第13話 いざ、外の世界へ

 王都に行く。

 そう決めたリュンヌ達は、翌日準備を整え玄関に集合した。


「さぁ! 出発しましょう!」


 先頭を切るリュンヌの、元気の良い声が森に響き渡る中……。


「……張り切っているところ、申し訳ないが……少しだけ、いいだろうか?」


 カルケルが控えめながら挙手をした。


「どうしたの?」

「……本当に、俺を連れて行くのか?」

「当たり前でしょう。……それともなに? 貴方、自分の事なのに大人しく留守番していられるの?」

「――無理だな」


 渋い顔で即答するカルケル。

 だったら、なぜ今更な質問をするのだとリュンヌは眉を寄せた。

 

「……なに? もしかして、体調が悪いの?」

「――いや、そういう訳じゃない」


 万が一具合が悪いなら、本人に着いていきたいという意思があっても無理はさせられない。一応、そういった配慮は出来るつもりだったリュンヌだが、またしてもカルケルに否定される。


「それじゃあ、どういう訳なの?」

「……俺は、この通り呪われている。……今は、君の祖母殿が作った、この外套で押さえ込めているが……」


 カルケルは最後まで続けなかったが、きっと制御が完全では無い事を言いたかったのだろう。言いにくそうな顔から、彼の内心をだいたい察してしまったリュンヌは、気まずそうに咳払いした。


「だ、大丈夫よ! そのために、ばば様の物置をひっくり返して、予備外套まで見つけてきたんだから!」


 カルケルが着ているものと、全く同じ外套を、リュンヌは背負っていた荷袋から取り出して見せた。


「これを着れば、きっと効果は倍増するはずよ!」

「それは凄いな」

「そうでしょう、そうでしょう!」

「……だが魔女殿、冷静に考えてくれ。君は、外套を重ねて着込んだ挙げ句、二重のフードで顔を隠す怪しい男と一緒に、歩く羽目になるんだぞ?」


 この森ならばまだしも、王都ならば確実に目立つとカルケルが唸る。


「王都にこんな格好で立ち入れば、俺達はたちまち憲兵に拘束されるだろう」

「そ、そんな……! 悪い事してないのに?」

「悪事を未然に防ぐのも、憲兵の仕事だ。……明らかな不審人物を見て、放っておくはずが無い」


 不審人物、といわれたリュンヌは改めて考えた。

 

 魔女が一人。

 外套を重ね着した、顔を見せない男が一人。

 そして極めつけに、やたらと動作がうるさいカボチャお化けが一人。 


(あ、確かに不審。もう、不審の集合体みたいになってるわ)


 だが、外套を脱がせばカルケルはおろか、自分だって灰に埋まってしまうし……とリュンヌは頭をひねる。


「……わかったわ、カルケル」

「……そうか。やはり、俺を連れて行く事の面倒さに気が付いて、思いとどまったか。……よかった」


 カルケルは安堵したような口ぶりで言うけれど、隠しきれない寂しさを滲ませた笑みを浮かべて、リュンヌを見下ろす。

 言っている事と表情が一致していない王子に向かって、リュンヌはぴしっと杖を突きつけた。


「心にもない事、言わないで」

「……え?」

「よかった、なんて思ってないくせに。ほんとうは、留守番なんて嫌なんでしょう? 一緒に行きたいって思ってるくせに、貴方は言い訳ばっかりだわ」


 謝りながらも、カルケルが並べるのは自分を連れて行く事で被る不利益ばかり。だから、調べに行くのが嫌なのかと思えば、それもまた違う。

 知りたいのに、行きたいのに、わざと相手のやる気を削ぐような事ばかり言う王子は、気まずそうに目を伏せた。


「……言い訳では、無い。事実だ。……俺が君と行けば、迷惑をかけると……」

「私に迷惑をかけたくない?」

「……あぁ、そうだ」

「嘘ばっかり」


 リュンヌは杖をおろすと、「ふん」とそっぽを向いて腕を組んだ。


「そんなの全部、自分のためでしょ」

「――なっ……」

「自分が嫌な思いしたくないから、予防線を張ってるんだわ。……意気地無し」


 カルケルの肩が弾かれたように震え、ぐっと両手に力が入った。


「……それの……っ」


 押し殺したような声が漏れ聞こえるが、結局カルケルは続きを飲み込もうとする。


「なによ? 意気地無し王子様」


 そうはさせるものかと、リュンヌはあえて挑発するように呼びかけた。

 ぶるりと、大きく空気が震えた――そんな気がして……。


「――それの、何が悪いんだ……!」


 カルケルの怒鳴りつけるような声とともに、大量の灰が降ってきた。

 リュンヌは手にした杖をくるくる回し、灰をひとまとめに浮かせ、埋没を避ける。


「俺はもう嫌なんだ……! 人に白い目で見られるのも、怯えた目で見られるのも……! 君に、そんな目で見られたら……俺は、とうてい耐えられない……!」

「――……え?」


 本音を吐かせたかった。

 本当は行きたいと思っているカルケルに、自分の口で言わせたかった。

 だからリュンヌは、あえて焚きつけたというのに、カルケルが口にした本音は、予想とは違うものだった。


「……君に……嫌われたくない……」


 片手で目元を覆ったカルケルは、震える声でそう言った。

 聞いた瞬間、リュンヌは胸の辺りが締め付けられたように苦しくなる。


 嫌われたくない。

 その短い言葉にどれだけの感情を込めたのか、項垂れるカルケル。

 リュンヌには、今の彼が怯えた子供のように見えた。

 ――まるで、昔の自分のように思えた。何もかも怖かった、子供の頃の自分に重なった。


「馬鹿ね。嫌いになるなら、とっくになってるわ」


 リュンヌの口からついて出たのは、思いのほか優しい声だった。


「……え」


 カルケルが、驚いたように顔を上げるほどに。

 それに、少しだけ恥ずかしくなりながらも、リュンヌはカルケルに向かって手を伸ばす。


「馬鹿だって言ったの。何回私が灰の危機に直面したと思ってるの。面倒、怖い、大嫌いなんて思ってたら、もうとっくに森を追い出してるわ。……だから、変な心配なんかしてないで、一緒に行きましょう?」


 リュンヌが眼前に差し伸べた手を、カルケルは呆けたように見つめていた。

 その視線は、ゆるゆると動き、今度はリュンヌの真意を確認するかのように、顔に向けられる。

 もしも、ここでリュンヌの表情に嫌悪や恐怖……ごく僅かでも、負の感情が浮かんでいれば、きっとカルケルは手を取ったりはしなかっただろう。

 しかしリュンヌは、急かすことなく、笑顔でカルケルが手を取るのを待っていた。


「ね? 大丈夫だから。一緒に行きましょうよ、カルケル」

 

 おずおずと重ねられた手をリュンヌがぎゅっと握ると、カルケルはくしゃりと顔をゆがめる。


「……参ったな……――いつかと、逆だ……」

「え?」

「――……懐かしいと……そう言ったんだ」

 

 言われて、リュンヌは頷いた。

 そんな事あるはずが無いのにと思いながらも、つい口に出してしまう。


「私も、そう思ったの。……なんだかずっと前から、こうして手を繋いでた気がするなぁって」


 カルケルとは初対面。

 懐かしさなど覚えるはずがない。

 それなのに、自分の中ではしっくりきているなんて、おかしな話だ。


「……そうか。……うん――俺もだよ」


 握り返してくる手の強さに、リュンヌは笑った。


「じゃあ、しばらくこうしてる?」


 生真面目な王子様は、顔を真っ赤にして灰を降らせ拒否するかと思ったが……、ゆっくりと首を縦に振った。


「君が良いなら、もう少しだけ……もう少しだけでいいから、こうしていよう……魔女ちゃん」

「……っ!」


 びっくりしたリュンヌは、杖を構え直した。

 案の定、勢いよく降ってくる灰に向かい、杖をふるう。


「ふぅ」

「…………手、やはり離した方がいいだろうか」

「いいわよ、このままで。……灰が降るって分かってれば、私だって何とか出来るんだから。……だから、気にしないでついてくれば良いの」


 返事は? とリュンヌが促すと、カルケルは脱げかけていたフードをひっぱり、目深くかぶりなおし、頷いた。


「……あぁ、頼む。――……俺は、君と一緒に、真実を知りたい」

「もちろんよ!」


 繋いだ手から伝わる熱は、リュンヌの心をぽかぽかと温めた。

 もしかしたら、カルケルも同じだったのかもしれない。

 彼の顔も、何時もと違い、ほんのりと赤く染まっていたから。

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