亡き父との
吉行イナ
遺影
ふすま戸の隙間からふと寝室に目をやると仏壇が視界に入ってくる。
築30年ほどの2DKの狭くうらびれたアパートで母親と二人暮らしの私は
今は亡き父親の遺影をなんの感慨も感じることもなく眺めていた。
私はあの人をお父さんと呼んでいた。
父親なのだからお父さんと呼ぶのはむしろ当然のことだし
親父と呼ぶよりもお父さんと呼ぶべき性質の持ち主だった。
自分とは違い酒にめっぽう弱く 自分と似ていて口下手な人だった。
休みの日には愚痴を言いよく不機嫌になった。そして母を泣かせ
母を愛していた人でもあった。
亡くなる前の2年ほどは病院で過ごしていた。健康な頃は張りのあった顔も
徐々に肉がそげ頭骨の形がハッキリわかるほど痩せこけ体からは病院特有の薬臭い匂いと 自らの報われない人生を呪った涙の香りがした。
最期に交わした言葉も恨み言だった。父との間には壁がありそれを取り払う術も知らないうちに4年前に亡くなった。
愛着を含んだあの人もいれば憎しみを詰め込んだあの人もいる。
私にとってあの人は後悔と軽蔑を手鍋の中に4:6の量で混合させて
やや形が崩れるまで煮込んだのち自らの涙をスパイスとして加えた
そんなパンチのないぼんやりとした味を含んだあの人だった。
ふたたび視線を父の遺影へと戻すとゲリラ豪雨の轟音を思い出した。
そして遺影の中で父の首から下の役を務めている人のことを思った。
亡き父との 吉行イナ @koji7129
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