魔術とロボティクスとハイブリッドゴーレム

サメジ部長

パイロット版

ハイブリッドゴーレムファイト・レディーゴー!



 いつものように揺れる地下鉄の通勤電車。いつものように100%を超える乗車率。席にも座れず僕は、いつものように会社に向かっていた。


 満員電車は僕たちにストレスを与え、出る人と入る人を大量に入れ替える。いつものことだけど、どうにかならないのかな。


 ぐるぐると人間が回る。そんな意味のないことを考えているうちに乗り過ごしていることに気がついた。


「すみません!降ります!!」


 精一杯声を張り上げ、折り返すためにそこの駅で降りた。降りた先は駅のはずだけど、そこは駅じゃなかった。


 周囲は石造りで薄暗く、何人かの人がいるようだった。たいまつが彼らを照らしている。現代人とは思えないファッションだ。後ろを振り向くと見慣れた電車のドア部分だけが出ていたけど、ちょうどプシューッと閉じるところだった。


 閉じたドアは消えた。すわ異世界ファンタジーか、と思う暇もなく、周囲の人間が一斉に近づいてきて僕を乱暴に組み伏せた。僕のワイシャツは乱暴にむしり取られた。


 周囲で何かが燃えている音が聞こえ続けていることに気がつく。嫌な予感がする。そういうのは大体当たるから嫌だ。僕は熱い金属の何かを押し当てられた。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ」


 熱い。叫ぶしかない。屈強な男たちに組み伏せられてはそれを振りほどくのは難しい。というよりできない。程なくして金属の何かは取り除かれたが、ただれるような熱さは取れない。何も考えられなかった。


 そこへ、僕に水がかけられた。熱いのは少し収まってきたが苦痛は続いている。周囲の人間のうち一人が口を開いた。聞いたこともない言葉だった。


「アルベッソメクトラール、エフォストラックメンブ…フォイ?」


 だが、急に彼が日本語を話しているかのように意味がわかるようになってきた。


「アズーラ、ゲフェンども上には言っているんだが、焼きごてが一番効果があるのだ。お前は栄えあるファイターとして選ばれたのだ。光栄に思え。もう一度いうが、私の言っていることがわかるか?何か言ってみろ」


 黙っているとまた痛い思いをする…僕の悪い予感は当たる。これが僕の能力だ!そんなふうに自慢してもなんにもならないけど、とりあえず日本語で返した。


「一体ここはどこですか…僕は何をされたんです…?」

「ここはゲイルローム帝国だ。お前は魔法の刻印を押され、我々の知識を少しだけ享受することに成功したのだ。こうして言葉がわかるのがその証拠だ」


 帝国。魔法。刻印。僕には意味がわかる。一般常識として記憶に出てくる。彼は続ける。


「お前には適正があるようだな。失敗するとこの魔法は廃人を生み出すこともある。お前は運がいい。よし、さあ連れて行け。次がまだ来るぞ」


 僕は屈強な男二人に長い距離を引きづられ、牢屋に入れられた。牢屋につくと、僕は魔法の刻印の跡の苦痛で意識が朦朧としてきて、しまいには気絶してしまったようだ。


 目が覚めると、やっぱり牢獄だった。電車で寝過ごしていて夢をみていたらどんなによかったか。


 刻印はもう苦痛を発していなかった。周囲を見回すと、僕と同じように気を失っているか、そうでなくても調子の悪そうな人達が独房にそれぞれ入っているのがわかる。その中で、一人だけケロっとしている女性がいるのが見えた。


 彼女はずっと僕を見ていたらしく、目が合うとニッコリと笑顔を向けてきた。


「地獄へようこそ。わたしは張寧。名前をひっくり返してお姉ちゃんって呼んでもいいよ」

「はじめまして、近藤竜太といいます」


 とりあえず名乗ってもらったから名乗ろう。


「よろしくね。あの焼きごてキツかったでしょ。教えておくけどあれよりキツいのがもっとくるから。覚悟をするなら今のうちだよ」


 張さんはひょうひょうと言い放った。どうやらここの状況に詳しそうだから、ここはひとつ、いままで抱いていた疑問をぶつけてみよう。


「あの、僕はファイターだって言われたんですけど、ここでなにかさせられるんですか?」


 彼女の笑顔は最高に嬉しそうになってる。


「あーら、ファイターって言われちゃったかあ!とすると、あなたはゴーレムに乗り込むことになるわね」


 ゴーレム。ここに来る前から知ってる。ファンタジーによく出てくるやつだ。けど、ここに来てからの知識は少し違うことを指し示している。


「搭乗型ですか…」


 ゴーレムは普通のファンタジーでは粘土で作られる使役される人形だ。だがここでは人が乗るものもゴーレムと呼ぶ。


「ここが異世界だって知識も植え付けられたと思うけど、もう戻れないから早めに適応することね」


 張さんは僕の疑問を先回りした。あ、やっぱり帰れないんですね。


 そうこうしているうちに屈強な男二人がまたやってきて僕を連れて行った。今度は引きづられず、歩いてついていった。


 しばらく行くと、青空の下の広場に出た。知識の中にあるゴーレムが何体か並べられており、ゴーレムサイズの円形のリングではゴーレムが殴り合いをしていた。


 屈強な男たちはリングの入り口にいる、茶色い長髪でメガネを掛けた男性の前に僕を連れてきた。彼は口を開いた。


「近藤竜太…さんね。ファイターでオールラウンダーか。前のが終わったらゴーレムに乗ってもらうから楽にして待っててよ」


 屈強な男二人にガッチリホールドされた状態では楽にしようがないが周囲を観察する余裕はあった。


 男性の前にはデスクがあり、その上にパソコンがある。パソコン。パソコンから生えているケーブルがウォンウォンと音を立てている背の高い複数の直方体の機械につながっていて、そこからこちらに尻を向けて座った状態のゴーレムにもケーブルが繋がっている。


 ここにあるゴーレムはどれも外観は同じでのっぺり、ずんぐりむっくりとしていてマットな質感をしている。立ったら高さは5m位。だけど、僕のだけ何か変、というか違う気がする。外観は一緒だが他のゴーレムには何も付いていないしそうする必要もないはず。


「あのぉ…」

「ん、なに?」


 屈強な男に殴られたりするかと思ったけどそうでもないので長髪の男性に質問してみる。


「ここは魔法力で一二を争う帝国ですよね。コンピュータなんかなくても十分にゴーレムをメンテナンスできると思うんですが」

「いいところに目をつけるねえ。こいつは特別製で地球とこの世界のハイブリッド技術で動くんだ」


 万能の魔法がある世界。ここの魔法は僕たちの世界より技術的に進んでいる。植え付けられた記憶はそう語っている。


「わざわざ劣った技術を使って?」

「君がウィザードでないのが不思議だね。何年から来たの」

「西暦だと2018年です」

「そのへんじゃそういう記憶になるね」


 この人は事情にかなり詳しいようだ。まあ実際ゴーレムをメンテナンスしてるし。時間いっぱいまで情報を引き出したほうが有利になりそう。


「つまり、僕の時代より進んだ技術が使われてるってことですか」

「ご明察。俺は2100年代のロボティクス技術者だ。この帝国のゴーレムより強いロボットを何体も見てきたぜ」


 僕をホールドしている屈強な男二人の癪に障ったらしく、ちょっとだけホールドしてる力が強くなった。痛い。


「だから帝国は地球から技術を持ってきて、より強いゴーレムを作るのさ」

「強いゴーレムを作って何をするんです?」

「さあね、アレでもやるんじゃないかね」


 男性がアレ、と顎でしゃくって見せたのはさっきから殴り合っているゴーレム2体だ。


 ゴーレムで殴り合いするのか。わざわざそんなことしなくてもいいような気がするけど、それは口に出さないことにしよう。


「終わったみたいだ」


 ゴーレムが2体ともへこみ跡だらけになって倒れている。そこをリングの外で座っていたゴーレムがゆっくりと運びに行っている。


「時間を短縮しよう。もうそのゴーレムは乗れるから乗ってくれ。ハッチもなにもないが、倒れ込むようにして入ればすっと行けるから」


 屈強な男は僕を開放した。逃げてもしょうがなさそう。待機している特別製のゴーレムに僕は搭乗してみる。マットな質感とは裏腹に、水の中に入るような感じで乗り込めた。


 すでに周囲の視界は僕の体のものではなく、下を見てもさっきのゴーレムの胴体が見える。左後方から声が聞こえてくる。


「じゃあまず無難な動作からやってみよう。手でグーとパーを作ってみて。いつも自分の体でやってるようにすればいいから」


 言われたとおりに両手でそれぞれグーとパーを作ってみる。


「ふんふん、飲み込みがいいね。その調子。じゃあケーブルを外すからゆっくりと立ってごらん」


パチンパチンという音が鳴り、くすぐったい感覚が脇腹から伝わってくる。そういえばケーブルは腕の下辺りから付いていたな。言われたとおりに膝立ちになっている状態からゆっくり立つ。


「よーしよし。じゃあリングの入り口に向いて、ゆっくりゆっくり歩いて。急がなくていいから」


 言われたとおりにする。別に違和感はない。普通にゆっくりと歩く。そういえば声の位置が左後方から頭の中に響くような感じに変化した。


「位置はそのへんでいいかな。上から完全武装したゴーレムが降ってくるから全力で避けて」

「えっ!?」


 いままで優しい感じだったのが急に殺しに来た感じだ。混乱する頭をなんとか落ち着かせて前方に飛び込む。今まで立っていたところにドーンという大きい音とともに何かが落ちてきた。


 とりあえず立とう。後ろも向かなきゃ。悪い予感がする。こういう予感はいつも当たる。


 完全武装のゴーレム。この世界のゴーレムの知識はあったけど、それは概要がちょろっと分かる程度でさっきまでここで殴り合っていたゴーレムですら初めて見る。そして、その完全武装のゴーレムはそのさっきまでいたずんぐりむっくりのゴーレムとは全く異なる外見をしていた。


 それはマッシブと言うにふさわしい体型で、鎧のような装甲を着込んでいた。マントをたなびかせ、全体としてはギリシャ兵を想像させられる。ギリシャ兵は映画でしか見たことはないけど。そしてそのゴーレムは地面から両方に刃がついている槍を抜き取った。


「かっこいいですね」


 つい口に出しちゃった。


「かっこいいだろ。とりあえずそいつは君の乗っているゴーレムより弱いから動かなくなるまでボコボコにしてくれ」


 気軽に言われる。槍どうにかしないと突かれてこっちがボコボコになりそう。そう考えているうちに向こうのゴーレムが距離を詰めてきた。


 不思議なことに、早いはずのゴーレムの動きが一定時間ごとに止まって見える。そのうえ、相手のゴーレムの前方にうっすらとまるで予測されているようにゴーレムの影が見えた。


「こっちには視覚補助という機能がある。向こうにはない」


 向かって右から槍を突いてこようとしているようなので、半歩左にズレて右で握りこぶしを作って胴体にパンチを入れてみようとする。格闘経験はないんだけど、体が半自動的にそれらしい動きをしてくれる。なんだか気持ち悪い。


 パンチは相手のゴーレムにクリーンヒットし、相手のゴーレムを後方にふっとばした。軽く殴ったつもりだけどこれ。すごい。


「ナイスパンチ。その調子で殴り続けて。蹴ってもいいよ」


 長髪の男性は来たときのテンションのまま僕に指示を与える。勝てるとわかったら僕は調子に乗っちゃうんだ。


 その後は言わずもがな。相手は動かなくなった。ぐちゃぐちゃになった相手のゴーレムから血のような液体が流れるのが気になった。


「ちなみに今の搭乗型だから」


 長髪の男性の言葉の調子はずっと同じで、この台詞も、同じ調子だった。殺人をしてしまったのだろうか。


「相手は大丈夫なんでしょうか」

「ありゃあ死んだねえ」

「ええっ…そんな」

「誰も死なない練習をするとは言わなかったぜ」


 それはそうだけど。


「ひどいじゃないですか」

「俺もそう思うぜ。じゃあ次は今のやつの部下11人がまた降ってくるからボコボコにして動かなくさせること。隊長がやられて敵討ちしようと思ってるだろう。君が死なないようにちゃんと本気出せよ」


 大したことはなかった。11人殺した。


 終わった後独房に再度戻される。張さんが

「おかえりー」

と、軽く言った。彼女も人殺しなのだろうか。


「張さん」

「お姉ちゃん、お姉さん。そのあたりで呼んでくれるかな」

「ではお姉さん。この世界はおかしいんじゃないですか。いきなりゴーレムで殺し合いさせられたんですよ」

「別におかしかないよ。地球でも似たようなものだからさ」

「そんな!」


 ここで彼女は日本人は平和ボケしてる、とかそういうことは言わなかった。でも、おかしいものはおかしい。お姉さんは教えてあげる、とこのあとの僕のやらされることを教えてくれた。


「ファイターで最初の練習を生き残ったら、本番に投入される」

「本番って?」

「コロシアムでゴーレムを使って殺し合いや催し物をする」


 何も返せなかった。殺し合いをさせられるのか…催し物?


「地球から送られてくる人材を乗せるゴーレムはちょっとやそっとじゃ負けないわよ。だから最初のうちは皆殺しにしたらいい。でなきゃ死んじゃう」


 嫌な予感がまたする。このお姉さんもファイターだったりするんだろう。


「お姉さんも戦うんですか?」

「まーね。当たらないことを祈って」

「はい…」


 翌日、また屈強な男に連れられて違うところに行った。今度は腕をホールドされないで自分で向かっていった。


 薄暗い部屋にゴーレムがあった。練習に使ったゴーレムとは違い、まるで日本のロボットアニメに出てくるようなフォルムをしている。


 背の高い、禿頭の男性がこちらを見ている。このゴーレムの製作者か、単なるルール説明をする人物か。


「今回の相手はモンスターの軍団だ。他のゴーレムは攻撃しないように」

「僕は初めてなんですが…」

「練習では高成績を収めたと聞いている。問題はないと思うが」

「まず、モンスターってどんな物が出てくるんですか?」

「公開されていない。出てきてからのお楽しみってやつだ」


 ゴーレムを通して人を殺さなくていいのは助かるけど、どうにも対策の立てようもない。もうちょっと情報がほしい。


「では、このゴーレムはどんなゴーレムなんですか?」

「よく聞いてくれた。日本のスーパーロボットをインスパイアして制作した。サムライの魂とニンジャの実用性を兼ね備えている。具体的には大刀とクナイと手裏剣を装備している。モチロン格闘性能もピカイチだ」


 製作者であり説明者であった。壊したら怒りそう。武器、使い分けられるかなあ。


 コロシアムに出ると、様々なゴーレムがいた。帝国のゴーレムと地球技術とのハイブリッドなゴーレムの区別はちょっとつかない。僕が割り当てられたようなアニメアニメしているやつはハイブリッドだとすぐわかるけど、お姉さんいわく帝国製のような見た目のハイブリッドなゴーレムもいるらしい。無論ハイブリッドでない帝国製ゴーレムもいるそうだ。


 コロシアムの観客席には客がひしめいていて人気エンターテイメントであることを示している。コロシアムで戦う、という点に既視感を感じるが今はそれよりモンスターだ。何が出てくるんだろう。


 前方にゲートがあり、恐らくそこからモンスターが出るのだろう。が、妙にでかい。幅が30m位ある。高さもゴーレムの高さから勘案すると10m近くありそうだ。


 ゲートが開く。そこから出てきたのは…ゴーレムより遥かに大きい巨像の群れだった。一番大きいものはゲートスレスレの高さだ。象はまるで狂ったかのような猛スピードでゴーレムに向かっていき、僕たちの前にいたゴーレムを文字通り粘土細工のように押しつぶしていった。


 僕はたまらなくなってジャンプした。すると、像の高さ以上に飛べることを発見した。モンスターと言えど殺したくはないけど、殺されたくはない。手近な象に乗り、大刀を突き立てようとした。大刀は巨像の硬い皮膚には敵わず、弾かれてしまった。


 どうしよう、とほかを見ると苦戦している者、返り討ちにあっている者、何とか倒した者などがいた。倒したゴーレムの巨像の傷に注目した。すると視野が狭まり、どうやら首筋あたりを刺して倒したであろうことがわかる。


 そこまでみていると、乗っている象が僕を振り落としにかかってきた。乗っていられず僕は地面に叩きつけられる。痛みが背中に広がる…ゴーレム越しに感覚が来るのはある程度わかっていたけど、痛みも来るのをこのとき初めて知った。


 痛がっている暇はない。手近な巨像にジャンプして飛び乗り、首筋を大刀で狙う。今度はうまく行った。


「それで、最後の巨像も僕が倒しました」

「んー、君はとても優秀なようだねえ。チャンピオンになるのも夢ではないかもしれないよ」


 お姉さんは自分のことでもないのにとても嬉しそうだ。僕にはとても心配なことがある。


「チャンピオンってどんな人なんですか」

「何でもしてくるね。手段を選ばず、勝つための修練を怠らないタイプらしい」

「チャンピオンになると何か特典があるんですか?」

「挑戦者に殺されるまで死なないで済むねえ」

「それだけ?」

「この世界にファイターとして召喚された時点でそういう運命になる」


 これは僕もう死んじゃうんじゃないかなあ、と思った。


 翌日、初めての1対1の試合に望むことになった。相手は地球とこの世界のハイブリッドのゴーレム。手強い相手だろう。


 舞台裏であるピットに行くと前回の巨像のときに出会った禿頭の男性がまたいた。ゴーレムも前回乗ったやつだ。


「君は日本人だってな」

「ええ、そうです…」

「私のエセ日本観を押し付けて悪かった」

「いえ、そんなことはないですよ。武器は使いやすかったですし」

「そうか?それならいいが…」


 この男性は見た目に反してずいぶん繊細な心の持ち主のようだ。


「武器バランスを多少見直した。牽制用に魔法銃を追加しておいた」

「逆に日本人は銃を撃つ機会がないんですよ」

「できないことはゴーレムが手伝ってくれる。この世界のピュアなゴーレムはそれができないんだ」

「へぇ、そうなんですか」


 ハイブリッドなゴーレムの強みの一つはそれなんだ。今回の相手もそれを持っているから今回は有利にはならないけど。


「ロボット工学とゴーレムの技術は似ているが違う。帝国が地球人をさらってハイブリッドゴーレムを作っているのはその強化によってその支配を盤石にするためだ。犠牲者はこれからも出るだろうな…」


 男性の言葉を尻目に、僕はゴーレムに乗り込んだ。


「さあお待ちかね!今日の試合はゴーレム同士の1対1のデスマッチです!」


 甲高い声がコロシアムに響きあう。


「赤の陣、ドラゴンリューター!!!!!」


 ピットから歩いて出るように指示されたが、なにそれ。リングネーム?名前のもじりとか恥ずかしいんだけども…。


「青の陣、マッドシザーザウルス!!!!」


 向こうのピットからもゴーレムが出てくる。


 頭の中に何か聞こえてくる。


「前回はよく目立ってたよなあ、新入りちゃんよぉ」


 そういえば練習でもこんなことやってたな。どうすれば返せるのかわからないからとりあえず念じてみた。


「ああ、あなたも生き残っていたんですね。よかった」

「舐め腐った態度を取りやがる。後悔させてやるぜ」


 挑発と受け取られてしまったようだ。うーん…


「では試合開始!!」


 相手のゴーレムはごついボディに両腕に大型の盾を装備していて、その先に文字通りハサミを持っている。アレに挟まれたら痛いだろうな。


 両者ともに回りながら距離を詰める。向こうも銃器類を盾の先に内蔵しているらしく、それを撃ってくる。こちらもそれに応じて銃を撃つ。何か微妙に引っ張られる感覚がある。なるほど、これがゴーレムが手伝ってくれる機能なんだ。


 こちらにはニンジャの実用性があるとのことなので高いところから強襲してみる。ジャンプすると的になると思ったがそんなことはない、という情報がゴーレムから聞こえた気がしたからだ。これも機能だろうか。


 ジャンプしてクナイを投げ、向こうの予測射撃と逆の方向に方向転換する。これは確かにニンジャの実用性だと思う。エセ日本観なんてとんでもない。これは使える。着地すると魔法獣をホルスターにセットし、大刀を抜く。


 相手のゴーレムのハサミと先端を切り開く。向こうは二刀流のようなものなのでこちらは苦戦する。盾もあるし。


 だが向こうはゴーレムの性能に若干振り回され気味のようだ。自分がこの世界に馴染んできているようで気分が悪いけど、生き延びるためには相手を倒さなければならない。


 再度大刀を相手のハサミで受けさせ、右手をフリーにし、視覚補助を駆使して魔法銃を盾の隙間から何発か打ち込んだ。この芸当も向こうもできるはずだが、避けられず、胴体を破壊した。初勝利だ。生き延びられた。


「ドラゴンリューターの勝利です!!!!!」


 独房に戻ると、相変わらずお姉さんが待っていた。


「それで、初試合はどうだった?」

「練習ほどびっくりしなかったので、それほどでもなかったです」

「張り合いないわねえ。まあそれが君の強さの秘訣なのかもね」

「そうですか?よくわかりませんが…」

「まあ、そういうものよ」


 その後は試合やイベントの毎日だった。月日が立つと、もう人を殺していることへの葛藤も僕にはもうほとんどなかった。


 そんなある日、ついにチャンピオンへ挑戦する日がやってきた。チャンピオン。生き延びた証。独房を出るときにお姉さんにこう言われたのが印象的だった。


「絶対に生き延びてね。絶対」


 ピットに入ると、いつものように禿げ頭の男性が調整の結果を教えてくれる。僕はいつもどおりにそれを聞き、ゴーレムに乗り込んだ。


「青の陣、挑戦者、ドラゴンリューター!!!!」

「そして赤の陣、チャンピオン、オネエチャーン!!!!」


 吹き出すと同時に悪寒がした。嫌な予感はいつも当たる。ファイターなのは入った当時から言っていたがまさかチャンピオンとは。お姉さんのゴーレムはスラッとしたフォルムだが歴戦の勇士といった出で立ちがふさわしかった。


「ついにこの日が来たね」

「チャンピオンなのを隠すなんてずるいですよ」

「『あなたがチャンピオンなんですか』なんて聞かれたことはなかったよ?」

「確かにそうでしたね…うかつでした」

「ばかだねえ、もうちょっと感情を出しなよ」

「これでも十分に出てます」


「試合開始!!」


 両者は動かなかった。しばらくしてお姉さんのゴーレムが動いた。魔法銃をその場で撃ってきた。僕は射線をかいくぐり走り、巨大手裏剣とクナイを織り交ぜて牽制する。


 お姉さんも走りはじめた。投げたものは全部避けられた。お姉さんはエネルギー切れになるまで魔法銃以外の装備を使わなかった。何か隠しダネがあると思った。


 エネルギー切れになると、お姉さんの走る速度が一気に上がり、こちらの大刀を抜くタイミングより一歩早く剣を抜いて僕のゴーレムの左腕を切りつけた。


 だが、こちらの大刀も片手で抜ける。痛みに耐えながらお姉さんのゴーレムの胴体を斬りつける。しかし浅い。


「ハハッ、君の剣で死ねるなら、これほど十分に人生を生きたという実感があるというものだよ」


 お姉さんの声が頭の中に響く。


「いまさら心理作戦ですか」

「このタイミングでやってどうなるのさ、片は…ついたろ」


 僕は、今の会話の間に大刀を手放し、魔法銃を胴体に打ち込むいつもの手でお姉さんのゴーレムを倒してしまっていた。あの状態でもお姉さんなら避けられたはずなのに。


「挑戦者、ドラゴンリューターの勝利です!!!!!新しいチャンピオンはドラゴンリューターです!!」


 甲高い声のアナウンスが血管がはちきれんばかりの興奮を表している。


 僕はお姉さんを殺してしまった。今考えてみれば、お姉さんは最初から僕に殺されるのがわかっていたのかもしれない。もっと話していたかった。そうすればわかったかもしれない。だけど彼女は必要以上のことは言わなかったんだ。


 チャンピオン用独房、というものがあるわけでもなく、お姉さんが入っていた独房が空いていただけだった。


 チャンピオンの毎日は退屈だった。ただ死なないというだけの頂点。死なないことを維持する行為。そんなある日、施設全体が慌ただしくなった。どうやら大量に地球から人間を召喚するらしい。初めてここに来た時を思い出す。


 お姉さんの空の独房に少女が担ぎ込まれた。流石に上半身裸のままにする訳にはいかないだろう、ボロ布を被せる配慮がなされていた。彼女は気絶していた。


 僕は彼女を見つめ、考えていた。チャンピオンの役目。死なないこととは何か。僕は、お姉さんがたどり着いた結論がわかった気がした。少女は目が覚め、僕の視線に気がついたようだった。僕は、ゆっくりと口を開いた。


「地獄へようこそ。僕は近藤竜太といいます。よろしくお願いします」

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