第4話、作者VS作者⁉

 僕がその少女と最初に出会ったのは、初めて訪れた御本家の広大なる屋敷で迷い込んだ、古めいてばかでかい蔵の中であった。


 ──そしてそれはけして忘れることのできない、この上もなき衝撃の邂逅となったのである。


 小さな明かり取り用の小窓しかないその蔵は、三方の壁に設置された物置棚はもちろん床一面にまで足の踏み場もないほど、きょう人形、フランス人形、文楽ぶんらく人形、ビスクドール、市松いちまつ人形、はか人形、その他もろもろの古今東西の少女人形で埋め尽くされており、そのど真ん中にひっそりと正座している少女はというと、腰元までゆうに届くあたかも月の雫のような銀白色の髪の毛と、いまだ性的に未分化なほっそりとした小柄な体躯からだに陶器のようにすべらかで純白の肌、そしてその小作りの顔はあたかも希代の人形師が丹精込めて作り上げたような絶世の秀麗さを誇っていた。


 ──ただし、その矮躯の上半身は荒縄で拘束されており、両目は禍々しき漆黒の目隠しに覆われていて、口には無骨な口輪をかまされていたのであるが。


 僕は言葉を発することなぞ完全に忘れ果て、その自分と同じ六、七歳ぐらいの少女の姿にただただ見とれ続けて、その場を立ち去ることもそれ以上近寄ることもできずにいた。

 彼女のあまりに異様なる有り様に気圧されただけではない。何と僕たち二人の間を隔てていたのは無数の人形の群れのみならず、大人の腕ほどに太く頑丈なる木製の格子が立ちはだかっていたのだ。


 その時の僕はまだ、『座敷牢』という言葉を知らなかった。


 とにかく僕は腰を抜かしたようにしてその場に尻餅をつきながらも、できるだけ気配を感じさせないように、一言もしゃべらずじっとし続けていた。


 なぜなら目の前にいる年端もいかない少女が、とてつもなく『恐ろしいもの』に思えて仕方なかったのだ。


 そのうちようやく金縛りが解けたようにして、ほんのちょっぴり落ち着きを取り戻すとともに、彼女に気づかれないようにそろりそろりと慎重に、尻餅をついたまま後ずさり始めた──まさに、その刹那。

 視覚が完全に阻害されているはずの少女が、この時初めて僕の存在に気づいたようにして唐突に振り向くや、床に散らばる人形を蹴散らしながらあっという間に迫り来たかと思えば、そのまま格子に体当たりをぶちかましたのだ。

 二人っきりの蔵の中で響き渡る、大きな振動を伴った轟音。

「ひいっ!」

 今度こそ僕は本当に腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。

 そんなことには構わず、少女の体当たりは更に勢いを増していく。

 ……何だ、牢の中から出たいのか?

 いや、待てよ。

 よく見れば、別にただ闇雲に、体当たりばかりをしているわけではないようだった。

 ずっと何か言いたげに、「うーうー」とうなりながら、口輪を何とか外そうとして、顔面全体を格子に力任せにこすり続けているものだから、今やむしろ目隠しのほうが外れかかってしまっていた。

 ……何か、僕に伝えたいことでも、あるわけなのか?

「ちょっと、待って! 少しでいいから、じっとしていてよ!」

 少女がほんのわずか動きを止めたのを見て取るや、僕はすかさず格子越しに彼女のほうへと両腕を伸ばし、その固く結ばれていた口輪を何度か失敗を繰り返しながらも、どうにか外し終えた。

「──っ。そ、その瞳って⁉」

 横一文字に切りそろえられた髪の毛の下からじっと僕のほうを見つめている、何の感情にも染まっていない、あたかも満月そのままの縦虹彩の黄金きん色の瞳。

 僕は文字通り蛇ににらまれた蛙のように身じろぎ一つできずに、このままこの子とこの蔵に閉じこめられてしまうのかそれもいいかもねと、半ばあきらめかけていた、

 まさに、その時。


「──いまだ幼き『かた』よ。そなたは近い将来、こことはなるの『作者カミ』となるであろう。しかしその結果、そなたはすべての願いを叶える代償として、愛する者をすべて失ってしまうだろう」


 薔薇の蕾のごとき薄紅色の唇から紡ぎ出された、とても幼子のものとは思えない、大人びた声音。

「え、それって、いったい……」

 あまりにも謎めく言葉に、僕が思わず問い返そうとしたところ。


「──そこで、何をしてるの⁉」


 突然背後から響き渡る、少女の声。

 咄嗟に振り返った僕に、更なる驚愕が訪れた。


 そう。そこでわずかに怒気を含んだ表情で仁王立ちしていた少女は、今やその素顔をほとんどさらしてしまっている格子の中の女の子と、あの人並み外れた髪の毛と瞳の色以外は、まさしくうり二つの顔かたちをしていたのだから。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「……また、この夢か」


 あまりに驚愕の展開の連続に、堪らず目覚めたところ、ここは『ゲンダイニッポン』なんかではなく、自分の生まれ育ったホワンロン王国の王都中央にそびえ立つスノウホワイト城の、今や勝手知ったる僕専用の客間の豪奢な天蓋付きのベッドの上であった。


 ふと窓のほうへと見やると、すでに空はすっかり白み始めていた。

 僕自身も睡眠は十分にとれていて意識もはっきりしており、先日のように悪夢にうなされて思わず意識を取り戻したってわけではないようだ。

 とはいえ、朝食等にはまだ早い時分のようで、一応は『女王陛下の賓客』である僕が、無駄に早起きしてそこらをうろついたりすると、城内の使用人の皆様に余計な手間をかけることになって申し訳ないから、もうしばらくはベッドの上に横たわっていることにしよう。


 ……そうなると当然のごとく、今し方まで見ていた夢のことばかりが、思い返されることになるわけで。


 今回ももはや毎度お馴染みの、『ゲンダイニッポン』で『神楽かぐらひびき』少年となってしまう夢だったよなあ。

 しかも、のちに自分の『御主人様』となる、おんのんの双子の姉妹と初対面をした、記念すべき『すべての始まり』のシーンだったしね。

 しかもこれって、かなりの頻度で、繰り返し見ていたりして。

「女王の話じゃ、『ゲンダイニッポン』において『集合的無意識』と呼ばれる、時間や世界そのものを超越した、全人類の記憶や知識が集合している超自我的領域を介して、『御神楽響』の精神のみがこの世界に転移してきて、僕の脳みそにインストールされてしまったものだから、このようにある意味『前世の記憶』の再現でもあるかのごとく、彼になり切った夢ばかりを見るようになったらしいんだけど、本当にこれって、僕の類い稀なる『正夢体質』とは関係ないのかなあ」

 そのようにとりとめのないことを、ブツブツとつぶやいていた、まさにその時──。


『そんなわけ、ないでしょうが。「同じようなシチュエーションの夢を何度も見る」のも「前世の記憶に目覚めた」のも、すべてはあなたの尋常ならざる「正夢体質」の為せる業なのよ』


 唐突にベッドの脇のテーブルの上に置いてあった魔導書(型タブレットPC)の中から聞こえてくる、もはや聞き飽きた感もある涼やかなる声音。

「……なろうの女神」

 そう、魔導書の分厚い革表紙を開いてみれば、に映し出されていたのは、年の頃は一二、三歳ほどの、フリルやレースに飾り立てられた禍々しくも可憐なる漆黒のワンピース──『ゲンダイニッポン』で言うところのゴスロリドレスをまとった、髪の毛や瞳を始め全身黒ずくめの妖艶なる美少女、自称『なろうの女神』のお姿であった。

 ……こいつ、いつもいつもこっちが思い悩んでいたりする時に限って、やけにタイミング良くアクセスしてくるけど、僕のことを四六時中監視しているんじゃないだろうな?

「何だよ、すべては『正夢体質』の為せる業って。女王様もおっしゃっていたけど、どう考えても他の超常現象のほうは両方共、『正夢体質』なんかじゃ実現できないんじゃないのか?」

『とんでもない! 「正夢体質」というのは一言で言うと、『夢で見たものを現実にしてしまうこと』なんだけど、それは別に、この世界におけるあなたの身の回りの近い将来の──つまりは出来事に限らず、過去の世界でも、この世界にとっての異世界となる「ゲンダイニッポン」でも構わず、「正夢体質」であるあなたが見ることで、現実の世界であることをようなものなの。──ていうか、そもそも「集合的無意識」を構成しているのは文字通り「ありとあらゆる世界」なのだから、たとえそれが過去の世界だろうが未来の世界だろうが異世界だろうが小説等の創作物フィクションの世界だろうが、「ゲンダイニッポン」における「量子論」に則れば、あくまでも、すべてなのであって、本来はそれこそ世界とアクセスできるはずだった「正夢体質」のあなたに対して、ファザコン女王様の指揮の下、この王城のお抱え魔導師が召喚術を施すことによって、特定の異世界である「ゲンダイニッポン」だけに、あなたの「集合的無意識」へのアクセス権を固定化したために、あなたは「御神楽響」となり切ってしまう夢ばかりを繰り返し見るようになってしまったという次第なのよ』

「……ええと、僕は一応生粋のファンタジー世界の住人だと自認しているからして、『ゲンダイニッポン』の『集合的無意識』とか『量子論』とか言われても、いまいち理解が及ばないんだけど、一体おまえはわざわざ僕の魔導書(型タブレットPC)にアクセスしてきて、何が言いたいわけ?」

 そんな僕の思考を放棄したかのような不躾な言葉に対しても、けして余裕の笑みを揺るがすことなく、むしろ満を持したかのように言い放つ、黒衣の少女。


『実はねえ、御神楽響なる人物も、あなた同様にほぼ100%の的中率を誇る「正夢体質」の持ち主なのであって、彼にとっては異世界に当たるこの世界を、あなたこと『アルバート=クダン』となった夢として見て、それを小説にしたためて、「ゲンダイニッポン」の「カクヨム」というサイトで公開しているの。──まさしく、あなたが「御神楽響」として体験した夢の出来事の一部始終を小説にしたためて、ネットを通じて「ゲンダイニッポン」の「小説家になろう」というサイトで公開しているようにね』


 ……何……だっ……て……。

『これこそが以前に言っていた、「実はこの世界は、『ゲンダイニッポン』において御神楽響によってしたためられている、小説のようなものに過ぎないのだ」ということを、量子論や集合的無意識論に基づいて詳細に説明し直したようなものなのよ。──何せ尋常ならざる「正夢体質」を有する者は、夢に基づいて作成した小説を書き換えるだけで、世界そのものを改変することができるのですからね』

 ………………………………は?

「ちょっと! 小説を書き換えることで、世界そのものを改変できるだなんて、そんな馬鹿な⁉」

『いえいえ、絶対に不可能とは言えないわよ?』

 そしてその少女は液晶画面の中でいったん言葉を切ってから、これまで以上の不敵な笑みを浮かべながら、超特大級の爆弾発言をかますのだった。


『あなたがこの世界においてあえて夢とは異なる行動をとることで、それから先の世界の行く末を変えることができたように、あなたと御神楽響はお互いの世界の外から、「正夢体質」によって知り得た自分にとって異世界に当たる世界の行く末を、まさにその夢に基づいて作成した小説の記述を書き換えることによって、世界の外から改変しているわけなの。──そう。あなたたちはあくまでも自分にとっては小説に過ぎない、お互いの世界にとって文字通り「創造主カミサマ」的立場にあって、お互いの命どころか、世界そのものの命運を意のままにできるのよ』

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