第20話

 王都に来て5日目、今日も今日とて「幻霧」から出て、宿屋で目を覚ました僕は、もう一度モーレイ鉱山に来ていた。僕が探しているのは・・・




「フッ!」


「!?」




 とりあえず、こっちに這いずってきたスライムの核を剣で抉り出す。




「これで、17体目か・・・ほんとによく出くわすな」


「キュルル・・・」




 お目当ての獲物はスライム、正確にはその核だ。


 僕は仕留めたスライムの核を持ってきた革袋に入れると歩き出す。隣を歩くリーゼロッテはどこか暇そう、というか不満そうだ。一応、鉱山に入る前に暇になりそうだからその辺で待ってたらどうかと聞いたのだが、聞き入れてもらえなかったのだ。




「ソナー!」




 そんな相棒を尻目に、僕は周辺の探査のために音波を出す。この魔法は魔力消費が少なく、他の音魔法を使用しなければ、コンスタントに出し続けることができる。




「・・・・よし! スライム見つけた・・・・・あとはマタンゴか。ん?ゴーレムもいるのか」




 僕のソナーに引っかかったのはスライムの群れとマタンゴが2匹にゴーレムが一体。スライムが前方にいて、マタンゴとゴーレムは後方にいるようだ。今僕がいるモーレイ鉱山には無生物型モンスターのスライムが大量に生息していて他のモンスターは少なめだから、あまり僕の体質はデメリットにならない。しかも、この洞窟内では音魔法による探査が非常に有効であり、僕の体質が及ぶ距離に入る前に、モンスターの位置を知ることも可能だ。前回も思ったが、このダンジョンは、どうやら僕とものすごく相性がいいようだ。




「とりあえず、後ろの連中を倒しておこうかな」




 スライムと戦ってるときに後ろから乱入されたら面倒だ。


僕が来た道を引き返すと、体質のせいか、こちらに向かってくるのが感じ取れた。ほどなくして、キノコにはあり得ない鮮やかな青色をしたキノコがこちらに向かって跳ねてきた。本当にどんな構造をしているのやら。




「リーゼ、あれ食べる?」


「ギルルル・・・」




 試しに聞いてみたが、リーゼロッテは「絶対食べない」と言うがごとく首を振った。竜の胃袋は大抵のモノを消化できるという話だが、どうやら、あの毒キノコは食べる気は起らないようだ。




「なら、倒しちゃおうか・・・よっと!」




 僕はその辺に落ちていた石を拾うと、空中に放り投げる。




「インパクト!」




 投げた石に衝撃波をぶつけて、粉々に砕くと、砕けた破片がマタンゴに向かって飛んで行った。




「「・・・・・・!!」」




 2匹いたマタンゴが破片をもろに受けて胞子を振りまきながらのたうち回る。胞子のせいで近づきたくないので、あと2,3発当てなきゃいけないかなと思っていると、




「フゥゥゥ!」


「「・・・・・・!!!!!」」




 突然リーゼロッテの口から炎が流れ出た。洞窟の坑道をオレンジの光が一瞬だけ照らしだす。


 炎はすぐに消えたが、マタンゴはリーゼロッテの吐いた火で胞子ごと焼け死んだようだ。




「焼けたけど、やっぱり食べないよね?」


「ギャウ!」




 洞窟内ということで、ブレスの威力は弱めたのか、マタンゴは原型を残しているが、毒キノコは焼いても食べないようだ。僕としても、マタンゴからは特に採るべき素材はない。前の方にいるスライムを倒しに行こうかと考えていると・・




「・・・・」


「ありゃ、気づかれたか」




 僕の肩くらいの大きさの、石でできた人形のようなモンスターがこちらに向かってくる。


 どうやら、ゴーレムに見つかってしまったらしい。僕の経験上、ゴーレムはスライムよりも僕の体質の影響を受けにくいらしく、あまり戦わないのだが。




「インパクト」


「・・・!?」




 石でできたゴーレムは、剣や槍による斬撃は通りにくいが、ハンマーのような打撃武器には滅法弱い。そして、衝撃波を扱う音魔法にも当然弱い。僕の放ったインパクトが核まで届いたのか、ゴーレムはバラバラに崩れてしまった。




「ただのゴーレムならこんなもんか」




 これがウォーゴーレムなら打甲の一発でも当てる必要があるだろうが、下級のゴーレムなら下級音魔法一発で十分のようだ。リーゼロッテの方を見ると、暇そうにその辺の土をほじくり返していた。




「よし、先に行こうか」


「ギャウ」




 とりあえず、スライムをどうするか考えながら、僕らは先に進むのだった。








 ピチョン、と水滴の落ちる音が聞こえる。吐く息が白く染まってきて、気温も下がっている。僕らが地底湖に近づいたからだろう。ここは浸水のため崩落の危険があるとされて封鎖されている廃坑の近くで、水たまりがそこかしこにある。さっきまでスライムの群れがいたが、そいつらはすでに討伐済みだ。




「ソナー・・・」




 もう今日になって何度使ったかわからないが、ソナーを使う。さっきも、スライムの群れに会う前に乱入されないか調べるのに使ったが、やはり近くにモンスターの群れはいないようだ。ちょっと小休止にしようか。




「ふぅ、少し重くなってきたな・・」


「キュルル?」


「持ってくれるの? じゃあ、お願いしようかな」


「ガウ!!」




 スライムの核でパンパンに膨れた革袋を手に持ちながら言うと、リーゼロッテは「持とうか?」とでもいうように首を寄せてきた。好意に甘えて、リーゼロッテの背中に袋をくくりつけた。本当によくできた相棒である。




「ありがと。それにしても大量だな」




 リーゼロッテの鞍に付けた袋を見る。ここに来て、ソナーを使ってモンスターを避けながらスライムを狙って集めた核だ。




「シルフィさん、受け取ってくれるかな・・」


「・・・・・・」


「いや、ホントに最近どうしたの? 僕なんか悪いことした?」


「・・・・・・」




 リーゼロッテがビクリと震えると、こちらをジロりと睨んできた。慌てて釈明しようとしたが、今日は噛みつかずにそっぽを向いて近くの水たまりの方に歩いて行ってしまった。




「ホントにどうしたんだか・・」




 今まであんなことはなかったのだが・・今度本当に何か好きなものでも買ってあげよう。


 ともかく、僕たちがこうしてスライムの核を集めているのは、シルフィさんの気遣いへのお礼と、お詫びだ。


 前回は完全に下見とルートの確認のためだったが、今回は本番のための予行練習のつもりでこのモーレイ鉱山に来た。ソナーでモンスターを避けつつ、体質で釣りながら進んでいくのか予想外にうまく行き、これならばここでの試験はかなりうまくいくんじゃないかと思ったところで思いついたのだ。




「魔鋼もタダじゃないはずだしね」




 昨日の「幻霧」で、シルフィさんはいじくった魔道具を見せてくれた。僕に触発されて、前に進んでくれたのはとても喜ばしいが、それでシルフィさんがいちいち魔道具から魔鋼を取り出して練習してたらご家族の方が怒るかもしれないし、揃えられる魔鋼の数も少なくなるだろう。それならば、僕が練習のついでに魔鋼を調達できないかと思ったのだ。


 実際に、僕にとってもいい経験だし、魔鉱であるスライムの核を集めるのは簡単だ。シルフィさんにとっても、魔鋼がたくさんあればそれだけ練習できるだろう。同じような身の上としては、シルフィさんが自信をもってもらえたら、すごく嬉しい。




「それに、本も見つからなかったし・・」




 シルフィさんが言っていた「魔弾の狩人」を朝に図書館で探してみたのだが、見つからなかったのだ。どうやらまだ1巻しかないらしい。かなり期待しているみたいだったし、その代わりに、という下心もある。まあ、この思惑も読まれてしまうかもしれないが。




「それじゃあ、休憩はこれくらいにして・・・・・ん?」




 僕のソナーに大きな反応があった。大きさからして、僕の背丈よりも大きい。普通のスライムの2,3倍はあるだろう。




「なんだ、コレ?」




 そいつは僕たちよりも少し先の坑道でじっとしているようだ。周りに他のモンスターはいない。周りの壁には細い亀裂があって、奥の地底湖に続いているらしく、そいつはその亀裂を体を細くして通ってきたのだろう。




「もしかして、ジャイアントスライムか?」




 まさか、今日ここで見つけることになるとは。騎士試験当日に見つけて倒していれば、魔装騎士への評価に大幅に加算されただろうに。




「ツいてるんだかいないんだか・・・・でも、ほっとけないか。リーゼ!!」


「キュルル!!」




 僕が声をかけると、リーゼロッテもこちらに向かってきた。僕とリーゼロッテは坑道を走り出す。


 ここは廃坑だが、近くにはまだ採掘が行われている坑道もある。下級モンスターのスライムやマタンゴならともかく、中級モンスターのジャイアントスライムが襲ってきたらマズいだろう。それに、打算的な考えだが、ジャイアントスライム討伐のために騎士たちがやってきて他の討伐対象モンスターを減らされてしまうとこちらも困る。まあ、ジャイアントスライムはオーガやトロールと同程度の強さしかないというし、リーゼロッテと僕の二対一ならば問題ないだろう。




「キュルルルル!!」


「なんだか嬉しそうだな。頼りにしてるよ」




 どうやら機嫌はいつの間にか直ったようだ。いいことである。


 それはそうと、ソナーの反応から、向こうもこちらに気づいたようだ。それなりのスピードで向かってくる。


 僕らの方から近づいているのもあって、もうすぐ遭遇するだろう。僕は走りながら魔力をためる。




「!! あいつか・・・」




 僕らが遭遇したのは、いくつかの坑道が合流する広間のような場所だった。念のためソナーで辺りを探るも、他の敵の反応はない。 そして、僕らの前には通ってきた坑道をふさぐように青い大きなゼリー体がずるずるとはい出てくるところだった。




「ジャイアントスライム・・・」




 ジャイアントスライム、複数のスライムが融合したと考えられている大きなスライムだ。戦い方や能力は普通のスライムと変わらないが、厄介なのはその巨体と量だ。普通のスライムでは細い蔦のような触手を2,3本伸ばしてくる程度だが、コイツの場合、成人男性の腕くらいの触手を大量に伸ばしてくるらしい。当然、近づけば近づくほど伸ばせる触手も増えて太さも太くなる。また、その巨体ゆえ、弱点の核への攻撃が届きにくく、普通の長剣では完全に埋まってしまう上に、衝撃にも強く、ちょっとやそっとじゃひるまない。そのため、コイツの相手は遠距離からやるのが定番だ。




「・・・・・・!!!」




 ジャイアントスライムがこちらに触手を伸ばしてきた。僕の腕くらいの大きさの触手の数は10本。どれも本体と同じく強酸性の触手は当たると盾ごとやられてしまうだろう。だが・・・




「リーゼロッテ!!」


「ガァァァァ!!」




 僕の相棒が触手に向かって火を噴いた。洞窟内とはいえ、これぐらい広ければ問題あるまい。灼熱の吐息は触手をやすやすと溶かしつくすと、勢いをそのままに本体に直撃した。




「!!!!」




 スライム系統は大体が液状の体をしており、ほとんどが火や熱に弱い。大きいとはいえ、ジャイアントスライムも例外ではなく、その体を縮めて必死に耐えるしかないようだ。




「よし、小さくなった」




 炎が消えると、高温であぶられた液状の体は水分を飛ばされていくらか小さくなったようだ。


 今ならばいけるだろう。




「ブランク・ショット!!」




 僕は溜めに溜めた魔力を変換する。打ち出すのは音魔法、ショット系の中級魔法、ブランク・ショットだ。


 インパクト系よりも衝撃波を圧縮し、着弾と同時に炸裂する榴弾をモデルに作られている。クライ・インパクトよりも溜め時間がかかる上に、巻き込む範囲がせまく、うまく当てなければいけないが、威力は高い。




「・・・・・・・!!!!」




 僕の放った衝撃波の塊は、体積の減ったジャイアントスライムに当たり、そのゼリー体を吹き飛ばす。


 薄暗い洞窟の中で、赤い光がチラリと見えた僕は思いっきり駆け出し、吹き飛んだ体が戻る前に、核に向かって剣を突き出した。まだ距離はあるが、この魔技なら・・・




咆突ロア・スラスト!」




 魔技は基本的に範囲が狭いが、種類によっては中、遠距離に対応できるモノもある。このブランク・ショットを基にした咆突もその一つだ。武器に溜めた衝撃を敵に向かって放つ技、近ければ近いほど威力は上がる。


 そこそこ距離があったので若干威力不足だが、ジャイアントスライムの僕の頭ほどの大きさの核が吹っ飛んだ。核はジャイアントスライムがやってきた方の坑道に転がっていき、核を失った体が崩れて、大きな水たまりができた。スライムも体液は触れるとまずいので慌てて飛びのく。




「うわ、これじゃ進めないや、リーゼ・・・やめよう。この量を蒸発させたらマズい気がする」


「ガウ」




 しまった、倒したあとのことを考えてなかった。仕方ない、ここはかなり奥の方だし、マタンゴが分解するのを待とう。










「それにしても、いい物がとれたな・・・」




 僕は手に抱えたジャイアントスライムの核を見る。トロールの骨は魔鉱とほぼ同質だが、ジャイアントスライムのソレは魔鋼に近い。




「でも、こんなの渡したら驚かれるだろうな・・・」




 あっさり倒したとはいえ、中級モンスターの素材だ。娘がそんなものを持ってたら親御さんもびっくりするだろう。どこから持ってきたんだと言われて、果たしてうまい言い訳があるだろうか・・・




「とりあえず、これはとっといて、他のスライムの核とか、他の市場で売ってる魔鋼を買っておくか」




 僕はそう決めると、核をしまって歩き出す。


 あの後、広間の壁づたいに体液が少ない場所を選んで進み、核を拾った。今は地上に向かって歩いている最中だ。靴が少し溶けてしまったが、まあ仕方ない。




「お?」




 展開中のソナーにまた何か反応があった。どうやらゴーレムのようだが・・・・




「もう一人いるな・・・」




 ゴーレムとは別に人間の反応もある。


 そう思っていると、ゴーレムの反応がいきなり反応が消えた、というか崩れた。




「何で倒されたんだ?」




 ソナー使用中の僕は空気の振動に敏感だ。武器や魔法を使って普通に倒したのならばそうとわかるのだが・・




「キュルルル・・・」


「え、濃い土の臭いがするって?」




 少し前を歩いていたリーゼロッテが戻ってきて、僕の袖を引っ張って教えてくれた。どうやら、この近くとは違う土の匂いがするらしく、ゴーレムを倒した人物の方から臭ってきたらしい。しかもこちらに近づいてきているらしい。




「でも、なんの関係が・・?」




 ここはもうかなり地上に近い場所だ。他の騎士試験受験者と思われる人もちらほらすれ違ったし、とりあえず、人間ならばこの場で待っていても問題ないだろう。


 しかし、一体どんな倒し方をしたのか、何か特殊な装備品でも身に着けているのだろうか。


 ソナーでもその人が近づいてくるのがわかったが、僕がゴーレムの倒し方について疑問に思っていると、




「よう、そこの人。そいつは竜か?」




 坑道のカーブの先からそんな声が聞こえた。見ると、一人の青年が歩いてくるところだった。くすんだ金髪に同じく金色の瞳で中々男前だ。見たところ、僕と同じくらいの年齢だろうか。




「えっと、そうです。僕の相棒で、リーゼ、いや、リーゼロッテっていうんですが」


「おお、そうなのか。いいなぁ、あんたも今の時期にここにいるってことは騎士試験受けるんだろ? ドラゴンがいたら楽そうじゃんか」


「ガルルルル・・・」


「ちょっ、コラ、やめなって・・・」


「キュウ・・・」


「ハハハハハ、よくなついてんなぁ」




 リーゼロッテは、自分に向かって歩いてきた青年を警戒するかのようにうなるが、僕が注意するとおとなしくなった。その様子を見て青年はおかしそうに笑った。




「ど、どうも・・」


「そう固くなんなよ、オレはロイ。ロイ・トリシュだ。一応、騎士試験受けるつもりなんだが、あんたは?」


「僕もそうです。 あっ、僕はデュオ。デュオ・シンクです」




 自己紹介されたので、こちらも名乗るが、貴族であることを伏せるため愛称を名乗った。




「デュオね・・・なあ、デュオ、ちょっとおしゃべりしてかねぇか?」




 青年、ロイは目を丸くする僕に向かってそう言うのだった。




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