ハルとクク
黒中光
第0話 ハルとセーター
ハルは机の上に置かれたフクロウを手に取った。サイズは缶コーヒーの缶よりちょっと大きいくらい。羽のあたりは茶色く、お腹が白いフクロウだ。黒々とした大きな目がキョロっとしていて可愛らしい。
もちろん、本物ではない。薄い焼き物でできた貯金箱だ。中学に入ってお小遣い制になった時に母が「お金を無駄遣いする癖がつかんように」といって買ってくれたものだ。インテリアとしてもおしゃれかなと思って机に飾っている。
「やっぱ使うしかないな」
ハルは1人呟いて、フクロウの足の下にあるフタに手をかける。ゴムでできたフタがパクンと音を立てて開く。
一旦フクロウを机に立たせてから上に引き上げると、500円玉がジャラジャラと出てきた。虎の子の500円玉貯金を開封したのだ。
どうして、中学1年のハルにこんな大金が必要なのかというと話は2日前にさかのぼる。
2日前、ハルは友達の里美とともに穂乃果の家に遊びに行った。3人は小学校が一緒で今のクラスも同じ。仲が良いから、ハルと里美の家の中間である穂乃果の家はいつもの集合場所だった。
その日は里美が買ってもらった新しいゲームを3人でやるために集まったのだが、肝心の里美が遅れた。それで時間つぶしに穂乃果のお姉さんが買ったというファッション雑誌を見ていたのだが、とあるページで手が止まった。
『これ、良い』
目についたのは、白い秋物のセーターだった。基本的には縦じまなのに、胸や袖の中心部分がフェアスタイルになっている。しかも、ハルの好きな星のマーク。まさに一目ぼれというやつだ。
値段は5000円と少々中学生には高いものの、お財布の中身と貯金箱を使えば手が届かなくはない。
『そういえば、今月末だっけ。穂乃果の誕生日』
隣でマンガを読む友人をチラ見する。毎年、友達で集まってささやかなパーティーをやることになっている。お披露目にはちょうど良い。それに小学生の時とは違う感じの服にトライもしたかった。
「よし、ようし」
そんな訳でハルはスマホを握りしめている。画面は雑誌に載っていた通販サイト。使うのは初めてで無性に緊張する。しかし、これも大人へのステップ。あのセーターのため。
「いけっ」
人差し指をえいやっと押し付けると、送信完了の文字が。これで終了。あとは届くのを待つだけ。
***************************
「え、嘘でしょ……」
ハルは母親の姿見の前に立っていた。映っているのは今日届いたばかりのセーターを着た自分の姿。
「似合ってない……」
そこに映っているのは大人っぽいセーターを無理やり着た子供の姿。別にサイズが合っていないわけではない。雰囲気が合っていないのだ。
人一倍童顔な顔立ちに、シックなセーター、英語の大きなロゴが入ったパンツ。チグハグすぎた。
おそるおそる洗い物をしているお母さんに尋ねてみた。
「ねえ、どうかな?」
「え……うん。似合ってるんじゃない」
そう言ったお母さんの口元はちょっと下がっていた。明らかな笑顔の失敗作。お世辞だというのが丸わかりだ。私は意気消沈して自分の部屋に戻った。
ベッドに座り込むと、すっかり身軽になってしまったフクロウがこっちを見ていた。
『あーあ、無駄遣いするなって言われてたのに。やってしまった。これやったら服じゃなくて、新しいゲーム機とかにでもしたら良かった。こんな服にせっかくコツコツ貯めた貯金を使うって、あたしはアホか!?』
血迷った過去の自分を恨みつつ、浮かんできたのはさっきの自分自身の姿。子供っぽい自分。雑誌では大人のモデルだから着こなせていたんだ。たかが13歳の自分に着れるはずがなかったんだ。そう考えると、鏡に映った自分がどんどん幼く、セーターにふさわしくないように感じられてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます