第32話 ひとりの時間とHigh Time

 cream eyesの初ライブは、6月28日の月曜日に決定した。琴さんに確認したところ、会場は下北沢のSILVETシルベットというライブハウスらしい。昨年オープンしたばかりのライブハウスで、ホームページを見る限り、かなり綺麗な会場だ。


「おもろいバンドが出る日らしいで」


 琴さんがそう言っていたので、6月のスケジュールをチェックしてみる。28日の出演者には、既にcream eyesの名前が載っていた。仕事が早い。


「他の出演バンドは、と」


 ホームページに載っていたバンド名は、Walter's Gardenウォルターズ・ガーデン、ビヨンド・THE・100万石、ハーレム・キング、逆流する頸静脈、そしてcream eyes。


「……何か一組、色物っぽいのがいるな」


 どれも知らないバンド名だったが、ブッキングの人が言う「面白い」とはどういう意味なのか。色物と言う意味であれば、おそらくこの「ビヨンド・THE・100万石」一択なのだが。着物とか着て出てきそうだし。どのバンドもホームページなどは無かったため、それ以上の詳細は追えなかった。

 まぁ、わからないことをこれ以上考えても仕方ない。それに今は、他のバンドのことより自分たちのことを考えなければ。何せ1ヶ月でライブができるだけの曲を作らなければならないのだから。


 思い返してみても無理のあるスケジュールだ。ライブの持ち時間は、セッティング10分、本番30分。5~6曲コピーしろと言われたって、バンドで十分なクオリティを得るためには1ヶ月くらいの期間が欲しい。それを、曲をゼロから作るところから始めるなんて、少なくとも初心者のいるバンドがやることではない。

 とは言っても、決まったものは仕方がない。京太郎はもう1曲持ってきたのだから、俺も負けてはいられない。


「よし、やるか」


 俺は壁に立て掛けていたケースからギターを取り出した。最初の頃こそコードの一つも弾けなかったギターだが、今は違う。作曲をするには、ベースよりもギターの方がやりやすいのだ。個人的に。

 色々なコードを組み合わせてみた。玲が歌うなら、どんな感じが良いだろうか。リズムは、ここでブレイクを入れて、ここは裏打ちにして、いや16ビートの方が良いかな。そんな試行錯誤を、睡魔に打ち負かされるまで繰り返す。

 一人で弾くエレキギターは、いつもなら寂しいものなのだが、この夜はただひたすらに楽しかった。


 翌日のスタジオ練習、今回は遅刻魔も定刻に顔を出した。


「鬼軍曹にしばかれるのも、金を多く払うのも嫌だからな」


 そんな風にうそぶく。


 この日は、先日京太郎が持ち込んだ曲を煮詰めていった。打ち込みの味気ないドラム音が、琴さんの手で生きた音に変換されていく。まるで別の曲になったかのように、音楽が生き生きとしていた。

 玲はまだコードを覚えきれていなかったようで、ノートに歌詞とコードを書いて、譜面台の上に置いていた。作詞と同時進行なのだから、大変だろうと思う。それでも、玲は楽しそうだった。


「自分たちで音楽を作り出すって、こんなにワクワクするんですね」 


 初めて作詞した曲のタイトルを「Beautiful」と名付けたらしい。その足元には、いつのまにか二つもエフェクターが増えている。


「こういう音が出したいって師匠に相談したら、色々オススメを教えてくれて。自分でも調べて、この前また御茶ノ水に行ってきたんです」


「一人で行ったの?」


「はい」


 逞しくなったものだ。初めて楽器屋に行ったとき、オーバードライブが何なのかわからず、顔を赤くしていた玲が。たった1ヶ月で、一人でディストーションとディレイを買い揃えてくるなんて。


「ちなみに、俺のオススメは採用されませんでした」


 師匠は少し拗ねていた。


「だって、師匠がオススメするやつ高いんですもん」


 後で話を聞いてみたら、京太郎がオススメした商品は所謂ブティック系と呼ばれる高価なもので、1台3万円以上する代物だった。まぁ、そのうちそういうのが欲しくなるかもしれないね。


「なぁ、サビ終わりのところで」


 そう言って、琴さんがドラムのフィルを鳴らして見せた。


「こんな感じのキメを入れたらええんちゃうかな」


「あ、かっこいいっすね」


「も、もう一回お願いします!」


 玲のリクエストに応え、琴さんはもう一度フィルを鳴らす。少し複雑なリズムが含まれていため、玲は戸惑ったようだ。


「えーっとね、ギターでやるとこんな感じかな」


 京太郎が弟子の玲に指導を施す。弟子は、一生懸命に師匠の手元を真似していた。


 皆からアイディアが湧いてくる。練習時間に余裕を残して、cream eyesの記念すべきオリジナル一曲目「Beautiful」は、その大枠が完成した。


「だから言ったやろ、何とかなるって」


「順調すぎて逆に怖いんですけど」


「順調怖い。順調怖いわ~」


「饅頭怖いみたいですね。順調怖い」


 一通り形になったところで、Beautifulについてはひと段落とし、次の曲について話をはじめた。


「じゃあ次の曲を……」


 男二人の声が揃った。なんと、京太郎が早くも2曲目を作ってきていたのだ。


「朔も作ってきてたのか。じゃあ次は朔の曲をやってみようぜ」


「お前、もう新しい曲できたの? 早くね?」


「あと3曲、とりあえず作ってある」


「マジかよ!」


 驚いた。この短期間で4曲も作ってくるとは。京太郎はオリジナルバンドを組むのは初めてのはずだが、こんなにも作曲スピードが早かったのか。


「新歓ライブの前から書き溜めてたからな」


 cream eyesが正式に発足する前から、京太郎は曲を作り始めていたということか。京太郎が、そんなにも早い段階から、このバンドに本気で取り組んでくれていたことが嬉しかった。


「とりあえず、俺が作った曲と京太郎が作った曲、デモを全部聞いてみよう。そんで、どの曲から手を付けるか考えよう」


 俺と京太郎はそれぞれポータブルオーディオをスタジオのミキサーにつなぎ、デモ曲を流した。俺の作った曲はミドルテンポのロックナンバー、京太郎の3曲は、Beautifulよりもさらにアップテンポな曲、ミドルテンポの曲、そしてとても静かで美しいスローナンバーだった。


「このスローナンバー、雰囲気めっちゃええけど、うまく形にするのは時間かかりそうやな」


「一番最近作った曲です。玲ちゃんが歌うところをイメージして、こういうのやってみたいなって」


「俺もこの曲好きだな。でも、たしかに難しそう」


「ほんと、すごく雰囲気のある曲ですね。歌詞とメロディをどうしようか、むむぅ……」


 そうこうしているうちに、部屋にあるランプが点滅を始める。時間終了の合図だ。


「二人とも、曲のデータ送っといてな。ほんで、どの曲から手を付けるかは、この後また相談しよ」


「そっすね。とりあえず片付けなきゃ」


 3時間の練習が、あっという間に終わってしまった。荷物をまとめてスタジオのロビーに戻った俺たちは、これからどう練習を進めていくのか話し合った。その結果、次は俺の作った曲に取り組むことになった。京太郎の作ったスローナンバーは、もう少し京太郎に作りこんでもらってから取り組むということで、意見が一致した。


「うっし、じゃあ次の練習は来週の月曜日ってことで」


「ひぃ~、バイト頑張らなきゃですね」


 1回のスタジオ代は、曜日や時間帯にもよるが、3時間で6,000円~9,000円。4人で割ると1,500円~2,300円程度。初ライブまでの間、俺たちは週3回のペースでスタジオに入る計画を立てていた。大体週6,000円、月25,000円程度の出費だが、学生にとっては結構な痛手だ。


「そういえば、玲ってなんのバイトしてんの?」


「焼肉屋に受かったんですよ~。まかないが美味しいんです! 石焼きビビンバとか!」


「お、おう。そりゃ良かった」


「朔さんは中華屋さんですよね? それもいいな~。レバニラとか食べれるんですか?」


「玲ちゃん、いつから食いしん坊キャラになったんや」


 嫌いなはずのバイトすら、今は苦に思わない。それが、この先に繋がっていると疑わなかったから。すべてが順調に進んでいると思えたから。

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