032 カルロの悩み(番外編)
デイルードがまだ鄙びた田舎町だった寒村のころに“のんき亭”と呼ばれる平屋建ての酒場が街道沿いに沿ってあった。4年前にここが魔王軍の最前線基地となったときにその田舎町を中心にしてすっぽりと包み込むようにして作られた城壁が完成すると、どこからともなく次々と現れるようになった連合軍の軍隊がこぞってきたことで“のんき亭”は大いに栄えたが、3ヶ月前に魔王が討伐されてしまうと常時いたはずの兵士たちも次々といなくなってしまい酒場には閑古鳥がなくようになってしまった。
夜の帳が落ちてからしばらくが経った時間に、外灯を灯すようになった大衆酒場へある二人の人影がやってきた。一人は長身で痩せ型であるが思いの外に筋肉ががっしりとしていて身なりから冒険者と思われた。もう一人のほうは小柄でショートパンツを履いており健康的で魅惑的な美脚を露わにしていた。
キィィーイ、バタン。
かつては兵士たちの喧騒で賑わっていた拡張に次ぐ拡張がされたいまでは大きすぎるその酒場に入ると、その長身の男は大ホールの奥にあるお気に入りのテーブル席がまだ空いていたことを知り上機嫌となってその椅子へやってくると手でまじないをかけてから腰を掛けた。小柄な女のほうはその男の後を追ってやはりその隣席で立ち止まり、酒場の様子を一望してから用心深く椅子を引いた。
「アルフレッドさん、サミーさん、久しぶりだね。今日はなにをご注文で?」
カウンターからやって来たのは、初老で頭を薄くした小太り体型の男であった。
「ようカルロ、俺たちは先日まである商隊の馬車の護衛でここにはしばらく来れなかったんだ。いつものをくれや」
「こんばんわです、カルロさん。ボクもいつものでお願いします」
「そいつはご苦労さんだ。はいよ、いつもの、いつもの、と」
カルロはそう言ってオーダーを伝票に書き込むとカウンターの奥へと戻ってから、しばらくして注文されたものをトレイに載せて帰ってきた。二人の前にそれらを置いた後に腰にきたものか、マスターはトントンと腰を叩いて踵を返そうとしていた。
「なんだオヤジ、ひょっとして腰を痛めているのか? ほら最後にいたあの無愛想な女給さんはいったいどうしたんだ、誰もいないよりはまだましってもんだろ?」
「愛想のない女給で悪かったね。あれももう3日前には辞めてしまったよ。ここ最近にくるようになった悪党ども、そいつらに脅されちまってな。俺もそのときに腰を痛めちまってこのざまだよ、イテテ」
「悪党? それなら衛兵所の出番だろ。それであいつらは毎日の飯を食えているんだから、さっさと捕まえてもらえよ(グビグビッ)」
カルロはこれを聞くとひどく悲しそうな顔をするようになり、肩を下げてハアーと大きなため息をついた。
「そうもいかないんだよ。悪党はどうやら衛兵を味方につける術をもっていたようでな。この店で暴れて通報しても現場はだいぶ遅れてやってくるし簡易な見分だけしてお咎めもなしさ。それであいつらは嫌がらせをやりたいほうだいなんだよ」
「そいつはまさに災難だったな。じゃあお役所に衛兵がつるんでいると事実を書いた陳情書は出してみたのかい?」
「1週間も経ったが結局はなにも動いちゃくれなかったよ。その間にうちの従業員はすべて逃げ出してしまうし。この前に採用したばかりになる新人の銀髪の奴でさえもやって来た悪党の騒ぎを聞いてどうやら逃げ出したようで散々だったよ」
「ハアン。八方塞がりで詰みってやつか。(ゴクッゴクッ)まあデイルード市も新たな都市長がくるとかで忙しいというし、カルロも悔しいと思うがしばらくは要求されたショバ代を払うしか今は手がないんじゃないのか?」
「ショバ代程度のことならもちろんそうしてたさ。だが悪党の狙いはそうではなかったんだよ。奴らはこの店の土地の権利書を寄こせとそう言ってきたんだ」
この大衆酒場の立地はデイルードが今日のように大都市に生まれ変わる前の寒村の時代からここにあった。当時は土地がタダのようなもので今ある他の商店がゆうに3軒はスッポリ入るほどの大面積を誇っていた。また大衆酒場のあるこの区画は大通りの中央一等地の商業地区となっていて、そこにある建物のほとんどが一新されてしまった只中にあって平屋建ての酒場は周囲と溶け込まずにひどくバランスを欠いていた。
「三ヶ月前までがひどく懐かしいよ。あの頃はここに異国の兵士たちが每日とっかえひっかえとごった返していたもんだった。ところが魔王が討伐されると自国へ引き揚げてしまったものだからとたんにこの有様だ。まあ悪党たちがやっては来なくてもいずれはこうなる運命だったのかもしれないな」
寂しくそれだけいうと、カルロは腰をさすりながらカウンターのほうへと戻っていった。サミーはその後ろ姿を見て気の毒そうにアルフレッドの顔を見てこう言った。
「これはなにか裏に一物がありそうだね。カルロさんはどうするのかな?」
「俺がカルロなら残る手段は王都へ直訴に行くことぐらいだろうな。カルロはもちろんそうするだろう。その旅先で恐らくは黒幕が雇った暗殺者に殺されて権利書も奪われるんだろう」
「そうだよねえ。だったらカルロにそれを教えて止めてあげないとね」
そうした会話が続いていたときに、酒場の入口ふから下卑た声が聞こえてきた。
「ふひゃふひゃっふひゃっふひゃっ」
店に入ってきたのは噂の悪党でひと目でならず者とわかる風体の男たちであった。先頭には下卑た笑い声をした三人の中で一番小男になる醜悪な顔をした人物だ。次に中肉中背の男がヒョイと入ってきて口笛を吹いた。
「ピー!! へっへっへ、お客もいなくてここはよく響くな、これで開店してるっていうのかねぇ。こいつは辛気臭くてかなわないぜぇ」
最後にはレスラー風の巨漢の大男が入ってきて店内を見渡した。店内の客はアルフレットとサミーの二人のみで、二人に目を留めると睨みつけるようにしてこう言った。
「粗方はここへ来なくなったと思っていたんだがな。それでもまだいたのか、、、しかも女連れときたもんだ、ペッ」
「ヒュー♪ なあ兄貴よ、こいつは別嬪さんだぜ。カーッ、俺っちもこうした上等な女をぜひに侍らしてみたいもんだ。おおっ! よくよく見たら男好みの格好をしていやがるじゃねえか」
中肉中背の男が二人のいるテーブルに近づいてサミーの片腕を掴んだ。
「へへへへ、さあ俺っちとこちらで楽しく酒を飲もうぜ」
「いやアアーン、いやだ、引っぱらないでぇ~」
サミーはわざと非力なように引っ張られて立ち上がり鈴を転がすような声を出してこれにイヤイヤをして見せた。サミーの生の美脚は見るものにクネクネと動いていたために残された二人の悪党も喉の奥をゴクリと鳴らすようになった。
「よせよ、そいつは俺の連れなんだ。モテないお前はあっちでおとなしく飲んでいろ」
隣に座っていたアルフレットは低くなった声でサミーの手首を掴んでいた中肉中背の男の腕を軽くねじ上げて見せた。
「アイタタタッ、イテテー、痛いよ、タスケテ兄貴ィー」
強くねじ上げているわけでもないのに男はさも大仰に助けを呼んだ。それも棒読み調で。
それを待っていたとばかりに大男が上着を脱いでポキリポキリと指を鳴らしてアルフレットの方へ向かってゆっくりと歩き始めた。
「おいテメエ。俺の舎弟へのこの落とし前、どうつけるつもりなんだ?」
絡み方がもうチンピラそのものである。大男が上着を脱ぐと肌が現れて両肩から両腕にかけてカタギさんにはないはずの立派な刺青が現れた。銭湯の入場はお断りとなる人種であった。
「もう止してくれっ!」
それは唐突に聞こえて、カウンターのカルロは悲鳴を上げて頭を両手で掻きむしっていた。薄くなった頭からパラパラと髪が落ちていた。
「お代はいらないから早く帰ってくれ!」
カウンターから飛び出したカルロはアルフレットの背中を出口まで押して歩いた。
「お、おい、まてよ、おいカルロってば」
「、、、悪党の背後には衛兵がついているんです。いま騒ぎを起こすとあなたは確実にブタ箱行きになりますよ」
カルロはアルフレットだけにそう聞こえるように小声で話しかけた。すぐにカルロとアルフレットを追ってきたサミーも出口へと出ると悪党は高笑いして祝杯を上げていた。
「ご不快な思いをさせて、とても申し訳ありませんでした」
こうしてカルロは力なく店内にトボトボと戻っていった。アルフレットはこの理不尽さに顔をしかめるのだった。
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