第11話 2-5 初めて目撃する奇跡

“開戦しなかった戦争”

今から二十九年前、Rc.300年に起こった自らを黒族と呼ぶきっかけを作った色族を葬らんと黒族が仕掛けた戦争は、開戦寸前に突如レイン・カラーズの大陸の端から端までかかるほどの大きな虹が出現し、そこから現れた不思議な光によって両者の争いを鎮まらせて開戦する事なく終わったあの後、それまで争いを好まなかった色族は、あの出来事を繰り返さないよう、色族と黒族との治安守護の為に発足されたのが騎士団である。

それから年月が流れて、今から八年前、Rc.321年の“色族首都”。二十歳から入団となる騎士団を目指す人達が集う養成学校の廊下では、ある未来の騎士団長候補の噂が女子生徒の間で持ち切りだった。


「ほら、あそこ。あの人が噂の“色族首都”の名門貴族・フォレスト家のセージ=フォレスト様よ」

「やだ。カッコいいじゃない。流石、騎士団長であるジェード=フォレスト将軍の息子ね」

「でも、残念。もう結婚のお相手がいるらしいのよねぇ~」

「確か、同じ名門貴族・スティルレント家のお嬢様のリアティス=スティルレント様だっけ?」

「え~ショック~」

「私達平民様には高嶺の花だし、諦めなさいって」

「キャッ!今、私の方に向いたかも!」


当時十八歳のセージ=フォレストは、二十歳から入団となる騎士団でいきなり部隊長の職を約束され、やがて騎士団長で父親でもあるジェード=フォレストの後継者候補とまで言われていた程に将来有望だったセージは、常に女子生徒の間では人気者な存在の一方で、周囲から期待されている重圧を感じつつも、弱音を周囲には見せず、普段通りの涼しい顔で廊下を歩いていた。


「やれやれ。「人の噂も七十五日」とは言うけど、僕の場合、家や父さんの事もあって、七十五日どころじゃ…おっと!」


そうセージが呟いていたのを中断せざるを得ない出来事が起こったのは、ある女子生徒の接近に気付かずにぶつかってしまい、ぶつかった弾みで女子生徒が手に抱えていた書類が廊下中に散らばってしまったのだ。


「いたた…す、すいません!」

「いや、僕が余所見をした不注意だよ。大丈夫かい?手伝おう」


セージに何度も謝る女子生徒に、セージも自分の非を詫びては、女子生徒と共に廊下中に散らばった書類集めを一緒に手伝い、あっという間に元の紙束へと戻っていった。


「はい、書類だよ。ところで君、小等部の人かい?名前は?」

「え?あ、あの…ジーン=スパイラル…です。わ、私みたいな小等部の平民が、フォレスト家の貴族様に…」

「とんでもない。身分が違おうと、ここでは先輩後輩の仲間なんだからさ」

「あ、ありがとうございます。セージせ…先輩」


急にセージに名前を求められた事で緊張したのか、当時十二歳の女子生徒―ジーン=スパイラルはもじもじしながらも、年上であるセージの事を「先輩」と呼んだ。

これがセージとジーンの出会いだったが、この出会いから二年後。二人の運命を変える出来事が起こるとも知らずに…



あれから八年経った今。騎士団になるはずが、どういうわけか“平原の村”を守る自警団となった二十六歳のセージは、村のある場所で一人佇んでいた。そこへ、先程までメヴェウと共に居たジーンが、一人でセージの元へとやって来た。


「改めてお久しぶりです。セージ先輩」

「“先輩”はよしてくれ、ジーン。僕はもう騎士団ではない」

「とんでもない。職が違おうと、自分は貴方の先輩ですから」

「そうか。しかし、騎士団になったんだな。養成学校の廊下で僕とぶつかってひたすら謝っていたあの頃とは大違いだ」

「はい、おかげさまで。しかし、また懐かしい話を。そんな事もありましたね」


養成学校を卒業し、騎士団となった二十歳のジーンは、八年ぶりの再会を果たしたかつての養成学校の先輩であるセージに改めて挨拶をし、セージは先輩と呼ばれる事に抵抗しつつ応じながら、最初は養成学校時代の昔話を語り合っていたが、ジーンが切り出したある話題からそれまでの和やかなムードから一転し、セージの顔が険しくなった。


「まだ、“あの出来事”を引きずっていますか?」

「…君達がここに来る少し前、僕は“あの出来事”の真犯人である黒族のフロスト=クルセイドとソル=クロードと交戦した」

「!?それで?」

「“カージー”と応戦したが、一瞬の隙を突かれて見事にやられたよ。レイン君の“絶望の奇跡”の力がなかったら、君達の目的であったレイン君が黒族に捕まっていたかもしれなかった。しかも、去り際には「お前は何も守れない」とまで言われたよ」

「そんな事が…」


セージは、ジーンらメヴェウ部隊の騎士団が“平原の村”に来る前に起こった黒族のフロストとソルとの交戦の一部始終をジーンに告げ、事情を知ったジーンは暫く黙り込んだ後、重い口を開いた。


「真犯人を知っているのなら、何故あの時に自ら認める供述を?」

「君も知っているだろ。火事で跡形もなく全焼した事で証拠という証拠はなく、近くで倒れていた僕が真っ先に疑われた。何度も僕の無実を訴え続けるも信じて貰えないまま、仕方なく…」

「ですが、先輩が“色族首都”から追われた後も、自分や先輩のお母様に一部の騎士団達は、今もセージ先輩がリアティス先輩の家族を殺した犯人じゃないと信じています。それに、今も行方不明のリアティス先輩は…」

「もういい」

「でも、このまま一生濡れ衣を着せられたままでいいんですか?自分が真犯人であるフロストやソルという黒族の存在という事実を…」

「もういい。もう六年も経っている上に、解決済みの事件に真犯人が居たなんて誰も信じないだろう。これは僕だけの問題だ。それに、君は新米騎士で地位が低い。一平民になった僕に時間をかけるぐらいなら、せっかく掴んだ騎士団の今に時間をかけて欲しいんだ」


今回知った新事実を何とか上に伝える方法はないのかと考えるジーンに、セージは身分を忘れかけて取り乱す彼女を止めるべく説得をし、セージの説得に我に返って落ち着きを取り戻したジーンは、セージに先程は遮られた会話の続きを告げた。


「でも、これだけは言わせて下さい。リアティス先輩は…生きています。きっと、何処かで…では」


そうセージに告げ、ジーンは悔し涙を堪えつつもメヴェウらがいる騎士団の野営地へと戻って行った。再び一人となったセージは、八年ぶりの再会を果たしたかつての後輩の立派な姿を見ては、自分の今の姿を比べて嘆き、傍にあった木に拳をぶつける事しか出来なかった。


「ジーン。変わったな、本当に。それに引き換え僕は…くそっ!」

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