第12話
「結局この空間のことも、誰かの意図があるのかも、どうしてこうなったのかも分からずじまいか」
「そうですね・・・どうしましょう?」
振り出しに戻ってからまたしばらく話合った結果、僕たちに分かったことは・・・・
「夢ではなく現実とつながってる、魔法がほぼ使えない異空間。それ以外は一切不明ってことだけか」
分かるのはこれだけだ。これしか分かっていない以上、特にできることもない。調べるために一歩でも動けば恐らく、昨日と同じようにすぐに追い出されてしまうだろうから軽々しく動くこともできない。辺りを見回そうにも濃い霧に阻まれ、その霧をどうにかしようにも、魔法も封じられている。魔法を使わずにこの霧をどうにかする方法なんて窓かドアでも開けて換気するくらいだろう・・・・いや、待てよ。
「そういえば、物を投げて渡すことはできましたよね。遠くからドアか窓を開ける方法はありますか?」
「ドアですか? 私のいるベッドは壁際だし、デュオさんがいるところも部屋の真ん中くらいなので難しいと思います・・・」
ダメか。まあ、特殊な術でできた霧をそんな方法でどうにかできるとも思えない。本当に八方塞がりか。
「うーん、それじゃあもうこの空間でできることはなさそうだし、昨日と同じように動いてみますね。昨日と同じなら多分二人ともここから出られると思うので」
「えっ!? もう帰っちゃうんですか!?」
理由は分からないが、ここはシルフィさんの部屋だ。嫌がっている様子はないが、こんな夜中に男が同じ部屋にいるなんて落ち着かないだろうと思ったのだが、なにやら驚いたような悲しそうな声が返ってきた。
「あの、もう少し、もう少しだけここにいませんか? その、もうちょっと話し合えば何かわかるかもしれませんし」
「話し合うって言っても、何についてですか? あまり時間を取るのだと少し困るのですが・・・」
明日は試験に備えてモーレイ鉱山の方に行こうと思っている。アンデッドが出そうだからじっくり行きたい。騎士になれるかは討伐試験の比重が大きい以上、下見といえど全力を尽くしたい。それに大抵のことは話したと思うのだが。
「え!?えーと、えっとぉ・・・・そうだ!時間です!昨日はここを出た後はどれくらい時間が経ってましたか? ここの時間の流れを知るために、昨日よりも長くいた方がいいと思いませんか!?」
「え? まあ、そうかもしれないけど・・それなら短くてもいいんじゃないですか?」
昨日は初日だったし、何が起こったのかもよくわからず混乱していろいろあったから、2時間ほどだったろうか。目覚めたら朝だったからここは時間の流れが外よりも遅いのだと思われる。だからなおのこと、早めにここを出ておきたいのだが・・・・
「う・・・でも、でも」
どうやらお気に召さないようだ。というか、この人もしかして僕の思い上がりでなければ、いやいや聞けるわけないだろ、自惚れるな、僕。
「でも、私、もっとデュオさんとお話ししたいです!こんなに話すのが楽しいのも、嬉しいのも初めてなんです! だから・・・」
どうしよう。思い上がりじゃあなかったようだ。この人、心を読むチカラを持ってるくせに声と態度に内心が出すぎな気がする。いや、そんなチカラを持ってるからだろうか。顔を見て話したら、僕でも簡単に心が読めそうだ。まあ、かわいい子にそんな風に思われるのははっきり言ってすごく嬉しいのだが。
「正直に言うと、というか分かってくれているとは思うのですが、その気持ちはとても嬉しいし、一人の男として光栄です。けど、今の僕にはあまり時間がないんです。なので、また明日じゃダメですか?」
「また、明日・・・」
そう、僕にはここで立ち止まっている暇はないのだ。寂しそうな女の子を放っておくのは気が進まないが、民を守るために父親と喧嘩別れまでしたのに女にかまけて騎士になれなかったなんてことがあったら、僕は自分を心の底から軽蔑する。かといって、情けないが放っておきっぱなしなのは流石に良心が痛むので、できるかぎりは一緒にいてあげたいとは思うからこその、「また明日」だ。元より後5日間程度だが、それくらいまでは可能なだけ彼女と僕の願いを両立させたい。それに、シルフィさんは僕の名前と出身を知っているのだ。現実でも彼女が望むのならば、また会えるはずだ。
「また明日・・本当ですか? その、や、約束、ですよ?」
「はい、二度あることは三度あるっていいますし、明日もここに来れるハズです。もし来れなかったら約束を破ったってことで僕の実家まで怒りに来てください。歓迎しますよ」
冗談めかしてそう言ってみる。父上も家を訪ねてきた女の子を無下に追い払う真似はしないだろう。母さんなら本当に料理を作って歓迎しそうだ。
「実家、シークラント地方ですか・・・・わかりました。ちょっと怖いけど頑張ります」
と、なぜか気合の入った返事が返ってきた。まさか本当にやるつもりなんだろうか。来ても困らないけれど明日だったら入れ違いだ。
「と、とにかくまた明日。明日はもっと最初からゆっくり話しましょう」
「はい、また明日です。フフっ、また会う約束をするのも初めてです」
「え?」
「なんでもないですよ。今日は無理を言ってしまったみたいなので、私の方からデュオさんの方に行ってみますね」
そう言って、布がこすれる音がした直後、昨日と同じように霧が急に晴れ始めて・・・
「あっ、やっと顔を見れました・・・」
そんなつぶやきが聞こえるとともに、僕の意識も薄れていった。果たして、僕の顔はどう思われたんだろう。
「あっ・・・朝か」
今日も私は自室で目を覚ました。どうやら私が動いても「幻霧」からは追い出されてしまうようだ。
「デュオさん、優しそうな人だったなぁ」
メイドたちが心の中でカッコイイとか思ってる人達や、たまに読む魔装騎士の本なんかでいわゆる「美形」と呼ばれるような人たちみたいな顔じゃあなかったけど、目がきりっとしていて、でも優しそうで、私と目が合ったときの驚いたような顔はおかしかった。もっとよく見ておきたかったなぁ。
「あっそうだ。床!!」
ベッドから飛び起きると、昨日デュオさんがいた場所でしゃがむ。そこには・・・
「スケルトン、ゴブリンゾンビ、オークゾンビ? 何のことかしら?」
本の魔導カメラの写真でなら見たことはあるが、実物なんて見たこともないし、倒したことなんてあるわけない。少なくとも今日この瞬間までこのモンスターたちを意識したことなんてない。ここに文字を書いた道具も見当たらないし、筆跡も私のとは違う。
「やっぱり、やっぱりこれは現実なのね」
昨日の時点でそうじゃないかと思ってはいたが、こうして目に見える証拠を見つけると、安心すると同時に今夜が楽しみでたまらない。今日の夜も、またデュオさんに会えるのだ。
「でも、もし会えなかったら・・・」
何が原因であの「幻霧」に行けるのか分からない以上、入れなくなる可能性もあるだろう。もしかしたら、今夜以降、あの「幻霧」で会えなくなるかもしれない。
「シークラント地方、遠いけど、行けるのかな・・」
「幻霧」の中ではああ言われたけど、どうなんだろう。「幻霧」では私も柄になくハイになっていた。
もし幻霧で会えなくなったら、私は何としてでもデュオさんに会いに行きたいとは思う。一度、あんなに楽しい時間を過ごしたら、もう耐えられない。あれが完全に一夜限りの夢ならばともかく、あれは現実で、デュオさんも本当に実在しているのだから。あんな素敵な人に私がこの先出会える可能性は0に近いだろう。 外見は綺麗に取り繕っていても、中身ではねじ曲がった欲望を抱えている醜悪な連中なんかとは比べものにならないくらい、デュオさんには好感が持てる。
心を読めると分かっているのに、性根が歪んだ引きこもりの上に、埃まみれの部屋に住んでた女に心の底から励ましを送れる人が一般的でないなんてことは世間知らずの私でもわかる。あんな人がそうそういてたまるか。
「本当に、いい人だけど・・」
私と笑いながら話せる人、私を傷つけない人。それだけが理由なのかもしれない、私が傷つきたくないだけという卑しい理由なのかもしれないが、それでも一緒にいたいのだ。
「でも、私にできるのかな・・」
そう、だからといってこの引きこもりにできるのだろうか。
まず自分にはお金がない。いや、口座はあるかもしれないけど使う必要がなかったから把握していない。この部屋の持っていけるような置物や家具でも持って王都で売れれば工面できるだろうか。ボックスの魔法もあるし、いい気分はしないが、チカラがある以上騙されることはないだろうけども。お金を手に入れたとしても、魔道バスか魔装騎士の護衛する竜車を利用すれば2,3週間といったところだろうけど、大丈夫だろうか、モンスターに襲われないだろうか。お父様たちはどうだろう、城から厄介者の引きこもりも消えるし、私は目的を果たせる、まさしくwin-winの関係だが、認めてくれるだろうか。黙って出ていったら追っ手の人が来て連れ戻されたりしないだろうか。デュオさんに現実で会えるといっても、それまで外の世界で「声」を聞かされることに耐えられるだろうか。
「やめましょう、全部、夜になってからか・・」
思わず暗い方向に行きそうになるのを言葉に出して止める。暗くなるのは「幻霧」に入れなかったらだ。ひとまずは夜を待とう。
「それにしても・・」
気分転換がてら、昨日デュオさんが残したメモを見る。
動かぬ証拠であり、私が知らないこととはいえ、床にアンデッドの名前を書くのはどうなんだろう。
「もしかして、最近の流行なのかしら」
とりあえず、メイドが来た後にでも、デュオさん用のクッションを探して置いておこう。
「・・・ここは、宿か」
鳥の鳴く声が聞こえる。どうやら朝らしい。
昨日の最後から考えると、シルフィさんが動いても「幻霧」から追い出されるようだ。いや、霧が急速に晴れていったから「幻霧」が消失したというべきだろうか。
「かわいい子に気に入られるのは男冥利に尽きるってものだけどね」
昨日も思ったけど、あどけなさが残っているが、顔だちはかなり整っている方だろう。声も綺麗だ。話したところ、内面も恐らく素直で優しい性格なのだろう。ただ、今にも消えてしまいそうな儚さと目元まで伸びるくすんだ銀髪のせいか見る人によっては地味に映るかもしれない。
「そういえば・・・」
昨日は思い起こすとシルフィさんとリズが似てると思ったが、今はそんな風に思わない。やはり気のせいだったのだろうか。昨日はなぜか似ていると思えたのだが・・・・
「まあ、いいか」
気のせいだったとしても大したことじゃあないだろう。
それに、いかに容姿が優れていようと心がきれいだろうと惑わされている暇はないのだ。僕にはやるべきことがある。
「さてと、今日はリーゼの厩舎に行って、モーレイ鉱山を下見・・・・ん?」
今日やることを口に出しながらベッドから起きて伸びをしようとすると、ポケットに何か入っているのがわかった。
「これは、あのサインペン・・やっぱりあれは夢じゃないのか」
こんな高そうなペンを買った覚えはない。夢遊病で夜中に買いに行った可能性もわずかにあるかもしれないが、それなら僕が目覚めるのは留置場内だろう。
「さて、また明日って言っちゃたけど、今夜は行けるかなぁ」
あのときのシルフィさんから、なにか鬼気迫るモノを感じたのだが。一応実家に手紙でも書いておこうか、いや、気でも狂ったのかと思われるか、ナンパなタラシ野郎になったと思われるだけか。
今夜、また行けるか次第だろう。そのときまた考えればいいのだろうが、なぜだか僕には今夜もまた「幻霧」に行けそうな予感がするのだ。
「とりあえず、昨日部屋汚したこと謝らないと」
僕はサインペンを鞄にしまい、昨日と同じように部屋を出ていくのだった。
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