終焉の地
富田敬彦
一
視界の右側には、無人の美しい海岸線が、延々と続いていた。
ハンドルを切る私の隣で、
真梨は黙りこくっている。別に不機嫌になっている訳ではなく、これがいつものことなのだが、こうして男女二人でドライヴをしているのだから、もう少し会話があっても良さそうなものだと私は思った。しかしそうは思っても敢えて話し掛けることはせず、私もまた無言でいた。冷房の効いた車内には沈黙が満ちていた。
彼女の性格については、私にもまだ理解し難い点が多かった。彼女は大学の写真部の中でも、変人として通っており、部員でありながら積極的に他の部員と会話しようとはせず、元々規律や活動時間の緩い部であったこともあったが、定まらない時間にふらふらと現れては、気が付くとまたどこかに消えているような奇妙な存在だった。時々、ふいに頓珍漢なことを言っては、部員たちの間に笑いの渦を起させた。折々に開かれる呑み会には、一度も参加したことがなかった。それでも他の部員との間に
私と真梨が初めて会話をしたのは、部内で行われた小さな作品展覧会のときで、私は彼女の写真を見て、丁度そばにいた撮影者本人に、
「随分と暗い写真ばかりを撮るんだね」と正直な感想を述べたのだった。
「そんなに暗く見える?」
真梨は笑みを浮べて振り返り、壁に展示されている自分の写真を眺めた。
彼女の撮る写真は、他の部員とは少し違っていた。その全てが風景写真であったが、彼女は打ち棄てられたような汚い路地裏やゴミ捨て場、ラッカースプレーで落書きされた橋脚などの、
こんな陰惨な、頽廃的な写真は、私の好みでは決してなかった。そもそも写真に限らず、私が好んで鑑賞したいと思う作品は、健康的なものや明るいものに限られていて、心を暗くさせるような陰鬱な映画やら、音楽やら、小説やらを好んで鑑賞する人間の気持は、全く理解できないのだった。
何故、わざわざ陰鬱な作品を鑑賞して、暗い気持になろうとするのだろう。そんなものは普段の生活で味わえば充分ではないのか。意図的に作品上に作り出された、他人の悲しみや怒りを、敢えて追体験する必要があるのか。映画を見るときや音楽を聴くときぐらい、憂鬱から逃れたいと思うのが普通ではないのか。個人の好みといえばそれまでだが、それならば何故彼らの好みはそうなのだろうと、私は
だから写真部の活動でも、私は明るい写真、例えば可愛い女の子が花束を抱えて笑っているような、そんな写真ばかりを撮っていた。
「私ね、廃墟を撮るのが一等好きなのよ」と真梨は言った。
「廃墟?」私は驚いて問い返した。彼女は頷いて、
「そう、撮るというよりも行くのが好きなのかな。今までにもあちこちの廃墟へ行ったわ。工場とか、鉱山とか、廃校とか、廃村とか……」
「そんなに色々な場所に、一人で行くのかい」
「ええ。だって誰も付き合ってくれる人などいないもの」笑いながら真梨は言った。「他の人と一緒に行った方が、心強いとは思うけれどね。それに私、まだ運転免許を取っていないから、電車やバスでしか行けないのよ」
その頃の私は、もう免許を持っていた。彼女さえ良ければ親の車かレンタカーを借りて、連れて行ってあげてもいいと思ったが、それと同時に名案が浮んだ。それは行き先の廃墟で、彼女に被写体になって貰い、写真を撮るというものだった。そんな場所での撮影はしたことがなかったが、何だかこれまでとは異なった、新しいものが撮れる気がした。勿論、廃墟などに私は行きたくはなかったが、この女性と一緒にドライヴができて、同時に写真も撮らせて貰えるとなれば、それぐらいのことは全然問題ではなかった。
そして私がこの計画を提案すると、真梨は喜んで承諾したのである。
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