第31話

「さて、あなたの採用も決まったことだし、別の話に移らせてもらおうか」


「え!? まだなんかあるの!?」




晴れてデュオの護衛に決まって内心舞い上がっていたリーゼはすっとんきょうな声をあげた。




「心配せずとも、あなたの役割に関係ある話ではない。 領主、いや、この国の貴族として聞かねばならないことではあるがな」


「・・何のことを話せばいいの?」




アインシュのただならぬ気配を感じ取り、リーゼも真剣な顔になった。それを見て、アインシュは続けた。




「魔竜たるあなたを、瀕死まで追い込んだモノのことだ。 モンスターの大量発生は問題になっているが、それでも魔竜を相手どれるようなモンスターが出たのならば、もっと前から私の耳に入ってきたはずなのでね」


「・・なるほど、そりゃ気になるよね。わかった、教えるよ。ただ、あたしにもよくわかってないよ?」


「構わない。 聞かせてくれ」


「うん、あれはこの領地よりも北の荒れ地に下りたときだったかな・・確か、地震が起きた後だった」




リーゼは記憶を掘り返しながら語り始めた。










(ひゃ~、すっごい割れてるなぁ~)




 あたしは飛びながら、大地を走る大きな裂け目を見ていた。辺りには岩が転がっていたり、木がポツリポツリと生えているくらいで、他に目立つものはない。




(すごい揺れだったしな~)




 とにかく里を出たくて、大人たちの課す外に出るための試練を突破したあたしは、しばらくの間オーシュ王国中を飛び回っていた。人間の街には興味あるけど、かといっていきなり人間の姿になって入るのは気が進まないと思い、人間の街から離れた場所をフラフラしていたのだが、ちょっと前に大きな地震があって何が起きているのか見に来た次第だ。




(ちょっと近くで見てみよっと)




 あの裂け目は一体どのくらいの深さがあるのだろう、奥に何があるんだろうと、竜特有の好奇心に駆られたあたしは地上に降りた。念のため、風魔法を使って臭いを集め、辺りに危険なモンスターがいないか確認する。




(よし、何もいない)




 元々荒地のこの近辺は、餌が乏しくモンスターもあまり生息していない。地震のせいか、魔力が乱れているようだが、危険なモンスターはいないようだった。




(でも、本当に何にもないな・・・)




 しばらく裂け目沿いに歩いてみたが、大して目を引くものもない。折角何かないかと思って来たのに、これではつまらない。




(裂け目の中、入ってみるかな・・)




 裂け目の方に目を向けると、昼間にも関わらず完全な闇に包まれた深淵が目に入ってくる。裂け目の幅はあたしが5,6頭が縦に並んだくらいはある。これなら奥に行ってみてもつっかえることはないだろう。




(それじゃ、行ってみよっと)




裂け目の奥は真っ暗で何も見えないが、炎で照らせばなんとかなるだろう。


 あたしは羽ばたくと、裂け目の中に飛び込もうとして・・・




「カケ・・・・・ワガ・・・・カ・ラ」




一瞬、そんな声が聞こえたかと思うと、辺りが白い霧に包まれた。




「キュ!? キュルルル!?」(え!?何!? 何が起こったの!?)




 飛ぶために使っていた風魔法が急に消えて、落ちそうになったと思ったら、霧は消えていた。




(とにかく、なんかヤバイ!!)




 危険なモンスターがいる様子はなかったが、今は本能がけたたましく警鐘を鳴らしている。


 あたしはすぐにこの場を離れるために飛び上がろうとして・・・・




「カ・ラ・・・ケラ?」


「!?」




 無機質な声とともに、目に見えるほどの黒い魔力の奔流に乗って、ソレは裂け目から現れた。




「・・・キュ?」(人?)


「カケラ・・・」




 一見するとソレは人間に見えた。人間のような頭があり、人間のような手足もある。しかし、その体は全身が真っ黒で、のっぺりした顔にはパーツがなく、まるで子供が適当に粘土で作った人形のようだった。ソレには口もないのにどこからかノイズ混じりの声は聞こえてくる。




「カケ・・オマエ・・・ケラ・・?」


「ガアアアアア!!」




 あたしはソレに炎のブレスを吐いた。そして、すぐに翼を広げる。


 あたしの本能が告げている、アレはヤバイと、すぐに逃げなければ死ぬ、と。




「カケラ・・・タシ・カ・ル・・」


「キュ!?」(ウソ!?)




 魔竜のブレスが直撃したが、ソレは何の痛痒も感じていないようだった。ソレは目のない顔でこちらを見ると、魔力を噴き上げ、凄まじいスピードで突っ込んできた。




「・・・轟波斬ハウル・エッジ


「キュゥゥ!?」(きゃあああ!?)




 突っ込んでくるソレの腕部がグニャリと歪み、カミソリのような形状になったかと思うと、腹と翼に熱い痛みが走る。咄嗟に飛びのいたが、躱しきれなかったようだ。そして、痛みを感じたすぐ後に、異常に気付いた。




「キュウ・・・・・」(痺れる・・・)




 ソレの腕は斬りつける瞬間とんでもないスピードで振動していたらしく、その振動が伝わって全身が麻痺したかのように鈍っていた。




「ガウウウウ!!」




 それでも、あたしは牙を食いしばって風魔法を使い、自分を吹き飛ばして少しでもソレから離れる。




「・・・・ハウル・インパクト」


「ガウッ!?」(うぐっ!?)




 あたしを逃がすまいとしたのか、ソレはもう片方の腕を向けて魔法を放ち、轟音とともに強い衝撃があたしを襲った。痛みを感じる間もなくベキリと嫌な音がして、左の翼が折れ曲がり、あたしの中まで届いた衝撃が内臓を蹂躙して口の中に鮮血が溢れた。だが・・・




「キュウウウウウウ!!」(うがあああああ!!)




 魔法で吹っ飛んだあたしは全力で魔法で風を起こした。ソレの放った魔法も相まって、かなりの距離を稼ぐことに成功する。




「キュウ・・・クハッ」




 ゴロゴロと地面に転がったあたしは、血を吐きながら首をもたげてソレを睨んだが、ソレはあたしを斬りつけたところから動いていなかった。ソレはさっきとは打って変わって、不器用な使い手が操るマリオネットのようにフラフラとこちらに足を動かそうとしたが、その足は空中でピタリと止まった。ビクンビクンと何度か足を動かそうとしていたようだが、どうやらソレはあれ以上こちらに進むことができないようだ。




「・・・・・・」


「・・・・・・」




 しばしの間、あたしはソレを睨み続け、ソレはこちらを見ていた。ソレがどんな魔法を使えるのか分からないが、魔法を撃ってくる様子はない。




「・・・カケラ・・イツカ・・ツドウ」




 その声は離れていてもなぜかしっかりと聞こえた。そして、ソレはあたしの見ている前でドロリと崩れると、雨の日の泥のようにズルズルと滑って、裂け目の中に戻っていった。




「キュウ・・・キュアア?」(うう・・助かったの?)




 ソレがいなくなった瞬間、辺りに満ちていた黒い魔力もなくなった。




「キュ~・・・」(う~ん)




 ソレがいなくなったと分かったあたしは、緊張の糸が切れて気絶してしまった。












「ってことがあったの」


「ふむ」




 リーゼロッテはアインシュに自らの身に起こったことを語った。




「んで、それからなんとか動けるようになって、森の匂いがする方に動いてたらこの土地までたどり着いたんだ」


「大変だったのだな・・」


「そりゃもう!! 翼をやられて飛べなかったし、変身もできなくなってたから動くのも大変だったよ・・おまけに、餌がありそうな森に着いたと思ったらなんかモンスターがたくさんいたし・・・・まあ、デュオ様に会えたから結果オーライってやつだけどさ」




 そういう少女の顔はどことなく満足気だった。




「そうか・・・して、あなたはソレとやらに心当たりは?」


「全然。 カケラがどうとか言ってたけど意味わかんなかったし・・・里を出るための試練に受かるようにいろんな本を読んだり、お父さんやお母さんからモンスターの話を聞いたりしたけど、あんなの見たことも聞いたこともなかったよ」


「私も強力なモンスターについては知識がある方だが・・・・ソレはどうみても人間ではなかったのだな?」


「うん。 人間の中に顔がなくて腕がカミソリみたいになるような能力持ってる人がいるなら別だけど」


「そんなものはいない。 しかし、上級魔法に上級魔技を使うモンスターだと・・・」


「あたしもおかしいと思ったけど、間違いないよ」


「うーん、人語を喋って、魔技が使えるモンスターもいないわけじゃないですがね・・・」


「確か、王都の近くにいるオーガロードがそんな魔物だっていうけどねぇ・・」


「うむ。 だが、魔技は人間が編み出したものだ。 必然的に人間との遭遇記録の多いモンスターでなければおかしい」


「件のオーガロードは一時は人間に弟子入りまでしたらしいですしな・・」




 護衛の老人たちも話に加わる。


 人間とモンスターの魔法の扱いにはそれなりに違いがあるが、その中に魔技の存在がある。魔法が使えるモンスターはあまり多くないが、モンスターは人間の特化型のように特定の属性のコードしか持たないものが多く、その属性に限れば何の予備動作もなく中級魔法クラスの魔法を使うことができる。そして、人間でいう詠唱の役割を果たす何らかの咆哮や声を放つことで即座に上級魔法を使える。しかし、魔法を使うモンスターの中にはスライムのような無機物のモンスターもおり、声を出さないモンスターもいる。そうしたモンスターは魔法を使う前に変わった動作をするのだが、そうした動作を人間が真似した結果、魔技が生まれたとされる。魔法を放つのにほとんどラグのないモンスターには詠唱を省略しようという概念がなく、魔技が開発される素地がなかったのだろう。そもそも魔技を放つ腕やら足やらがないモンスターもいる。


 ともかく、知能の高いモンスターは人間の行動を理解し、真似することがあるが、それでも他種族の使う技術を覚えるのは一朝一夕ではできないことなのだ。強さを求め、多くの騎士を観察し、人間しか持たない強さを知るために人間に教えを請うて魔技を覚えたという鬼人の森のオーガロードはモンスターの中でも相当な変わり種だ。そして、魔技を習得できるくらい人間と関わったモンスターならば必ず記録に残る。例外は・・・・




「ならば、アンデッドだったというわけでもないのだな?」


「多分ね。 アンデッドだったら、もっとこう、恨みの感情とかそんなのがあったと思うし・・・アレはなんだか、心のない人形みたいだったよ」


「そうか・・・」




 かつて幾多の戦いを経て、怨念を抱いて死んだ戦士は、生前使えた魔技を覚えたままアンデッドになるというが、これも違うようだ。




「結局分からずじまいか・・・あなたがこうして生きている以上問題ないとは思うが、ソレが追いかけてくることは?」


「そっちも多分大丈夫。 アレはあの裂け目からあんまり離れられないみたいだったし、もしアレが動けるならあたしはこの土地に来る前に死んでたよ」


「なるほどな・・ふむ、とりあえず王都にその裂け目とモンスターのことは報告しておくか・・」




 リーゼロッテは翼をやられて飛べない状態だった。しかも発見されたのは峻険な山も広い川のような障害物もないシークラント領の街道付近だ。相手がなんらかの事情で見逃がさない限り、魔竜を一方的に殺せるまでに実力差のある追手から逃げ切ることは難しかっただろう。




「辛いことを思い出させてしまって申し訳ない」


「いいっていいって。 別にトラウマになってたわけじゃないし」


「そうか・・・もしも愚息がその裂け目のある場所に行こうとしたなら・・・」


「そのときは、あたしが噛みついてでも止めます」


「頼む」




 リーゼロッテが眼光鋭くそう言うと、アインシュはそれに乗っかった。




「それで、話はもう終わり? あたしからも聞きたいことあるんだけど」


「いや、あとひとつ個人的な疑問があるが・・・・先に言っておくが、デュアルディオの好みは知らんぞ」


「違うって!! いや、まあそれも知りたかったけど!!」


「では、なんだ?」


「あなたはなんであたしが魔竜だって気づいたの? あたしのこと怖くないの?」




 魔竜の娘は心底不思議そうに聞いた。その問に、アインシュは顎に手を当てて何事かを思案する。




「・・・その質問は私の疑問にも関係があるが・・・そうだな、次は私が答える番か。 これから話すことは内密にな」




 そう前置きをして、今度はアインシュが語り始めた。


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