隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている!

黒姫小旅

勇者を仲間にしますか? はい/Yes

第0話 かくて女勇者は敗北せり

 黒と紅の世界だった。

 鮮血のように赤い空の下、漆黒の樹林を青い閃光が駆け抜ける。

 少女だ。

 凛々しい横顔はまっすぐに伸びる若竹のようで、軽鎧の下の肉体は女性らしい柔らかさを残しながらも剛健に鍛え上げられている。長い黒髪を邪魔にならないよう編み上げているが、これはアダマント人のなかでも特別な戦士にだけが許される髪型だ。

 薄刃の長剣を片手に、彼女は超高速で疾走していた。全身からは青い燐光がこぼれ落ち、残像となって尾をひいている。曳光弾のごとくジグザグと黒樹を避けながら走る少女の姿は目で追うことすらままならない。

 だというのに、敵は涼しい顔で少女と並走していた。

「くっ!?」

 背中に殺気を感じて急停止。ブレーキにした左足を回転軸に、振り向きざまに斬りつける。


 ギィィイイイインン!!


 激しい金属音を響かせ、渾身の長剣は敵の持つ大槍によって弾き返された。薄刃の剣身が衝撃の余韻で音叉のように震える。

「くそっ!」

 少女はいまいましげに顔を歪め、剣を構え直して敵に対峙した。

 軽装の少女とは対照的に、重厚な鉄板鎧で身を固めた巨漢だった。刺々しいデザインの鎧からは邪悪なオーラが立ち上ぼり、身の丈を優に越える大槍を片手で軽々と取り回している。

「それでも勇者か? これまでも俺に挑んできた勇者は何人もいたが、もう少し歯ごたえがあったぞ」

「うるさい! 悪逆無道の魔王め!」

 鉄仮面の内側で魔王が笑う。

 己の優位を確信しきった態度に、少女は声を荒げた。怒りに呼応するように青の燐光が輝きを増す。

「報いを受けなさい!」

 瞬間、少女の姿がかき消えた。

 読んで字のごとく目にも止まらぬスピードで相手の視界から脱し、左後方に回り込――んだ直後に右手からの刺突を放っ――たと思ったら真上からの急降下斬撃。

 超高速機動による包囲攻撃。百の剣士に圧殺されていると錯覚するような連撃に対し、魔王は恐れおののくでもなく「……ふむ」とうなずいて、

「二つ、訂正させてほしいんだが――」

 大槍を振るう。

「まず、悪だ報いだ言われるほどのことをした覚えはない」

 ギィャアアアン! と火花が魔王の周囲を彩った。

 たたの一撃で吹っ飛ばされた少女は地面を転がり、ボロ雑巾のように横たわる。

「ぐ、ぅう……」

「そして二つ目だが」

 必死で立ち上がろうとする少女へ、ゆっくり歩み寄りながら魔王は続けた。

「俺は『魔王』じゃなくて、あくまでも『元魔王』だ」

 無造作に振り下ろされた槍の穂先が、少女の胴体を刺し貫いた。


 こうして、勇者ベルーカは魔王……もとい元魔王に敗北した。

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