巨人の到来
吉行イナ
あくる日の幻影
夕飯の買い出しのため自宅アパートから徒歩30秒ほどの距離にある
スーパーマーケットに来るのは日常茶飯事のことで特に変わったことではないのだが、この日は何となく尿意を催した。
その店のトイレを利用するのは記憶の中にもないくらい久しぶりのことだった。
道夫は小便器の手前の床に零れ落ちている雫を踏まないように足幅を心ばかり広げて
放尿準備姿勢をとり 左手でカーゴパンツのややくたびれたジッパーを下げ おそらく私を心底憎んでいるであろう息子に右手を添えやや上向きに構えた。
陰部の付け根内部には気の利いた放尿技師がいて私が小便するのを察して手際よく膀胱から尿道に続くゲートロックを解放した。
と同時に泡と糖分を多く含んだ水分が放出されるとこの世の天国かとも感じさせてくれる脱力感と衣服にまとわりつくような黄色い匂いが道夫の身を包んでいった。
「ああ 何たる至福…」
そう漏らした道夫の視線の先 小便器内壁の右側上部 道夫のちょうど首の高さの部分に長さ10センチほどの無造作にちぢれた剛毛が1本 へばりついていた。
道夫の身長は172センチだから首の位置というと160センチ付近だ。
ちょうどその高さに陰毛が最期の力を振り絞るかのようにへばりついているのだ。
そもそも陰毛というものはどんなに強い風を受けたとしても上に舞い上がることはまずないし、いたずらに陰毛を小便器の150センチ以上の高さに故意に付着させることは市の条例で禁止されていて破った場合は禁固5年の刑に処される。
やれやれ、と道夫は思った。
面倒なものを見つけてしまったとつくづく後悔もした。
巨人というものはその巨体のわりにあざといやり方で自分たちの存在をチラつかせてくるのだ。
いつもそうだ。
巨人の到来 吉行イナ @koji7129
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