第70話 蕾は膨らみ牡丹となりて、火花を散らす松葉は頭を垂れる柳に変わり、最後は散りゆく菊になる

 ライブも終わり、合宿もあとは打ち上げを残すのみ。ではない。夏、海と条件が揃えば、このイベントを逃す手はないだろう。


「それでは夏合宿恒例、花火大会を始めます!」


「おおおおおおお!!」


 花火大会と言っても、使用されるのはホームセンターで購入した市販の花火。手持ち花火がメインのささやかなものではあるが、箸が転んでもおかしい大学生にとっては十分楽しむことが可能だ。


「いくぞ! リ○ーム、イレイザーガン!!」


 噴出するドラゴン花火を口にくわえる無謀な男。


「私、これが一番好きなんだよね。うふふふ」


 蛇花火(う○こ花火)をひたすら眺めて笑う女。


「焼き討ちじゃー!!」


「殿中でござる!!」


 ロケット花火で合戦ごっこを始める奴ら。これはマジで危険なので真似しないでほしい。


 この通り、テンション次第でいくらでも楽しめてしまうのが大学生という生き物だ。


「朔ちーん、写真撮って~!」


 奈々子さんを中心とした女子数人が、スマートホンをカメラモードにして集まってきた。


「良いですよ。はい、それじゃあいきますねー」


「ちょっとちょっと! まだだから! ちゃんとタイミングあるから!」


「何ですか、タイミングって」


「いいから。奈々子がせーの、って言ったらシャッター押してよね」


「わかりました」


 奈々子さんたちは俺から少し離れた場所に並んで、それぞれ手持ちの花火に火をつけた。


「それじゃあ朔ちん、いくよー。せーっの!」


 女子二人が3組横並びになり、それぞれのペアが花火をぐるりと宙で半回転させると、吹き出す火花の軌跡が綺麗なハートを描いた。俺は指示通り掛け声に合わせてシャッターを切る。


「上手く撮れたー?」


「奈々子さん! 出てる! 花火まだついてる! 危な……熱ぅい!」


 奈々子さんが火のついた花火を手にしたまま近づいてきたので、俺は避けきれずにサンダルの爪先に被弾した。サラダボウルの花火大会民度低いなおい!


「メンゴメンゴー。大丈夫?」


「まぁ、火傷とかはしてないみたいですけど……」


「よかった~。それよりさ、写真どう?」


「それよりって酷いな……自分で確かめてくださいよ」


 奈々子さんに預かっていたスマートホンを手渡すと、一緒に写真を撮った女子も集まって画面を覗き込んでいた。


「も~、全然ハートになってないじゃん! 朔ちん、もう一回!」


「えぇ……」


「こんなんじゃ全然えないっしょ! せっかくの花火なんだから」


「あ、はい」


 どうやら彼女たちにとっては、SNS映えする写真を投稿することは至上命題らしい。俺はその後、奈々子さんたちが満足するまで10回以上写真を撮らされた。用意されていた手持ち花火は、そのほとんどがなくなっていた。


「俺まだ全然やってないのに……」


「ようやく解放されたか」


 その手に4本の線香花火を持って、京太郎が立っていた。玲と琴さんも一緒だった。


「大変やったねぇ。奈々子のあれ、断ってもええんやで?」


「まぁ、暇でしたから」


「朔さん、あんまり花火好きじゃないんですか?」


「いや、そういうわけじゃないけど」


「とりあえずさ、これやろうぜ。定番だろ。誰が一番線香花火をもたせられるか勝負」


「罰ゲームはどないすんの」


「え、別に罰ゲームとかいらなくないっすか」


「何や、張り合いないわぁ」


「琴さん、もうちょっと情緒というヤツをですね……」


 琴さんと京太郎のやりとりを聞いて、玲はクスクス笑っていた。


「やっぱいいですね。この4人」


「だな」


 俺は砂浜に蝋燭を立てて火をつけた。それを4人で取り囲む。


「それじゃあいきますか。せーの」


 一斉に花火を火にかざすと、パチパチと音を立てて控えめな光が生まれた。


「線香花火って、人生に例えられますよね」


「あ、それ聞いたことあるかも」


「あれやろ、蕾が膨らんで牡丹になって、火花を散らす松葉からこうべを垂れる柳になって、最後は散りゆく菊になる。その線香花火の作りが、人が成長して衰えて死ぬまでを表してるってやつやね」


「へ~、花に例えると何かお洒落っぽいっすね。もう一回教えてもらっていいっすか」


「自分で調べえや。面倒くさい」


「別に良いじゃないっすか、減るもんじゃ……ってあぁ!」


 最初の脱落者は京太郎だ。先の琴さんの言葉を借りるなら、「松葉」の直後に息絶えたことになる。


「あんた、早死にやんな」


「良いんです~。太く短く生きるのがロックでしょ。俺はきっと27歳で死にますから」


「そんな! 師匠、長生きしましょうよ! みはるんさんも悲しみますよ!」


「だってさ、京太郎」


「うぐぐ……まぁ、積極的に死ぬ気は無いから安心して」


 ちなみになぜ27歳かというと、その歳で亡くなっている伝説的なミュージシャンが多いからだ。「27クラブ」なんてものまである。日本でやったら、不謹慎だと叩かれそうだが。そういえば、Rolling Cradleの新藤 アキラが自殺したのも27歳だったな。


「ほんじゃ、みんなの分の飲みもん買っといてな。ウチはビールでええわ」


「じゃあ俺もビールで」


「私もビールで」


「玲はまだダメだろ」


「バレましたか……それじゃオレンジジュースでお願いします」


「いやいや待て待て。何みんなしてナチュラルにパシろうとしてんの? しかも俺に奢らせる気満々じゃん」


「え、だって京太郎負けたやん」


「罰ゲームは無しって言いましたよね!?」


「そんなん言うたかなぁ」


「あはははは。あ」


 笑った振動で、俺の線香花火も落ちてしまった。火球が砂浜に小さな穴を開けて、はかない音と共に消えていく。線香花火が人生だと言うなら、最後の瞬間もこんな風に笑っていたいものだ。


「玲ちゃんと琴さんの一騎打ちか。解説の朔さん、見どころはどこでしょう?」


「そうですね。二人ともすでに”柳”の後半に差し掛かっています。どちらも安定していて膠着状態ですね。決め手はおそらくどちらかの奇襲か……おおっと! ここで突然の海風だぁ!」


「あ!」


 風は玲の背中側から吹いていた。琴さんの花火が、風の影響を受けて一瞬火球が大きくなる。落ちることはなかったものの、そのまま燃え尽き消えてしまった。


「勝者、玲ちゃん!」


「やったー!」


 玲の花火は、最後の”散り菊”までしっかりと人生を全うし、その光を閉ざした。


「やっぱりcream eyesで一番のは玲なんだな」


「そんなことないですよ。たまたまです」


「勝てると思うたんやけどなぁ……油断したわ」


「あ、この人わりとガチで悔しがってる」


「線香花火のこと詳しかったもんな」


「あはは、琴さん負けず嫌いですもんね」


「玲ちゃんには言われたくないわ」


 4人の笑い声が星空に吸い込まれていく。見上げた先には天の川。肝試しの夜と変わらない、美しい空だった。自分にもっと教養があれば、どれが石炭袋だとか、この空を見て気の利いた台詞のひとつでも言えたかもしれないのに。


「次のライブ、楽しみですね」


 玲はただ一言そう言った。色々な感情を抱えて。


「そうだな。あぁ、そうだ。楽しみだ!」


「最高に楽しんでやろう!」


「せやな」


 その時、ドンッ、と後ろの方で大きな音がした。今日の花火の中では最大の打ち上げタイプ、赤丸の中に「魔」の文字が描かれたパッケージが目を引く、その名も「激烈光弾」が放たれたようだ。これの製作者、絶対に「魔空包囲弾」も作ってると思う。


「みんな、一回集まって~」


 ケンさんが全員を集める。これから行われることも、夏合宿恒例の行事だ。


「それでは、新しい幹部の発表をします」


 現会長から新会長への引継ぎ式。そして、新会長による幹部発表だ。


「サラダボウルの新会長は……」


 ケンさんによる指名で、二年生のコウちゃんこと東海林しょうじ 公太こうたが選出されると、大きな拍手が送られた。俺たちの代では一番のしっかり者なので、何の異論もない人選だ。そして、コウちゃんは副会長、会計を次々と指名していく。


「では次に音響担当ですが、これは彩ちゃんと設楽したらと、朔と京太郎にやってもらおうと思います」


「え、マジ!?」


 サラダボウルの幹部の中で、ライブ時のPA等をメインで仕切る役職だ。自分はどうせヒラだろうと高を括っていたので、素で驚いた。


「幹部就任おめでとうございます」


「お、おう」


「まぁ、気楽にやりなはれ。ウチも音響担当やったけど、大した仕事は無かったから」


「琴さん音響担当だったんですか!?」


 初耳だ。琴さんがライブでPAやってる姿なんて見たことがない。本当に大した仕事が無かったのか、甚だ疑問が残る。


「何やその顔は」


「何でもないです」


 でもまぁ、四人もいるのだから一人当たりの負担はそう大きくはならないだろう。


 新幹部の発表を終え、合宿最後の飲み会が盛大に行われた。その乾杯の音頭の中で、新幹部一同はスピリタスのショットを飲み干す羽目になった。こんな危険な代物、一体誰が用意したのか。


「……っっかぁあぁあああああ」


 一撃で喉を焼かれ、何日も砂漠を彷徨さまよったかのように水を求める幹部たちの姿を見て、みんなが笑っていた。歌い出したり踊り出したり、男同士でキスをしだす奴がいたり、交際宣言をぶち上げる男女がいたり……はたから見れば地獄絵図にも見える飲み会だったが、寝たい人はさっさと部屋に戻って寝るし、そこには何の強制もない。そこにいる誰もが、望んでこの地獄にいるのだ。


 これが大学生サークルの夏合宿だ。他は知らないけど、どこも大体こんな感じなんだろう。


 翌日の帰りのバスの中、二日酔いと車酔いのダブルパンチで、俺が真の地獄を見たことは言うまでもない。


 こうして、サラダボウルの夏合宿は終了した。家に帰るまでが合宿だというのなら、便器を抱きしめた俺の合宿だけは延長戦に突入していたのだが。

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