第10話 王子様は明日を夢見る
一日を終えたカルケルは、与えられた部屋の寝台で横になりながら、ぼんやりと天井を見上げた。
(めまぐるしい一日だったな)
お茶を飲んだり、一緒に食事を取ったり、過去の文献を横並びで座り読み込んだり……。
後は主に掃除をしたり――やっぱり、掃除をしたり。
けれど、そのどれもが不快では無かった。
くるくると表情が変わる彼の魔女は、見ていて飽きない。調子に乗って、もっともっといろんな顔が見たいだなんて思ってしまう。
茨の森の館での一日は、城の自室でひっそりと過ごす一日よりも、ずっと時間の流れが速かった。
(……楽しい、だなんて……俺は現金だな)
ありとあらゆるものを忌避していた自分が、そんな風に思うだなんてとカルケルはぎゅっと目を閉じる。こんな風に明日を心待ちにする日が来るなんて、自分が信じられなかった。
“灰かぶり王子”が願う事なんて、あの時からずっと同じ事だったから。
――感情なんて、なくなってしまえばいい。
それが、呪いを発症してからずっと、カルケルが毎日飽きもせず願っていた事だった。
夜、寝台に入る前には、必ず神様にお願いして眠りについて、翌日また灰を降らせては、感情が残っていることに絶望する。そういう事を繰り返すうちに、カルケルからは生来の明るさは失われ、快活な王子は見る影も無くなった。
今ではもう、あの頃のカルケル王子を覚えている人の方が少ないだろう。
この国の第一王子は、陰気で引きこもりな灰かぶり王子、で定着している。
――だから人目をさけ、関わりを極力減らし、息を殺すように生きてきた。
たいした事が無い呪いでも、積もり積もればそれは大きな災いになる。灰が降り積もれば、人の命を奪うことなど訳がない。
誰かを傷つけるくらいならば、心躍らせるものなんて知らなくてもいい、いっそ呪いの源である心など、叶うことならえぐり出して捨ててしまいたい。
そうやって毎日毎日、気が遠くなるくらいずっと、カルケルは願って祈って……絶望して生きてきた。
積み重ねの結果、希望よりも絶望が心を占めるようになった今……。
よりにもよって、全てに諦めがつくようになってしまった今になって、カルケルは再会してしまった。
自分が、この呪いで危うく殺してしまうかもしれなかった存在……最も親しい友達であり、輝かしい過去の思い出の中での中で微笑む、初恋の少女と。
言葉の端々から、自分の事など覚えていないとは分かっていた。
けれど、彼女の口から仲直りを望んでいると聞けて、本当に嬉しかった。
だめだと分かっているのに、心が震えるほどに、嬉しかったのだ。
――カルケルは、気付いてしまった。自分は、ずっと“それ”を望んでいたことを。
全てを諦めて、望みなど叶わないから極力持たないようにして、どうせ無駄だと割り切って――そうやって生きてきた十年間、自分が無意識に願い続けていた事に、ようやく思い至った。
あの日、最悪な別れ方をして、それっきりになってしまった彼女に会いたい。
その願いは叶った。
ならば、後はもう一つの願い事だけだ。
呪いを解いて、彼女に会い、仲直りをする。
(そうしてもう一度、新しい関係を始められたら……)
都合の良い願いだと自身も思う。けれど……。
(おやすみ、魔女殿。……明日もまた、よろしく頼む)
薄紅色の髪をした、くるくる表情が変わる少女。その姿を脳裏に描いたカルケルの唇は、やんわりと弧を描く。そこには、明日への喜びが滲んでいた。
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