第24話 望む者なき戦争


「――これが、僕の知るすべてだ」


 エステラは淡々と、沈んだ声でそう締めくくった。

 取調室を覆うのは、暗く重い沈黙。

 セオが供述を書き記す筆記音を耳にしながら、アニラは思い悩む。


(こんな悲しいことが、起きてたんだ……私が知らなかっただけで)


 少女が明かした、戦争の記憶。

 開戦の経緯、交わされる砲火と剣。

 そして、望まずして人を殺めてしまったこと。

 伝聞とはいえ、戦争という悲劇を垣間見たアニラはその深刻さを思い知る。

 だがアニラは、現実に打ちひしがれるだけの少女ではなかった。


(こんなこと、誰も望んでない)


 異文明同士の接触は、時に衝突を招くこともある。

 しかしそれがすべてじゃないこともまた、アニラは知っている。


 空飛ぶ浮遊大陸を目にした時の感動。

 アトールの上空で飛行船と対話した時の興奮。

 そして、クーナという異世界の友達を得た時の喜び。


 異文明との交流がもたらす素敵な出会い。

 その尊さと美しさを、アニラは信じているのだ。


(だからこそ戦争を止めないと。誰でもない、私がやるんだ)


 世界に夢見る少女として。

 異世界との架け橋たる通訳士として。

 そしてなにより――。


(だって私は、異世界外交官なんだから!)


 誰もが望む、素敵な異世界交流を実現させる――その為に、異世界外交官がいるのだ。

 アニラは決意を新たにし、異世界戦争の終結という難題への挑戦を開始する。

 その第一歩としてまず、アニラは優しく、柔和な微笑を浮かべてエステラを慰める。


「話してくれてありがとう、エステラさん……ずっと、苦しかったよね」


 けどね、とアニラは続ける。


「もう大丈夫だから。私が必ず、この戦争を止めてみせるから」


 だから、信じて。

 決然とした顔でそう宣言したアニラ。

 そんなアニラの誠意が伝わったのか、エステラは躊躇いがちに小さく頷く。

 それを見届けるとアニラは「よっし!」と気合を入れ、状況の整理に取り掛かる。


「じゃあまずは、この戦争が起きた経緯をおさらいしよう!」


 アニラは指折り数えて、戦争の過程を一個ずつ挙げていく。


 第一に、エステラたち騎士団がファルデンの艦隊を発見する。

 第二に、騎士団の戦闘配備。

 第三に、ファルデンによる海上への砲撃。

 第四に、アリオン側によるバリスタでの反撃。

 第五に、ファルデン艦隊による報復砲撃。


「――で、ここから本格的な戦闘が起きたわけだけど。どうして二つの国は戦わなくちゃいけなかったんだろう?」

「当然、ファルデンとやらが攻撃してきたからだ」


 そう断言したのはエステラだ。


「僕たちはそれに反撃しただけだ」

「うん、それはたしかに……」


 エステラの供述通りならば、命中こそしなかったとはいえ、ファルデンが先に砲撃を行ったことになる。

 ファルデンに攻撃の意志があったのならば、そもそもの原因はファルデンにあるということになるが……。

 アニラはファルデン側の意見を聞くべく、隣の青年に尋ねる。


「ローウェルさん、どうしてファルデンはアリオンの人たちを攻撃したんですか?」


 そう問われたセオは、「俺に聞かないでくれ」と言わんばかりに苦い顔を浮かべる。

 しかし彼は小さく溜め息をつくと、調書を眺めてはなにか思案する様子を見せ、やがてエステラにこう投げかけた。


「……一つ確認したい。最初の砲撃は陸地ではなく、海上に向けて放たれたんだったな?」

「その通りだ」

「その際、三発発射されたとのことだが、どのように撃たれた?」

「どのように……?」


 エステラは顎に手を置き、自身の記憶を探るように視線を下げる。


「たとえば、着弾地点になにか法則性はなかったか?」

「たしか……一発ごとに水しぶきが遠ざかっていったはず」

「それは本当か?」

「ああ、間違いない」


 エステラの言葉にセオは数度頷くと、やがて呆れた口調で「頑固者の海軍め」とぼやく。

 なにやら確信を掴んだらしいセオに、アニラは情報の共有を求める。


「なにか分かったんですか?」

「……おそらくは」


 彼は「俺は軍属ではありませんので、参考までに」と前置きして、見解を述べ始める。


「開戦直前に艦隊が行った砲撃は、攻撃を意図したものではありません。あれは、符牒です」

「符牒?」


 軍事に明るくないアニラは首をかしげる。


「合図や合言葉のことですよ」

「ほーほー」

「それで、当時の海軍が送った符牒――海上に向けて、遠ざかりながら砲弾三発。これは『武装解除し、投降せよ』という意味を示すんです。示威行為を兼ねた、高圧的な部類ですが」

「え、それじゃ……」


 セオの言った通りならば、ファルデンはあくまで戦闘する意思はなかったことになる。

 だが、そこにエステラが待ったをかける。


「符牒だって? そんなもの、僕たちは一切知らない。分かるわけがない」


 彼女の主張はもっともだった。

 ファルデン海軍が用いた符牒は、あくまで元の世界で使われていたものなのだ。

 それが異世界の文明であるアリオンに通用するはずがない。


「それにあんな近くで砲撃されれば、攻撃と認識して当然のはずだ」


 エステラの言葉に、セオは頷く。


「ああ、あんたの言う通りさ。頭の固い海軍はそこまで考えが及ばなかったんだろう」


 彼が言うには、『大転移』直後はファルデンも相当混乱していたらしい。

 異世界に転移した、という事実を受け入れきれないまま調査に出向いた調査艦隊は、そこで武装した騎士団を発見。

 対話に臨むためかまでは不明だが、ともかく騎士団に武装解除させるために、思考停止気味に元の世界の軍事符牒を使った――。


「海軍は判断を誤り、その結果アリオンの攻撃を誘発させた……こういうことだろう」

「そんな……それじゃまるっきり、勘違いが原因で戦争が起きちゃったってこと?」


 明かされた戦争の真実に、アニラは愕然とする。

 ファルデン、アリオン両者ともに戦闘の意志はなく、意思疎通の不成立が原因でこの異世界戦争は引き起こされたというのだ。

 異常事態に見舞われたせいで正常な判断力を失っていたファルデン海軍は、攻撃と誤解されかねない符牒を送り。

 外から来るものはすべて敵、という固定観念に支配されたアリオンは、相手の意図を解さないままに戦闘行動に出た。


 先に攻撃を命中させたのはアリオンだが、そのきっかけを作ったのはファルデン。

 不幸な事故、不運の衝突。

 軍事的接触が誤解を招き、武力衝突に発展してしまう事例はままあるとはいえ、異世界戦争の実態はあまりに無念なものであった。


「あんまりだ……こんな理由で、仲間は殺され、僕は人を……」


 虚しい真相に打ち震えるエステラを見て、アニラは呟く。


「やっぱり、この戦争は誰も望んでなかったんだ……だから、絶対に止めないと」

「……そうだね、アニラの言う通りだ」


 疲れたように自分の額に手を当てるエステラは、「でもね」と続ける。


「だからって、ファルデンを許せるかは……別なんだ」


 彼女はままならない心情を吐露する。


「戦争を止めるのが最善だとはわかってる、でも! それじゃ僕の仲間はなんのために死んでいったんだ? 瓦礫に潰され、ズタズタになって倒れた彼らの無念をどう晴らせばいい!?」


 理性と感情。

 終戦と報復。

 少女は対立する感情の板挟みに苛まれていた。


「もう、どうすればいいのか……僕にはわからない……」


 精神的な疲弊が窺える彼女を見ながら、アニラは思いめぐらせる。


(ファルデンを許して、なんて言えない……だって、エステラさんにとってファルデンは、今でも敵なんだもん)


 だが、彼女が復讐心に憑りつかれているわけではないことも、アニラは知っている。


(人間同士の戦争を止めたい、っていうのがエステラさんの本心のはず。だってこの子は、人々を守るために騎士になったんだもん)


 エステラはどこまでも真面目で、純朴な少女なのだ。

 人殺しの罪にこれだけ苦しんでいることから見ても、それは間違いない。


(だったら――)


 アニラは自分の為すべきこと、そして目の前の少女に必要なことを知る。

 うん、とアニラは決心してエステラに話しかける。


「エステラさん、異世界外交官として提案があるんだけどね」


 アニラの顔に浮かぶのは、柔い微笑み。


「私は戦争を止めたい。けど同時に、エステラさんの力にもなりたい」


 そうしてアニラはどこか照れた様子で、およそ場違いな提案をしてみせた。


「だから、二人でその……デートしてみない?」


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