第19話 王子は二度恋をする
突然、頭上から灰が降ってきたことで、四人組は悲鳴を上げた。
我に返ったようにカルケルが舌打ちしたが、四人に向ける目には、激しい怒りが浮かんでいる。
ただ――悲鳴を聞きつけたのか、人のざわめきが近付いてきた。
リュンヌは、慌てて涙を拭うとカルケルの手を引いた。
「魔女殿?」
「逃げましょう……!」
リュンヌを散々笑っていた四人は、魔法ですぐに脱出できるから心配はないが、その後はきっとカルケルを罵倒するはずだ。
その様子が人目にさらされれば、カルケルが傷つく。
うぬぼれでなければ、自分のために怒ってくれたのだろうカルケルを、今度はリュンヌが守りたかった。
――けれど、逃げるしかできない力の無さに、悔しくて泣きたくなる。
以前だったら、馬鹿にされたことによる悔しさだったが、今は……カルケルの役に立てない悔しさで、いっぱいだった。
自覚すれば、リュンヌの足を刺すような痛みが走る。
カルケルの手を引いて駆け出そうとしたリュンヌはよろめき、思わず膝をついた。
「魔女殿……!」
カルケルが焦ったような声を上げる。
二人の背後では、四人の魔法使いが、降り注いでいた灰を処理している。
そして、人々が遠巻きながら集まってきた。
こちらの様子をうかがう人々の目には、多かれ少なかれ好奇と恐れの色がある。
あんな視線に、カルケルを触れさせたくない。
リュンヌは、強く思った。
ちょっと後ろ向きで、冗談が通じないほど生真面目、けれどとびきり優しい顔で笑う、この王子様が……――好きな人が、傷つくところは見たくないと、強く強く思った。
「っい、……たっ……!」
「魔女殿? 足が痛むのか?」
カルケルに答えられないほどの激痛が、両足に走ったのはその時だ。
同時に、それまでずっと袋の中で大人しくしていたランたんが飛び出してくる。
「おい、お前よくもやってくれたな!」
「どこの魔法使い!?」
「人を灰塗れにするなんて……! あの、呪われ王子じゃあるまいし!」
「同感だわ、悪趣味すぎる。灰にまみれるのは、灰かぶり王子だけで充分でしょう」
灰を片付けた四人が、口々に罵り声を上げ近付いてこようとする。
けれど、飛び出してきたランたんがそれを制す。
リュンヌと、彼女を抱え起こそうと膝をついていたカルケルを守るように両手を広げ――くりぬいた口の中を、ぴかっと光らせた。
それはすぐに周囲をくらませるほどの大きな光となり、四人はおろか、野次馬達も目を覆う。
そして、ゆっくりと目を開けたときには、リュンヌもカルケルも……カボチャお化けの姿も、綺麗さっぱりそこから消えていたのだった。
◆◆◆
どさっと体が落下する。手から伝わる木の感触に、カルケルが目を開けると、そこは茨の森にある魔女の館、その玄関だった。
「……もどって、きたのか? ――うわぁ!」
呆然と呟く彼、その視界をいっぱいに占めたのは、カボチャお化け……ランたんだ。
「ランたん、まさか……今のはお前が?」
くるり、とランたんは一回転する。それが肯定を意味する返事なのか、はたまた否定しているのか……カルケルには分からない。
言葉を発しないこのカボチャお化けと、意思疎通が出来るのは、薄紅色の髪の魔女だけだ。
――カルケルは、その魔女の姿を求めて周囲を見まわした。
「……魔女殿? ……ランたん、魔女殿はどうしたんだ? 一緒に戻ってきたのではないのか?」
直前、足の痛みを訴えていたはずの彼女の姿が、見当たらない。
かわりに、外へ続く扉が半開きで揺れていた。
「…………ランたん、彼女はもしかして、外にいるのか?」
カボチャの頭が、大きく上下する。
この仕草が肯定であることだけは、カルケルにも理解出来た。
「……馬鹿な……! あんなに足の痛みを訴えていたのに、なぜ……!」
渋い顔で立ち上がる。
外に行くよりも、足の様子を見て、必要な処置を施すべきだろうにと、憤りすら覚えた。
(彼女は、もっと自分を大切にするべきだ……!)
カルケルは、自分の呪いと誠実に向き合ってくれた魔女の姿を思い描く。
ときに拗ねたりいじけたり……こんな面倒くさい男に、根気よく付き合ってくれて、時に叱咤してくれる、優しい少女の顔を。
彼女が涙をこぼしたことも衝撃的だったが、立ち上がれないほどの痛みを堪えようとする姿にも、胸を抉られた。
彼女を傷つけようとする者達には、かつてないほどの怒りを覚えたし、彼女には頼って欲しいと思った。
「もしかしたら、どこかで動けなくなっているのかも知れない……探しに行こう、ランたん」
カルケルはフードをかぶり直し、外に向かう。
カボチャお化けは、ふよふよと不規則な動きで着いてきた。
探し人は、ただ一人。感情なんて消えてしまえと思っていたカルケルの意識を変えた、薄紅色の魔女だけだ。
彼女に対して、自分が抱いた感情は、何と呼ぶものなのか……、カルケルはとうの昔に知っている。
――呪いを解くことに協力する。そのかわり、自分と恋に落ちて欲しい。
そう言った薄紅色の少女に、カルケルは二度目の恋をしていた。
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