場面抜き取り超掌編
草った頭
第1話 影
その影は……そう、人の形をしている。
拳を高く振り上げて叩きつけている。左の拳を振り上げては、右の拳を叩きつける。右の拳を振り上げては、左の拳を叩きつける。
拳は叩きつけられる度に”グシャッグシャッ”と鳴いている。
その影の下には何か人のようなものが横たわっている。
その人のようなものに影はまたがっている。人のようなものにまたがって拳を叩きつけている。
拳を叩きつけられる度に人のようなものは”グシャッグシャッ”と鳴いている。
――離れろ!
頭ではなく、肌が、毛が、骨が叫んだ。
――息を殺せ、悟られるな!
静かにゆっくりと、しかし確実に。
体を返すのではなく、顔は、目は影に固定して、すぐ後ろの壁にそろりと沈めていく。
確実に我が身が壁に沈むまで、固定した目は動かさない。鼻の先が、毛の端が、自分のすべてが壁に沈みきるまで。
影は未だ拳を叩きつけ”ゴッゴッ”と鳴かしている。
壁に身が沈みだして、おそらく30秒に満たない程の時間であろう。たかだかその程度の時間は、この世に生を受け今に至るまでに費やした時間と同じであるかのように長い。
目は沈み、鼻先も沈み後はたった毛の端だけ。毛の端がほんの少し沈めば……
”バキッバキッ”と影の拳は急に大きく鳴きだした。と同時に身体は氷のように固まり、すんとも沈めなくなった。
すると鳴き声は止み、漂う気配は影の動きも止まったことを知らせる。
――気づかれたか。
「ふあああああ」影は小さく唸った。
身が震え、氷は砕けた。毛の端は壁に沈み、身を返し玄関へ。
足を上げる度に「抜き足とはどういうことか」、足を下げる度に「刺し足とはどういうことか」、頭はそれだけを考える。
玄関のドアをそろりと開き、テクラは走った。
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