復興を終えて
第1話 仕事が無くなった日
——リュウ視点——
「はい、これが今月の分だよ!」
「ありがとうございます。リドルさん」
今日は僕の給料日だ。週六日ペースで働いて、貰える給料は棒銀貨十二枚と丸銅貨三枚。最初の一年間は、棒銀貨八枚しか貰えなかった。
それが、ようやくここまで昇給したところなのだが、この仕事は今日で終ってしまう。
王都復興の仕事を始めて、もうそろそろ八年が経過する。
忌まわしい魔物襲撃事件の後、生き残った人々と、前向きな王様の号令で、この王都復興が始まった。
魔物襲撃事件の被害は凄まじく、半分以上の建物は倒壊し、農地も三割くらいが焼け野原になった。街の人達も半数以上の人が亡くなり、兵士に至っては、七割以上の戦死者が出たそうだ。
それが今ではほぼ再建され、新しい王都の街並みは以前よりもずっと暮らしやすく整備されたものとなった。
「リュウ、この先、仕事の当てはあるのかい?」
「いえ……明日にでもギルドに行って、日銭を稼ぎながら職探しをしようと思っています」
「そうか……悪いな、こっちの仕事を割り振ってやれなくて」
「いえ、いいんです。以前よりもずっと住みやすい街になりましたし、城壁も高く、頑丈なものになりました。
そのお手伝いができただけでも、僕は嬉しく思っています」
僕の言葉を聞いてリドルさんは申し訳なさそうな苦笑いをしている。
復興はやがて終わる仕事だとわかっていたのだが、いざ終わってしまうと寂しいものがある。なにせ被害が大きかったため、八年という歳月をかけてようやく完成したのだ。
僕はこんなに長い間、仕事を割り振って貰ったことに感謝をしなければならないだろう。
それに、始めた当時の年齢は八歳だ。雇ってくれたリドルさんには、感謝してもしきれない程恩がある。
リドルさんは王都の維持管理を任されているようで、技術を持った熟練者を手放さないよう引き抜き、細々とやって行くそうだ。
「そうか……まあ、また、拡張やら、増強なんて話が出たらよろしく頼むよ!」
「わかりました。その時は、ぜひお願いします」
最後にはリドルさんと笑顔でお別れすることができた。明日からまた忙しくなりそうだ。
僕は給料の入った袋を腰袋にしまうと、すぐ家に帰ることにした。
なぜなら、復興が終わってしまい、人手不足が解消されてしまったため、最近は少し物騒な雰囲気になっていたからだ。
だから、給料を貰った日は寄り道せずに、明るいうちに帰る必要があった。
そして、いつもより早足で家に帰る。
家に到着して「ただいま!」と、待っているユキに帰宅を伝える。
——ユキ視点——
今日も宿屋の食堂は大賑わいです。
私は、お昼の忙しい時間帯だけ食堂のお手伝いをしていました。主にお客さんの注文を取り、でき上がった料理を運びます。調理はマスター以外が作ると味が変わってしまうため任せて貰えません。
私も調理をしたいなぁ、なんて、思ったこともあるのですが、私が家で作る料理と、マスターの料理を比べれば、任せて貰えない理由は良くわかっていました。
「五番テーブルのお客様から注文をいただきました! 野菜炒めと串肉セット三人前です!」
「あいよー!」
絶え間なく腕を振り続けるマスター。あの光景を見ていると、何かお手伝いできることが無いか探してしまいます。ですが、私ができることと言えば、下げた食器を洗うことくらいでしょうか。
慣れていない人が調理場に立てば邪魔にしかなりません。
忙しくない時間帯であれば教えて貰えるのかもしれませんが、一日働いてしまうと他のことができなくなってしまいます。
食料品を売っている露店が開いている時間帯に帰らなければならないのです。
「ユキちゃーん! エールおかわり! 三つ!」
「はーい」
お客さんから注文をいただいたので、食器棚に置いてある、小さな樽に取っ手が付いたコップを出します。そこへ、なみなみとエールを注ぎます。今ではこんな不安定な物でも溢さず持っていけるようになりました。
「お待またせしました」
「お! ありがとう! いやー、いつ来てもユキちゃんは綺麗だね!」
「ふふ。ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」
おじさん達の多くは笑顔で私に声を掛けてくれます。気さくに話しかけてくれるのは嬉しいのですが、お尻を触られるのは嫌です。
おじさん達のエッチな手の動きは、長い間働いていたのもあって、今ではほぼ完璧にガードできるようになりました。
「野菜炒めと串肉セット、上がったよ!」
「はーい!」
私はお皿を三つ、肘や、二の腕まで使って上手に持っていきます。昔はバランスを取るのが難しく、ヨタヨタ歩きでしか持っていけませんでした。ですが、今では体も大きくなったので早足で歩けるようになりました。
「お待たせしました。野菜炒めと串肉セット三人前です」
「おー、待ってました!」
私は三人のおじさん達の前にお皿を置いていきます。一人はもうエールを飲み干していました。
「エールのおかわりは、どうしますか?」
「んー、そうだね、いただこうかな!」
「ありがとうございます! すぐお持ちいたします」
こういった気配り営業も忘れません。私を雇い続けてくれるマスターのため、しっかりと売り上げに貢献します。
「ご馳走さまー。はいこれお代ね。じゃ、また来るよ!」
「はい! お待ちしております!」
日も高くなると、お客さんは少なくなっていきます。城門近くの宿屋だけあって、冒険者のお客が多いせいだろうとマスターは言っていました。
冒険者達は朝早く出発して、昼前に一度戻ってきます。
主な仕事は、近くの森で薬草などの採取と、城周辺の魔物狩りだそうです。
魔物狩りをする人達は、西門から始めて、この東門まで来ると一旦お昼休憩を取るために立ち寄ってくれるのだそうです。そして、近くの森に行く人達も、深くまでは足を運ばないようで、昼になると戻って来る人が多いみたいです。
近くの森の深部は強い魔物が多くなり、さらに、密集した巨木が陽の光を遮ってしまうせいで、暗く険しい場所になっていると言っていました。
だから、余程腕の良い冒険者でもなければ深くまでは行かないと聞いたことがあります。
「ユキちゃん、今日はもう上がって良いよ!」
「はい! 今日もありがとうございました!」
「はい、じゃあ、これ」
マスターが丸銅貨三枚を手渡してくれました。これが私のお給料です。日給制なので、毎回、帰り際にお給料を貰います。お昼だけの勤務にしてはとても稼げるお仕事なのです。
「ありがとうございます!」
「気をつけて帰るんだよ」
「はい! お先に失礼します」
私はマスターに別れを告げて、帰り道に食材を買いに行きます。これが私の日課です。
お買い物は得意な方で、この時間に行くのも節約のためには大事な決まりになっていました。
何故なら、もう少ししたら多くの露店は店仕舞いを始める時間だからです。だから、売れ残りを少し安くしてくれるのです。
だけど、問題もあります。欲しい商品が無くなってしまい、買えない場合も多いのです。
だから、その日、その日であるものを買い込まなければいけません。でも、買いすぎて腐らせてしまっては勿体ないので、あまり多くは買い込めません。
お買い物はとっても難しいのです。
「ごめんね、お芋は売り切れちゃったんだよ」
「そうですか……」
今日はお芋が買えませんでした。
リュウが大好きなふかし芋はお預けのようです。
「代わりにコレを安くしてあげるから持ってきな! 角銅貨五枚で良いよ」
おばさんはお芋の代わりに雑穀をお勧めしてくれました。いつもなら角銅貨八枚はする物です。とってもお買い得になりました。
「ありがとうございます! これでお願いします!」
私は丸銅貨を一枚おばさんに手渡しました。
「はい、お釣りだよ。いつもありがとうね!」
おばさんは角銅貨五枚を私に返すと、おまけに緑菜を少し持たせてくれました。
「こちらこそ、いつもありがとうございます!」
おばさんにお礼を言って立ち去ります。その後私は干し肉を少し買い足してお家に帰りました。
お家に着くとすぐに夕飯の支度をします。今日は雑穀を入れたお鍋にします。お鍋に干し肉と緑菜を入れて、岩塩を少し削って味付けをしたら火にかけます。おじやにならない程度で火を止めて完成です!
お鍋はとっても簡単なので、月の半分以上はお鍋になってしまいます。
でも、リュウはいつも私の料理をとても喜んで食べてくれます。私はリュウが喜んでくれると、とっても、とっても嬉しいです。
でも、人参が入っていると、リュウは何かと理由をつけて食べません。好き嫌いは良くないので、私はいつもそんなリュウを叱ります。
その時に、とっても悲しそうな顔をするリュウを見ると私の心も少し痛みます。
だから、私はお鍋に少しだけ摩り下ろした人参を入れることにしました。だんだん多く入れているのですが、未だに気づいていないようです。
この方法はマスターに教わりました。人参を食べないリュウのことを相談したら、この方法を教えてくれたのです。
さ、そろそろリュウが帰って来る頃です。料理を机に持って行きます。
「ただいま!」
いつもより少し早くリュウが帰って来ました。私はいつも通り扉から顔を出して「お帰り」を言います。
「お帰り、リュウ。ご飯できてるよ!」
「うん。良い匂いがする。今日は何かな?」
「今日は、お芋が売り切れちゃってたんだけど、雑穀を安く売ってくれたのよ! だから、干し肉と雑穀のお鍋よ」
「お芋は売り切れちゃったのか、ユキが作るふかし芋、大好きなんだよなぁ」
「それは今度作ってあげるから!」
「やったね! でも、ユキが作る料理なら、何でも美味しいから大好きだよ」
「ありがと! 早く手を洗って来てね」
「はーい」
私の作る料理は何でも美味しいって言われちゃいました。内緒で人参が入っているとも知らずに。リュウが鈍いのか、マスターが凄いのか……これは難しい問題ですね。
リュウに種明かしをしたら、どんな反応をするのか、ちょっと楽しみなのですが、もう少し大人になってから話そうと思っています。
「いただきます」
「いただきます」
いつも二人揃って夕飯を食べます。私はこの時間がとても好きです。今日は何があったか、どんなことをしたか、二人で色んなお話をします。
でも、今日は楽しいお話とはいかないようです。
「ユキ、実は……今日で復興のお仕事が無くなっちゃったんだ。だから、明日は早くにギルドに行って仕事を探そうと思ってる」
「そうなんだ。……でも、そうよね。もうほとんど移り住んだ時と変わらない程に復旧したものね」
「うん。だから、役に立てて嬉しい反面、ちょっと寂しいんだ」
「リュウは、ずっと復興のお手伝いしてたものね。でも、リュウは頑張ったんだから胸を張りなさい! 王都復興のために、良いことをしたのよ!」
「うん……」
リュウはどこか寂しそうな顔をしていました。理由は聞かなくてもわかります。
リュウは王都が襲撃された責任を自分のせいだと思っているのです。だから、幼いながらも復興を手伝おうと決めたんだと言っていました。
リュウにとって復興のお手伝いをすることは、お仕事とは別に、贖罪としての意味があったのだと思います。
「リュウ、これからは自分の人生を生きなきゃいけないのよ。復興のお仕事が無くなってもやらなきゃいけないことは沢山ある。違う形でも王都に貢献できるわ」
「うん、わかった。明日は早くに出るよ」
「そうね、悩みがあるなら、行動するのが一番よ! 上手くいかなくても私がついてるから大丈夫!」
「ユキはいつも優しいね。ありがとう」
「ふふ。当たり前じゃない。リュウは私にとって唯一の家族なんだから」
「……うん」
リュウは小さく頷きました。あまり元気にならなかったリュウを見て私は少し反省をします。
「唯一」そんな言葉を使ってしまったために罪悪感を感じてしまったのだと思います。何故なら、パパはあの襲撃で命を落としてしまったから。
幼いリュウを助けたのは私で、パパも羽のことは知っていました。だから、リュウが罪悪感を感じることなんて何一つありません。
「リュウ……あなたが背負わなきゃいけないものなんて何も無いのよ? あの襲撃を回避するために、幼いリュウができることなんて何も無かったんだから」
私達に責任が無いとは言えませんが、もし、あの時リュウを助けなかったとしても、襲撃を回避できたかはわかりません。
あのまま崖の下で息を引き取ったとしても、魔物はリュウを探しに来ただろうと思います。
「私ね……本当はもっと知らなきゃいけないことが沢山あると思うの。でも、リュウのことを調べるのが怖くて、まだ何もできてない。
真実を知ったせいで、リュウが居なくなっちゃうかも知れないって思うと……何もできなかったの」
でも、最近はそれ以上に怖くなることがあります。このまま逃げていたら、いつの日か、リュウが大変なことに巻き込まれてしまうんじゃないかと不安になるのです。
ちゃんと逃げずに調べていれば、こんなことにはならなかったかも……なんて、その時になって後悔することになってしまうんじゃないかと、恐ろしい想像が過ぎるのです。
「……僕がユキを置いて、何処かに居なくなることなんてあるわけない」
「本当に?」
「うん。そんなこと、絶対にしない」
「そう……わかったわ! じゃあ、料理が冷める前に夕食を食べましょ!」
「うん」
リュウは少しだけ、元気を取り戻したみたいでした。
真実を知るのは怖いですが、リュウのこと、黒い翼の魔物のことを少しづつでも調べてみようと思います。
これから先、何があるかはわかりません。もしかしたら、また、あの魔物達がリュウを取り返しに来てしまうかも知れません。
だから、そうなる前に、リュウについて色々知っておきたいのです。そうすれば対処できる……なんて思ってはいませんが、どうすればいいかの手掛かりくらいにはなると思います。
それに……リュウの本当の両親だって……見つかるかも知れません。
ですが、私はリュウの本当の両親を見つけてしまうのが堪らなく怖いのです。
リュウは私を見捨てないと言ってくれましたが、本当の両親に「リュウを返して」と、言われてしまったら……私は……。
——リュウ視点——
ユキはとても心配性だ。
僕がユキを置いて居なくなるなんてあるわけがない。もし、真実がそういう可能性を秘めているのなら、僕はそんな真実は知らなくて良い。
僕はユキが大好きだし、ユキがくれた恩を返したい。ユキは僕のために命まで差し出そうとしてくれたんだ。それに、血の繋がってない僕を、背中に羽が生えている魔物の僕を、家族だと言ってくれた。
僕はユキのためなら命だって惜しむことはしない。彼女がいつかそうしてくれたように、僕も同じ気持ちだ。
「ご馳走さまでした。明日は早いから、今日はもう寝るね」
僕は食べ終わった食器を洗い場に持っていき、手早く洗って水切り棚へ置いた。
「うん、わかった。私も、もう少し休んだら寝るね。おやすみ、リュウ」
「おやすみ、ユキ」
僕はユキにおやすみを言うと、二階にある自室へ向かう。
二人で住むには大きな家だったので、二人とも自分の部屋がある。
僕が壊した書斎の穴以外は幸運にも被害が無かった。だから、綺麗にはできなかったけど、なんとか穴を塞いでこの家を使っている。
あの時、この家を壊されていたらもっと大変な生活を余儀なくされていただろう。ユキのパパにはいくら感謝しても足りない。
僕は自室へ入りベッドに横になる。今では買えない程高価なベッドだ。丸銀貨一枚といったところだろうか? 僕の給料の九ヶ月分だ。ユキのパパは商売人として、そこそこ成功していたのだろう。僕にも教えて欲しかった。
もし僕が商売人として働くことができれば、ユキとも一緒に働けるし、もっといい生活もできる。
ユキのパパと比べると、自分の不甲斐なさを恨めしく思う。しかし、そんなことを思っているなんて誰かに知られたら、自惚れんな! と、叱られてしまうだろう。
それに、今までユキはこの生活に不満を漏らしたことがない。満足……というよりは、割り切っていると言った方が良いのかも知れない。
だから僕は一生懸命やれる仕事をして、いつかは朝市で買った新鮮な食材をお腹いっぱい食べられるようになれれば良いな、と、思うことにする。うだうだと世間知らずが悩んだ所で何も変わりはしないのだから。
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