第74話 僕らがここにいる理由
本日の出演バンドは4組。いつもより1バンド少なく、その分持ち時間がいつもより10分長い40分となっている。
cream eyesの出番はトリの4番手、lalalapaloozaの出番はその前の3番手だ。
「今日来るお客さん、全部うちのファンにしちゃうからね!」
玲の宣戦布告を受けて、牡丹はそう言っていた。あの状況だったのでちゃんと聞いていたわけではないが、控室に漏れ聞こえて来ていたlalalapaloozaの音楽は確かにかっこよかった。確たる自信があっての発言だろう。
そういえば、玲がこんな風に相手に宣戦布告をするのは二度目だったな。初めては新歓ライブの時、奈々子さん相手だったけれど。たった三か月前の出来事が、ずいぶん昔のことのように感じられた。
「私、ちょっと外の様子見てくるね」
俺たちの出番が最後だということはSNS上で告知していたが、だからと言ってお客さんがその時間に合わせてくるとは限らない。一番手のバンドのリハーサルが終わる直前、みはるんは威勢よく外へと飛び出していった。念のため、玲と琴さんは今の段階から控室に籠ってもらっている。
「今日二番手のブライカンだ。よろしくな!」
俺が物販席に座っていると、バンドマンというよりはスポーツマンの方が似合いそうな、筋肉質で短髪の男が声を掛けてきた。おそらく年齢は20代後半。やたら大きな声とぶっきらぼうな物言いは、バンド名そのまんまである。
「こちらこそ、よろしくお願いします。今日最後に出るcream eyesです」
「知ってる知ってる。何だか随分注目されてるみたいじゃないか」
「注目……まぁ、そうみたいですね」
やはり、今日の対バン相手はtaku氏の投稿を見ているようだ。今ステージにいる一番手のバンドも、さっき俺たちのリハーサル時に嫌味を言ってきていたし、きっとそうなんだろう。
「さっきのリハの様子だと随分緊張してるみたいだが、大丈夫か? ま、俺たちが盛り上げてやるから大船に乗ったつもりでいろよな! はっはっは」
「そりゃどうも……」
面白いことを言ったわけでもないのに大声で笑うその男に、俺はそっけない返事をした。
この手のタイプはどうにも苦手だ。健全な魂は健全な肉体に宿る、なんて言うが、こうもプラスの要素しか持たない人間が近くにいると、自分の負の側面が際立つ気がするのだ。相手にその気は無いんだろうが、何故か見下されているような気分までしてくる。
「何だ、元気ないな! そんなんじゃ本番もうまくいかないぞ! がっはっは」
「……そっすね。がんばります」
俺は精いっぱいの愛想笑いを返す。はっきり言って、対バン相手に対する俺のこの態度は悪手もいいところだ。バンド同士の繋がりは、今後の活動において予期せぬメリットをもたらす場合が間々ある。基本的には仲良くしておくに越したことは無いのだから。
「そうか。ま、がんばれよ!」
ブライカンの誰かは、勝手に満足して去っていった。多分、悪い人ではないんだろう。俺が卑屈なだけだ。ほら、やっぱり負の面が出てきた。
「今の誰?」
トイレに行っていた京太郎は、あたかも「今終わったよ」みたいな顔で戻ってきた。俺は気付いていたぞ。お前がトイレから出たところでこちらの様子を見ていたことを。体育会系と絡みたくないという気持ちはわからんでもないが。
「今日の二番手の人。ブライカンって言ったかな」
「すげー声でかかったな。マイク使ってんのかと思ったわ」
「今度、俺らも筋トレ始めようぜ」
「は? 何で」
「筋肉は裏切らないらしいからさ」
「嫌だよめんどくせー」
あぁ、やっぱりこの感じが落ち着く。
「ねぇねぇ! もうすごい人並んでるよ!」
みはるんが興奮気味に戻ってきた。
「ライブのハウスの前、多分50人くらいは来てた」
「そんなに? 開場前なのに、みんな気が早ぇな。あ、みはるん偵察ありがとね」
「当然だよ。京くんの役に立てるなら、私何だってやるからね!」
「みはるん……」
「京くん……」
「あの、それ他所でやってもらえます?」
この二人、バカップルっぷりが冷める気配がない。仲が良いのは良いことだが。
「でもまぁ、いいことじゃん。今日の対バンの人たちにとってもメリットになるだろうし」
「んだな。恩を売っとこうぜ」
本当はリハの時に嫌味を言ってくる相手にメリットなんて与えたくないのだが、そこは寛大な心を持つことにしよう。そもそも、今日たくさんのお客さんが来ること自体、自分たちの手柄と言えるか微妙なところなのだから。
「はーい、それじゃあこれから顔合わせ始めまーす」
斎藤さんがいつものように皆を呼び集めた。背伸びをしながら腕をまっすぐに伸ばしたその姿は、やはり教育テレビ感がある。
「えっと、すでに皆さんご存知かもしれませんが、今日はなんだかすごいことになってます。多数のお客さんが来ると思いますが、トラブルが無いよう、協力していきましょ~」
「おう、まかせとけ!」
他のバンドがただ頷く中、例のブライカンの人だけは大きな声で返事をしていた。うん、やっぱり悪い人じゃないな。
そして今日の一番手である「
「はい、それじゃあ今日もよろしくお願いします! まもなく開場でーす」
玲と琴さんは、また引き籠るため控室へと戻っていく。開場までは俺たちも控室にいることにした。
「ねぇ君たち」
何でもない雑談をしていたところ、βエンドルフィンのメンバーに声を掛けられた。こいつ、さっき嫌味を言ってきたやつじゃないか。
「あんま調子乗んない方が良いよ。さっきの感じじゃ、恥かくだけだから」
これはあれだ。さっきの玲の爽やかな宣戦布告とはまったく異質のもの。完全に喧嘩を吹っかけてきている。ニヤけた顔が、こちらの苛立ちを増長していた。
「何だ……」
俺と京太郎が立ち上がろうとしたところ、琴さんが俺たちの肩に手を置いて諫めた。
「お気遣いどうもね。痛み入るわぁ」
琴さんがやんわりと言葉を返す。βエンドルフィンのメンバーは、上手くこちらを挑発できなかったことが気にくわなかったのか、ニヤけ顔をしかめて控室を出ようとした。
「そちらさんも」
相手が振り向くと、琴さんは余裕たっぷりに言い放つ。
「ウチらの
「な……ッ!」
顔を真っ赤にしながらも、何も言い返せずに相手は出ていった。
「琴さん」
「なんや」
「めっちゃかっこいいっす」
危うく惚れるところだった。琴さんが味方で本当に良かったと実感する。
そもそも、一番手のバンドはリハーサル時のセッティングをステージに残せるので、控室に来る理由があまりない。他のメンバーが来ていないところからも、多分あいつはただ俺たちを挑発するためだけにここに来たのだろう。そこを見事に返り討ちにされたわけだ。ざまあない。
「あんなくだらんのにかまってられんわ」
「そうですね。今は自分たちのことに集中しましょう」
玲もナチュラルに相手を「くだらない」とディスっていることに可笑しさを感じ、俺は笑ってしまった。
そして18時。
ライブハウスが開場し、並んでいたお客さんがホール内に流れ込んでくる。玲と琴さんを控室に残し、物販スペースでお客さんの入り状況を眺めていたが、どうにも現実感が湧かなかった。
男、女、男、男、男、男、女、男、男……
次から次へとステージ前に向けて歩みを進める人、人。人。そのほとんどが、自分たちを、cream eyesを身に来ているという事実。
やはりというべきか、殆どが男性客だ。きっと皆、「可愛い女の子がいるバンド」を目当てに来たのだろう。
この中に、俺たちの音楽を聴きに来てくれた人はどのくらいいるのだろうか。全力でライブをするだけだと覚悟を決めてきたはずなのに、それでも不安が拭い切れない。確固たる自信が持てない。
でも、その理由は最初からわかっていた。だって、俺たちには圧倒的に積み重ねによる経験が足りないのだから。今回のこの動員は、ラッキーパンチみたいなものだ。
一番手のβエンドルフィンがステージに上がる直前、早くもフロアには100人ほどのお客さんが詰めかけていた。
「すげー」
京太郎はジンジャエールを片手に呟いた。
「これ、殆どが俺らを見に来たんだよな」
「多分」
「すげーわ」
「おい文学部、もうちょい気の利いた台詞は言えないのか」
「って言うかさ、俺たちここにいるのに、全員スルーってのもやばくね?」
「確かーに」
一人くらいは俺たちに声を掛けてくれてもよさそうなものだが。SNS上での反応をリアルでも見ているみたいな気分になってくる。お客様方、野郎にはご興味が無いらしい。
「その方が気楽でいいかもしれないけどさ」
「なぁ、京太郎」
「ん?」
「お前、何でギター始めたの?」
「は?」
「何となく気になって」
「それ、今する質問か?」
ごもっとも。でも、今聞いておきたかった。
「何で、って。そりゃモテたかったからだろ」
隣のみはるんが怖い目でこっちを見ているが、京太郎は気付く様子が無い。だがまぁ、男がバンドを始める理由なんて大方これだろう。俺だってそうだ。最初から、何かを表現したいとか、世界に訴えたいものがあるとか、そんな考えで始める奴の方が極々稀だ。
「で、モテたか?」
「ぜーんぜん。いや、そうでもないか」
睨んでいたみはるんの方に京太郎が視線をやると、みはるんの表情が一気に緩んだ。
「みはるんが、ライブを見てかっこいいって言ってくれたからな」
「もう、京くんは私にモテてれば十分でしょ!」
「はいはい、お腹いっぱいです」
本当に仲がいいな、この二人は。
「でもさ、それじゃあ京太郎が今でもバンドをやる理由って何なの? モテたいって願望は、もう叶ってるわけじゃん」
「お前、何馬鹿なこと言ってんだよ」
そう、馬鹿げた質問だ。何せ、答えはわかりきっているんだから。だけど、今はそれをしっかりと口に出して言ってほしかった。一緒にステージに立つ仲間が、同じ気持ちでいることを確認したかったのだ。我ながら、何と女々しいことを考えているんだろうと思うが。
「音楽が好きだからに決まってんだろ」
俺たちには経験が足りない。でも、経験なんて別に無くても良かったのかもしれない。
音楽が好きだ。
それは、誰かと競い合うものじゃない。ただ、純粋に思う気持ち。故に強く、揺るがない。それだけではダメなんだと悩んだ時期もあったが、結局はここに回帰するのだ。
俺たちは、俺たちの奏でる音楽が好きなんだ。そして、「ほら、最高だろう?」って、それを誰かに押し付けたいのだ。それが認められると楽しくて、嬉しくてたまらないから。そのために、全員が惜しまず努力をしてきた。
だから、経験が無くても大丈夫。
「だよな!」
もう、迷いは無くなった。
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