第60話 漢の闘い
問. 合宿所(海まで徒歩5分)に着いたら最初に何をしますか。
解. 泳ぎます。
「うぉおおおおおおおおぃいやっふぅうううう!!」
「痛ってぇえええええええ!!」
歓声はすぐさま悲鳴へと変わる。凪いだ海に現れる悪魔のような存在、ちんくい虫の仕業だ。二年生以上はすでに経験済みなのだが、わかっていてもなお海に飛び込む衝動には抗えないのだ。
「肌が弱い人は早めに上がりなよ~」
いち早く砂浜へと引き上げたケンさんが忠告をする。冷静な会長でさえも、海に飛び込んでいるあたり海の魔力は計り知れない。
「女子は? 女子はなんで来ないんすか!?」
「落ち着け秀司。例年女子は海に入らないんだよ」
「何……だと……?」
「お前みたいなやつに水着姿を晒すのが嫌なんだろう」
「そんな……そんなことってあります!? だってここ海ですよ? しかも夏ですよ? え、海に入らない? そんなこと……そんなこと許されない!!」
「落ち着け」
秀司の気持ちはわかる。痛い程わかる。俺だって一年生の時はそう思っていた。だが、現実は非情なのだ。俺たちはあくまでバンドサークルの合宿でここに来ている。女子たちが海に入ることを拒んだとしても、それを非難する理由などひとつも無いのだ。
「神は、いない……」
「なんかお前京太郎みたいになってきたな」
「京太郎さんマジでありえないっすよ! なんすか彼女って!」
「俺を呼んだか?」
俺たちが振り返ると、京太郎が腕を組んで立っていた。白のブーメランパンツに水中メガネを装着し、日焼けの無い真っ白でガリガリの体は率直に言って気持ち悪かった。
「キモいなぁ」
「しみじみ言うな」
「何すか京太郎さん、独り身の俺らを笑いに来たんすか」
「そんな訳ないだろ。いくら彼女が出来たからって、女子の水着が見たいという思いは俺も変わらない。同志と思ってくれていい」
「そんなん聞かれたらみはるんに殺されるんじゃね?」
「聞かれたら、な」
「朔さん、京太郎さんの彼女の連絡先知らないっすか。俺、リークしますんで」
「残念ながら俺も知らん」
京太郎は不敵な笑みを浮かべている。秀司はともかく、今後もみはるんと接触する機会のある俺にそんな話をするリスクを理解していないのだろうか。
「おやおや、君たち。そんな態度を取っていていいのかな?」
「どういう意味っすか」
「この世の中は、情報こそが力だということだよ」
「……詳しく聞かせてもらおうか」
俺たちは一度海から上がり、小さな車座を作って顔を突き合わせた。
「今から話す内容について、俺たちだけの秘密にすると誓えるか?」
「そんなにヤバい情報なのか?」
「ヤバくはない。ただ、俺たちの目的を達成するためには少人数の方が都合が良いのさ。人数が増えると、その分失敗のリスクが高くなる」
「わかった。誓おう。秀司もそれでいいよな」
「わかりました。俺も誓います。決して口外しません」
「オーケーだ」
そう言うと、京太郎は一枚の手書きの地図を取り出した。
「いいか、今俺たちがいる浜辺がこの位置だ。そしてここから少し離れたこの位置。ここにテトラポッドと防風林に囲まれて、外からは見えなくなっているビーチがある」
「俺たちから死角になっているビーチ……まさか……ッ!」
「何すか朔さん。俺にも教えてください!」
「いいか、秀司。サラダボウルの合宿において、初日に男たちが海に飛び込むことは恒例行事となっている。だが、女子たちは水着姿を見られるのが恥ずかしいという理由で、これには参加してこなかった。それを咎める男もいなかったしな。だが、このことに対して女子たちの間で不満が高まっていたのさ。“私たちだって海で遊びたい”ってな」
「あっ……あぁ!」
「ある時、女子たちは気づいたんだ。この浜辺のすぐ近くに、男たちから死角になるプライベートビーチ的な場所があることに……! あとは、わかるな……?」
俺と秀司は顔を見合わせて頷いた。そしてユニゾンした。
「このビーチに、水着の女子がいる!!」
ミッションは課せられた。夏色小町を網膜に焼き付けよ、と。この瞬間、俺たちは
「まずはロケーションの確認だ。このビーチの中を覗ける場所を確認するぞ」
「了解」
「さっきも言ったように、ビーチはブロックと木に囲まれているが、そこを抜けた場所は開けていて、男が入り込んでいればすぐに見つかってしまう」
「防風林の中から覗くことはできないんすか?」
「難しいだろうな。防風林の中からじゃ木が邪魔でビーチの様子がよく見えない。ビーチ全体が見渡せるような場所は、すなわちビーチからも丸見えの場所ということになる」
「じゃあどうすれば……」
「狙い目はここだ」
京太郎は地図に丸をつけた。それは女子がいるはずのビーチの一角だった。
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「こんな所、それこそ丸見えじゃないか。何かあるのか?」
「あぁ。ここには撤去前の海の家がある。立ち入り禁止になってるから、女子たちは近づかないだろう」
「立ち入り禁止なら俺らも入れないじゃん」
「お前学級委員? そのぐらいのリスクを負えない奴が、メリットだけ享受しようだなんて甘いんだよ」
「え、やだ。京太郎さんかっこいい……」
秀司は陥落した。18歳男子のリビドーは、立ち入り禁止のバリケード程度で防げるものではないのだ。だが、俺は紳士である。
「京太郎」
「ん?」
「舐めてもらっちゃ困る」
紳士たるもの、浜辺の
「お前ならそう言うと思ったぜ」
「朔さん、必ず成功させましょう」
三人でがっしりと握手を交わした。契りの杯でも交わしたい気分だったが、今は作戦立案を優先しよう。
「女子たちは見つからないように、男たちが全員海に入ったのを確認してから時間差でビーチへ向かう計画だ。だから今は宿の2階から俺たちの動向を観察しているはず。下手に動けば、俺たちが女子の計画に気づいていることがバレてしまう。だから今も、できるだけただじゃれ合ってる風を装うんだ」
「なるほど。先に海の家に入ってしまえば良いと思ってましたけど、そう単純じゃないんですね」
この指揮官、なんという頼もしさだろうか。冷静と情熱の間でしたたかさを
「作戦を伝えるぞ。今から秀司にはコンビニに買い出しに行ってもらう。もちろん、買い出しに行く
「了解しました」
「女子たちが出てくるのを確認したら、すぐに俺たちにスマホでメッセージを送ってくれ。それを確認次第、俺と朔は移動を開始する。その際、コンビニにいることを女子に見られないように注意しろよ。女子が移動を目撃されたら、ビーチに行く計画を断念する危険性がある」
「責任重大ですね……」
「なぁ、それだとビーチに入る入り口あたりで女子たちと鉢合わせするんじゃないか?」
女子が出るのを確認してから移動を開始していたら、どんなに急いだって俺たちがそのビーチに向かっている姿を見られてしまう可能性が高い。
「その心配はないさ。防風林を突っ切ってショートカットすればいい。女子たちが俺たちに見つからずにビーチに行くためには、コンビニ側の通路を迂回していくしかないからな。防風林を通っていけば女子のルートと交わる箇所が無い」
「なるほど。それなら女子が移動した後でも先に海の家に辿り着けるってわけだな」
「俺も女子が通り過ぎた後に、京太郎さんたちを追っかけて防風林を突っ切れば良いってことですね」
「そういうことだ」
京太郎は一体いつからこの計画を企んでいたのか。周到に練られた計画には穴が見当たらない。俺は初めて、この男を心の底から尊敬した。
「ふたりとも、作戦は頭に入ったな?」
「おう」
「バッチリっす!」
「オーケー。それじゃあ……」
京太郎は手にしていた地図にライターで火をつけた。特務機関ばりの証拠隠滅。どこまでも抜かりの無い男だ。
「ミッションスタート!」
俺と京太郎は何食わぬ顔で海に戻り、秀司はわざとらしく財布を手にしてコンビニへと向かった。ほどなくして、京太郎のスマートホンにメッセージが届いた。
「女子たちが移動を始めました!」
入念にストレッチを行う。ここからは時間との勝負だ。
「そろそろ行くか……」
「あぁ、そうだな」
それ以上の言葉は必要無い。京太郎は秀司にGOサインのメッセージを送った。それと同時に、俺たちは全力で走り出す。
砂浜の上は足を取られて走りづらかった。秀司と合流し防風林に入ると、細かい木の枝が皮膚を切り裂くようにぶつかってきた。それでも、俺たちには止まれない理由があった。
「まさか本当に来るとはね……」
「なっ……!?」
そんな俺たちの前に、そこにいるはずのない人物が立ちはだかった。
「ど、どうして! どうしてあなたがここに!?」
俺は混乱していた。京太郎の作戦が漏洩していたのか? それとも、秀司が裏切ったのか? いや、ありえない。そうだとしても、対処する時間なんて無かったはずだ。そもそも、ビーチに行く計画は、女子たちが男子に秘密で考えたもののはずだ。
「最初に話を聞いた時は、まさかと思ったよ。いくらなんでもそんなことあるはずないってね。でも本当にここに現れた以上、お前たちを通すわけにはいかない。そのために
「ケンさん! 何であなたがここにいるんだ!!」
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