第7話

「人の考えてることが分るチカラ・・・?」




 僕、デュアルディオ・フォン・シークラントは混乱していた。目が覚めたら見覚えのない埃まみれの不思議空間にいた。ここまではまあ、まだいい。うん、百歩譲ってよしとしよう。しかし、そこには姿は見えないが女性がいたようで、すわ不法侵入で御用されるかとおびえていたら、どうやら将来が不安になるくらい純朴な方だったのだ。現状把握のために話し合っていたら、突然体質のことを聞かれ、かと思えば自分には心の読める能力があると言い出したのだ。いかに騎士を目指す者であっても混乱するなといのは酷だろう。




(けど、嘘ではない・・・のか?)




 彼女に体質のことについて聞かれたとき、僕は自分の厄介な体質のことについて考えていた。まあ、厄介といってもこの体質のおかげでいろいろと経験が積めたし、我が愛竜にも出会うことができたのだが・・。少なくとも僕はこの体質について誰かに言ったことはないし、気づかれたこともない・・・はずだ。百歩譲って誰かが知っているにせよ、その人は確実にシークラント領の人間である。シルフィさんとはまだ顔も会わせていないが、声を聞くだけでも初対面であると分かる。なのにシルフィさんは僕がアンデッドについて考えていることを知っているようだった。シルフィさんが本当に人の考えていることがわかるとしたら・・・・




(シルフィさんが今の状況の元凶なのか?)




 目が覚めたら宿から知らない部屋。そして部屋にいたのは心を読む力を持った部屋の主。正直言うとかなり怪しいと言っていいが・・・・




(でも、なんで僕なんだ?)




 先ほどシルフィさんが思考に没頭していたであろう時、僕も僕でここにいる理由を考えてみたりしていた。ズバリ、これが誘拐事件のような僕を狙った犯行なのではないかということについてだ。だが、考えてみても僕を誘拐する理由を思いつけなかった。これでも貴族の端くれだが、所詮は田舎貴族。大した金は持っていないし、こんな大掛かりな手を使えるくらいならもっといい獲物がいくらでもいるハズだ。


 シルフィさんが黒幕だとしても、その動機がわからない。動機が分からなければ、今から自分がどういう行動をとればいいのかも分からなくなる。




(それに・・・)




 先ほど疑っておいて言うのもなんだが、これまでのやり取りを思い出すと、どうにもシルフィさんがこんなことを起こす人だとは思えないのだ。もちろんそれが演技だという可能性もあるだろうが、それにしたって攫ってきた僕を徹底的に無視するのはないだろう。さらに言うなら、これでも僕は騎士を目指す身であり、体つきも一見して鍛えていると分かると思うし、シルフィさん一人しかいないであろう状況で手足の一本でも縛らないというのは危ないのではないだろうか。いや、僕をどうこうする必要がないほどの魔法の使い手なのだろうか。しかしそれならなんで僕なんかを・・・・




(っと、思考がループしてる・・・・とりあえず、シルフィさんが犯人だという前提で、穏便にことが運ぶように動機を聞こう。・・・いや、この思考も読まれているのか? なら、どういう風に・・・・)




 と、そんな風にどう切り出そうかと迷っていると・・・




「ひっく、ぐすっ」


「え!?」




・・・・シルフィさんがなぜか泣き出した。




「やっとチカラをどうにかできると思ったのに・・・クスン・・・これから、新しくやり直せるかもしれないのに・・ひっく・・・死にたくないよぉ・・・お願いします、許してください・・・・!」


「・・・・は?」




 しかもそのまま謝罪を始めた。


 どうして僕がシルフィさんを殺さなければならないのか。確かに僕はシルフィさんがこのことの原因なのではないかと思っているが、少なくとも今はまだ危害は加えられていないし、殺すつもりなんて毛頭ない。 もし誘拐事件というのが正しく、相手が犯罪者で正当防衛だったとしても、こんな騒ぎを起こしてしまったら選抜試験までの残り少ない時間を無駄にしてしまうだろうし、王城からの評価にも響くかもしれない。




「クスン、・・・グシュっ・・うう、殺さないで、お願いしま・・ケホッ、ケホッ!?」




 シルフィさんはさっきから謝り続けているが、また埃でむせていた。


 とりあえず早く泣き止んでもらおう。これじゃあ話もできないし、犯人だったとしてもさすがにこれは心が痛い。




「えーと、と、とりあえず大丈夫ですよ! 疑ってはいますけど、殺すとかそんなことをするつもりなんて毛頭ありません!!」


「へ?な、なんでですか!? 怒ったりしないんですか!? 私はあなたをここに連れてきた犯人なのかもしれないんですよ!?」


「いや、確かにそうかもしれませんけど、まだ僕は痛い目に合ってるわけじゃないし・・・・そこまでする気なんてしないですよ。 というか、あの、僕の心が読めてるんですよね?」


「え?」




 もしかして、これも僕の同情を誘うための演技なのだろうか? いや、さっきから僕はシルフィさんを疑っても敵意までは持っていなかった。心が読めるのならばわざわざここまでの演技をする必要があるとも思えない。




「ひっく・・・・心、読んでもいいんですか?」


「え? まあ、話がスムーズに進むのなら別に・・・・というか、読む読まないってコントロールできるんですか?」


「は、はい・・・・ここに来てからは何故か・・クスン・・あの、本当にいいんですか?」




 ・・・・ふむ、彼女のチカラとやらはここでは常に発動しているモノではないということか。僕の体質もコントロールできれば楽なのだが・・・




「ええ、いいですよ」


「そ、そうですか・・・・あの、それじゃあ、行きますよ? 読みますからね?」


「・・・そんなに気合を入れる必要があるんですか?」




 シルフィさんが読むと言っているし、とりあえず僕は自分が敵意を持っていないと強く念じて・・・




「痛ぅ・・・」


「ん? また・・・」




 念じている最中に、またあのざわりという感覚がした。まるで紙かなにかで背中のあたりを撫でられるような・・・・なんというか名状しがたい感覚だ。もしかして、これが心が読まれているという感覚なのだろうか? この感じがしたのは今までに・・・・3回だったか。今のを除けば、確か、僕がここに来た理由に心当たりがないと言ったときと、変わった体質がないかと聞かれたときだったな。・・・・シルフィさんにとってはかなり気になる質問だったということだろうか。




「ほ、本当だ・・・本当に怒っていないんですね・・・・ってアレ? デュオさん、心を読まれているのが分かるんですか?」




 あ、ちょうど考えてることを読まれたみたいだ。




「読まれているっていうか・・・なんだか変な感じがするんですよ。僕がここにいる理由みたいな質問に答えたときだったかな」


「は、はい・・・その、どうしても気になってしまって・・・」




 シルフィさんは申し訳なさそうにそう言った。




「あ、いや別にいいですよ。 僕も同じ能力があったら同じことをしていただろうし。 というか、今まで僕みたいに読まれていることに気付いた人は?」


「い、いないです・・・・普段はコントロールできないからいつも「声」が聞こえているんですけど、デュオさんみたいな人はいませんでした」




 ・・・僕がこの感覚に気付いたのは、僕がシルフィさんを疑い始める前だ。わざわざ意図的に違和感を持たせるようなことをする意味はないし、恐らくこれはシルフィさんも知らなかったのだとみていい。つまり、仮にシルフィさんが僕の心を読んで何か企むにしても、牽制ができるということになる。いや、それ以前に・・・・




(自由に心が読めるのならもっと上手い方法がいくらでもありそうなんだけどな・・・)




 これまでのいろいろで、僕の中でのシルフィさんへの疑念はかなり薄くなっていた。


 僕を突け狙っていたのなら、僕が選抜試験の攻略に頭を悩ませているということはすぐにわかるはずだ。ならばそこを突いて試験関係のことで誘導すれば僕も付いていく可能性は十分ある。もしくは、僕が田舎者なことを利用してもいい。そもそも、悪意があるなら自分にそういう能力があるなんて喋らないだろう。




(わざわざ僕を油断させる・・にしてはやりすぎだし、やっぱり僕を狙う理由も思いつかないし)




 騎士選抜試験を受けようとする強力なライバルを蹴落とすため・・・なんて考えるほど自惚れてもいない。仮にそうでもこんなことができている時点で他人を出し抜く必要はないだろう。




(よし・・)




 僕は自分の中で考えをまとめると、改めて霧の向こうのシルフィさんの方に向き直った。




「シルフィさん」


「は、はい!?」




 シルフィさんはかなり上ずった声で返事をした。・・そんなにビクビクしないでいいのに。




「えっと、僕はさっきまではあなたのことを疑っていましたけど、これまでのことでもう疑うのは止めました。なので、ここからは建設的に話し合って、この場所から出ることを考えてもいいですか?」


「えっ、でも、その、デュオさんはいいんですか? 私はあなたの心をのぞき見したのに・・・」


「はい、大丈夫ですよ。 どうやら僕は心を読まれているのが分るみたいですしね。・・・・なんならさっきみたいに今の僕の心を読んでみてください」




 僕はそう答えた。


 そうだ、ここでお互いに探り合いをしていても意味なんかないのだ。シルフィさんがこの事態を引き起こした犯人である可能性が薄まった今、僕にとっては明日以降の準備のためにさっさとこんな場所から出ることが重要である。




「・・・痛っ・・・えっ!?ほ、本当だ!」




 再びざわざわする感覚がしたかと思うと、シルフィさんのつぶやく声が聞こえた。


 よし。どうやらわかってもらえたようだ。




「わかってもらえて何よりです。それじゃあ・・・・」




 と、僕が話を進めようとしたときだ。




「本当だ・・・本当に・・・ひっく・・グスッ・・・うぇぇぇぇん!!」


「え!? し、シルフィさん!? 」




 シルフィさんが再び泣き出した。


 なぜだ!? なんでまた泣いてるの!? 僕、なんかひどいこと言ったか!?




「ど、どうしたんですか!? 僕が何かしましたか!?」


「ひっく・・ぐす・・」




 シルフィさんは泣いたままだ。


 なんでだ!? どうしてこうなった!? クソッ、僕にシルフィさんみたいなチカラがあればどうしていいかわかるのに・・・


 僕がそんな風に混乱していると・・・




「クスン・・・ごめんなさい・・・デュオさんがひどいことをしたんじゃないです・・ひっく・・逆なんです」


「逆?」




 逆? どういう意味だ?




「私、嬉しかったんです。 私のチカラを知って・・グスッ・・私のことを嫌わないでいてくれた人は、デュオさんが初めてだったから・・・」


「シルフィさん・・・」


「私の周りの人は・・・・・クスン・・みんな私のことを不気味に思うように・・っひっく・・なって・・」


「・・・・・」




 シルフィさんの声のトーンが低くなった。昔のことというのを思い出しているのだろうか。




「・・・・・」




 心を読めるチカラ、僕も知ったときはシルフィさんを疑って、悪いフィルターをかけてしまったと思う。今のこの特殊な状況と、シルフィさんの行動がなかったら、僕はどう思っていただろうか・・・いや、やめよう、そんなことは考えなくていい。騎士を目指す者として、民を守る者として、いや、一人の男として、今やるべきことは別にあるだろう。




「シルフィさん!!」


「は、はい!?」




 僕はシルフィさんの名前を力強く叫んだ。




「僕は、僕は訳あってずっとあなたの近くにはいられないかもしれない・・・」


「へ?」




 シルフィさんの反応を無視して僕は続ける。




「それでも、僕があなたの傍にいる間は、僕は決してあなたを疎ましく思うことはない!!・・です」


「は、はあ・・・」




 ・・・戸惑っているようだが、ここからさらに叩き込む。


 そうだ、心を読まれるからなんだって言うんだ。そんな理由で女の子を泣かせられるか!!








[いい、デュオ。男の子のあんたが泣かせていいのは下種野郎と悪女だけよ!! 他の人、特に純情な女の子泣かせたらお母さんがあんたを泣かせるからね!!]






 これもまた、母に言われたことだ。一度、町の女の子に虫を見せて泣かせたら大きなこぶができるくらいの拳骨をもらった。まあ、それは事故だったのだが、僕の中では納得のいく言葉だった。




「だから、だから・・・」




 誰かを守ろうとする人がその守るべき人を泣かせるわけにはいかないのである。


さっきまで、僕はシルフィさんを疑っていた。しかし、今は違う。シルフィさんが悪女じゃなさそうである以上、泣いたままにしておけない。




「だから、・・・お願いですから泣き止んでください!! 僕は純情な女の子を泣かせる訳にはいかないんです!! そんなことしたら母さんに泣くまでぶたれるんです!! だから、お願いします!!」




 僕は思いのたけを言い切った。よし、これで大丈夫・・・・いや、大丈夫か、これ? 女の子とかじゃなくて誰かをとかぼかして言った方がよかったんじゃないか? これ、なんかフェミニストかマザコンだと思われんじゃないか? ざわつく感じもしないし、本当にそう思われるかも・・




「あの、シルフィさん、僕マザコンじゃないですからね? いや、本当に・・・・あの、なんなら心読んでくれても・・・」




 僕は不安になって弁解を始めようとしたのだが・・・




「・・・・・プッ・・・クスっ・・・アハハハハハ!」




 さっきまで泣いていたかと思いきや、今度は笑いだした。いや、泣き止んでくれるのはいいんだけど、誤解してないだろうか。




「あ、あの・・シルフィさ・・」


「こ、ここのところずっと引きこもっていたけれど、それでもあなたが変わってるって分かりますよ。本当にあなたみたいな人、初めて見ました。・・・・フフフフっ」




・・・僕の心配をよそに、僕の言葉はどうやらシルフィさんの琴線に触れたようだ。


 まあ、泣き止んでくれて、さらに笑ってくれたから結果オーライか?




「フフ、お母さんにぶたれるって・・・」


「しょ、しょうがないじゃないですか!うちの母さん怒ると滅茶苦茶怖いんですよ!?・・・っていうか、僕はノーマルですよ!? 心、心読んでください!!」




 そうだ、泣き止んでくれたが、僕にとっての今の問題はそれだ。ちゃんと僕の本心は伝わっただろうか?




「うーん、確かにあなたがいい人だってことは分かりましたけど・・・・でも、そうゆう気があるかもしれないっていうのはちょっとアレですね・・・そういう人の心を読んでもしも変態的な欲望まで読み取ってしまったらって思うと、ですね」




 完全に泣き止んだと思われるシルフィさんは、明らかに笑っているといった風にそう言ってきた。




「いやいや、さっきまで何回か僕の心読んでたじゃないですか!! 今更ですよね!?」


「えぇ~~。それは今までがちょっと特殊な状況だったからですし・・・私だってできることなら他人の心を盗み見るようなことはしたくないですし・・・」


「盗みじゃないです!! ちゃんと許可出してますから!!」


「それでもですよ。どうしてもっていうなら、ちゃんと誠意ある対応をお願いしたいかもしれませんね」




 くっ。なんだ、この人、もしかしてこれが素か!? 純情なんかじゃなくて本当に悪女だったのか!?


 だが、シルフィさんの任意でチカラが発動するらしいというのなら、従うほかない・・・




「えーと、その・・・誠意ある対応とは?」


「フフッ、じゃあ、よく聞いてくださいね?」




 なんだ、何を言おうとしているんだ。頼むから僕一人でどうにかできることであってくれ・・・・!


 僕が内心で後ろ向きな覚悟を決めていると・・・・




「こっちに来て、お顔を、顔を見せてくれませんか?」


「へ? 顔ですか?」


「はい、お顔です。」


「そ、それだけでいいんですか?」




 正直拍子抜けだ。名前を名乗った以上、顔を見せても大して僕に損はない。何か裏があるのだろうか。 




「本当に、それだけですか?」


「はい。本当にそれだけです」




 ふむ、どんな無理難題を言われるかと思っていたが、大したことでなくてよかった。しかし、顔を見せろか・・。一応自分でいうのもなんだが、僕自身は自分の容姿は無難な容姿だと思っている。悪く言えば没個性的とも言えるが。名を名乗った以上、顔を見せるのに不都合はないが、がっかりされないだろうか。




「あのー、僕ってその、普通だし、あんまり面白くないと思いますけど?」


「大丈夫です!・・それに私だって、そんなに大したものじゃあ・・・」




 むっ、マズい。レディに自身を卑下させてしまうなんて。・・うん、そう言わせてしまったのなら、これは行くしかないか。




「分かりました。じゃあ、今からそっちに行きますけど、少し魔法を使うので驚かないで下さいね。ソナー!」




 さっきまでは魔法を使ったら余計な不安をかけるかもしれないから使わなったが、なんかシルフィさんも楽しそうだし、もういいだろう。このコウモリが飛ぶメカニズムから作られた魔法ならば、視界がふさがれていようと周囲の把握ができるはず・・・・




「あれっ?」


「・・・・どうしました?」




 なぜか、魔法の効き目が弱まっている。普段ならば、部屋の置物の位置まで手に取るようにわかるのだが、今はなぜか自分の足元の様子ぐらいしか分からない。


・・・・会話のときに声が聞き取れないときがあったのも同じ理由か?




「いえ、なんか魔法がうまくいかなくて・・・でも床は大丈夫そうなので歩いていきますね。」


「あっはい。お、お願いします!」




 シルフィさんの声は微妙に上ずっていた。緊張しているのだろうか?ともかく、シルフィさんの声を頼りに僕は一歩踏み出し・・・・




「え?」




 踏み出した瞬間、床が消えたように僕の体を浮遊感が襲った。それとともに急激に意識が薄くなっていく。




「デュオさんっ!?」




 意識を失う直前、一瞬だけ霧が晴れたような気がしたがよくわからない。


 ただ・・・・




(大したものじゃないって・・嘘でしょうに)




こちらに手を伸ばす、銀髪の美少女の姿を、僕は確かに見た。




「デュオさーん!?」




そして、僕は・・・・・・・・・

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