第30話
扉を閉めた小屋の中、アインシュたちが来るまで竜が寝ていた場所には赤い髪の少女が座っていた。年は10歳と少しといったところか、まだまだ子供である。そして、そんな子供であるにも関わらず、鱗で覆われたメイド服を着ていた。
「・・・話を始める前に聞いてもいいだろうか? なぜそんな奇抜な侍女の恰好をしている?」
「え? これどっかおかしい? 誰かに仕える人間の女はこんな服を着るって聞いたんだけど。」
「間違ってはいないが、常にその恰好でいるわけではないぞ。 それと、通常の侍女の服に鱗は付いていない」
「へぇ~、そうなんだ。 んじゃ、ちょっと待ってて」
再び少女の周りがぼやけると、服はその辺の町娘が着るような何の変哲もない衣装になっていた。
「姿だけではなく、服も変えることができるのか・・・」
「この服もあたしの一部だからね。 こういうのは他の魔竜でもできるよ」
少女はなんということはなしに答えた。
その様子を見て、アインシュは咳払いをした。
「コホン、では本題に入ろう。 まず聞きたいのは・・・あの魔竜たるあなたが、本当にデュアルディオに仕える気があるのかという・・・」
「本気で殺すぞ、人間」
アインシュが言い終える前に、リーゼロッテは静かに割り込んだ。少女の周りには、赤い魔力が渦巻き、手の爪がいつの間にかナイフのように伸びて、さらにその目は蛇の眼のように瞳孔が縦に裂けていた。
「・・・・・」
リーゼロッテのただならぬ様子を見て、ジョージがアインシュの前に出て、ヘレナも杖を出して構えたが、それをアインシュは手で制した。
「・・・・気に障ったのならば申し訳ない。私はあなたが人の言葉を操る魔竜であるとは分かったが、竜の価値観まで知っているわけではない。・・・・・あれで、デュアルディオは大事な息子だ。竜が護衛につくのは心強いが、裏切らないという保証が欲しいのだよ」
「・・・・・・」
アインシュが一切表情を動かさずに言うと、リーゼロッテはその顔をしばらく睨んでいたが、やがて気が済んだようにため息をついた。
「はあ、ま、そういうことなら仕方ないか・・・いいよ、教えてあげる、あたしがデュオに仕えようと思ったのは・・・・」
「待たれよ」
「・・・・・なにさ」
話の腰を折られて、リーゼロッテは不機嫌そうにアインシュを睨んだ。
「理由はどうあれ、仕えると言うのならば、敬え。 我々はともかく、デュアルディオを己の主としたいのだろう?」
「・・・・・どういう風に?」
言われて少し顎に手をやって考えたリーゼロッテは、やや不安そうにアインシュに聞いた。
「デュアルディオ様がいいだろうが、それでは少々長いな・・・・ふむ、主もしくはデュオ様といったところか」
「そっか、デュオ様ね。 デュオ様、デュオ様・・・・・」
リーゼロッテは己の中に刻み付けるようにデュオの呼び方を何度もつぶやく。
「話の腰を折ってすまない、続けてもらえないか?」
「え? あ、うん。 あたしがデュオ様に仕えようと思ったのは、デュオ様が命を懸けてあたしの命を救ってくれたから。あそこでデュオ様が助けてくれなかったら、あたしは間違いなく死んでたし。あたしの命はデュオ様のものだよ」
「・・・・ふむ、わからんでもないが、我々人間の価値観から言うと少々信じがたいな」
「そうなの? 人間って薄情なんだね」
「・・・・そういった理由で恩を感じることはもちろんあるが、自分の命を差し出すというところまでは中々おらんぞ。 というより、誇り高い竜だからこそ、人間は自分のことを助けて当然だとは思わんのか?」
「そんなこと思うわけないじゃん。確かに人間はあたしたちよりも弱い生き物だろうけど、独り立ちした生き物は生きていく上で自分の命は自分で守らないといけないでしょ? なら、あたしの代わりにあたしの命を守ってくれたデュオ様に、あたしの命とおんなじくらいの恩を返さなきゃいけないの。だから、最低でも一回はデュオ様の命を救うまでは離れるつもりはないよ。もちろん、一生、この命尽きるまでお仕えしようって思ってるけど」
「ふむ、人間と竜、いやモンスターの価値観の違いか・・・・」
「そんじょそこらのモンスターと一緒くたにされても困るけどね」
どうやら、竜というのは人間と異なる物の見かたをするようだ。
「そうか・・・ふむ、独り立ちと言っていたが、あなたはもうそういう年なのか?」
「・・・・人間ってでりかしーってやつがないんだね・・・・一応あたしたちは10年生きたら独り立ちできるけどさ」
「・・・・すまない。そうか、魔竜といえど、成長の度合いは人間と同等か」
「むしろ、普通の竜より短いよ。竜は人間よりも長く生きるのもいるけど、あたしたちは秘めている力に体が耐えられなくなるんだって。 だから、本当に人間とおんなじくらいかな」
少女の見た目は10才を少し上回る程度。リーゼロッテが嘘をついていなければ、外見通りの年齢なのだろう。
「とりあえず、あなたの言う理由は分かった。 で、それだけか?」
「へ?」
自分の仕える理由と、おまけで人間に知られざる魔竜の講義をして、実は悦に浸っていたリーゼロッテは、アインシュの意外な返しを受けて、呆けたような声を出した。
「そ、それだけって・・・え?」
「あなたがデュアルディオに仕えたい理由は分かった。 しかし、仮にも大事な息子を任すのであれば、義理だけでは少々不安が残るということだ。勝手に恩を感じるのはいいが、それだけで押し掛けてもらってはな・・」
「・・・・何が言いたいのさ」
雲行きが怪しくなったのを感じ、リーゼロッテは低い声でアインシュに問うた。デュオに仕えることを認めないというのならば・・・・
密かに爪を伸ばし、アインシュの一挙一頭足に目を向け・・・
「義理ではなく情の面だ。率直に言うと、デュアルディオのことをどう思っているのかということだ」
「え、え~~~~!!!」
リーゼロッテの顔が真っ赤に染まる。心なしか、人間のそれよりも色が濃い気がしないでもなかった。
「そ、そんな、いきなりそんなこと聞くの!? え、えっと、た、確かにあたしはデュオのこと・・・・ああ、もう! 恥ずかしいってば~!!」
頬に手を当て、全身を悶えさせながらイヤンイヤンと首をぶんぶん振る少女の姿はいささか気味が悪かった。
「・・・・そんな深いところまで聞くつもりはなかったのだがな。 あなたの理屈では気紛れでも助けてくれた者ならば誰でもいいということになる。それで、一時の恩だけで従っていても、不満が溜まるような主ならば十全の働きはできまい。いつか必ず破綻するし、主にとっての弱点になりえる。つまりは、そういう面のことを聞いたのだ」
「そ、そうなの!? もっと早く言ってよ、も~~!!」
「で、どうなのだ? まあ、聞くまでもなさそうだが。」
「自分で言ってるじゃん!! あたしがデュオ様といてイライラするとかはないから大丈夫だよ!!っていうか、命を救われたからって誰にでも一生仕えようなんて思わないから!!」
「そうか」
「そうだよ!!」
ガーッと吠えるようにがなり立てる少女に対し、アインシュはどこまでも鉄面皮を崩さない。ちなみに、アインシュを護衛している老人二人は生暖かい目線でリーゼロッテを見ていた。
「ところで、参考までに聞きたいのだが、ヤツのどこに惚れたのだ?」
「ほ、惚れた!? この流れでそういうこと言う!?」
「私はデュアルディオの父だからな。 ヤツを気に入った相手ならば、ヤツ次第で私の義理の娘となる可能性もなくはない。シークラント家は代々伴侶は己で決めるのが家訓だ」
「本当!? え、それ、ホント? あ、じゃなくて、ホントですかお父様!?」
「・・・・・まだ、あなたに父親呼ばわりされるスジはないぞ」
「そんな堅いこと言わないで下さいよ~!! そうだ、理由、理由ですね!? あたしがデュオ様を好きになった理由!!」
リーゼロッテはアインシュの言葉に食らいついた。入れ食いだ。
「えっとね、あたしはあんな風に、おとぎ話のお姫様みたいに、守ってもらったり、親身になってもらったの初めてだったから・・・・こう、ね?あたしのお父さんとお母さんも優しかったけど、やっぱりあたしは魔竜の中でも浮いてて、あんまり構ってくれなかったし」
「おとぎ話? お姫様というと、人間のものか?」
「そうだよ。 あたしたちは
「憧れのシチュエーションというわけか」
「うん、あたしはこれでも魔竜だからね。 そんじょそこいらのヤツには負けないし、怪我だってすぐに治っちゃうから、おとぎ話じゃなくて、あたしが実際に誰かに守ってもらうなんて想像もしてなかった」
魔竜の価値観は、もしかしたらその強さが元になって築かれてきたのかもしれない。アインシュの頭にそんな考えがよぎった。
「もちろん、それだけじゃないよ。デュオ様ってすっごく優しいから、一緒にいたらすごく安心できたんだ。それに実力だって結構強かったし、多分まだまだ伸びしろもある。後、あたしの怪我を治そうとしているときは、すごく必死で、頼りになるって感じでカッコよかったし。・・・ねぇ、人間でもデュオ様みたいな人ってたくさんはいないんじゃない?」
「・・・そうかもしれんな。 モンスターのひしめく森の中、傷を負った竜を一人で治そうというのは珍しいかもしれん」
「でしょ~!!」
リーゼロッテは嬉しそうに笑う。
モンスターによる被害が多発する中、一番守るべきはまず自分だ。比較的人間に協力的と言われる竜が怪我をしていれば、多くの者に憐れむ気は起きるかもしれないが、そういう理由で実際に命にかかわるような働きができる者は少数派だろう。デュオの場合は、本人の実力と母親の教育が大きいのだろうが。
「それで、あたしがデュオ様のこと好きになった理由はお話ししましたけど、これでいいですか? お父様?」
「まあ、理解はしたが・・言っておくが、デュアルディオの妻はデュアルディオ自身に選ばせる。 そして、少なくともヤツが大抵のもめ事を処理できる程度になるまでは、人間の姿になるのは控えてもらおう。・・・私たちにもその姿を見せるのを渋ったくらいだ、理由は分かるだろう?」
「うぐ!! まあ、分かりますけど・・・・でもそれじゃ、この姿でアピールが・・・」
「理由が理解できるのだろう? ならば構うまい?」
「うぅ~!!・・・・はい」
リーゼロッテは渋々と言う感じでアインシュの申し出に頷いた。
建国神話にてかつて悪逆の限りを尽くしたという魔竜は、オーシュ王国中で未だに恐れられている存在である。護衛としてはこれ以上ないくらい優秀だろうが、人の姿になるところを見られたら大混乱が起きるだろう。
「しかし、それでも不安は拭えんな。よりによって情は情でも痴情とは・・」
「そういう言い方止めてくれない!?そんないかがわしい感じじゃないから!!もっと、こう・・純粋なやつだから!!多分、今のところは!!」
リーゼロッテは真っ赤になって捲し立てた。なんだか自爆している気もするが触れない方がいいだろうとアインシュは思った。
「ともかく、可愛さ余って憎さ百倍ともいう。もしも愚息が魔竜であるあなたを拒んだらどうする? もしくは、拒まなかったとしても、他の娘を選ぶ場合も考えられる。 そうなったら、あなたはヤツに手を出さずにいられるか?」
「いや、それはあり得ないよ」
中々に無礼なことを聞くアインシュに、リーゼロッテはさっきまでの慌てようが嘘のようにあっけらかんと、そう言い放った。
「なぜ、そう言い切れる?」
「義理でも情でもない、プライドの問題だよ」
「プライド?」
「そう、プライド。魔竜として生まれた・・・魔竜は関係ないかな、うん。えっと、あたし自身の誇り」
軽い口調で言うリーゼロッテだが、アインシュには、その目に炎が灯っているように見えた。
「あたしはね、デュオ様のことが好きになった。でもね、あたしは助けられて、いろいろ話している内にこうも思ったの。デュオ様のお役に立ちたいって」
「・・・・・・」
「あたしはとにかく
リーゼロッテは訥々と語った。
「あたしはね、普通じゃなかったの」
魔竜は竜人と呼ばれる人のような姿になることができるが、生まれるときは普通の竜のように卵の中から竜の姿で出てくる。また、竜人は顔のすべてが竜と同じ者もいれば、片腕が鱗に覆われているだけという者もおり、個体差が激しいが、どの竜人も必ず竜の証である角を生やし、首には逆鱗を持っている。
しかし、自分はそうした「普通」とは違った。
母親の産んだ卵から孵った時、出てきた赤子は人間と見分けがつかなかった。角も持たず、逆鱗どころか鱗の一枚さえもない、「普通」の人間のようだった。幸い、変身能力は他の魔竜同様に有しており、竜の姿になることはできた。だが、どんなに試してみても、人間の姿となった時に角と鱗を生やすことはできなかった。
「だから、あたしは・・・」
集団の中で、たった一つしかない「異物」がどのような扱いを受けるのかはいろいろあると思う。
そして、自分の場合は、「忌避」だった。「普通」でない自分を見て、どこか不気味な物を見るような目を向ける大人の魔竜。中には忌々しげに自分を罵る者もいた。そして、それに感化された子供。迫害こそされなかったが、誰もかれもがはれ物に触るかのようによそよそしくて、どれもが息苦しかった。両親は優しかったが、それでも溝が、どこか超えてこない一線があったと思う。
だから、自分は外に飛び出した。ただ、逃げるためだけに。
「昼間、あなたはデュオ様にいろいろ言ったけど、デュオ様はさ、いろいろ考えてたよ。 どうしたら自分の土地をモンスターから守れるか。 どうやったら強くなれるかって。 難しいことだけど、それでも自分の育った場所を守りたいからって、心の底から」
「・・・・・・・」
アインシュは何も言わない。
「あたしは、そんなデュオ様をすごいって思った。 あたしとそんなに生きてきた年月は違わないのに、自分の道をもう見つけてた。 すごいって思ったし、すごく、羨ましいとも思った。 それで、焦ったけど、やりたいって思えたことができた」
「・・・・・・・」
「この人の夢ってやつを手伝ってみたいって、支えてみたいって」
「・・・・・・・」
「そんな夢を持っている人を支えていれば、近くにいれば、あたしも何か見つかるかもしれない、そう思ったの」
「・・・・・・・」
「自分の芯もないやつが、道を決めて進んでる人の邪魔をするなんて、すごくみっともないでしょ? それこそ、プライドが許さない」
リーゼロッテは力強くそう言い切った。
「だから、あたしはデュオ様を絶対に傷つけない。デュオ様のお役に立つことだけを考えるよ。 例え、デュオ様があたしを拒んでも、他の誰かを選んでも、デュオ様の夢が叶うならそれでいい。あたしが邪魔になるのなら、あたしは消えるよ」
その幼い外見には見合わない覚悟を感じたのか、ジョージとヘレナは眩いものを見るように目を細めた。
しかし、アインシュは眉一つ動かさなかった。
「・・・・つまり、逆に言うと例えデュアルディオがあなたを蛇蝎のごとく嫌おうと、貴方の存在がヤツの役に立つのならば居座るということか?」
「なんていうか、鋭いね、あなた」
「貴族だからな」
呆れたようなリーゼロッテに、アインシュは鉄面皮で返す。貴族社会を知るアインシュにとって、相手の心の奥底にある意図を読もうとするのは染みついた習性だ。
リーゼロッテはそこでため息を一つ吐いたが、次の瞬間には、その青い瞳に鋭い光が宿っていた。
「そうだね、そのつもりだよ。それであたしの存在がデュオ様のプラスになるのならね・・・・デュオ様が他の女を選んでも同じ。 ソイツがデュオ様の邪魔になるなら・・・」
鋭い八重歯を剥きだして、少女は笑う。
「殺す」
顔に浮かぶ笑みとは裏腹に、その目は冬の雪原のように冷たく、感情というものがなかった。
「・・・・たった一日で、そこまで惚れ込むか」
「好きになっちゃったのはしょうがないじゃん。 あたし、これまで嘘は一つも言ってないもん。多分、一目ぼれとか吊り橋効果ってやつだよ・・・いや、吊り橋は違うね、今も好きだし・・・あれ、でも、うーん、それじゃなんて言うんだろ・・・」
なにやら悩み始めたリーゼロッテを尻目に、アインシュはつぶやく。
「義理と情、それにプライドか」
この魔竜の娘が愚息に惚れたのは、魔竜の価値観と人の心を併せ持つが故かもしれない。
そんなことを思いつつ、未だウンウン唸っているリーゼロッテに声をかける。
「なるほど、ならばいいだろう。 今この場で、正式にシークラント領主、アインシュ・フォン・シークラントはデュアルディオの・フォン・シークラントの護衛にリーゼロッテ殿、貴殿を任命する」
「うーん、一目ぼれ、いやちょっと話してからだから、二目ぼれ?・・・って、え!?」
突然の空気の変化に対応できていないのか、すさまじく驚いたような反応が返ってきた。
「い、いいの!? 言っちゃなんだけど、あたし、結構物騒なこと言ったと思うんだけど」
「ああ、昼間もいったろう? あの猪武者の面倒を見るにはジョージ一人では手が足りなくなりつつある。 先ほどまでの話を聞いて、あなたは適任だと判断した。 実力があり、義理でも情でもヤツを慕い、プライドという枷がある・・・・それに、その物騒な部分も悪くはない。物事を絶対的な損得で考えられるような者もヤツには必要になるだろう」
「そっか、そっかぁ~・・・・へへ、ありがとうございます!! あ、そうだ。あたしの損得勘定っていっても、あたし竜だから喋れないしィ? やっぱりデュオ様の前でもこの姿に・・・」
「それとこれとは別だろう。 屋敷にいるときは我々が対応する。 あなたにそういう判断を任せるとすれば戦闘時だ。 戦闘時ならば、あなたがヤツと連携してオークを倒したように、行動だけでなんとかしろ」
「そんなぁ~」
「・・・・リーゼロッテ殿、あなたが自分の正体を告げることと隠すこと、どちらがヤツの夢に役立つ?」
「う!? それは・・・・」
「・・・・・」
「くっ! 分かり・・・・」
「まあ、人間の常識に慣れるということで、この場にいる者の立ち合いの下、月に1,2回は許可しよう」
「・・・・なんか、喜んでいいのか怒っていいのか分かんないんだけど。 何? 落として上げるってヤツ?」
「さてな。・・・ああそうだ、一応許可は出すが、念のため、デュアルディオの前に現れるのは2カ月は後にしろ。もしかしたら感ずくかもしれん。 後、名前は・・・そうだな、リズと名乗れ。 別の領地にいたジョージ達の孫ということで、リズ・バークとする。 よろしいか」
アインシュが、リーゼロッテだけでなく、護衛の老人夫妻の方にも確認を取ると、夫婦はそろって頷いた。
「いろいろ言いたいことはあるけど、分かったよ・・・・リズ、リズ・バークね。 それじゃ、よろしくね、お爺ちゃんとお婆ちゃん」
「おう、こっちこそな。 しかし、竜の孫ができるなんて長生きするもんだな」
「まあ、ホントにねぇ・・・そうだ、折角人の姿になれるんなら、家事も教えてあげるよ。 家庭的な女は人気あるよ」
「ホント!? それならよろしくお願いします!!」
こうして、リーゼロッテは正式にシークラント家に雇われることとなった。
「しかし、旦那様、いくら実力があるって言っても、あの魔竜と付き合うのはいろいろ大丈夫なんですかい? リーゼを迎えるメリットとデメリットが釣り合ってないんじゃ? というか、竜と人間でガキを作れなきゃ坊ちゃんの代でシークラント家が途絶えちまいますぜ?」
「デメリットについては私の伝手がある。そして、メリットはこれからの未来への投資だ。 これから益々モンスターは増えるだろうし、それへの備えは必要だろう。それに・・・・まあ他にもメリットはある。 しかし、子供は確かに一考の余地ありか・・・リーゼ殿、どうだ?」
話し合いが終わった後、ジョージはアインシュに近づき、小声そう告げたが、アインシュには何やら策があるようだ。もっとも、お世継ぎの件は想定不足、準備不足だろうが。
「セクハラ!? これセクハラじゃないの!?」
「そういうな。 貴族としてはそういう可能性も考えられるというならばぜひ聞いておきたい。 個人的な興味もなくはないが」
「正直だね、あなた・・・・・はあ、えっと、多分どうにかなるよ・・・」
「そうなのか?」
アインシュのひそかな趣味はモンスターの生態についての文献を読み漁ることだったりする。もちろん貴族として領地の安全を守るうえで必要な知識ではるが、今こうして魔竜にセクハラまがいの質問をしている時点でお察しだろう。リーゼロッテも少々引き気味だ。
「まあね・・・魔竜は他の種族を孕ませたり、逆に身ごもったりできるけど、子供については魔竜の情報を伝える方の意志でコントロールできるらしいよ。だから、あたしが人間の姿で魔竜の情報を渡さなければ、普通の人間の子が産まれる、と思う」
「ほう、中々便利だな」
「ホント反応薄いっていうか、方向性が違うっていうか・・・・あたしも雌だし、結構恥ずかしかったんだけど・・・」
恥ずかしがっていたと思ったら、じっとりした目でアインシュを睨む。
どこまでもペースを崩さないアインシュと少しの間で表情をコロコロ変えるリーゼロッテはいい具合に対照的だった。
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