第2話 時計城

 ここは、どこだろう?


 あの部屋はどこへ行った?

 見たこともない石造りの狭い場所に来たが。

 俺には、チンプンカンプンだ。


「異世界に来てしまったのかな? 高塔さん」


「異世界だって? 何か精神的にこみ上げてくるものがあるな」


 俺には、甘酸っぱい天からの声が聞こえていて、嫌な使命感があった。



『ここは、時計城とけいじょう。私は、素敵なスイッチを握るミヤ=ホシノである。十二歳にしてこの国の大統領に選ばれし者であるぞ』


 その声は、さっきから俺に囁き続けている。


 これから、暫く後に、悪魔と呼ばれるG3ジースリー爆弾が、密流くんと俺を別つことになると。


 このメッセージは、密流くんに届いているのか?


 ◇◇◇


「結秘兄さんが、着たらいいよ」


 密流くんは、わざと俺を結秘兄さんと呼んだ。

 そうでもしないと、俺がこれを着てくれないと思ったからなんだろう。

 ぐいっと俺の目の前に、真っ赤な服を突き出す。

 この石造りの城は薄暗く、ほのめくランタンが、服を照らしたり隠したりしていて、妙にむずむずとする。


「僕が、許してやりますよ。凍えて死ぬよりいいでしょう。結秘兄さん」


 俺達は、鳥かごのように幽閉されている。

 狭い塔の最上階は異常なまでに涼しく、緋色の長いソファーに身を寄せていた。

 俺は、突き出された服をやんわりと、密流くんに譲った。


「密流くん? 俺は、この服を遠慮したいが。それと、結秘って呼ばないでくれな。俺のことは、高塔で、いいね」


 もう埒が明かないと急いたのか、密流くんの方から、ソファーを飛び降りた。

 そのまま、服を残して、ランタンから離れて行く。


「ぼんやりと高塔さんだけが浮かび上がっているよ。そっちからは見えないよね」


「僕のことは、密流でいいよ。ママは本当の名でもないユキノジョウちゃんとペットみたいに呼んでいたから、恥ずかしかった。僕が癌に侵されても、てんで変わらないや」


 暗闇の中、密流くんが珍しく昔のことをこぼした。


「ママがお受験に失敗してからおかしくなってしまったことが、何か辛かったね」


「ユキノジョウくんか……。ここへ来て、初めて教えてくれたね。――それよりも、暗がりはもっと寒いだろう? 服を着なよ」


 狭い城内に、服を着なよとこだまする。


「高塔さんが着ればいい。僕らは薄着だから一人でも残らないと」


 密流くんが腰に手をあてて、俺のつむじを見ている気がする。

 

「何か、イライラする。もう、遠慮なんて要らないんだ。高塔さん」


「密流くんは、まだ、十五歳だ。先を急いではいけないよ。これから大きくならないと」


 密流くんは、分かってはいるのだろう。

 だが、反発したいお年頃なのか。


「僕は、この通り病衣にスリッパなんだ。放って置いてもお先は真っ暗な訳。分かるよね」


 密流くんは、頬っぺたを餅にして、ふくれた。

 ついでに両腕を組んだりして、萌えポーズを決める。

 俺が、密流くんに情があるのを分かっているのか。


「あーあ。俺はリアリストなので、解決しない問題に、可愛く振舞うなんて冗句は要らないよ」


 可愛くないなあ、俺。

 チャリ……。


「何の音だ?」


 この狭い塔に、三つの鎖が転がっているのを密流くんが見つけた。

 この金属の鈍った音に、俺は嫌な予感を覚える。


「高塔さん。その服の前に……。この城に入った者の掟なんだ。僕の使命だから。かせをその諸手につけさせてもらう。それから、首もだよ……」


 ああ!

 俺は、密流くんを微変態びへんたいだと見てしまう。

 何とも言い表せない気持ちだ。


「やめろ! 枷をつけたら、脱ぎ着できないだろう? その服だって」


「ああ。僕としたことがにゃー! 不可能犯罪じゃないか。ごもっともだね。片手だけで許してあげる。タ、カ、ト、ウ、さん」


「服を着せるのが先か、枷が先か……。ああ、僕ったら! 無駄に悩んでいないで、実行しないとな」


 密流くんは、真っ直ぐに近付いて来た。



「なんつー、真っ赤なサンタクロースのコスチュームプレイだよ。目的は、なんだ?」


 俺は、驚く程、素直にサンタコスをした。

 

「これなら、あたたかそうだ。惚れ惚れするな。だが、目的はそれではない。僕は、言い淀んでいたが、ここは大事な所だ。はっきりさせよう」


「何をだ? 密流くん」


 暫し、視線を戦わせた。


「これも、ミヤを喜ばせるためだから、仕方がないんだ」


「何だって? 暖を取るためではないのか。密流くん」

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