルダがある様だ……」

 「待て待て……それだけはまじで勘弁だぞ……」

 「自白する気になったか?」

 「それは……断る……」

 すると、元々切れ長だった瞳の端を吊り上げ、猫の様な笑みを浮かべると端末を操作する恵。

 「ほう……これが貴様の本当にお気に入りのエッチ動画だな……」

 「止めろぉぉぉ!!」

 「『エロスの館Vol.114』このシリーズは随分とお気に入りの様だな……おや? この『可愛い男の娘(オトコノコ)』とは珍しいタイトルだな……」

 「お願いだ!! 何でもします! 何でもしますから開かないでくれ!!」

 「自白するか?」

 「ぐぬぬ……」

 頑なに断る仁志を余所に、彼女は遠慮容赦無く端末を操作、そのファイルを開いてからまじまじと画面を見つめた後、呆れた様子で口を開いた。

 「なぁ割井よ……男の娘とは……つまり女装し――」

 「やめろぉぉぉ!!」

 「はぁ……これも容疑者に関する大事な資料、みんなにも知らせる必要がありそうだな……容疑者は可愛ければ男でもイケる口だ――」

 「セキュリティーコードが入ったメモリチップは俺の家の玄関前の花壇の中、そこに埋められていますぅぅぅ!!」

 「なんだ、やれば出来るじゃないか」

 再生されていたアレな感じの動画を止めると、恵は宿題を無事終わらせた子供にそうするよう、仁志の頭を優しく撫でてから立ち上がる。

 「お前ら……やり方が極悪すぎるぞ……」

 「目的の為なら、手段を選ばないのは我々も同じだからな」

 恵は机の傍に置かれていた鞄に、端末と資料を仕舞うと肩に担ぎ、出入り口の扉に手を掛ける。

 「糞が……そこまでして俺のコード盗んで、どうするんだよ……」

 嫌みとして延べた仁志の一言、それに対して恵は少しだけ思案したのち、少しだけ振り返ってから口を開く。

 「そうだな、模倣犯をやるってのも悪く無い……ところで割井よ、一つだけ忠告を与えてやろう」

 「何だ?」

 「どれだけ可愛いかろうと、どれだけ美人だろうと……あれは男なのだよ」

 「うるせえ! さっさと出て行け!!」

 そんなやり取りに押される様、恵は部屋を出ていく。

 彼女が居なくなった事で再び室内に沈黙が満たされ、時計の音だけ十数回鳴った後、仁志は机を全力で蹴りあげてから喉が張り裂けんばかりの勢いで絶叫した。

 「むがぁああああ!! あの女!! 糞がぁぁ!! って言うかなんで浮気してんだよんがぁぁぁぁっぁ!!」

 よっぽど恵が伝えた事実が気に食わなかったのだろう、自分の犯行手段がばれた事などそっちのけで取り乱すと、手錠で繋がれたままの椅子を掴み上げて部屋の壁に設置されていたマジックミラーに叩きつける。

 「くそ! くそ!! くそ女がぁぁぁ!」

 マジックミラーと言えどその素材はは強化ガラスだった様で、何度叩いても鋭い衝撃を掌に返すのみであり。

 パイプ椅子と言えばその先端を大きく歪め、奇怪なオブジェへとその姿を変化させてゆく。

 やがて、椅子が一切の原型を留めないレベルまで変形したのを確認すると、少しだけ満足がいったのか仁志は椅子を放り投げ、部屋の隅に腰を落として荒くなった呼吸を落ち着ける。

 「はぁ……はぁ……」

 上手い話とには裏があるとは良く言うが、まさにこの通りだと実感をする。

 自分の手口が新しい物であった為、盗みの行為そのものはうまくいったものの、予想外なところから警察に目を付けられ。

 おまけに自分の彼女の悪行まで見せつけられ。

 更に言えば自分の性癖までばらされ、そして大切なセキュリティコードまで盗まれた。

 単に逮捕されるだけなら仲間にセキュリティコードを使わせ、牢獄から抜け出す事も容易だった筈だが、コードが無ければどうしようもない。

 それだけあのコードは重要なものだったのだ。

 いくつかの文字列、それはありとあらゆるセキュリティ機器の機能を停止させる事が可能であり、あれさえあれば素人でも銀行から大金を盗み出す事も可能だ。

 だが、それも過去の話だ。

 警察にコードが渡ってしまえば二度とこの手段は使えず、自分は長い刑期を処理するためだけに人生を消費しなければならないのだから。

 丁度そんな事を考えていた時だった。

 取調室の扉が不意に開き、その先からいかにも気の強そうな女の顔が現れたのは。

 「……なんだよ、まだ何か聞きたいのか?」

 先ほど別れたばかりの相手、恵の顔を見て皮肉を吐く仁志。

 だが、彼の言葉に反し恵は眉を吊り上げると、困った様子で口を開いた。

 「妙な事を言うのだな貴様、これから取り調べをすると言うのにもう全てを語ったつもりとは」

 「……?」

 一瞬、恵はからかうつもりでそう吐いたのだと思ったのだが、眉ひとつ動かさずに持っていた資料を開く恵を見て、何故かお互いの意思がかみ合わないことに気が付き、少し遅れて恵が身にまとっていたスーツの柄が違うという情報も追加される。

 「なんだ? 着替えて来たのか?」

 「今朝から私はこの服を着ている筈だが?」

 「……ん? お前、双子の姉妹でもいるのか?」

 「いいや、私にそんなものは居ない……まてよ……?」

 なぜ彼女が別人のふりをするのか不明だったが、逆に恵としては仁志が何故このような事を口走っているのか判らず首を傾けて思案。

 そして何かに気がついたのか、元々鋭かった視線を更に鋭く光らせると、ゆっくりと、そしてなるべく聞き取りやすい様に疑問を投げかけた。

 「さっき、ここに私は来たのか?」

 「……? ああ」

 「そこで、貴様は自分の犯行の手口や、その他諸々の情報を語ったのか?」

 「何とぼけてるんだ、あんたが聞いてきたんだろ?」

 そこまで聞くと、恵は血相を変えてから部屋の壁に取り付けられていた受話器を手に取ると、大声で怒鳴りつける。

 「この男の『手口』が盗まれた! くり返す! 『手口』が盗まれた!!」

 「おいおい、何言ってるんだよ」

 自体のが理解できない仁志は首を捻り恵に問いかけると、彼女は苦虫を噛み潰し多様な表情で受話器から口を離し、簡潔に説明をした。

 「この場所に、泥棒が現れ、貴様の『手口』が盗まれたのだよ」

 「どういう事だ?……っていうかちゃんと説明して――」

 不可解な言葉の組み合わせに疑問符を浮かべる仁志。

 彼に対し、『本物の恵』は、苦々しく、そして仁志を責めるように一言言い放った。

 「貴様の模倣犯が現れるって事だ、何故なら、貴様の持っていた『優れた犯行手口』は盗まれたのだからな」

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