第5話 トラ!トラ!トラ!

 琴さんは、俺と京太郎を両脇に抱えて部屋を飛び出した。


「何で俺まで!」


 京太郎の訴えが聞き入れられる筈もなく、13号室の扉が勢いよく開かれ、琴さんは叫んだ。


「たーのもーー!!!」


 俺と京太郎は青ざめていた。こんなの、道場破りかカチコミである。もちろん、部屋の中にいた女子たちはドン引きだ。


「あー、もう滅茶苦茶だよ」


 終わった。そう思うと、泣き出したい気持ちだった。京太郎は、既に死んでいるかのように動かなかった。


「あの、何なんですか!?」


 気の強そうな、ギャル風の女が琴さんに問いかけた。勇敢と言えるが、相手が悪い。琴さんは余裕綽々しゃくしゃくの表情で答える。


「いやぁ、うちの朔がちょっと話ある言うてな。そのくせウジウジしとったから、連れてきたんよ。楽しんでるとこに水を差したんは、悪かったね」


 マジか。この人マジか。一肌脱ぐとか言って、まるっきりノープランじゃないか。


「話ってなんですか」


「まぁまぁ、悪いようにはせんから」


 もうだいぶ悪いようになっている。ギャルは明らかに機嫌が悪そうだし、それを囲む他の女子たちからも、強烈な敵意を感じる。一触即発といった、緊迫した空気が流れていた。

 だがそれは当然のことだ。いきなり見知らぬ女が、両脇に見知らぬ男を抱えて乱入してきたのだ。手放しで出迎える奴がいるとしたら、そっちの方がどうかしている。


「で、朔。さっき言うてたんはどの子?」


 そんなピリピリとした空気をものともせず、琴さんは話を進める。俺は、もうどうにでもなれと思った。


「えっと……あの子、です」


 震える指で、先刻歌っていた少女を指差す。

 かわいそうに、少女は怯えきって、完全に目を伏せてしまっている。少女の隣に座っていた活発そうな少女が、心配そうにその顔を覗き込んだ。


れいちゃん、大丈夫?」


項垂うなだれたままの少女の肩が、軽く揺すられた。


「……って、この子寝てる? この状況で? マジ?」


 活発少女が、驚きの声を上げる。怯えて目を伏せていたのではない。スヤスヤと、心地よさそうな寝息を立てて眠っていた。


「あっははは! おもろい子やねぇ。朔、あんたの見立ては正しかったかもね」


 琴さんの爆笑が響く。


「その子、ちょっと借りてええ?」


 琴さんはずかずかと部屋の中に入り込み、玲と呼ばれた少女の前まで詰め寄る。


「ちょっとちょっと! 良いわけないでしょ! ホントなんなの!? 誰か、店員さん呼んで!」


 活発少女が、玲を守るように覆いかぶさる。何だかもう、完全にこちらが悪者で、彼女たちは魔王からか弱き少女を守る騎士ナイトのようだ。


「ほら、朔。あんたも何か言うたって」


「え? え~と、何かすんません」


「なんやねん、それ」


 こんな混沌カオスな場で何を言えばいいのか、何が正解なのか、そんなことは分からない。わかる訳がない。


「ん、う~ん、むにゃむにゃ」


「あ、起きた」


 目を覚ました玲は、周りをきょろきょろと見回して、小さな口を開いた。


「すいません、寝てました。みなさん、何してるんです?」


 やんわりとした声で周りに尋ねる。目の前に立つ琴さんに気付くと「わぁッ」と小さな声を上げた。何とも牧歌的なリアクションに、周囲の緊迫した空気が緩む。


「あれ、さっきの人」


 琴さんの脇に抱えられた、俺と玲の目が合った。


「あ、どーも」


 その姿勢のまま軽く会釈をする。間抜けな絵面だ。


 だが、これはチャンスだ。何だかわからないが、チャンスのポニーテールが見えた気がした。あれ、ツインテールだっけ? もみあげ? 何でもいい。とにかく、それを掴まなければ……!


「あの、俺、一ノ瀬 朔って言います。君はK大生?」


「え、あ、はい」


「よかったら、うちのサークルでバンドやりませんか?」


 駆け引きも何もない、直球すぎるアプローチ。もうやけくそだった。


「バンドって、音楽のバンドですか?」


 まともな返答が返ってきた。いや、この場合、まともに会話をすることがまともな反応なのかは分からない。この子、状況わかってるのか? だがそんなことは気にしていられない。畳み掛けるしかない。


「そ、そうそう。ギターとかドラムとかの、音楽のバンド」


「私、楽器なんて昔ピアノをちょっとやってただけなんですけど」


「大丈夫だよ! そんなの気にしなくて全然オッケー!」


「うーんどうしようかなぁ」


「わかんないことは、何でも教えてあげるから!」


「ホントですか? じゃあやります」


「え?」


「え?」


 え?

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