僕はいもうと

issya

第1話お兄ちゃん、おはよう!

「お兄ちゃん、おはよう!」


まだ睡魔が残ってベッドの中でもそもそと動いている僕の頭の中に、この言葉が強く鳴り響いていた。


眠気眼をこすりながら跳ね起きる。


大きなあくびを2・3回繰り返しながら制服に着替えて学校に行く準備に取りかかった。


「おはよう」


「あら礼司おはよう。2年生になってから早く起きる様になったわね。少しは中学生の自覚が出てきたのかしら?」


一階に下りると母さんが誉めてるのかけなしてるのか解らない言い方で僕を迎えた。


「おはよう!良いことだそ、そうやって少しずつ成長していくんだ」


父さんが朝から何やら重たい言い方をしてきたので少し疲れた気分…


2人とも普通に「おはよう」だけでいいのに…

と思いながら僕は朝食を食べた。


「礼司、そろそろ中間テストじゃない?勉強はちゃんとやってるの?」


「一夜漬けはイカンぞ、ちゃんと普段から勉強してれば困ることはないんだからな…」


「解ってる、ちゃんとやってるよ」


無論やってない。


やっと終わったと思った小言が復活してきたのでまた少し疲れた。

長居は無用と僕はさっさと二階に戻る。


僕は神崎礼司。

今年中学2年生になったばかりでごくごく普通の家庭に生まれた、ごくごく普通の学生。


学校ではクラブ活動にも参加せず、どっちかと言うと文科系より。


趣味も特になく…強いて言うならブラブラ出歩く事。

これ最近ハマってる。


カバンを持ち一階に下りたら、ちょうど父さんが出勤した後だったようだ。


「礼司も遅刻しないよう早めに出なさいよ」


「解ってるって、やる事があるから…」


そう言って僕は和室に向かって行った。


我が家の和室には大きな仏壇が御立派にそびえていらっしゃる。

(我が家の自慢のひとつらしい)


僕は仏壇の前に正座して両手を合わせた。


これは家族全員が必ず行っている日課だ。


仏壇にはひいお爺ちゃんとひいお婆ちゃん、お爺ちゃんの位牌がある。


…そしてもうひとつ、その横に…


「礼司早くしなさい!あんた間に合わなくなるわよ」


「わーったよ、すぐ行く」


大事なお祈りを急かされて少し不機嫌になった。


「じゃあひいお爺ちゃん、ひいお婆ちゃん、お爺ちゃん…行って来ます!」


僕は立ち上がった。


それから…


「行ってくるよ、零!」


お爺ちゃん達の位牌の横に僕はそう言った。


僕は、僕のいもうと“零”に朝の挨拶をした。





「行って来まーす」


僕は玄関の扉を開け家を出た。


家から学校まで徒歩15分、ゆっくりマイペースでいつも登校。


周りの景色を色々眺めながら歩いていった。


「よっ、神崎おはよっ」


ポンと肩を叩いてきたのはクラスメートの大友だった。


コイツとは幼稚園からのくされ縁だ。

どっちも物静かな文科系てのが理由か何故かコイツとは気が合う。


「おーおはよう、大友…最近さぁ朝早くないか?」


「アレだよ、アレ…」


大友が指差す方向から軽快な足音と呼び声が聞こえてきた。


「兄貴、待ちなよ!早いって」


そう言って僕達に追いついて来たのは大友の妹さんだった。


「いや今年コイツが同じ中学に入って来たもんだからさぁ…お母んがウルサいんだよ、兄さんが後から行くなって!おかげで俺は毎朝早く家を出されるってワケ」


「何だよ兄貴!コイツって言い方はないだろ…あ、神崎さん、お早うございます」


「あぁ、おはよう」


大友と違って妹さんは活発系、多分あと数年で大友はケンカで負ける!と僕はみてる…


「あ、兄貴!あの自販機タレントの葵司が貼ってある!兄貴と違ってカッコいいなぁ〜」


妹さんがいきなりそう言った。


「え?葵司?」

僕は自販機をチラと見た。


「兄貴と違って…は余計だろ、涼美!なぁ神崎…て、おい神崎?」


「ん?何何?」


僕は自販機から目を離さず聞き返す。


「お前、葵司好きなんか?」


「いゃ〜別に」

歩きながらまだガン見。


「変なヤツだな、余所見してっとぶつかるぞ」


「あ〜解ってるよ」


そのまま学校まで3人で話しながら歩いていった。

学校に向かう途中僕は周りの綺麗そうな景色をチラチラ見ながら歩いた。


大友の妹さんとは入り口で別れ、僕と大友は2年の教室に向かう。

遠くなったのがちょっとイヤ。


そして授業中…苦手な数学の授業に僕は既にヤル気を無くしていた。


ふと窓からグラウンドを見ると外ではサッカーをしている。


「3年かな?へぇ…流石に上手いや…」


僕は授業が終わるまでサッカーに視線をず〜っと投げていた。


「お前さぁサッカー好きだっけ?」

休み時間に大友が聞いてきた。


「別に…普通だけど…」


「さっき随分見てたよなぁ!?好きなら隠さなくていいじゃん」


「いやホント違うって。ただ見てたら喜ぶだろうな〜と思って…」


僕はついサラッと言ってしまった。


「誰が?3年がか?」


そう言う事にしとこ。



そして放課後、大友と別れて一人で帰る。


今日は…そうだ、駅前のブティックに行くんだったな。

と、一人で思い出して僕は駅に向かっていった。


天気も良く人通りで賑わっていた。

僕はお目当てのブティックを見つけショーウィンドウをマジマジと見つめる。


「良かった、まだあった」


僕はガラス越しに、可愛い鮮やかな色使いをしたパーカーを見つめながら安心した。


およそ10分…あらゆる角度からパーカーを眺める僕。


「3900円かぁ…買って何とかなるなら、買ってあげたいけどなぁ」


「良かったら中で見ますか?」


いきなり店員に声を掛けられ僕はビクッとした。


気配を感じさせないとは…さすがプロ…


「いえ…あの、その…すいません!」


店員の誘惑を振り切りダッシュで退散。


あービックリした…やれやれ、暫く行きにくいな…


仕方なくとりあえず帰宅する事に。

いつもの様にあちこち見ながら家に着いた。


「只今ー」


「あらおかえり、今日は早かったわね?…もしかして勉強かしら」


朝の続きを予想した僕は急いで階段を上がった。

「うん、するする」と捨てゼリフを残して。


部屋に着いた僕は着替えてとりあえず教科書をパラパラと眺めた(ヤル気なしで)


「…ま、まだ時間はあるし」


そう言って僕はゲーム機の電源を入れた。

最近ハマっている格闘ゲームだ。


「よしっ」

気合いと共に画面に集中。


激しいボタン連打でキャラクターが動いている。

今日は調子がイイ!この分なら新記録が期待出来る!


…と思った矢先、ラスボスまで後2人という所で負けた。

…いつもの所だ。


「やっぱりそう簡単にはいかないか。こりゃまたかなわないかな」


僕はため息をついて机に座う。

少しだけ勉強する気になったのだ。


苦手な数学…さっぱり解らない!

しかも今日授業を聞いていなかったから尚更解らない!


「え〜っと…このYがこの次の式に当てはまるから…いや…あってるのか?」


参考書を見ながら格闘が続く。だが解らない…


「XとYの関係が…」


頭を机に落としてブツブツと呟く。

…末期症状だった。


目を閉じてひたすら考えていた。


目を閉じてひたすら……


目を閉じて……



目を…………



目……………



……………



………













意識を失っていた僕は、いもうとの呼び声に目を覚ました。



「お兄ちゃん、おかえり!」


眠気を振り払いながら僕は机から顔を起こした。


相変わらずよく響く声だな…

そう思っていた僕を零が少し呆れ顔で見ている。


「ん?何」


「お兄ちゃん…よだれ…もぅ、汚いなぁ。。。」


「うぉっ!?」


僕は慌てて頬の辺りを拭った。


「本当だ…あ〜あ、こりゃ後で大変かな」


「超爆睡してたもんね…そんなに疲れるような事あった?」


「数学は最高の睡眠薬」


僕の持論だが零は「何それ」て目で僕を見てた…


「あ、そうだ。あのパーカーまだ有ったぞ?何かビミョーに値段下がってた気がしたけど…」


「うん解ってる、見た見た。ビミョーに下がってたね、前は3980円だった…」


「気付かないビミョー加減だな…よし零、勝負だ!」

そう言って僕はゲームを準備した。


「え〜また負けたいの?」


「我ながら今日は調子がイイとみた!勝てる…気がする」


「ムリだと思うけどね〜」


横に零がちょこんと座ってコントローラーを手にした。

選んだのはお得意の女キャラだ。


『READY GO』


ゲームからの合図の声で揃ってボタン連打した。


1セット目…『K.O.』

2セット目…『K.O.』

3セット目…『K.O.』


『YOU LOSE』


瞬殺だ…虚しい敗北宣言が聞こえてきた…


「ほらね?」


「何の!リベンジだぁ!」


同じキャラで再びファイト!今度こそ負けじと僕のアドレナリンが叫んでいる。


カチャカチャと2人の連打の音が部屋に響く。


「そう言えばお兄ちゃん、自販機に新しく葵司が貼ってあったね?」


「うん見たよ…て解ってるだろうけど」


「ありがとう!カッコ良かったなぁ〜お兄ちゃんと違って…」


コイツ絶対大友の妹さんと気が合う…


そう思いながらも闘いは続く。


『YOU LOSE』


「まだまだぁ!」


『YOU LOSE』


「…次ィ!」


…『YOU LOSE』


…『YOU LOSE』


…『YOU LOSE』


…………


「ゆぅ〜ろぉ〜ず♪」


零が無邪気に笑いながらそう言って僕を指差す。


可愛らしくも小憎らしい…


「まだまだかぁ、練習したんだけどなぁ」


「ま、生きてるうちはムリね」


笑えないぞオイ…


ふてくされて横になった僕を零がジッと見てる。


「ね、お兄ちゃん…ちょっとお願いがあるんだけど…」


そう言っておいでおいでをして僕を呼んだ。


その瞬間、僕は猛烈な眠気に襲われた。


ヤバい…


「お兄ちゃん、どうしたの?」


「眠気が…」


「早くない!?さっき寝たばっかりなのに」


「うたた寝だからな…あ、ダメかも…また後で聞くよ…」


そのまま僕はカクンとオチた。

零の「もう最悪」と言う声を聞ききながら…




目が覚めた時僕は再びよだれを実感していた。


「あ〜ぁ、やっぱり…教科書が波うってる」


端っこがよだれでビラビラになった教科書を片手に僕は呟いた。


「礼司ご飯よ!起きてる?」


母さんの呼び声が聞こえてきた。


「わーった、すぐ行く」


いつもの返事。

僕はそそくさと1階に下りていった。

頭の中ではいもうとの「もう最悪」と言う言葉が強く残っていた。


「あんた寝てたでしょ?」


母さんのいきなりの一言に僕は「え?」いう顔をした。


「よだれがついてるわよ。母さんには解るんだから」


慌てて拭う。

さすが家族…皆お見通しか…


父さんもちょうど帰ってきたとこらしく僕達は3人でテーブルを囲んだ。

“なるべく家族揃って食事する”が我が家決まりらしい。

何でこんなルールが作られたかは不明。


食べながら家族の会話が進んでいく。

朝の続きだけは回避したいと僕は願う。


ここにいもうともいたらな…と僕はいつも思いながら食べている。


ゲームをしたり話したり出来てもここで食事が出来ないのは少し悔しい。


もっとも余計な事を言われていもうとと喧嘩する可能性もあるけど…


「ご馳走さま」


僕は食事を済ませると、和室に行きいもうとの位牌に両手を合わせた。


「お願いって何だよ?」


そう思いながらひいお爺ちゃん達にも両手を合わせる。

入れ替わりで父さんが入ってきた。


「おっ、爺ちゃん達にお話してたのか?」


「そうだよ、父さんも?」

もっとも零とはさっき話したばかりだけどね…とは言わなかった。


「あぁ、たまにこうやって話しかけるんだ」


そう言って父さんは仏壇の前に座った。


父さんも話せたら喜ぶだろうな…そう思いながらも態度はクールに「じゃあね」と言って僕は和室を出る。


部屋に帰りさっぱり解らない数学をもう一度眺めながら風呂まで悪戦苦闘。


夜は自室で歌番組を見る。

本当はお笑いが好きなんだけどね…


そして今日も無事1日が過ぎていこうとしていた。


寝間着に着替え電気を消すと思ったより早く睡魔に襲われる。


やっぱり…数学のせいだ……




「お兄ちゃん、おかえり!…Part2(笑)」

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