フラワーカンパニーオーケストラ
てい
ヨセアツメ カンタータ
第1話 アルシェとリッター
「ひどいわ、私の人生どうしてくれるの」
こっちの人生についても考えて欲しいものである。
「ひどいわ、ほんとうにひどいわ」
身も世も無いとばかりに自分の部屋の窓辺に突っ伏しながら同じ言葉を繰り返す、まだ幼い姫君に、部屋の持ち主である男は書類をめくりながらため息をついた。
「姫、いい加減納得してくれませんかね」
「納得……!? できるわけないでしょ……!! なんで私が貴方なんかと結婚しなきゃいけないのよ……!」
姫君はがばっと起き上がって言った。
「王家の娘なんてそんなものでしょう。諦めたらいかがですか」
「王家の娘だからあきらめられないんじゃない……! 絶対こんな貧乏王国抜け出して、金持ちの大国に嫁いでやるって決めてたのに……!! なんでお目付け役だった貴方なんかと……」
「16にもなって、どこの国からも申し出がないんじゃもう無理ですよ。私で手を打ってください」
溜まった書類を種類別に分けてまとめる。このあと国王に御璽を頂かねばならない。謁見に行く前に、この幼い婚約者に機嫌を直しておいて欲しいものなのだが。
「もう、私の人生台無しだわ。夜会の度に違う服を着る夢も、自分で自分のものかわからないぐらい宝石をもつ野望も全ておしまい。どうせ、一生庭に咲いてる花で髪を飾って生きていくんだわ」
「いいじゃないですか、好評でしょ、あれ」
「やなのよ……! 一晩たって萎れた花を見るときの虚しさったら……!!」
再び姫君は窓辺に突っ伏した。
仕方がないなと一つため息をついて男は立ち上がる。
「別にいいのよ、他所の国に行かなくても。だけど貴方の家貧乏じゃない……!」
「はいはい。これから出世しますから」
「出世したって、貧乏じゃ意味ないのよ」
「わかったわかった。豊かにすればいいんでしょ。してあげますから諦めてください」
段々面倒くさくなってきた。
「ちょっと、なんなのよ……! そのぞんざいな口の利き方は……!」
「あのですね。姫様」
男は無造作に、姫君の体の両脇に手を置いた。髪が触れ合うほどに顔を近づける。
「一つお聞きしてよろしいですか」
「な、何……?」
頬がさぁっと赤くなるのを満足げに見やりながら、男は更に顔を近づけた。
「貴女は私が貧乏だから嫌なのですか? それとも私だから嫌なんですか?」
「あ、あなたが嫌なのよ」
「それは不思議ですね。では何故わざわざその嫌な男の部屋に来て嘆いているのでしょう」
「だ、だって、それは……」
髪に息がかかると、幼い姫君は首筋まで赤くなった。
「それは、なんですか?」
慇懃無礼な口調でたずねる。
「そ、れは……」
口篭る姫君の手首を取る。細い手首だ。
気候に恵まれぬこの国には作物の恵みも薄く貧しい。民も少なく国力の小さいこの国がもし植民地となったら、思うが侭に食い荒らされるだろう。
そして、この姫君も。
この国を狙っている国名をいくつか頭の中に思い浮かぶ。裏心に下心満載の国使たちを王と二人で追い払いながらなんとか考え付いた苦肉の策であるこの婚約に、まぁ、正直ついていると思わなかったといえば嘘になる。
「姫」
歩き出す前から面倒を見てきたこの姫を、決して不幸にはしまいと。
掴んだ手首から伝わってくる脈の鼓動。この中に流れる王家の血ごと彼女を守ろう。
「私が何とかしますから」
忠誠を誓う騎士のように、その恐ろしいほど滑らかなその手首を両手で押し抱いて唇を寄せた。湿った音が部屋に響いた。
硬直した時。破ったのは姫の絶叫だった。
「ば」
ふるふると体が震える。
「ばかぁああああ……!!!」
走り去っていった後、一人取り残された男の頬には、真っ赤な手形。
「……この後、陛下のところに行くのに……」
大爆笑されるのが目に見えているだけに気が重くなる。
「困ったお姫様だ、本当に」
熱の残る頬を撫でながら、小さく笑う。どうやってご機嫌を伺おうか考えながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます