神様なう

@nekonohige_37

神様なう

 歴史的価値と云う点では減点対象かもしれないが、比較的建てられたのが最近であるが故に矢鱈と綺麗な境内を持つ神社、その中心に偉そうにそびえ立つ本堂。

 外壁の朱と、真新しい瓦屋根の黒が眩しいその建物の引き戸を引き覗き込んだ先、そこに奴は居た。

 「『神社は暇なう』っと……これでこれで? どうすればいいの?」

 「文章が書たら、次はこの【送信】をタップするんですよ」

 「んー、こう?」

 「はい! 出来ましたよ」

 奴と一言で片付けるのはいささか語弊がある、実際の所そこに居たのは一人では無く、二人、あるいは一人と一つが正解だろうか。

 まず片っ方の人物だが、それはまぁ言っては悪いが何処にでも居る、本当に町を歩いていれば何処にだって居そうな、【The 量産型】と肩書きすら提げて居そうな女である。

 Tシャツにショートパンツというラフな服装と、更に髪の毛は後ろで一つくくりにされており、その姿がまた妙に似合っているというか、寧ろそのせいで無個性が引き立ってるというか……

 兎にも角にも、今は私服姿ではあるがいかにも役場の受付に居そうなその女の名前は沙苗と読んだりする訳だが、今はそんな事どうでも良い。

 寧ろ今重要なのは、そんな彼女の膝の上に座り、沙苗の物だと思われるタブレット端末をぽちぽちと操作しているもう一人というか、もう一つの方だ。

 「やったー! 書けた書けた!」

 この手の建物の持つ雰囲気をぶちこわしな、いかにも最先端の端末を使い、いかにも今時と言わんばかりの勢いで某SNSに有り体な書き込みをし、とても上機嫌にしているそれは、一見すれば唯の子供に見える。

 外見上の年齢はおおよそ十代前半、短めに整えられた髪の毛が印象的なその子供の名前は『わかば』、ちなみにその名前に対して使われる漢字は存在しない訳だが、それもその筈だ。

 何せ、彼女のその名前はあくまでも名前と言うよりも愛称であり、その愛称の由来は初心者(わかばマーク)だからだ。

 「わかばちゃん凄ーい、これでネットデビューだね」

 「うん!!」

 ここから説明の本題に入る訳だが、彼女が何の初心者なのかといえば、それは彼女は『神様』の初心者であり、簡単に述べるとこの村の神様は彼女なのだ。

 「おいこら、何神様に変なもの仕込んでんだ」

 「布教活動の為ですよー」

 呆れて物が言えない俺の声に対し、どこか眠たげな声でへらへらと答える沙苗、そしてそんな彼女の膝の上で完全に甘え切った表情でタブレットを操作する新人神様。

 「布教活動ってな……あのな、こいつはこの村の連中からちやほやされてりゃそれで十分なんだよ、っつか、そんな無駄な事やる前に少しはやることやってくれよ……」

 わかばと名付けられたその神様は、本当につい最近生まれた神様だ。

 国内で見てもこれほど若い神様と言う物はとても珍しく、一時期はこんな神様の笑顔を求めてメディアはこんな辺鄙な村までやってきて、ついでに村の連中も便乗して町おこしを行った。

 結果、米とオクラと、あとカボチャの生産でぎりぎり墜落を免れていた村の収支はぎりぎり立て直し、おまけにこれだけ立派な神社を建てるおつりまで手に入った訳だが、先程述べた通り、わかばは神様初心者だ。

 故に何かと問題も多い、その最たる例がこの天気だろう。

 別に空を見ても何も問題は無く見える、ただ緑一杯な山と雲一つ無い青空、そしてさんさんと照りつける太陽と、一見する分にはとても良い天気なのだ。

 だが、この天気がもう一月以上続いているとなれば誰もがこの青空と同じくらい顔を真っ青にする。

 この小さな村は今、異常な程の日照りの被害に見舞われているのだ。

 幸い飲み水の類いは隣村にあるダムのおかげで不便はしていないが、それでもこの村の財政を支えてきた貴重な作物に関してはそうはいかず、嫌味なほど暑い直射日光と乾いた地面の挟み撃ちを受け、とうの昔に枯れ果ててしまった。

 それもこれも、この神様のせいなのだ。

 本来、普通の神様ならこれほどの自体になる前に手を打ち、村に雨を降らせる奇跡を起こすわけだが、この新人神様はそんな神様なら出来て当然の行為のコツすらつかめず、こうして日照りの被害を加速させているのだ。

 「雨、まだ降らせれないのか?」

 いかにも嫌なこと言われたとばかりに、擬音が付きそうな程大袈裟に震えたわかばはタブレット端末で顔を隠す。

 「いい加減雨降らなきゃ本当にこの村壊滅すっぞ、ってか高畑のじいさん昼前に熱射病で病院運ばれてたぞ」

 「……うう……」

 一応迷惑をかけている自覚はあるのだろう、わかばは方を震わせると、顔隠しに使っていたタブレットを指でなぞる。

 「『雨降らないなう』……送信……」

 「いや……それお前のせいだろ、つかそのうち観光客が来なくなるどころか、この神社にも誰も来なくなるぞ」

 「『誰も来なう』……送信……」

 「ちょっと上手い書き込みしてんじゃねーよ!」

 某SNS画面に表示されているであろう『神社は暇なう 雨降らないなう 誰も来なう』という謎書き込みを想像しつつ、一応突っ込みを入れる俺。

 そもそも、アカウント作った矢先そんな意味不明な書き込みすんなとか、今時『なう』で書き込みを終えるユーザー居ねえよとか、まぁ本当に色々突っ込みどころを作ってくれるこの新人神様にこんなしょうも無いこと話すだけ無駄だろう。

 兎に角、俺は話を本題に戻そうと靴を脱ぎ畳の上を歩き始めた矢先、わかばは沙苗の膝の上から離れると、タブレット片手にこちらへと駆け寄る。

 そして傍から見る分には非常に愛らしい、本当に宝石みたいにキラキラ光る眼でこちらを見上げてにぃっと笑う。

 「良い匂い!」

 流石神様、お供え物に対する反応速度は尋常では無い。

 「いや、もう少し後で出すつもりだったんだが」

 まぁばれてしまった限りは致し方無いだろう、渋々持っていた紙箱を掲げると、俺は遅れてやってきた沙苗にその手土産を渡す。

 「これは今日話してきた神様からの案でな、お前等神様ってのは、感情に合わせて天気が変わったりするんだってな?」

 いい加減雨が降らなすぎて問題になっているこの村を救うべく、俺は村長からの名を受けて隣町まで出向き、その町の神様からありがたい教えを伝授して戻ってきたのだ。

 どうにも神様にとって、天気を操る感覚は激しく感情を動かす感覚に近いらしい、例えるなら、大声で笑ったり激しく傷つけば、眼に怪我を負って無くても涙が流れるのと同じらしい。

 其れではと、俺はこの神様に雨を降らすコツを掴ませようと、給料の一部を裂いてこの秘密兵器を買ってきた訳だ。

 「食え、そして雨を降らせろ」

 「神様を餌付けですか?」

 普通の人なら誰もが思うであろうそんな沙苗の意見を余所に、俺は勝手に話を進める。

 「お供え物はするんだ、だからその分の見返りくらい用意しろってこった、あと角歩き疲れたから茶でも飲ませろ」

 世話役の沙苗(一応ここの巫女)と新人神様のペースに合わせるといつまで経っても話が進まない、だから無理矢理話を進めた俺は、本堂の離れへと皿を取りに行く沙苗を余所に、まだ青臭い畳へと腰を下ろすのだった。






 「『スイーツなう』……送信」

 「食う物の写真いちいち撮るな……ってか、神様なのに卵とか乳製品の入ってるこれ食って良いのか?」

 わかばへの土産として俺が買ってきたのは、隣町では少しだけ名の知れた店のケーキだ。

 一応有名店とだけあって、小さな紙箱に保冷剤と共に入っていたそれは宝石の様に色鮮やかで、そしてこの上なく上品な出で立ちで箱の中で整列している。

 まぁそんなもの見たらついつい写真を撮りたくなるのも判らなくはないが、再三述べてる通り、一応テレビに出た程の神様が自分の公式アカウント(仮)に店のロゴ付きの写真をアップしたらどうなるかくらい考えるべきだとおもうんだが……

 「大丈夫じゃないですか? この子この間刺身を美味しそうに食べてましたよ」

 「……精進料理ってなんだったけ……ってかお前も一応巫女なら――」

 「私はこれでも神様に使える身ですよ? 使えるべき神様から許しを得た食べ物を口にしないのは失礼でしょ?」

 目以外から繰り出される満面の笑みと、その下に隠された脅しにたじろぎながら、俺は付属していたプラフォークで自分の元へやってきたチーズケーキを突く。

 「つか、神様がネットであんな書き込みしたら、このケーキ屋客がごった返して酷いことなるんじゃ無いか?」

 「まぁ一応神様お墨付きのお菓子になりますからね」

 「前に百均のセラミック包丁で奴がリンゴの皮剥いた時は、包丁が神器だのなんだのって騒ぎになったよな」

 「あれ通販だしたら結構良い値で売れたんですよね、全然刃こぼれしないみたいですよ」

 「神器を通販で捌くなよ……」

 とまぁ人間二人がどうでもいい会話に花を咲かせながら、黙々と紙皿に乗ったケーキを突いてる脇で、いい加減ネットへの書き込みに満足したわかばもフォークを手に取る。

 そして顔の所まで持ち上げたショートケーキを眺め、眼をキラキラと輝かせながらフォークをスポンジ生地へと刺す。

 「わあっ! 柔らかい」

 そりゃ固いケーキは嫌だろ。

 「……美味しい!」

 そりゃ不味くはないだろ。

 一応心の中で突っ込みを入れつつ、ふと伺った神様の表情はこれ以上無く輝いていた。

 それは比喩や抽象では無く、文字通り輝いているのだ……後光で。

 一体どんな原理が働いているのかは不明だが、少なくとも彼女は今黄金色の光りを放ちながら、ありがたい(のだろう多分)笑顔で微笑んでいる。

 「ちょ……眩しい」

 少し離れた所からその姿を見る分には良いのだろうが、流石にこの至近距離だと懐中電灯で顔を照らされるのと大して変わらず、眩しい何て物では無い。

 流石にたまらなくなった俺は、ケーキを卓袱台に置くと、そのまま窓際まで一気に避難する。

 「あれ……でも後光が差したって事は」

 そんな超常現象を目の当たりにしてもなお、こういう点においては流石現役巫女と言うだけはある、黙々とガトーショコラを突っついていた沙苗は冷静に状況判断をすると、その推測を口にする。

 「後光って神通力が使われた時に発生するみたいですよ? つまり今光ったって事は何か奇跡が起きたんじゃ無いんですか?」

 流石に其れは耳にしたことがある話だ、神様が奇跡を起こす時、決まって今みたいな後光が差すとのことだ。

 ならばと、俺は避難したままの姿勢で身を起こすと、窓の外の景色を伺う。

 「何か起きてますか?」

 発光が収まり、元通りになりつつある神様を膝に乗せたまま、沙苗は問う。

 彼女がそう聞いてくると言うことは、この部屋の中では奇跡は見つけられていない証拠だろう、ならば奇跡が起きたのは外、そして俺の期待通りなら、奇跡は天気関係の出来事へと繋がっている筈だ。

 「……あれ? 相変わらず青空……ん!?」

 一瞬何も変わっていない様に見えたが、それは良い意味で見間違えだった。

 境内を取り囲む様に立ち並ぶ背の高い山々、それの合間を縫う様に、突如真っ黒な雲が立ちこめ始めたのだ。

 「雲だ! 雲が来てるぞ!!」

 頭の中で、大昔雨乞いの儀式を本当に命がけで行っていた先人達もまた、今の自分の様に声を張っていたのだろうな、など至極どうでも良い事考えながらも、思わず口を突いた言葉を隠す事は出来なかった。

 「振るぞ! やっと雨だ!」

 「わぁ! 本当ですね! ケーキ作戦成功です!」

 正直、餌付けをしなけりゃ雨を降らせられない神様ってのも問題大ありな気はするが、まぁこの際致し方無いだろう、少なくとも真っ赤な苺がのったショートケーキ一つの犠牲で、村の農業は救われたのだから贅沢など言ってられない。

 「雨降るのー?」

 「おう、お前が奇跡を起こしたからな、ちゃんとコツはつかめたか?」

 「よく分らない、なんかビリってはしたよー」

 トコトコと苺が刺さったフォークを片手に歩み寄ってきたわかばは、空模様にひとしきり満足すると、元々居た座布団の前へと戻りタブレットを手に取る。

 「『奇跡なう』……っと」

 そう言い、彼女は苺へとかぶりついて舌鼓を打つ。

 「しかしあれだな、こんなに簡単に雨が降るなら早く相談に行くんだった」

 「ほんとですねー、でもこれで一安心です」

 ごろごろと雷が鳴り始めた空を見て、ひとまず大きな溜息を吐いて安心をする俺と沙苗、そんなひとときの安心は、次に響いた奇妙な音によってぶちこわされる。


 ――ビタン!!――


 ……ん? 何か今変な音したぞ?

 窓ガラスに小鳥でもぶつかったか? そう思いながら窓の方を伺うと、そこには真っ赤な染みとジャムのようにひしゃげた苺が張り付いていた。

 それも、窓の外側だ、内側なら何かかんしゃくを起こしたわかばが苺を窓へと投げつけたと納得出来るが、外側にある以上それは有り得ない話で。

 「えっと……」

 何が起きたのか理解するのに随分と時間が必要な事態だ、俺と沙苗は窓ガラスに張り付いた苺を見て、嫌な予想を浮かべ、そして背筋に冷たい水が流される感覚を覚える。


 ――ビタン!!――


 ほうらまた落ちたぞ、新しい苺が。

 窓に突如張り付いた二つ目の苺、それは間違い無く空から振ってきた物だった。

 「えーとだな、何処の国だっけ? 空から蛙とか魚が振ってきた所って……」

 「あー、そんな話ありましたねー」

 他人事みたいにそんな話をした俺達は、卓袱台に乗った苺ショートに唯魅了されている新人神様へと視線を動かす。


 ――ビタン! ビタンビタンビタン!!!――


 あーやだ、もう苺が凄い勢いで降り始めたぞ。

 あれだな、『バケツをひっくり返したみたいな雨』なんて良く言うが、これは言うなりゃ『バケツをひっくり返したみたいな苺』だな、うん、なんだその苺の収穫期みたいな言葉は……いや、そもそも苺はバケツで収穫しねえだろ。

 うん、第一空から苺なんて降ってこない。


 ――ビタン! ビタンビタン! ビタンビタンビタンビタンビタン!!!――


 いや、今はそんな事どうでもいい、今は兎に角――

 「そこの神様を止めろ! 苺で村が滅ぶ!!」

 はっと我に返った俺はそう叫び、沙苗と共に神様へ捧げたお供え物へと飛びかかるのだった。

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