第3話 銀髪の大統領
そこまで話した時だった。
俺だって塔にはどこにも出入口がないと思っていたのに、壁の一部が渋い音で動き出す。
そして、暗闇のランタンなど消し飛ぶ程の眩しさが差し込んで来た。
「ミヤ=ホシノ。この国の大統領である」
幼い姿ながらきりりとした長い銀髪の少女が、真っ白なドレスに光を背にしていた。
杖を振りかざし、一つの威厳として床をついた。
「大統領だって?」
俺は、暫く考えていた。
天の声の主に会うのは初めてだよ。
少々、困惑している。
「密流くん。密流くんと同室だった取手の憲おじさんの事故物件となった部屋で、俺と暮らし始めてから、アレを通じてこちらに来たんだね」
俺は、小さく照れ笑いをした。
それもそうだろう。
アレとは、夢への情熱だからだ。
「この塔に幽閉されてしまったが」
俺の夢は、役者になること。
「密流くんの夢は、何だい?」
「苦しくない治療で、癌でも長生きしたいこと」
密流くん、それは夢ではなくて、俺からの願いでもあるよ。
「ああ、そうだ……。取手の憲おじさんは、もう青い魂になって低く飛んで行ってしまったよ」
密流くんは、俺に俯き加減にぽつりとこぼした。
大好きでしたと言えなかった同じ病室のおじさんへの想いが、死への恐怖と繋がっているようだった。
「僕は、取手の憲おじさんが亡くなってから、真似をして、点滴を引きずって、こんな風に、病衣で取手駅前まで通ったものだよ。そうだった。高塔さんとの出会いも脱走した時だったね」
作り笑いが痛々しいよ、密流くん。
「無駄口を叩くでない。大統領の前であるぞ」
ぱっつんと空気が張る。
少女でありながら、芯に響く声で杖を振るった。
俺は、大統領とは、オーラがなければならないのかと感じた。
「あなたは、そんなに偉いのか? 俺は、高塔結秘だ。できれば、穏便に平等に行きたいが」
左利きの俺は、右手を鎖で束縛されている。
日頃、温厚な俺だが、内心穏やかではない。
「国民は、すべからく大統領の命に従うべきである」
「僕は、国民ではないよ。違う世界から滑り込んでしまったんだ」
「そちは、紫水晶にうつり込んでいたユキノジョウだな?」
「だったら、何だよ。ちなみに、僕は、密流ね。ユキノジョウで呼ぶのは、ママで十分だよ」
ミヤ=ホシノ大統領が、額の朱印に親指と人差し指をよじりながら何か唱えていると、紫水晶が空に現れた。
俺達は、何かの武器かと思って、構えた。
「安心し給え。大統領になる時も役に立ったものである」
「密流くん。呼ばれ方の拘り、分かるな。俺は、女の子みたいに結秘って命名されたから、小学校ではよく結秘ちゃんってからかわれていたよ」
俺は、がしっがしっと鎖から逃れようとしていた。
「僕は、鍵など持たず、天からの声に従ったまでだったから、助けてあげられない。どうしよう! ごめんなさい……。ことわりきれなくて」
「大丈夫だよ、密流くん」
だが、鎖は、獣でも捕らえる用のもののようだ。
「ただ、母さんだけは、俺を心の底から可愛がってくれていたよ。それなのに、夢を目指して東京へと自転車の旅に出た。今、思うと、大それたことをしてしまったな」
◇◇◇
「三、二、一」
第三次世界大戦に備えて造らせた、悪魔と呼ばれるG3爆弾が、激しい音と揺れと共に、熱風を巻き起こした。
密流くんは、崩れ行く塔を背にして落下しながら、俺の名ばかりを叫んでいた。
この爆発で、俺を見失ってしまったようだ。
俺も密流くんが見えない。
「大統領め……。その杖にスイッチがあったのか……!」
「しぶといな、高塔。やはり、餌として適格なのであろう。密流に捕らえさせて結構であった。生唾が絶えないのう」
大統領は、銀髪をちらりと揺らす。
「毒針を蜂のように――。受け給え!」
振りかざされる杖に、俺が下から滑り込んで、蹴りを入れると、武器が大統領の手を離れて、塔と共に落下した。
「俺の足のリーチは長いがな」
その時、俺の枷が外れた。
自由になったんだ。
「杖が、杖が――」
大統領は、塔の下を憐れにも覗こうとする。
「丸裸になった気分はどうだい? 俺達に危害を加えて愉しむなんて、趣味が悪いぜ」
「高塔結秘!」
大統領がこちらを向いたら、白く目が輝いていた。
「おっと、睨み返しても、元には戻らないよ」
俺を蹴落とすとのたまったまま、大統領は、再び揺れた塔の崩壊に巻き込まれて行った。
◇◇◇
「サンタクロースのコスチュームのお陰で、俺は怪我一つなく済んでいるようだ」
離れていたが、俺からでも見えたんだ。
俺は、がれきの中を身軽に降りる。
「あ……。よく、僕がうずまっている所へ来てくれたね」
「塔の崩壊が分かっていて、密流くんは僕にサンタクロースの服を着せたのか……!」
密流くんは、塔から落下する途中で、やわらかい木に包まれて無事だった。
そこからは、俺が抱き締めて下ろした。
「複雑な思いだけれども、ありがとうな。密流くん」
「高塔さん。明日は、クリスマスだね。元の家に戻ろうか……」
そうだ、俺達はあの部屋へ帰るんだ。
「ああ」
二人は、優しく抱擁し、あたたかく唇を重ね合わせた。
ゆっくりと瞼を起こすと、間違いなく俺達の部屋だった。
懐かしいイグサの香りもした。
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