第10話

 香織は、鏡に写る目の腫れた女をみて、乾いた笑みを浮かべた。ばかみたい、そう呟いて知らない部屋の棚を見やった。

「星野くん、ありがとう」

香織が、洗面所からリビングに顔を出して言うと、星野は本から顔をあげた。星野の手元の本を見た。

「なに読んでるの?」

「サスペンス」

「そう」

興味はあまりわかなかった。

「もう、帰るのか?」

「そうね」

「一杯どう?」

星野は、冷蔵庫を開けて、ビールを取り出した。

「なに、話聞いてくれるの?それなら化粧なんて直さなくてよかったのに」

苦笑いして言うと、星野は、まあ、いいじゃん? と、言ってプルトップを捻った。

 香織は、星野の横に腰を下ろし、あどけない少年のような雰囲気をのこす横顔を見ていた。

「あんたさ、新しい男探した方がいいよ」

「なぜ?」

「俺は、華子さんが好きだけど、あんたにとっては、華子さんと、創太さんとやらはどっちかって言うと、有害な気がするよ」

「有害、ねぇ......」

美しい華子は有害と言うよりも呪縛に近いような気がしたが、星野に言ったところできっと、通じないだろう、と黙っていた。

「俺は、なんのためにあんたたちが一緒にいたがるのかわからないよ」

「華子は、多分、私に会いたいなんて思ったことないだろうけどね」

私ってつまらない女だから、そう呟いて、灰色に曇る窓を見た。

「あなた、部屋を綺麗にしてるのね」

新しくはないであろうフローリングの床の、綺麗にたたまれた衣類を見て言った。

「掃除すると落ち着くって言ったのは華子さんだから。あの人がわかるような気持ちになれるから」

「なるほどね」

理解したいから、理解した気持ちになれるから、という感情は、ひどく孤独なものに思えたが、星野は、爽やかな笑みを口許に浮かべ、あの人はミステリアスだからな、と言った。

華子の清潔さと言い、星野の清純さと言い、自分の回りには自分をダメにする白さばかりが集う、と思うとひどく虚しく感じて、腰を上げた。

「私、あなたたちといると惨めな気持ちになるの。華子と、創太と一緒にいたら白さに染まれるかと思ったのに、染まれるどころか、触れれもしなかったわ。今日は、もう帰るね」

「俺も、そうだよ。あんたの口から華子さんの名前が出る度に、そのちょうどいい重みと真っ直ぐさで響くのが嫌でたまらない。いもしない創太と、華子さんと、あんたは、ずっと三人で繋がって回ってて、俺だけ、外にいるような感覚になるよ」

「そうね。蚊帳の外同士なのよ」

香織は、少し疲れを滲ませた創太の横顔をみて、にっこりと笑った。

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