第8話 スモール・トーク

「この前はお疲れ様でした。サークルやバンドについて話をしたいので、夕方4時に談話室5に来てもらえますか?」


 土日の間に悩みに悩んで、玲にメッセージを送った。はちゃめちゃなかたちではあったが、誘った手前、謝罪するのはおかしい。あまりへりくだり過ぎるのも、自信のないものに誘ったと思われるかもしれない。


「わかりました! 楽しみにしてますね!」


 笑顔の絵文字と共に、玲から返事が返ってきた。ほっと胸を撫で下ろす。現在時刻は15時。約束の時間まで、まだ余裕がある。


 談話室とは、大学に設置されたフリースペースの様なもので、友達同士やサークル仲間で集まる溜まり場として使われている。談話室5はサラダの定位置だ。どの時間に行っても、誰かしらがそこにいる。授業の合間に来る者、自主休講の名の下に訪れる者、授業に一つも出ずに一日中入り浸る者など様々だ。俺と琴さん、京太郎の三人は、そんな談話室のテーブルを囲んで、玲が来るのを待っていた。


「ゴチャゴチャ考えてた割に、えらい素っ気ない文面やねぇ。あの子もそれでよう明るく返せるもんや」


「返事こなかったらどうしようか、めっちゃビビってました……」


「まぁ来てくれる言うてるし、とりあえず待ってよか。京太郎も、もう覚悟決まったやろ?」


「ホントに俺も一緒にやるんすか?」


 京太郎はまだ煮え切らない様子だった。俺は大きく息を吐いてから、意を決して口を開く。


「俺も最初は、勢いだけでメンバー決めて良いのかなって思ったけど、今はこれしかないって思ってる。それぞれの好きな音楽、って言うか、ルーツになってる音楽って、近いようで根っこが違うじゃん? だからこそ面白いものが作れるんじゃないかって。京太郎のギターリフはめちゃくちゃセンスあるし、琴さんのドラムはとにかく見ていてカッコいい。そこにあの子の歌が加わればって考えると、なんて言うかその……ワクワクするんだよ」


「朔……お前……」


 京太郎は意外そうな顔をした。そして照れくさそうに言った。


「いつからそんな戦闘民族になったんだ……」


「おい、茶化すなよ。俺だって言ってて恥ずかしいんだから」


「わ、悪い。いや、そこまで本気だったんだな。すまん」


 少しの沈黙が流れた。京太郎は自分の両頬をパンッと叩いて見せた。


「よし、そんじゃこれからよろしく頼むよ。可愛い女の子から、黄色い声援がヒューヒュー飛んでくるような、最高のバンドにしてやろうぜ」


「ははは、それならまず、女の子とまともに話す練習から始めなきゃな」


「おう、お前こそ茶化すんじゃねーよ!」


 笑い合う俺たちを、琴さんは満足そうに眺めていた。


「琴さんはどうです? このメンバーで、本気でやっていけると思います?」


「ん? せやなぁ」


 琴さんのドラムは、サークル内でも頭一つ、いや、三つくらい抜けてレベルが高い。一昨年まで学外のメンバーと組んでいたバンドでは、事務所との契約の話まで出たそうだが、その直前で解散してしまったと聞く。琴さんが詳細を語らないのでわからないが、方向性についてメンバー同士で食い違い、バンドが空中分解したらしい。


 つまり、琴さんのドラムは今すぐにでもプロで通用するレベルなのだ。ドラムを演奏できる人間は、ギターやベースに比べると絶対数が少なく、ある程度の実力があれば引く手数多あまただ。琴さんほどの実力者ならなおさら、勧誘の話が無いわけがない。と言うか、実際インディーズの有力バンドから声をかけられている姿を、何度か見たことがある。


 そんな琴さんが、何の実績も無い俺たちと、バンドを組もうとする意図がわからなかった。


「まぁ、やってみなきゃわからんけど。二人とも良い音出すし、ウチは前から一緒にやってみたいと思っとったよ。でも、特に朔は、全然自分を出さんタイプやから、イマイチ面白みに欠けるとも思っとった」


「面白みに欠けるとか……」


「でもな、朔があないに自分を出して、何が何でもあの子を勧誘したい言うた時は、これはおもろそうやと感じたんよ。あの朔が、少なくとも、サラダにいる時に自己主張なんてしたことの無かった朔が、ウチに頭下げてお願いするなんてね。だから、ウチはあの子の歌を聞かなくても、えらいもんなんやなってわかった。それに」


「それに?」


「もう出来上がってるバンドに入るなんてつまらんし、やるなら一からやった方が楽しいに決まってるやん」


 琴さんはにっこりと笑っていた。これ以上に心強い言葉は無い。同じリズム隊であるからこそ、俺はバンドの中でのドラムの重要性を熟知している。ドラムの良し悪しは、バンドサウンドのまとまりの差に直結する。他のパートでフォローできる範囲が少ない分、シビアに演奏性を求められるパートがドラムだからだ。


「やってみて駄目ならしゃあない。ウチの見込み違いやったってことや」


「そうならないように頑張ります」


「まぁ、まだ一番肝心なところが決まってへんけどな」


 確かにそうだ。もしもこの後、玲が談話室にやってきて、やっぱりやめると言ったなら、そこですべては終わってしまう。


「なぁ、俺いない方が良いんじゃない?」


「何言ってんだ。京太郎もいなきゃダメだって」


「でもさぁ、あの子、可愛い感じだったじゃん? 大事な話するんでしょ? 俺、テンパるよ?」


「女にヒューヒュー言われたいとは何だったのか」


「まぁまぁ、京太郎もええ加減、ウチ以外の女の子とまともに話せる様にならな。リハビリやと思ってかんばりや。でないと魔法使い一直線やで」


「魔法使いは嫌だ魔法使いは嫌だ魔法使いは嫌だ」


「グ○フィンドォォオルッ!!!!!!」


「うっせーぞ2号!!」


「に、2号?」


「お前だって経験ねーだろうが!」


「ど、ど、ど、ど」


「自分ら、喧しいわ」


 三人で笑い合っていると、控えめな声が聞こえた。


「あのー」


 振り返ると、玲が立っていた。時刻は15時半。約束の時間にはまだ30分早い。


「待ちきれなくて、来ちゃいました」

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