ぼくらは青春17号になれない。

君足巳足@kimiterary

『青春学園』

 第91回『世代間闘争』に向け『青春18号』に選ばれたぼくは、自身の名前と決別する。よってぼく個人の名前は当然ながら世代間闘争の歴史に刻まれることはない。なお、18という数字はぼくの持つ『青春学園』の生徒番号でもない。だから、この『記録』において、ぼくは単に青春18号であり、それ以外の何者でもない。青春18号の名は個人としてのぼくを何一つ特定できないし、示唆するものでさえない。喩えるなら、スポーツ選手が持つ背番号に近い。その番号を持つ選手がいることは重要だ。その番号を持つ選手の能力も重要だ。しかし、その番号をもつ選手が真実何者であるかはそこでは問われない。

 兎にも角にも――青春学園の、18号、それが今のぼくだ。

 そして青春18号として、ぼくは二つの重要な警句アフォリズムを、記録に残すべきそれを、ここに提出しておこうと思う。


 ひとつ。『季節には色がある。それを忘れてはならない』。

 ふたつ。『季節は移り変わる。それを逃れることはできない』。


 世代間闘争に挑むものは、これらの言葉を胸に刻む必要がある。なぜなら、『世代間闘争』においては、この単純な二つの原則を忘れてしまったものから順に、死を迎えることになるから。

 死にたくないのなら、これらを忘れてはならない。

 絶対に、絶対に。


 ■■


 季節に色があることをぼくは忘れていない。

 青春、朱夏、白秋、玄冬。

 春夏秋冬はるなつあきふゆ青朱白玄あおあかしろくろ

 これらの季節を、そして色を、ぼくは忘れないし、忘れるはずもない。その理由については先に述べた。そしてぼくはこれから、を語る。春夏秋冬、これらは季節の名前である。青朱白玄、これらは色の名前である。。にもかかわらず、これらの組み合わせには、が宿る。

 ――青春。

 ――朱夏。

 ――白秋。

 ――玄冬。

 ここには、人の一生におけるステージが宿っている。すなわち、少年期、青年期、壮年期、老年期、という『時間』のイメージがそれぞれ付与されている。そこにあるのは『季節』と『色』の組み合わせでしかなかったはずなのに。そして、少年期、青年期、壮年期、老年期、といった人生のステージは、季節と色でしかなかったはずの言葉たちにさらなるイメージを呼び込む。青春らしい、朱夏らしい、白秋らしい、玄冬らしい、そんな思想を、言葉を、行為を、光景を、イメージを、モノたちを、ここに呼び込む。

 この事実。

 この事実にこそ、世代間闘争の根本原理がある。そしてぼくは青春18号として、青春学園の代表として、世代間闘争を戦う者として、この事実に敬意を払い、ここから力を得る必要がある。

 戦う力を。

 勝つ力を。


 ■■


「おさらいは終わったの、18号」

 これまでの内容をきっちり了解したぼくに、そう呼びかける声がある。

「ああ、完璧だよ。だってぼくは青春18号になったんだから。きみもそうだね? 青春16号」

 ぼくは声の主に返事をする。

 ぼくのパートナーたる彼女、『青春16号』に。

「ええ、当然、わたしも完璧におさらいを終えたところよ18号」

 ぼくはその言葉を聞き、内容に注意を向ける以前にまず、見事な発声だ、と感じる。並行して彼女の様子を観察し、きれいな唇だな、と感じている。声の響きも、唇の動作も、これ以上なく青春に――青春16号に、相応しい、と感嘆する(この記録は青春16号の個人が特定されることを望む性質ではないから、不必要に彼女の情報を並べ立てることはしないが、しかし重要な事実については、躊躇わず、記す。今がそうであるように)。

「なんだかぼーっとしてるみたいだけど、どうしたの? 18号」

「いや、きみがパートナーというのは素晴らしいなと改めて感じただけだよ。きみがパートナーなら、きっとぼくは、いや、ぼくらは、この戦いに負けることはない」

「ふうん。ありがとう、18号。じつはね、わたしもそう思う」 

 黒く靭やかな長髪を五指で丁寧に掬い上げるように靡かせ、彼女は続ける。

「わたし、たぶん今までの世代間闘争の歴史で最高の16号だと思う。そして、あなたについてもそう思ってるよ、18号。いまのところはね」

「光栄だよ」

 ぼくは本音を言った。そしてさらに本音を続ける。

「ぼくら、最高のコンビになれると思う。それこそ、17にだってきっと届くさ」

「ええ、そのためにも」

 彼女は言う。美しい唇の動き伴って。

「早速だけど、『恋』をしましょう。雲ひとつない青い空、校舎の屋上、そして、今は授業中、けれどわたしたちはここにいるの。授業には出ずに、二人きりで。あなたは何ごとか思索に耽っていて、わたしは後ろからの声であなたを振り向かせた。ねえ、恋が始まるに相応しいシチュエーションでしょう、18号。きっとわたし、あなたを『一目惚れ』させてあげる」

 彼女は微笑み、ぼくは頷く。そして一歩、二歩、彼女との距離を詰め、ポケットに入れていた手を彼女の腰に回す。セーラー服のさらりとした手触りをわずかに感じつつ、さきほど彼女がそうしたように、その長髪に五指を絡ませ、背中を、首筋を、なぞるようにして滑らせる。そして、一度、二度、軽く唇が触れ合うだけのキスを交わす。

 世代間闘争に向け、準備期間はあとひと月。

 時間は長くは残されていない。

 だからぼくらは、恋を始める。

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