第13話

 モーレイ鉱山、王都の水源であるモーレイ湖付近にある鉱山である。


 王都アスレイの地下にある竜骨霊道を通る魔力が溜まることで国でも屈指の良質な魔鉱が採掘される。とはいえ、魔力によって魔鉱が生成されるまでには長い年月がかかるため、鉱山の一部は人が入らなくなり廃坑となっている。そして、そうした廃坑には決まってモンスターが住み着くのだが・・・




「・・・アンデッドがいないな?」


「キュルルル・・・」




 魔導ライトを持った僕は我が愛竜リーゼロッテと並んで坑道を歩いていた。ちなみに、今のリーゼロッテは地竜形態に変身済みだ。魔鉱山の岩壁は非常に硬く、土属性魔法を受け付けにくい。そのため、人力で少しづつ掘り進み、採掘された鉱石や土砂も魔法ではなく地竜を使って運び出していたようで、坑道はかなり広い。おかげで人間よりも大きなリーゼロッテでも移動するのに支障はないのだが、それはすなわちモンスターが移動するのも問題ないということでもある。しかし、いつもなら体質のせいで真っ先に寄ってくるアンデッドが出てこない。鬼人の森ほどではないが、ゴブリンのような死体が残りやすいモンスターもいるにはいるのだが・・・




「あっ、また出た」




 突然、坑道から伸びる鉱夫が掘っていった細い穴から、水が流れるように何かが現れる。それは青く、ゼリーのように不定形で不気味にうごめいていた。




「・・・・」


「このスライムがいるから死体が残らないのか」




 このモーレイ鉱山は湖に近く、いくつかの坑道では水が湧きだして地底湖ができている。そのため湿気が高く、ジメジメした場所を好むスライムが大量に生息していたのだ。


 スライムは森や水辺などの水気の多い場所に棲むモンスターだ。その体は不定形の粘液で構成されていて、その体を操る核がある。核は魔鉱でできているらしく、しばしば魔道具の動力として扱われる。体を構成する粘液の方は強力な酸であり、それで生き物を骨まで溶かして吸収してしまう。モンスター学者の間では自然界の掃除屋と思われているらしく、スライムが大量に生息する場所では死体が残りにくく、アンデッドも発生しにくくなる。と、そのように書けば役に立ちそうにも思えるが、スライムは知能が低く、死体だけでなく生きているモノも見境なしに襲う。しかも、その酸性の液体でできた体は物理攻撃に強く、魔鋼以外の武器を簡単に溶かしてダメにしてしまう。加えて、魔法で適切な処理を施すか、特殊な容器に回収するかでもしなければ土地もダメにしてしまう非常に困りものなモンスターである。そのため、一般的にゴブリンよりも危険で厄介なモンスターとされ、発見されれば即行で駆除される。襲ってくるくせに食べるところが何もないこいつはモンスターの間でも嫌われているようで、「鬼人の森」ではオークたちによって退治されるのが目撃されたという記録もある。




「アンデッドがいる場所だとほとんど見かけないんだよね」




 以前行ったことのある洞窟は乾燥していて、アンデッドがワラワラ出てきたし、そこをねぐらにしていたゴブリンやコボルトもいたが、スライムは見かけなかった。王都でここにはスライムが出るという情報は調べたが、まさかこんな大きな鉱山でアンデッド発生数を0にするくらい優秀な分解者だとは知らなかった。




「とりあえず、インパクト!!」


「!!」




 その粘液の体が衝撃を吸収してしまうため、低級のインパクトでは核までは届かないが、動きを止めるためだけならこの魔法が一番向いている。案の定、スライムは衝撃が体を通過したせいかぶるぶると小刻みに震えたまま動きを止めている。




「よっと」


「!?」




 動きを止めれば後は簡単。剣を突っ込んで核を抉りとればお終いだ。僕の剣はこれでも魔鋼製のため、スライムに突っ込んだぐらいでは溶けない。核を抜き取られたスライムの体はそのままドロリと崩れて青い水たまりができた。




「リーゼ、後お願い」


「フゥっ」




 リーゼロッテが鼻息を出すと、不気味な水たまりは音を立てて蒸発した。




「さて、先に行こうか」




 そうして、僕たちは先に進むのだった。










「ふぅ、結構歩いたな」


「ギャゥ」




 あれから僕たちは坑道を歩き続け、今は鉱山の山頂付近にいた。この鉱山では山全体に魔力が溜まっていったようで、あらゆる方向に坑道を掘っていったらしい。この坑道は山頂を目指して掘られたようだ。ちなみに地底湖付近の坑道は浸食による崩落の危険があるため、封鎖されて入れなかった。僕としてもモンスターだけならまだしも生き埋めになるのはゴメンだ。




「スライムにマタンゴ、ゴーレム、それにゴブリンやキラーバットがちらほらって感じか」




 今日この鉱山で遭遇したモンスターである。マタンゴはキノコのようなモンスターで、こちらもスライムと同じく湿気の高い場所を好む。さらにスライムや他の有毒なモンスターが汚染した土壌から毒素を吸い上げて自らの武器として扱うという生態を持ち、土地の浄化を行うが、他の生き物を襲い、毒で仕留めたモンスターに胞子を植えて増えるというおぞましい増え方をするために恐れられているモンスターだ。ゴーレムはスライムの岩版ともいうべきモンスターで、魔鉱でできた核を中心に周辺の石やら土を取り込んで体を形成する。こちらもよく使われる剣や槍が通じにくいため、対処が面倒なモンスターである。キラーバットは僕と同じく音魔法を得意とするモンスターで、特殊な音波を出して体調を悪化させたところを集団で襲って血を吸うという習性があるが、あまり餌がいないのか、時間帯の問題か、遭遇した数は少なかった。




「とりあえずほとんど低級のモンスターか。鬼人の森よりはマシかな」




 この鉱山は一部が廃坑になっているものの、現在も採掘がおこなわれているために、鬼人の森と違ってオーガのような危険度の高いモンスターはあらかた討伐されている。外側も草木の少ない岩山のため、モンスターは少ない。そのためこの鉱山では繁殖力の強い下級モンスターが主な討伐対象となる。今回行われる討伐試験も定期的に行われるモンスター駆除の一環なのだろう。一応まれにスライムやゴーレムの集合体であるジャイアントスライムやウォーゴーレムが現れるらしいが。




「でも、生物系のモンスターが少ないのはツイてるな。アンデッドの素材も少ないし、いつもよりも寄ってくるモンスターはいないし」




 僕の体質の抜け穴のようなもので、モンスターの中でもスライムやゴーレムのような魔鉱を核として無機物の体を持つモンスターは、なぜかゴブリンのような通常の生物のようなモンスターに比べるとあまり寄ってこない。このモーレイ鉱山では主にスライムが出現し、他のモンスターがいくらか現れるという感じのため、モンスターにたかられることもいつもよりは少なくなるだろう。




「お前は退屈だろうけどな・・」


「キュルルルル・・・」




 リーゼロッテの喉あたりを撫でながら言うと、「まったくだ」というように、不満そうに鳴いた。今回は坑道の中というのもあり、あまりリーゼロッテのブレスは使わせなかった。せいぜいスライムやマタンゴの死骸の後始末くらいである。一度キラーバットの群れに出くわしたときはリーゼロッテが唸ると蜘蛛の子を散らすように逃げていったが。


 ちなみに当たり前のように連れてきているが、竜のような使役できるモンスターの随伴は試験のタイムリミットが短くなるという制限付きで認められている。竜などはそもそも数が少ないし、人に協力するモンスターというのは基本的にギブアンドテイクの関係だがプライドが高いものが多く、弱いモンスターを倒せなどというような命令は無視することもあるため、言うことをうまく聞いてもらえなければ強力な力を持っていようと足を引っ張るだけというのもあるのだろう。モンスターと良好な関係を築くのはほぼ才能というか努力でどうこうするのは難しく、良い関係を築けている者は重宝されるらしい。そういう意味ではリーゼロッテという強く、賢く、穏やかで優しい超優良物件に出会えたのは、昨日シルフィさんに言ったようにこの体質の最大のメリットだろう。この体質を自覚してからすぐ、僕がまだ10才かそこらのときからいるせいだろうが、我が愛竜は本当によく僕の言うことを聞いてくれるし、かといってイエスマンというわけでもなく僕が調子に乗って危険な場所に行こうとしたら止めてくれる。もしもリーゼロッテが人間だったら忠臣として歴史に名を残すような人になっていたかもしれない。まあ今の主で家出息子の僕はコイツが人間だったら仕えてくれるような器じゃないだろうが。




「グォウ!!」


「ん?どうしたの?」




 そんなことを考えていたら、いきなりリーゼロッテが僕の腕に噛みついてきた。もちろん牙を立ててはいないから痛くはないが。まるで昨日の再現のようである。この竜にとっては今日はほとんど歩いただけだったし、怒っているのだろうか。




「わかったわかった。明日は鬼人の森の方に行くから、そこで思いっきり暴れなよ。オークでも倒して焼肉でもする?」


「キュルル・・」




 オークの焼肉と聞いて腹が減ったのか、よだれをたらし始めた。まだ僕の腕が挟まってるのだが。今日は本当にリーゼロッテにとっては退屈だったろうし、明日はストレス発散もかねて森の奥まで行ってみるか。 ストレス発散とはいっても僕がお世話になるのは変わりないけど。




「ホント、頼りにしてるし、感謝してるよ。いつもありがとな」


「キュルルル!!」




 僕がそう言いながらもう片方の手で頭を撫でると、我が愛竜は僕の腕を離して嬉しそうに鳴いた。




「そういえば、「また明日」か・・」




 昨日の夜にあの「幻霧」の中で僕はシルフィさんにそう言った。明日といっても今日の夜だが、ちゃんと会えるだろうか。




「シルフィさんか・・」


「グルル!?」




 なにやらリーゼロッテがうなっているが、無視する。


 寝癖がついて少しぼさつき、目元まで覆い隠すくすんだ銀髪の少女は一見すると地味にしか見えない。しかし、よく見ればかなりかわいい人だったと思う、外も、そして内面も。まあ見れたのは一瞬だったけど。昨日は偉そうに説教じみたことを言ってしまった。間違ったことを言ったとは思ってはいないが、気を悪くしなかっただろうか。




「なんというか、あの人は、純朴っていうのかな?」


「・・・・・」




 リーゼロッテが急に静かになった・・・いや、牙をむきだしたが、無視する。我が愛竜が突然僕に襲い掛かるなどあるはずないのだから。


 ともかく、僕から見たシルフィさんは勝手に侵入した不審者だと知りながら見逃してもっとお話しがしたいと言い、事情もよく知らないその不審者の上から目線の説教に聞き入ってしまうような純粋な人だ。しかも、心を読むなんていくらでも悪事に利用できるようなチカラを使わずに過ごしていたし、欲がなくて優しい人でもあるのだろう。僕だったらあの頑固な父上をどうにかするために使うだろうし、領地の店で物を買うときには徹底的に値切るのにも使うだろう。徴税のときもなかなか出さない人の尋問に使えるはずだ。悪事と呼べるかは微妙だが、少なくとも自分のために使ってしまうだろう。


 彼女よりもはるかにマシとはいえ面倒な体質を持っている僕としては、シルフィさんも自分のチカラのいい部分を見つけて向き合えればいいなと思う。




「なんにせよ、今夜か・・・いだだだだ!!?」


「オオオオゥ!!」




 突然腕に激痛が走ったかと思うと、リーゼロッテが噛みついていた。しかも今回はそれなりに牙を立ててマジで噛んできている。




「ちょ、ホントにどうしたの!?」


「ガァァァアアア!!」




 その後、リーゼロッテの機嫌をなだめるのにずいぶん時間がかかった。












(「声」ガ、キコエル・・・)




 ソレがこの地に埋もれてどれほど経っただろうか。もう思い出せないだろう。なにせ、ソレには脳も肉もない。あるのはただとてつもなく頑丈で風化せずに残った骨と爪だけだ。




(ウラヤマシイ、ニクラシイ、セイジャノ「声」・・・)




 かつて、ソレは自由に大空を翔ける誇り高きモノだった。しかし、あるときに卑しきヒトの駆る同類との争いで深手を負ってこの場所で身を休めていたところに、突然の山崩れが起きて地の底に埋まった。




(チカラガ、チカラガ、ワイテ、クル)




 ソレが憎らしく思う「声」が、聞こえるたびに、ソレの中の生きるモノへの憎しみ、恨み、嫉妬が濃くなっていくようだった。そのマイナスは死したその骸に負の活力を与えていく。




(・・キコエナク、ナッタ・・・)




 どこか別の場所に移ったのか、ソレに響く「声」が途絶えた。それに伴ってソレを満たそうとする活力も止まる。あとわずかでもあの忌々しい「声」があれば、ソレの内なるマイナスを煽る「声」があれば、自らを再び自由の空に返すため、この岩の牢獄を崩すための力があと少しで手に入る・・・




(オオ、オオォォォォォォ!!)




 ソレはあまりの歯痒さにその内で声にならない唸りを上げ・・・




 (・・・・)




 その叫びに呼応するかのように、この山に満ちる魔力がドロリと濁ってソレの周りにドロドロと流れていく。山に棲むモンスターも、怨嗟の声を上げる当のソレにも気づかれることなく・・・




(カケ・・・ラ・・)




 そのナニカのつぶやきは誰の耳に入ることもなく消えていった。


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