第2話、正夢体質の異世界人は、現代日本の夢を見るか?

 物心ついてからしばらくの間、僕には夢と現実との区別が、まったくつかなかった。


 ──なぜなら、僕の見る夢はほとんどそのまま現実のものとなってしまうといった、ほぼ完璧なる『正夢体質』であったからだ。


「もしかしたら、私の一族の血が、人一倍濃く出たのかも知れないね」

 そのように言ったのは、他ならぬ生みの親である、母その人であった。

 確かに呪い師を職業にしている彼女は、余人にはない不思議な力を持っていて、それこそ明日の出来事をかなり正確な的中率で占うことで、僕たち親子は糊口をしのいでいたのである。

 しかし僕の見た夢の実現率ときたら、ほぼ100%といった有り様で、比較にもならないほどの的中率だったのだ。

 それを何とか呪い師の商売に利用できないものかと考えるのは、至極当然の仕儀であり、母親であるのをいいことに、常に我が子を観察したり様々な実験をしたりすることによって、僕のあまりに特異なる能力を詳細に研究していった。

 ……まあ、我が子をモルモット扱いするのは、人道的にどうかと思うけど、母一人子一人の二人っきりの家族としては、たとえ幼い子供であろうと可能な限り協力し合うべきであるし、元々学者肌である母さんにしてみたら、僕のような格好な研究対象を目の前にして、手をこまねいていることなぞできなかったのだろう。


 しかし彼女のもくろみは、実益的にも学究的にも、非常に残念な結果に終わってしまったのだ。


 それと言うのも『正夢』や『予知夢』などというものは厳密には、基本的に覚醒時において行使される能動的な超能力である『未来予知』とは異なって、あくまでも偶発的かつ主観的なものに過ぎず、そもそも夢であるゆえに予知の内容を選ぶことができないのに始まり、そのほとんどが自分の身の回りの出来事に限定されていたり、そうかと思えば、まさしく夢ならではに突拍子もない内容のものを見たりといったふうに、商売として計画的に利用すること──例えば、特定の顧客のこれからの恋愛の行方を占うことなんかは、到底不可能であった。

 だったら僕の身の回りの予知についてはどうかと言うと、確かに余計なことは何もせずに、ただ夢で見た通りに身を任せておけば、現実のほうもほとんどその通りに推移していくものの、当然のごとく何か不幸なことが起こる夢を見た場合は、現実においてはそれを避けるように──すなわち、夢の中とは異なる行動をとるようになるのだが、そうするとその時点から以降は、現実の推移が夢の内容からはどんどんと乖離していき、場合によっては夢の中で見たものよりも更に深刻な災いを呼ぶことすらあって、本来はこういった『不幸な出来事の回避』にこそ役立てるべき『正夢によって得ることができた未来予知的知識』が、何の役にも立たない結果となるばかりであったのだ。

 しかもこれは、僕自身があえて夢とは別の行動をとったためとはいえ、客観的には『正夢による未来予知が外れてしまった』ことにもなり、別に僕の『正夢体質』というものは、世界の因果律をねじ曲げてまで無理やり100%的中させるような、いわゆる神がかりな強制力を持つわけではなく、文字通りに少々的中率の高いだけの単なる『正夢体質』であることが、如実に証明されたようなものであった。


 何せ、後に『ゲンダイニッポン』の夢を見るようになって知ったのだが、かの世界の物理法則の根幹をなす『量子論』によれば、そもそも世界の森羅万象を構成する物理量の最小単位である量子自体の、ほんの一瞬後の形態や存在位置を予測できないのだからして、どのような形であれ未来予測なぞといったものを100%確実に実現することなぞ、絶対に不可能であることが実証されているのだ。


 そんなこともあって、結局僕の『正夢体質』が商売や研究に利用されることはなくなったのだが、その副産物として僕自身が魔術の研究に熱中し始めて、『正夢』以外の超常的現象にも興味を持つと同時に、自らの『正夢体質』に対しても無理に活用したりはせずに自然体でつき合いながら、独自に研究を深めていくこととした。


 するとそのうちに、思わぬことに気づいたのだ。


 当然のように僕は、『正夢』であるのは、自分の身の回りに関する夢だけとばかり思っていた。

 しかしいつしか自分とはまったく関係ないと思われる夢を二種類ほど、連続して見るようになったのだ。

 一つは、片田舎の村人とはまったく関わり合いのないはずの、王宮における人間ドラマの夢であり、もう一つは、『ゲンダイニッポン』という、こことはまったく異なる世界の夢であった。

 もちろん最初は、自分には与り知らぬ、文字通りのただの夢かと思っていた。

 だが夢の中の王宮における噂話によれば、かつて『魔術公』とも呼ばれていた今は亡きユルゲン公爵が、王立魔術学園に在籍中に知り合った、同じ学年の女性魔術師と昵懇の仲になり、私生児を儲けていたことが発覚したのだが、学生時代は優等生でもあったその女性カミラ=クダンは、自分の妊娠に気づくと同時に公爵の許を離れ、市井の呪い師に身をやつし、密かに男児を産んで女手一つで育てていったと言う。


 ちなみに僕の名前は、アルバート=クダンであり、母さんの名前はカミラであった。


 言うまでもなく、すべては僕が見ている夢なのだから、架空の王宮物語の中に、自分の身の回りの人物が何の脈略もなく登場しようが、別におかしくはないのだが、ひょっとしたらこれも強力無比なる『正夢体質』の為せる業かも知れないと思い立ち、母さんの前であくまでもそれとなく、ユルゲン公爵の名前を出して反応を窺ってみた。

 彼自身魔術公と呼ばれるだけあって、若くして身罷りながらも魔導学においては多大なる功績を残しており、いかにも自己研究の一環であるかのようにして、ちらっと言及したところ、普段は常に泰然自若としている母さんが、ほんの一瞬とはいえ顔色を変えたことにより、僕の疑惑は確信へと変わった。

 一方彼女のほうも、僕の意図するところをあっさりと見破ったようで、「──そう。あなたは、彼──すなわち、に関する、夢を見たわけね。もしかしたらあなたって、我が一族の始祖である、『ホワンロンの巫女姫』の先祖返りかも知れないわね」などと、大変思わせぶりな台詞を述べられたのであった。

「『ホワンロン』と言うと、この王国の名前じゃないか」とか、「男なのに巫女姫とは、これいかに」とか、僕としても非常に気になったものの、これ以上深入りしたら更にとんでもない事実が発覚するかも知れないと思い、お互いの暗黙の了解のうちにうやむやにした。

 それでなくとも、きっとそのうち母さんのほうから、きちんと教えてくれるものと思われたから。


 ──まさか時を移さずに、心の底から後悔することになるとは、思いも寄らずに。


 そして、もう一つの『ゲンダイニッポン』なるの夢のほうは、更に想像を絶するものであった。

 何と僕はその世界では『神楽かぐらひびき』という名前の高等学校の学生になっていて、代々近親婚を繰り返すことによって人ならぬ超常の力を得た、呪われし一族御神楽家の筆頭分家の後継者として、本家の御令嬢である自分と同い年の双子の姉妹に『守り役』として仕えているといった、まさにかの世界における『ライトノベル』と呼ばれる娯楽小説の登場人物的な立ち位置にあったのだ。

 常日頃からいかにもお嬢様然として、分家の僕のことを下僕イヌ扱いする、すでに次期当主に内定している双子の妹のほうののんのお世話だけでも大変であったのだが、それに輪をかけて対応に苦慮したのが、姉のほうのおんであった。

 一族全体の要とも言える『みの巫女姫』である詩音は、僕の『正夢体質』なぞ比較にならないほどの絶大なる未来予知能力を誇っていて、それによって『ゲンダイニッポン』の政財界に多大なる影響力を及ぼしていたのだが、過ぎたる力を有してしまった反動なのか、別に五感に異状はないというのに、対人コミュニケーション能力というものをほとんど持たず、極基本的な日常生活もまったくこなせないといった、まるであちらの世界において高名なる、『ヘレン=ケラー』であるかのような擬似的三重苦状態にあって、食事や衣服の着替えや入浴の世話に至るまで、守り役の僕がつきっきりで面倒を見なければならなかったのである。

 ……まあ、どうせ夢の中の話だし、しかも双子が二人共揃って絶世の美少女であったことだし、苦にするどころかむしろ、役得のようなものであったのだが。


 ただしこの『ゲンダイニッポン』の夢において、剣と魔法の世界である僕の本来の世界では別に珍しくもない、未来予知の巫女姫なんかよりも更に衝撃だったのは、まさにその魔法よりも遙かに魔法じみた、『科学技術』のほうであったのだ。


 元来の世界ではけして見られない、自動車や船舶や航空機等の陸海空を網羅する先進的な乗り物類はもとより、家庭生活やビジネスの場や全世界的通信網が、コンピュータによってすべて制御されているといった、自他共に認める『おとぎ話』の世界であるはずのこの剣と魔法の世界よりもよほど、『おとぎ話』=『創作物フィクション』そのままの世界。

 特に驚愕だったのは最新鋭の兵器の数々で、超音速のジェット機やミサイルの類いは、ドラゴン等を始めどんな飛翔系の魔物よりも高速性を誇り、何よりも核爆弾が一発あれば、大勢の魔術師を擁する人間国はもちろん、いかに魔術の本家本元である魔族の国家だろうが、まったく太刀打ちできないであろう。

 王宮の夢以上に、こちらのほうこそをただの夢と思いたかったところであるが、生憎とそうは問屋は卸さなかった。

 それというのも、これらの夢は文字通りの『一夜の夢』なんかではなく、頻繁に──それもちゃん連続性のある内容を象っていて、とても単なる夢とは思えなかったのだ。

 更には驚いたことにも、王宮の夢とこの『ゲンダイニッポン』の夢とは、意外な繋がりがあることが、後に判明することになったのだ。

 ここまで来ると到底ただの夢とは思えず、特に『ゲンダイニッポン』のほうなんて、『正夢』どころか『前世の記憶』なのではないかと、疑い始めるところであったが、

 ──もはやそんなことなぞは、言っておられなくなったのである。


 なぜなら、今からおよそ二年前に、僕はこの『正夢体質』の、本当の恐ろしさを思い知ることになったのだから。


 そう。事もあろうに、見てしまったのである。


 ──自分の母親が、死んでしまう夢を。


 もちろん先に述べたように、僕の『正夢体質』は、100%完璧であるわけではなかった。

 こちらが無理やり夢とは異なった行動をとることで、それから後の展開を変えることだってできるのだ。

 そこで僕は、折り悪く遠くの街に仕事に出かけることになった母親に対して、いつもの一人旅ではなくて、冒険者ギルドに腕利きの護衛を紹介してもらうように提案したのだ。

 かつては我が王国きっての魔術公からも認められるほどの魔術の腕を持つ母さんとしては、本来なら護衛なぞ必要とはせず、無駄な出費がご不満のようであったが、何と言っても命あっての物種であり、僕がこんこんと説得することによって、渋々ながらも同意してくれた。


 そうして屈強なる傭兵の男性と共に旅立った母であったが、結局二度と戻ってくることはなかったのだ。


 なぜなら当の護衛の男こそが、母が所持していた貴重なる魔導書を手に入れるために、彼女を殺して逃げ去ったのだから。


 ……僕の、せいだ。

 僕が自分が『正夢体質』であることに慢心して、余計なことを言ったせいなんだ!

 腕利きの魔術師である母さんなら、油断さえしなかったら、そこらの冒険者や傭兵ごときが束になってかかってきても、相手にすらならなかったであろう。

 しかし相手が、信頼の置ける冒険者ギルドから紹介された護衛であったために、つい気を許してしまい、隙を見せたところを不意打ちされて、魔導書どころか命までも奪われてしまったのだ。

 僕ときたら、何て愚かなんだろう。

 いくら不幸な『正夢』を回避したところで、より大きな災いが起こり得ることを、ちゃんと知っていたはずなのに。

 ちょっと力があるからって、たかが人間ごときが、世界の行く末ミライをすべて把握することなんて、できっこないのに。


 ──だったら何で、こんな何の役にも立たない力を、僕に与えたんだ⁉


「世界は──運命は、どうせ人間の手で変えることができないことをわかっていながら、僕に妙な力を与えておいて、結局は己の無力さに絶望させて、もてあそんでいるだけなのか⁉」


 ──憎い。


 ──己を苛むばかりの、運命が。


 ──けして思い通りにはならない、この世界そのものが。


 僕が母さんの部屋で遺品を整理しながら、ついに堪えかねて怒声をあげた、

 まさに、その刹那であった。


『──だったらこの私があなたに、世界に復讐できる力をあげましょうか?』


 唐突に響き渡る、聞き覚えのない幼き少女の声。

 それは生前母親が最も大切にしていた、魔導書の中から聞こえてきた。

 思わず分厚い革表紙を開けば、なぜだか紙面いっぱいが鏡のようになっており、一つの人影を映し出していた。

 年の頃は、一二、三歳くらいか。

『ゲンダイニッポン』においては『ゴスロリドレス』とも呼ばれている、至る所がフリルやレースに飾り立てられた、禍々しくも可憐なる漆黒のワンピースドレスに包み込まれた、いまだ中性的で華奢なる白磁の肢体。

 腰元まで流れ落ちている烏の濡れ羽色の髪の毛に縁取られた、『日本人形』そのままの端整なる小顔。

 そしてその中でつやめいている、黒水晶の瞳に、鮮血のごとき深紅の唇。

 まさしく天使か妖精そのままの、絶世の美少女が、魔導書の──いや、『ゲンダイニッポン』における『タブレットPC』そのままの液晶画面の中で、いかにも人のことを見下すかのような不敵な笑みをたたえていた。

「……君は、一体」

『私? 私は人呼んで、「なろうの女神」よ。あなたが言うところの「ゲンダイニッポン」のインターネットの中で生み出された、情報生命体のようなものだと思ってちょうだい』

「は? 女神って……。それに、インターネットの中で生み出されただと?」

『そんな細かいことなんて、別に構わないでしょう? 「ホワンロンの巫女姫」の先祖返りさん』

「──っ。な、何で、そのことを⁉」

『そりゃあもちろん、あなたが「ホワンロンの巫女姫」であるのを知っていたからこそ、わざわざ世界の境界線を越えて、やって来てあげたのですもの。──だって、これ以上見ていられなかったのよねえ。あなたって、「正夢体質」の使い方というものを、全然わかっていないんだから』

「『正夢体質』? あんな呪われた力が、今更何の役に立つって言うんだよ⁉」

『ええ、十分役に立ってくれるわよ。──特に、あなたのお望みの、「世界の改変」なんかにね』

「──‼ 世界の改変って、つまり僕の思い通りに、世界を変えることができるってわけか⁉ それも『正夢体質』を使って?」

 もはや驚愕するばかりの僕へと向かって、その自称情報生命体の少女は、液晶画面の中でいかにも取り澄ました表情となり、満を持して言い放った。


『そう。あなたはただ、夢の中で見たことをそっくりそのまま、小説にしたためればいいの。そうすれば私がそれを「ゲンダイニッポン」のネットで公開することによって、あなたをあらゆる世界を意のままにできる、真の「作者カミサマ」にしてあげるから』

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